ワルキューレのお誕生日


バラク島を拠点とし、冒険者を営むソロンの元へ一通の招待状が届く。
差出人はティルで、ワルキューレの誕生日を王宮で祝うとの誘いであった。
ワルキューレの顔を思い浮かべるだけで、ソロンは苦い気分になってしまう。
嫌いなんじゃない。苦手なのだ。なまじ、顔がソロンの好みにドストライクなだけに。
彼女と対面して赤くなろうもんならヤキモチ焼きな恋人、ティルの癇癪が爆発するのは王宮へ足を踏み入れる前から予想できる未来だ。
しかし、行かなかったら行かなかったで余計な誤解を生んでしまう。
私が好きじゃなくなったから戻ってこないのね、なんて勝手に落ち込みかねない恋人なのだ、ティルは。
拒否して嫌われるぐらいだったら、堂々と行って嫉妬される方が、まだマシだろう。
ソロンは深い溜息を吐き出すと、ロイス王国へ向かった。

キリリと太い眉毛でありながら、唇には赤く艶っぽい紅を引いた顔が鏡に映る。
ワルキューレは全身を眺め回して、どこにもおかしな部分がないかを入念にチェックした。
今日は晴れの日、己の誕生日だ。
毎年、貴族を大勢招いての盛大なパーティーが王家主催で執り行われる。
本音をいうと見知らぬ貴族に祝われるよりは幼馴染の二人に祝われるだけで充分なのだが、しかし騎士団長という立場上、ささやかな我儘を言うのすら許されない。
それに誕生会を王家が祝うのは、ワルキューレだけではない。
ヨセフやティルといった王家直属の部隊に含まれる面々は全員、宮廷での華やかなパーティーに祭り上げられる。
世間じゃロイス王は臣下想いだと、もっぱらの評判、これも国政の一つであろう。
ドレスは悩みに悩みまくって、黒にした。
ティルの部下いわく、黒が一番ワルキューレに似合う色なのだそうだ。自分では、あまりそうは思わないのだが。
それに、このドレスには苦い想い出がある。ティルの恋人、ソロンが取った反応だ。
あの男ときたらワルキューレからティルを掠め取っておきながら、こちらのドレスにも色気を出してきた。
無論その後の騒動は思い出すに頭の痛い話で、できることなら黒のドレスはタンスに封印してしまいたい。
しかし、皆の期待を無下にもできない。
ティルの部下のみにあらず、ワルキューレ直属の部下も隊長は黒のドレスが似合うと思っているようなのだ。
仕方ない。やはり誕生パーティーには、このドレスで出よう。
なに、ソロンが招待されていようと無視すれば問題ない。
ワルキューレは重たい溜息を一つ吐き出すと、なおも身だしなみのチェックを続けた。

大丈夫、大丈夫。
ティルは鏡の前で、何度となく精神シミュレーションする。
ソロンがワルキューレのドレスに見とれてしまうのは、彼が男の人だから。
男の人は女らしい人に、本能で反応しちゃうだけなのよ。
だから、ソロンはワルキューレが好きなんじゃない。彼が本当に好きなのは、私だけ!
――そこまで考えた直後、ティルの唇からは溜息が一つ零れ落ちる。
あぁ、明日は親友の誕生パーティーだってのに、私は何を考えているんだろう。
もっと素直な気持ちで祝いたいのに、彼女を見て頬を染めるソロンを前に動揺しない自信が持てない。
本音をいうと、彼を招待したくなかったのだ。
しかし、姫様たちにねだられたんじゃ断りきれない。
幼い頃は良かった。余計な邪念が働いたりしないで、素直におめでとうと祝福できたのに。
だが、いつまでも幼いままじゃいられない。
精神的にも大人にならなきゃ駄目だ。
まずはスマイル、スマイル。
ソロンがワルキューレに見惚れたって、大人の余裕で受け流すのよ、私!
引きつった自分の笑顔を眺めているうちに、次第に虚しさがティルの心を覆い隠していき、彼女に溜息をもう一つ吐き出させたのであった。


そして、来るべきワルキューレの誕生パーティー本番にて。
彼女のドレス姿にソロンの鼓動が激しく反応して、赤面する彼を見てブチ切れかけるティルまでは誰にでも予想可能な展開であっただろう。
だが、そこから酔っ払ったヨセフがソロンに飛びかかり、組んず解れつセクハラ格闘技へともつれ込むとは、参加者の誰もが予想し得なかったのではあるまいか。
見ようによっては全員、ヨセフに救われたと言えなくもない。
ティルは大切な幼馴染にして親友のワルキューレに、心からの「お誕生日おめでとう、ワルキューレ」を邪気のない笑顔で伝えることが出来たし、ソロンもティルの癇癪を爆発させることなく、ワルキューレに「誕生日にゃあ、贈り物が必要だろ?これ、やるよ」と赤面しながらプレゼントを渡せたし、ワルキューレは極上の笑みでティルとソロンの二人へ「ありがとう、今年も最高の誕生パーティーになったよ」と返すことが出来たのだから。
穏やかな時間が、ゆっくりと過ぎてゆく。
あちこちで談笑がざわめき、ワルキューレを囲むのはティルの部下たちだ。
どの顔も、ある一点をひたすら視界に入れないよう意識しながら、食事と主役の艶やかさを楽しんだ。

そう、ある一点――
会場の隅っこで両手両足を縛られて惨めに転がされた、全裸のヨセフがいる辺りを。

END
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