SEVEN GOD

七神second「もし連邦軍に休みがあったら?」

度重なる戦争のせいで、地球の海は汚染されてしまった。
海水浴なんて以ての外、暢気に泳いでいられる海など、どこにもなかった。
だから非番の日、新参のリュウに海水浴へ誘われた時も特務七神の面々は、いい気がしなかったのである。
「君は異世界の住民だから知らないだろうが、どこの海も泳げたもんじゃないぞ」
あからさまに不服顔で申し立てる神宮を制すると、リュウは黙って一歩踏み出した。
軽く目を閉じる。
深く息を吐いた。
すると、彼らの景色は一瞬にして海へと変化した。
先ほどまで室内であったはずなのに、頭上からは、さんさんと太陽が照りつけてきている。
堅い床は消え失せ、ジャリジャリとした砂の感触を足の裏に感じた。
驚愕にジンが叫ぶ。
「うぉっ!?何これ、テレポート!?」
テレポートは、神太郎の十八番能力だ。
だが神太郎の場合、九人全員が一瞬で移動できるほどの威力はない。
勘の良いシンは、すぐに気づいた。
今のはリュウの力が発動したのだ。
雷に加え亜空間移動、さらには瞬間移動の能力まで持っているなんて、さすがリュウさん!
賞賛の目でキラキラ見つめてくるシンをバックに従え、リュウが言う。
「地球の海が汚染されているのは知っている。本日は疑似海へ諸君等を招待しよう」
「疑似海、だと?」
尋ね返すマッドへ頷いた。
「そうだ。この空間は、俺の作り出した海という名の疑似世界であり……ここにいるのも諸君等だけとなる。いわばプライベートビーチというやつだ」
「空間まで作れるってか。まるっきり神様だね、あんた」
くちでは憎まれ口を叩きつつも、ジンは、あちらこちらを見渡している。
白い砂浜。
眩しい太陽。
そして、青い海――
どれもが、ジンにとって見た覚えのない景色ばかりだ。
彼の知る海と言えば、浅黒く濁って腐臭の漂う、生き物も住めぬ水面だったから。
「ヴァーチャルワールドのようなものでしょうか?」
神矢倉が首を傾げる。
リュウは、またも頷いた。
「似たようなものだ。だが気をつけたまえ。疑似世界の場合、下手をすれば命を落とす事もあるからな」
「海で何をすれば、命を落とすってーのヨ?」
シーナの問いに答えたのは、シン。
「おぼれたら誰だって死ぬぞ。あまり、海をナメないほうがいい」
「あーら、そんなことないわよォ」
シンの忠告もシーナは軽く返し、マッドへ妙な流し目をくれる。
「おぼれたら、大尉が助けてくれるもんネェ〜。ネ?大尉」
「え?あ、あぁ、そうだな」
答えたマッドは、あからさまに上の空だった。
最前まで彼が何を眺めていたかというと、後方に控えるアリスの動きだ。
黙々と、鞄から水着を取り出している。
「あの鞄は?」
マッドの問いに、シンが嬉々として答えた。
「あ、俺のです。今日、リュウさんが海につれてってくれるっていうから、皆の分の水着も買ってきました!」
至れり尽くせり、余計な気を回してくれる。
水着の中から一枚選び、アリスが持ってきてくれた。
「大尉は、これを着るといいわ」
手渡されたのは、黒の超ビキニ。
しかも、尻の食い込みがハンパない。
とんでもない選択に、マッドは泡を食って突っ返した。
「冗談はやめてくれ!なんで、よりによってソレなんだ!?」
「そーだよ!そんなちっちゃい布きれじゃ、大尉のナニが飛び出ちゃうヨ!」
フォローのつもりがフォローになっていないシーナの発言に、マッドの声も裏返る。
「飛びでないッ。そこまで大きくはない……!」
傍らの神宮は赤面し、ゴホンとひときわ大きく咳払いをして、神太郎が遮った。
「黒い肌に黒い水着はノーセンスだ、神崎殿。フライヤー大尉には、無難な水色が似合うのではないか?」
神太郎的には、形ではなく色が不満だったらしい。
彼オススメの水色の水着といえば、一枚しかない。
トランクスタイプのやつだ。
「ところで……」
ぐるりと一行を見渡して、シンが改めて問う。
「皆さんは、もちろん泳げますよね?」
「あぁ」
神宮が頷き、ジンも口添えする。
「いちおー基礎体力訓練で水泳って項目が、あったからねぇ。皆、それなりには泳げるぜ。あ、でも」
