ヨセフとソロンのハロウィン


異世界の文化はファーストエンドにも入り込み、人々の生活に浸透していった。
そんな祭りの一つ、ハロウィンはヨセフの心も鷲掴みにしたのであった。

「お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!――この言葉の意味を問うのであれば、悪戯と称して何でもできると解釈します!」
朝からのアツイ発言にティルは吃驚して、部屋を訪問してきた幼馴染の顔をマジマジ眺める。
「どうしたの?ヨセフ。突然叫んだりして、あなたらしくもない」
「いいですか、ティ」
こほんと咳払いして、ヨセフは仕切り直す。
「今宵はハロウィンなのですよ」
「えぇ。知っているわ、去年はソロンと一緒に祝ったもの」
「そう、去年はあなたと二人で祝ったのでしたね……ソロンは。今年はロイス宮廷内でもハロウィンを開催するとのお達しが、一週間ほど前に騎士団長経由で届きました」
「えっ、ホント!?じゃあ、もう準備が」と浮足立ってティルが廊下に飛び出してみれば、壁という壁にカボチャを模した飾りが取り付けられており、天井から釣り下がる灯りは全て蝙蝠の形に変わっていた。
「すごーい……いつの間に」
キラキラした瞳で辺りを見渡すティルの耳に、ヨセフの解説が流れてくる。
「えぇ、昨夜から今朝にかけて、下男下女の皆様や騎士団総出で飾りつけました。この日の為に作り置きしておいた装飾を」
「もぅ、どうしてこんな楽しい作業、私には教えてくれなかったの?」
振り返ったティルへ、チッチと指を振り、ヨセフは穏やかに笑った。
「あなた方、特殊部隊は毎日お忙しいですから、ワルキューレも気を遣ったのですよ。ついでに、あなたの驚く顔も見たかったのでしょうね」
「すっごい驚いたわ!それに、楽しくなってきちゃった。ね、ワルキューレに伝えておいて。今夜は一緒にハロウィンを楽しみましょうって!」
ティルは弾んだ声で叫ぶと、さっそく今日のお勤めへと張り切って出ていった。
後姿を見送ったヨセフは、廊下の曲がり角で彼女の背中が見えなくなると、浮かべていた笑顔を消す。
「ふふ……これで邪魔者は消え去ったも同然。そろそろ彼の元に届いた紹介状も読まれた頃でしょう。今年のハロウィンが楽しみです……フフフ、フフフフ……」
不気味な笑いを廊下に響かせつつ、いそいそと立ち去った。


――そんなわけで。
ロイス宮廷のハロウィンパーティに招待されたソロンは今、城の地下にある拷問室に追い詰められて、絶体絶命のピンチを迎えていた。
出口は一つ、ヨセフが塞いでいるから出られない。
城の敷地内に足を踏み入れた直後、「うふふふ、お菓子くれなきゃ悪戯しますよ?」と出会い頭に菓子を要求してきたので、菓子など持っていないと断った途端、追いかけっこが始まった。
「悪戯、悪戯ぁぁぁ〜」
出口を塞ぐヨセフは両手をワキワキさせて、にじり寄ってくる。
とても正気とは思えない相手に、ソロンは、じりじり後退しつつ大声で牽制した。
「い、悪戯って何するつもりなンだ!それに、何で追っかけてくるンだよ!!」
「言ったでしょう?お菓子をくれない代償として悪戯をします、と」
招待状には菓子を持参しろとは書いていなかった。
そもそも、こちらはパーティに招待された来賓だ。
なんで客側が土産を用意しなければいけないのか。
「ハロウィンはお菓子を渡しあうか、悪戯を受けるかの二択です。ティは、あなたに悪戯をしなかったようですが、私は違います。むしろ悪戯こそがメインイベント!お菓子は飾りですッ」
激しい語り口はソロンも「そ、そうかよ」と押されるほどの熱量だ。
普段真面目なヨセフが、これほど夢中になってしまうとは悪戯行為、恐るべし。
騎士団というのは、よほど日頃の鬱憤が貯まってしまう職業なのか。
ワルキューレの顔を、ちらりと脳裏に思い浮かべてソロンは納得する。
あの性悪団長様の下で働くのだ。ストレスは相当と見ていい。
「要は俺と遊びたいってワケか。ンで……悪戯ってのは具体的に何を」
言いかける側からヨセフに飛びかかられて、ソロンは面食らう。
いくら不意討ちといえどヨセフ如きに組み敷かれるソロンではないが、ヨセフときたらシャツ越しにチュゥッと乳首に吸いついてきたものだから、たまらない。
「ハァハァ雄っぱい、夢にまで見たソロンの雄っぱい」
「や、やめろコラ!気持ち悪ィだろうが!!」
