ソロンのお誕生日


生まれ育った地下組織を焼け出された後、一時期はロイス王国の宮廷内へ身を寄せた日々もあったが、冒険者業が軌道に乗ってからはロイス王国の城下町に住居を構えた。
トイレと風呂の他には一間だけの小さな家だ。だが、この家を建てた時の達成感は何物にも替えられない。
冒険者として一本立ちして稼いだ金で、誰にも頼らず自力で建てたのだ。自分の城と呼んでもいい。
狭いから、恋人と一緒には住めない。
彼女とは、いずれ結婚する予定だが、夫婦だからといって同居しなくてもいいだろうと考えている。
同じ国内だ。会おうと思えば目と鼻の先、いつでも会える。
コンコンと窓を叩く音に気づいて開けてやると、妖精が一人、ふわふわ浮かんでいる。
ティルおつきの小間使い、ライムだ。
「ソロン様、お誕生日おめでとうございます!」と頭を下げられて、ソロンは「ンァ?」と首を傾げた。
今日が自分の誕生日なのは判っている。
しかし何故、自分の誕生日を彼女が知っているのか。
恋人にだって自分の誕生日を教えていないのだから、その恋人に雇われている身分の小間使いが知る由もないはずだ。
「お忘れですか?ロイス王国では住基登録の際、身分証明用の書類を提出しますよね。その際にソロンさんの誕生日も騎士団がチェックしています。ティル様はワルキューレ様経由で、ソロン様の誕生日をお知りになりました。私もティル様から教えてもらったのですよ」
との懇切丁寧な説明を受けて、ようやく合点がいった。
「宮廷でティル様が、お待ちです。ソロン様のお誕生日パーティーを開催するのだと仰っておりましたが、招待状は届いておりましたでしょうか?」
言われてみれば数週間前、そのような文書が届いていたような気もする。
だが日々の依頼に忙殺されて、すっかり忘れていた。
すっぽかしようもんなら、あのティルのこと、斜め上な嫉妬を爆発してキレ散らかすのが目に見えている。
今更誕生日を祝われて嬉しい歳ではないものの、恋人の顔を立てる意味で参加するしかあるまい。
「判った。行こうぜ」と、寝起きの格好で出かけようとするのはライムが必死で止めた。
「だ、駄目です、ソロン様!せめて、こちらをお召しになってください。ティル様に恥をかかせないであげて下さいませ」
ボボンと白煙が噴きあがり、部屋の中央にワンボックス編み籠が出現する。
ライムお得意の召喚魔法だ。
中に入っていたのは黒いスーツで、曰くティルがソロンに見立てたプレゼントの一つであるらしい。
「ソロン様は格好良いのですから、日頃から身だしなみに気を使うべきだと私は思います。もっとも我がご主人ティル様は、ご自分の前でだけ着飾って欲しいようですがね。いくつになっても永遠の乙女心を忘れない。それがティル様の可愛らしい処ですよ。そう思いませんか?」
後半は完全同意だが、前半は何の寝言だ。ソロンは無視して、スーツへ袖を通す。
誂えたようにサイズピッタリで逆に気持ち悪くもあるが、あまり気にしないでおこう。
無意識に額当てへ手を伸ばし、ピタリと動きを止める。
額当てを今でもつけているのは、己の内にデス・ジャッジメントがいた頃の名残だ。今日は必要あるまい。
「お素敵ですよ、ソロン様!」とのライムのヨイショを一身に受けながら、宮廷へ向かった。