ちら、とアリスを見て、付け足した。
「アリスの水着姿って見たことねーや」
「何故だ?基礎体力訓練では一緒じゃなかったのか」
マッドの質問に、ジンは肩をすくめる。
「んにゃ、モチ一緒だったよ。でもさ、アリスは水泳を、さぼってばっかだったから」
規律の厳しい軍隊で、しかも新兵が訓練をサボッていたとは驚きだ。
よく除隊させられなかったものだと呆れかけて、マッドは思い出す。
除隊されるわけがない。
家族の人柱として入隊した彼女を、軍が手放すはずもない。
「泳ぐのは苦手か?」
アリスはマッドへ振り向き、コクリと頷く。
「苦手と言うよりも……水へ入るのが、嫌い」
遠目にショックで固まるシンを見ながら、なおもマッドは尋ねる。
「どうして?昔、おぼれたトラウマでもあるのか?」
アリスもシンを一瞥し、小さく呟いた。
「違うわ。……泳ぐのは、疲れるもの」
とても十代の若者とは思えないぐらい、枯れた答えだ。
肉弾勝負の軍人が、そんな理由で水泳をボイコットしていたんじゃ笑いものである。
「情けないことを言うんじゃない。それでも連邦軍の一員か?」
「泳げなくても、能力者と戦うことはできるわ」
けしかけてみても、アリスの態度はそっけない。
「なら、神崎くんは一人で砂遊びでもしているといい。大尉、我々は早く着替えて泳ぎましょう」
そわそわとした調子で、神宮がマッドを促した。
小脇には鞄から取り出したのであろう、地味な水着を抱えている。
「なぁに?ノリコ、ずいぶん乗り気じゃん」
シーナに問われ、神宮は明るい笑顔を彼女へ向けた。
「当然だ。せっかくの非番、せっかく綺麗な海が目の前にあるというのに、楽しまなくてどうするんだ?なぁ、トウガ君。君だってそう思うだろ?」
突然話を振られたにも関わらず、シンの立ち直りときたら見事なもので、瞬く間にニッコニコと満面の笑みを浮かべて、彼は勢いよく頷いた。
「ハイ!あ、この中でサーフィンやりたいって人はいませんか?」
ハイ、と手を挙げたのは、意外にも神矢倉。
「サーフィンというと、俗に言う波乗りですよね。興味があります」
「興味があるっていうってことは、初心者ですか?何でも教えますよ!」
全身から教えたいオーラを発散させるシンへ、神矢倉も笑顔で頷いた。
「ありがとうございます」
その様子を遠目に、ジンとシーナが小声で囁き合う。
「あーあ、イチローのやつ気を遣っちゃって」
「どー見たって、サーフィンなんてできっこないインドア系のクセにねェ」
もう一人のインドア系、神太郎は水着の物色に忙しい。
やがて鞄の中から一番地味な学生用の黒い海水パンツを見つけると、会心の笑みを浮かべた。
「リュウ、どこで着替えたらいい?脱衣所なんて気の利いたものはあるのか?」
マッドが周囲を見渡し、招待主へ尋ねると、リュウは、ぱちん、と指を鳴らした。
直後、彼らの前に現われたのは、小さな脱衣用テントが九つ。
「わーぉ、便利な指パッチン!」
パチパチと拍手して、シーナは大はしゃぎ。
その横ではジンが、小生意気な感想を述べる。
「その調子で次はスイカかジュースを出してくれると、もっと気が利いているよね」
「ジン!飲み物が欲しければ、部屋の外に出て自販機で買ってくればいいじゃないか」
神宮の小言にもジンはアッカンベーをくれて、リュウへ振り返る。
「バーカ、そんなんじゃ気分台無しじゃん。ねぇリュウ、あんたなら俺の気持ちが判るだろ?」
にこりともせずに、リュウは応えた。
「ならば、食べたい時に話しかけてくれ。好きな料理をご馳走しよう」
「おっ、気が利くねぇ〜。誰かさんと違って!」
喜ぶジンに「だが」と、リュウが釘を刺す。
「今日は一日中シンのサーフィン講座につきあう予定なのでな。俺に話しかけるには、君もサーフィン講座へつきあうことになるが……どうする?」
「え〜?」と不満にクチを尖らせるジンを置き去りに、リュウはスタスタ歩いていった。
颯爽と水着に着替え終わり、早くも水平線を眺めているシンの元へ。
「大尉、我々も早く着替えましょう」
再度マッドを急かす神宮。