頭を掴んで引き離そうにも、シャツの上から舌でベロベロ乳首を舐め回されて、ソロンはゾワッと総毛立つ。
「テメェの悪戯ッてなァ、そーゆー方向性なのかよ!」
「ハァハァ、ママー、雄っぱい美味しいですチュウチュウ」
どれだけ嫌がろうとも、ヨセフは夢中で吸いついて全然聞いていない。
説得するだけ無駄だと知り、ソロンは反撃に出た。
勢いよく突きあげたソロンの膝蹴りがヨセフの股間を激打して、気持ち悪い抱擁を抜け出すのには成功した。
「あぶぅっ!……ふ、ふふ、ふふふ、甘いですよソロン」
だが驚いた事に悶絶するかと思われた相手は気絶せず、その場に踏みとどまったではないか。
「あなたが金的をする確率は非常に高いですからね、股間ガード対策はバッチリです!」
股間に防具をつけているようだ。ヨセフの血走った目がソロンを捉える。
「今年はティが、あなたと別行動を取っている……このようなチャンス、二度とあるとは思えません」
「別行動ッつーか、テメェがティのところに行こうってのを邪魔してきたンだろうが」
ソロンの苦情を華麗にスルーし、ヨセフは口元を歪めた。
「フフフフフ。一夜限りのハロウィン、たっぷり堪能させていただきますよ……あなたの肉体を以てして!」
冗談ではない。
こちとら腹一杯ごちそうを食べて飲んで騒いで、ティルや姫様たちと雑談するのが目当てで来たのだ。
断じて、地下室でヨセフと戯れる為ではない。
「幸い、ここには拷問道具も揃っています。あなたをヒィヒィよがらせて、お尻を振って可愛くおねだりしてくるまで今夜は帰してあげませんとも、エェ!!」
無駄に高いヨセフのテンションに半分以上ドン引きしながら、ソロンは気になった点を尋ねる。
「ロイスは礼儀を重んじる正義の国なンだろ?何で拷問部屋なンかありやがるンだ」
「確かに我が国は正義と礼儀を重んじる騎士の国です。しかしながら捕虜には強情な輩もおりますから、時には強引な手で口を割らせる必要も出てくるのです。もっとも、近年は全く使われておりませんでしたがね」
こちらを向いたまま後退したヨセフの背後で、ガシャンと扉が重たい音を立てる。
鍵をかけられたか。だが、こいつ程度、いざとなれば、どうとでも出来る。
両手を拘束されていなければ、怪我を負っているでもなし、こちらは体調万全だ。
万全の状態で負ける相手ではない。ヨセフはワルキューレよりも弱いのだから。
「さぁ、次はあなたの足腰を悪戯に立てなくさせていただきます。えぇ、悪戯に!」
「うるせェ。言っとくが全然面白くねーぞ、そのギャグ」
ソロンの突っ込みに気を悪くした様子もなく、ヨセフが部屋の物色に走る。
油断なく見張りながら、ソロンも素早く左右へ視線を動かした。
こいつの変態行為に対抗できる武器はないか?
あちらこちらに奇妙な道具が置かれている。
とげとげのついた鉄の棒、蛇腹な鞭、三角形の台座。
どれも拷問用としては役に立つのだろうが、ヨセフ対策としては使えそうにない。
そのうちの一つを手に取りヨセフが近づいてくるものだから、ソロンも視線での物色をやめて身構えた。
「そう身構えないで下さい。楽しい楽しい悪戯なのですから」
「テメェが言うと、楽しいモンも楽しくなくなってくるンだ」
「ウフフ、可愛いですねぇ。強がっちゃったりして」
「強がってねーよ!」
クスクスと余裕ありげに笑われて、ソロンが癇癪を起したのも一瞬で。
ひゅんっと風きり飛んできた何かを、咄嗟に交わすのが精一杯だった。
「――何だ!?」
目視できなかったが、鞭のような、縄のような。
ヨセフの手元に戻ってきたソレを見やると、小さな玉が数珠つなぎになった紐であった。
一体何の道具なのかは、得意満面での宣言で即判明する。
「これを、あなたのお尻にぶっ差します!内側の肉が玉との摩擦によって刺激され、アハ〜ン、気持ちいい、となるんだそうですよッ。私自身は試したことがないのですがね」
「何だそりゃあ!?」
「強情な捕虜には性的な拷問も必要だったのでしょう。私は拷問係ではありませんので、あくまでも推測ですが」
「ンな推測を聞いてるンじゃねェ!」
何だと尋ねたのは、なんだって性拷問用の器具を人の尻に刺そうとしているのかだ。
最初の乳首責めといい、ヨセフ曰くの悪戯は、とっくに悪戯の範疇を越えている。
「それも先ほど申し上げたでしょう?物分かりの悪い人ですね、あなたは。まぁ、そんなところも、あなたのチャームポイントなんですけども」