ソロンの誕生日は、それこそ貴賓レベルの規模で開催された。
両側に騎士が整列する赤い絨毯の上を歩かされた上、王に気取った祝辞をかけられた後は、順繰りに着飾った王女三人からも祝辞を受けて、騎士団長、特殊部隊長と続き、あとは普段会ったことも見たこともない貴族複数名が、つらつら形ばかりの祝辞を述べる。
こんなオオゴトになってしまっているのは、ソロンがロイス王国における勇者だからだ。
誘拐された姫君三人を彼が救出した一件は、王国住民の全てが知る冒険譚である。
かつて地下組織で祝ってもらった誕生会とは雲泥の差だが、祝われる本人としては無駄に盛大な儀式と化した誕生会よりは素朴で質素な誕生会のほうが、気疲れしなくていいと思えるのであった。
どんな格好でいようと怒られなかったし、気兼ねなくごちそうに齧りつけたし、マナーが悪かろうと誰も叱ったり眉をひそめなかった。
たとえ世間では悪党認定されていたとしても、あの組織には居心地の良さがあった。
宮廷の雰囲気には、一生慣れそうにない。
こうして赤い絨毯の上で突っ立っているだけでも、そう思う。
もしティルに宮廷で一緒に住めと言われたら、速攻で断る自分が脳裏に浮かんだ。
長い祝辞から開放されても、ごちそうタイムとはならず、次にソロンを待ち受けるのは大量のプレゼント引き渡しだ。
誰それ大臣だのと聞いたこともないような名前が次々読み上げられて、大量の箱が目の前に積み上げられてゆく。
あと何時間、この退屈な儀式に付き合わなきゃならないんだろう?
仏頂面で佇むソロンを救ったのは、他ならぬ恋人のティルであった。
「皆様、感謝をお贈りしたい皆様の気持ちは充分に伝わってきますが、勇者様が退屈しておられます。ここからは堅苦しい賛辞抜きでのパーティーと致しましょう」
ティルの一言を区切りに、わぁぁ……と大喝采があがり、王座の間はダンスホールへと切り替わる。
なんだ、参加者も退屈していたんなら、最初からダンスホール形式の立食パーティーで良かったんじゃねぇか。
と、ソロンは思ったのだが、言わないでおいた。
このパーティーが誰主催の企画だか判らない以上、下手な感想は言うにあらずだ。
「さ、ソロン、お腹が空いたでしょう?好きなものを食べてね」
ティルの気遣いを合図に、ソロンの腹の音がグゥと鳴る。
「ふん、栄誉より食い気か。まぁ、下賤な身元なれば、それも当然か」と騎士団長様が嫌味を飛ばしてきたって、お構いなしだ。
片っ端から肉料理を皿に取り、ガツガツかっこむソロンの横ではティルが陣取って、甲斐甲斐しく食べこぼしや頬についたソースを拭いてやる。
あまりのマナーの悪さに眉をひそめるのなど、彼の人となりを知らない赤の他人ぐらいだろう。
彼をよく知るヨセフやティル、王様、姫君は彼の食べっぷりを笑顔で見守った。
「全く……せっかくのパーティーだというのに、踊らないのか?」と眉をひそめているのは騎士団長のワルキューレだ。
一応ソロンの性格を知る一人なれど、それはそれ、これはこれ。
騎士団をまとめる立場にあり、高貴な生まれでもある彼女は、マナーの悪さに目をつぶれない貴族精神をお持ちなのであった。
「踊りィ?」と顔を上げたソロンへティルが微笑む。
「よかったら、一緒に踊らない?やり方が分からなくても、私が教えてあげる」
「いいよ、俺ァ。ああいうのは苦手なンだ」と断っても、ティルは聞く耳持たずでソロンの腕を引っ張った。
「駄目よ、夫婦になったらパーティーのたびに踊ることになるんだから。今のうちに練習しておきましょう?」
よければなんて言っておきながら、半ば強制だ。
ソロンに選択する権利は、初めからなかったと言っても過言ではない。
渋々料理とオサラバして中央へ引っ張られていくソロンを見送りながら、ヨセフは、しっかり場所を移動する。
一人だけ絡むチャンスを散々逃した以上、せめてソロンの美尻を眼窩へ焼きつけねばとばかりに――

END
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