SEVEN GOD

七神second「もし能力者が現代へ転生したら?」

初めて顔合わせした時、彼は全く心を開いていなかった。
それは、そうだろう。
生まれつき能力があったならともかく、途中で開花してしまった奴は、皆、心に深い傷を負っている。
クロトも、そんな被害者の一人だった。
かくいう俺も、そうなんだけど……
クロトの本名が、なんていうのかは誰も知らない。
彼がクロトとしか名乗らなかったからだ。
でも、ここじゃ苗字なんて大した意味を持たない。
家族すらも、意味がない。

俺はゾナ。
ゾナ=エグザムというのが、本来の名前だ。
いや、”だった”というべきなのかな。
ユニウスクラウニ――能力者の本拠地に居着いて以降、全ての過去を置いてきた。
家には戻れない。
戻れば家族が絶対、不幸になる。
能力を持つ者と持たざる者とでは、共存できないんだ。
俺の親は臆病だから、きっと俺を能力者狩り或いは連邦軍に差し出してしまうだろう。
だが、俺はまだ死にたくない。
だから、家には戻らない。

アンナが計測した結果、クロトの能力はアッシュやジャッカル同様、攻撃タイプと判明した。
腕が鋭利な刃物と化して、広範囲に渡る敵を切り裂くらしい。
すごいな。俺なんて、自分の運動神経を少し良くする程度の能力しかないのに。
俺がそれを褒め称えると、彼は全くの能面で答えた。
「こんなものが羨ましいのか?」
羨ましいさ、勿論。
だって皆の役に立てるじゃないか。
俺が、そう答えると、クロトは涼しい顔で受け流したものだ。
「誰かの役に立ちたいなら、手っ取り早い方法がある。ボランティアに参加するんだ」
判っていないな。
ボランティアじゃ、能力者は救えない。
俺達に必要なのは、絶対不可欠の能力だ。
大勢の非能力者を倒す為の。

密林支部の奪回に行った、ニーナが戻ってこない――
リーガルやアッシュの苛立ちから逃れようと苦し紛れに俺が出した提案は、いともあっさり通ってしまった。
内心言うんじゃなかったと悔やんでも後の祭りで、いつの間にか俺も、ニーナを探しに行くメンバーに含まれてしまった。
一緒に行くのはアッシュとアイアン。
これだけじゃ不安なので、俺はクロトも誘うことにした。
「三人だけじゃ不安なんだ。君も一緒に来てくれないか?」
この頃にはクロトも軍を相手に大活躍を繰り広げており、ユニウスクラウニの主力メンバーとして認められていた。
相変わらず、本人は皆と距離を置きたがっていたけれど。
でも俺達は――特に俺とアッシュは、彼と仲良くなりたくて仕方がなかった。
彼と仲良くなって、彼の心にある壁を取り除いてやりたい。
そんなことを、考えていた。
もっとハッキリ言うと俺は彼の親友、それ以上の存在になりたかったのだ。
彼は俺より頭が良いし、強いし、それに何といっても美しい。
恐らく彼はアジア人なんだと思うが、それにしては色白でスマートである。
この細い手足の何処に、あんな能力を秘めているんだ。
そう思うほど姿と強さにギャップがあって、自分でも知らないうちに、俺の中でのクロトの存在は日に日に大きくなっていた。
常に彼の側にいたい。
ジャッカルに寄り添う、サリーナのように……
――だが彼には、あっさり同行を断られ、仕方なく俺は新入りのシンを誘って四人で密林へ降り立つ。
途中で二手に分かれ、俺はアイアンと一緒に裏口から侵入した。
そこで、襲われたのだ。
鋭い刃物を持った、何者かに。
そこから先の、俺の記憶は途絶えている。
ひんやりとした感触が、俺の頭を通り抜けた。
それだけだ。覚えているのは。
後は、真っ暗な闇。
何も見えない、聞こえない。


――再び俺が目覚めたのは、どこか古ぼけた匂いの充満する、小さなアパートの一部屋だった。
ここは、どこだろう?
ユニウスクラウニの基地でもなく、俺の実家でもない。
混乱する俺の耳に、聞き慣れぬ音が響いてくる。
音は扉のほうから聞こえているようだ。
音に誘われるがままに、俺は扉を開いた。
「やはり、お前か。……いや、見知った名前で、もしやと思ったんだ」
開けて驚いた。
むわっとする気候の中、扉の前にいたのは黒服の青年。
クロト、クロトじゃないか!
「クロト、どうして此処へ?」
聞いてから、もう一度考えた。
此処って、ドコなんだ。
「此処が何処だか、お前は知っているのか?」
案の定、クロトも知らないらしい。
俺は正直に答える。
「いや。でも、一人で困っていたんだ。此処が何処なのか判らなくってさ」
それ以前に、とクロトが俺の弁を遮った。
「俺は……死んだはずだ」
とんでもない発言に、俺の目は丸くなる。
だって、目の前のクロトはピンピンしているじゃないか。
怪我一つ負っていない。
「クロト、暑さで頭がおかしくなっちゃったのか?」
「いや、俺だけじゃない。お前もだ。お前も、連邦軍の能力者によって殺されたはずだ」
そう言って、クロトは頭を抱える。
頭がおかしくなりそうなのは、こっちだ。
炎天下の空気が、まともに考える思考すらも奪ってゆく。
階段を登って歩いてきたオバサンが、こちらを不審の目で眺めている事に気がついた俺は、ひとまずクロトを部屋に招き入れた。