その間へ、すっと割り込んでくる者がいる。
「待って」
細い指に腕を取られ、内心ドキリとしながらも、平常心を装ってマッドは応えた。
「どうした、やっぱり君も泳ぎたくなったのか」
アリスは小さく頷き、マッドを見上げる。
「えぇ。泳ぎ方を教えて欲しいの」
「なんだ?神崎くん、君はもしかしてカナヅチ――」
言いかける神宮を押しのけ、マッドの腕を取ったまま、アリスは脱衣テントへ近寄ってゆく。
「大尉なら、笑ったりしないで教えてくれると思ったから」
「あぁ、まぁ、泳ぎぐらいなら教えてやれるが……だが更衣室は一人一個で別々に使うのが普通、って、おいっ、聞いているのか!?」
二人揃って一つの脱衣テントへ入りかけ、なんとか腕を振り払ったマッドは表に飛び出した。
真っ赤になって額の汗を拭っていると、ジト目の部下に睨まれる。
「大尉〜、今ちょっとエッチなこと、考えながら歩いてたでショ?」
「不潔です、フライヤー大尉」
「ダヨネ〜。普通は入る前に、腕を振り払ったりするよねー」
あからさまに神宮は眉毛をつりあげ、いつもは陽気なシーナでさえも失望の様子が伺える。
「いや、待て。俺は、別にアリスの裸を見ようだなんて一欠片も思っちゃいなかったぞ!?」
あたふた言い訳するマッドをフォローするかのように、脱衣テントからはポツリと一言漏らされた。
「大尉は悪くないわ。私が大尉の裸を見たかっただけ」
「うわぁ〜」とドン引きするジンの声をバックに、ますます神宮が、いきり立つ。
「いくら非番とはいえ、失礼だぞ神崎くんッ」
「でもノリコだって本音では、そう思っているんでショ?」
横合いから思わぬ攻撃をまともに食らい、神宮の矛先はアリスからシーナへと向けられた。
「ば、馬鹿を言うな!何故私が、そのように破廉恥な野望を抱かなければいけないんだ!?」
「だぁってぇ〜。アタシだって大尉の裸が見たいもん。だからノリコもそうだろうと思って」
「君と一緒にするな!!」
いつの間にか方向の変わった喧嘩を尻目に、水着へと着替えたアリスを従えて、マッドも海へ向かうことにした。
すでに海ではシンがリュウと神矢倉の二人を相手に、嬉々としてサーフィン講座を開いている。
今のところ、波は穏やかだ。
だがシンが望めば、きっとリュウは指パッチンで高波を呼び起こすだろう。
マッドの背後で、アリスが呟く。
「波が、あるのね」
穏やかとはいえ、多少の波があるにはある。
恐る恐る海へ入ったアリスは寄せてくる波にビクリと体を震わせ、困った目でマッドを見た。
「波を見るのは初めてか?」
そう尋ねると、小さくかぶりをふり、彼女が答える。
「人工の波なら、見たことがあるわ」
軍隊特訓で使われたプールの事を、言っているのだ。
言われてみれば、天然の波に触れるのはマッドも初めてだ。
それなのに、アリスと比べて落ち着いているのは、彼女よりは実戦経験が長いおかげだった。
触れるのは初めてだが、見るのは初めてではない。
「大丈夫だ。最初は波にさらわれないよう、補助付でやろう」
「補助?」
「そうだ。俺の手につかまれ。まずは水に慣れなくては、泳ぐも泳がんもないからな」
差し出された手を強く握ると、アリスは初めて微笑んだ。
「宜しくお願いします」
アリスが微笑むところなど、初めて見た。
普段の能面とは違う彼女の笑顔に、またしてもマッドの心臓はドキンと跳ね上がる。
「あ、あぁ」
だが、ここで動揺していては、また神宮に冷たい視線を浴びせられる。
平常心を取り戻そうと心持ち視線を上の方へ逃がすマッドの腕を取り、アリスが囁いた。
「最初の訓練は、水に顔をつける練習?」
「そ……そうだ」
腕を伝わって、アリスの胸の膨らみを感じる。
足には太ももの感触もあった。
彼女が、ぴったりと寄り添ってくるせいだ。
さりとて自分から補助を申し出た以上は離れろというわけにもいかず、マッドは汗だくになりながら、さりげなさを装って、アリスの体を前面へ押しやった。

初めは、こわごわ水に顔をつけていたアリスも、マッドが思う以上に上達は早かった。
まだ補助付ではあるものの、手足の動きと息継ぎを覚え、それなりにサマには、なってきた。