フッと鼻先で笑われて、またしてもソロンの癇癪が炸裂する。
「うるせェ、テメェが可愛いって言うな!!あと、さっきからロクでもねェことしか言ってねェだろ、テメェはッ」
プンプン怒るソロンへ真顔を向けると、ヨセフは再度言い切った。
「この器具で、あなたを気持ちよくヒィヒィよがらせて、感度を高めてあげましょう。最終的には『お菓子を渡せないので、自分を捧げます。ヨセフ様、どうか貴方の立派なペニスを俺の尻に突き刺して下さい』と、お尻をプリプリさせながら高く持ち上げて媚びるあなたが見たいのですよ、私は!」
「誰がするかァ、そンな真似ェェ!!!」
度を超えた変態だとは前から思っていたが、ここまで手遅れの変態だったとは。
最早、話す言葉は何もない。一撃必殺で昏倒させて、ここを出ていくまでだ。
だが――どうやって気絶させる?金的は防具を外させないと無駄だ。
殺さないで倒すのは存外難しい。ましてや相手は、この国の騎士にしてティルの幼馴染だ。
殺さないのは当然として、重傷を負わせてもいけない。
目には目を、歯には歯を。そして、拷問には拷問で対抗だ。
すり足で近寄ってくるヨセフを眼窩に捉えつつ、再びソロンは視線だけで部屋を物色する。
攻撃範囲を考えるに、近距離で戦えるブツがいい。
とげとげのついた鉄の棒、あれがよかろう。
多少流血沙汰になってしまうが、いくらヨセフが弱かろうと一撃で死にはすまい。
「ソロ〜〜ン、お菓子くれないので悪戯しますぅぅぅぅ〜〜!」
ヨセフの飛びつきを寸前で回避し、反対側に転がり出る。
だがバッタのような身軽な動きでヨセフも反転してきて、棒を取り損ねた。
距離を置こうにも、しつこくピョンピョン飛びかかってきて、棒との距離が離れてゆく。
ハロウィンへの悪戯にかけるヨセフの無駄な執念には、ソロンも内心舌を巻いた。
そこまでして、何が何でも人の尻に謎の器具を埋め込みたいのか。
いっそ、わざと懐に飛び込ませて反撃するのは、どうだろう。
近距離での手加減は難しいが、致命傷さえ与えなければ大丈夫だ。
だんだん穏便ではなくなってきた思考だが、全てはしつこいヨセフが悪い。
ヨセフは「そりゃあ!」と気合一閃、足元を狙って何かを投げつけてくるが、予備動作でバレバレだ。
真正面から投げつけられて避けられないソロンではない。
ひょいっとジャンプで避けた瞬間、しかし一瞬の隙が生まれた。
続けて飛びかかってきた本体までもは空中にいたのでは避けられず、もつれあうようにして地面に墜落した。
「つーかまえた♪ソロン、はぁはぁ雄の臭いがたまりませんなぁ、ハァハァスゥハァ」
「鼻息やめろ!抱き着くな!!」
そんなに雄が好きなら部下の騎士にでも抱きつけばいいのに、何故対象はソロンなのか。
こいつだって、ソロンが幼馴染の恋人なのは認識しているはずである。
ふんがふんが鼻息を荒くして、両手で抱きつくヨセフを渾身の力でもって引きはがそうとしたのだが、これがまた、すっぽんのようにくっついて離れそうもない。
床の上で格闘しているうちに奴の片手が尻のほうに伸びてきて、ツンツンと細長いもの、先ほどの拷問用具の先っぽで尻周辺を突かれて、ソロンの背筋がぞぉっと逆立った。
こいつ、本気か。
本気で拷問用具を使うつもりだ。知り合いに。
ならば、こちらとて容赦はしない。
カァッと頭に血がのぼった瞬間、殺さない、怪我させないなんて気持ちはソロンの脳裏からも吹っ飛んだ。
「オラァ!」
ガツンと良い音がして、「ブハァ!」とヨセフは額から血を吹きだし、床に転がった。
鉄製の額当てをした相手に頭突きされたのだ。
これは痛い。声も出せずに、のたうちまわる激痛だ。
めくるめく、ちょっとエッチな悪戯をソロンに仕掛けて楽しむはずが、何故こんな殺伐としたバイオレンス劇場に。
薄れゆく意識の中、ヨセフが耳にしたのは幾つかの近づいてくる足音、その足音が立ち止まって数秒後には激しい轟音を立てて吹き飛んだのであろう鋼鉄の扉が壁にぶつかる音。
「何処にもいないと思ったら、やっぱり、こんな処に連れ込んで!ソロン、大丈夫!?」と叫ぶティルの声、それから「というか、血まみれだと!?一体何をやっていたのだ、二人とも」といったワルキューレの困惑などを聞きながら、ふんわりと気を失ったのであった……

END
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