少しずつ沖へ出て、海の中頃まで来た時だ。
「よし、じゃあ、そろそろ手を離して泳いでみるとしようか」
なんとはなしに軽く言ったマッドに対し、アリスは激しく拒絶を示す。
この世の終わりでも来たかのような目で彼を見つめると、手を離すどころか、ぎゅっと抱きついてきた。
「……嫌」
腕を伝った時以上の感触が、胸に来た。
意外と彼女、胸が大きい。
筋肉もろくすっぽついていない、華奢な体の割には。
「い、いやって、いつまでも補助つきじゃ泳げるようになったとは言えないぞ?」
宥めるマッドの声は上擦っている。
ごくりと鳴らした喉の音、アリスに聞かれていないと良いのだが……
二回りも違う歳の少女に何を欲情しているんだと突っ込まれてしまうと身も蓋もないが、しかしマッドは生まれてこのかた、女性に迫られたり肌を密着させたことなど一度もない。
そこへきて、積極的な女性が――といっても少女ばかりだが、二人も現われた。
マッドとて正常な成人男性。
女性の体にムラムラきたりもする、オスである。
だから、年頃の少女達の誘惑にドキマギしないわけではないのだ。
「……怖いの」
「怖いって、波が?しかし君はだいぶ泳げるようになってきた。自信を持っても」
言いかけるマッドを制し、アリスは首を振る。
「違う」
「違うって、何が」
尋ねる彼を見上げ、ぐいっと背筋を伸ばした。
顔と顔が近くなり、息のかかる範囲でアリスが呟く。
「手を放したら、大尉と永遠に離れてしまいそうで。それが、怖いの」
何を馬鹿なことを、と即座に笑い飛ばそうとするマッドだが、彼は上手く笑い飛ばせなかった。
さらに背伸びをしてきたアリスに、唇をふさがれてしまったので。
すぐにアリスは唇を放し、じぃっとマッドを見つめあげる。
「……絶対に手を放さないでね。私も大尉を、ずっと守りたいから」
「え、あ、ま、守るって、それは俺が君に言う言葉じゃないのか?」
生まれて初めてのキス。
恐らくはアリスも初めてだろうが、彼女は平然としている。
少なくとも動揺丸出しのマッドよりは、冷静に見えた。
体を離し、いつもの能面顔に戻ったアリスが、すっと手を差し出してきたので、慌ててマッドも握り返す。
彼女の手は冷たくなっていた。
長い間、水の中にいたせいだ。
浜を振り返り、アリスが言う。
「……そろそろ、戻らないと」
「そ、そうだな」
途中の訓練以外、ほとんどアリスに主導権を握られていた。
上司として、これは如何なものだろう。
悩むマッドなど、そっちのけで、手を握ったままのアリスは水しぶきをあげ、泳いでついてくる。
もうだいぶ、水にも泳ぎにも慣れていた。
補助をつけなくても、一人で泳げるのであろう。
技術面だけで言うなれば。
彼女に足りないのは、覚悟だ。
いや、覚悟とは、少し違う。
彼女は甘えたいのだ。
実の親に愛されなかった分を、マッドに求めているのだろう。
いいさ、甘えたいなら存分に甘えるといい。
パチャパチャと犬かきのようなバタ足でついてくるアリスを見やり、マッドは微笑んだ。
「君のことは、俺が必ず守る。だからもう、さっきのような寂しいことをクチにするんじゃないぞ」
マッドの言葉をどう受け取ったのかは判らないが、アリスは素直に頷くと、バタ足をやめて砂へ足をつける。
泳がなくてもいいぐらいの浅さにまでは、帰還していた。
「それは、命令?」
首を傾げた彼女を、マッドが軽く抱きしめる。
「命令じゃない、お願いだ。君の悲しい顔なんて、俺は二度と見たくない」
手を放すと言った時に見せた、絶望に瀕したアリスの瞳。
普段が無表情なだけあって、余計にマッドは驚かされた。
それだけに、もう二度と、あんな表情をさせたくないと切に思った。
小さく頷き、アリスは自分から離れる。
「大尉」
「なんだ?」
「……神宮さんにも、後で同じ事を言ってあげて」
すっと後ろを指すアリスに「えっ?」と、マッドが慌てて振り返ると、そこには悪鬼羅刹の表情で仁王立ちする神宮の姿が、あったのだ……!

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