クロトの話を総合すると、こうだ。
ニーナ捜索に出た四人のうち、生還したのはアッシュだけ。
アイアンと俺は、連邦軍が放った能力者に殺されてしまったらしい。
おまけにシンは連邦軍へ寝返り、彼の説得で油断したのか、ディノが軍の奴らに殺されてしまう。
シンは結局、能力者だったのか?という俺の問いには、クロトも曖昧に応えた。
「判らない」
だが、クロトの話は、そこで終わりじゃない。
北欧支部に乗り込んだ仲間達は散り散りになって司令室を目指したらしいのだが、クロトは屋上に残った。
そして、連邦軍の能力者に殺された――というのだ。
冗談を言っているのかと思ったが、クロトは冗談を言うような男じゃない。
目の前の彼は真面目だ。
大真面目に、自分が死んだと言っている。
「じゃあ、今の俺達は何なんだ?幽霊か?」
俺が尋ねると、クロトは緩く首を振り、俺の身体にペタペタと触れてきた。
「だが、実体がある。俺も、お前も。ここへ来る間」
クロトの話は続いたが、俺は驚いて言葉もなくしていた。
まさか、彼のほうから俺の身体に触れてくるなんて。
クロトは誰かに触れるのも、触れられるのも嫌う奴だった。
最後に別れてから、彼に何があったというんだ。
彼の指に触れられた部分が熱い。
黒い服を透き通して、俺は彼の裸体を妄想した。
滅多に、人前で肌を露出させたことのないクロト。
全人類能力者計画に、参加しているのかどうかも怪しかった。
というよりも、彼には参加して欲しくなかった。
女に跨り腰を振るクロトなど、俺の中でのイメージが壊れてしまう。
「……というわけで、俺はどうやら、ここに住んでいるということになっているらしい。お前も、ここに古くから住んでいる事になっているのか?」
クロトの質問など、妄想で股間をいきり立たせた俺の耳には当然入っていかず。
「クッ、クロトォォォッ!!」
俺は一気に襲いかかった。血に飢えた、獣のように。
「なっ!何の真似だッ」
即座に目の中に星が瞬く。
カウンターで拳骨をくらったのだと判った時には目の辺りが重点的にズキズキと痛み、俺は顔を押さえてよろめいた。
「ゾナ、俺の話を聞く気がないのか!?」
片方の目で見たクロトは、珍しく表情を見せて怒っている。
いつも無表情、無感情で冷静な、あのクロトが……だ。
俺は必死に謝った。
「ご、ごめん、悪かった……だから切り刻まないでくれ」
そうだ、忘れていた。彼の能力を。
その気になれば飛びかかった瞬間、俺はズタズタに切り裂かれていても、おかしくなかった。
俺の詫びに対してクロトは、ふいっとそっぽを向く。
「切り刻まない。いや……切り刻めない、といったほうが正しいか」
ポツリと呟いた一言に、俺は我が耳を疑った。
切り刻めない、だって?それは、つまり……
「クロト、き、君も、もしかして俺のことが、すッ好きだったとか!?」
俄然鼻息を荒くして詰め寄る俺に、クロトは、どこまでも素っ気なく答えた。
「何の話だ?そうじゃない、切り刻めなくなっちまったんだ」
「……えっ?どういうことだ」
クロトは己の掌をジッと見つめながら、呟いた。
「能力が消えた。そう言えば物わかりの悪いお前にも、判るだろ」
つまり、それは――
「クックックロトォォオッ!!!!!」
再び襲いかかる俺の顔を、思いっきり両手で押しのけながらクロトが喚いた。
「だから!話を聞けと言っている!」
駄目だ。話なんか、後だっていい。
切り刻めないなら、今こそがチャンスなのだから。
迫り来る俺のタコクチに、クロトは精一杯顔を背ける。
能力のある彼だったら、とても、こんな真似は出来なかっただろう。
能力がないからこそ、息がかかる距離まで密着できるのだ。
「クロトッ、俺、俺ッ、ずっと前から、お前の事が!」
涎が出そうになり、ずずっとすすり上げてから愛の告白をかます。
対してクロトは露骨に嫌悪の表情を浮かべて、俺をなじった。
「正気か?俺は、男だぞ」
「判ってる」
ゴクリ、と大きな音を立てて、俺は唾を飲み込んだ。
黒い上着の隙間からクロトの白い肌が見えている。
透き通るような肌とは、彼のような色を言うに違いない。
アユラもアンナも、色黒人種だった。
強いて言えばエリスぐらいか、ユニウスクラウニの中で唯一白人と呼べるのは。
その白人エリスよりも、クロトの肌は白い。
触りたいという欲望が俺の中で、ぐんぐん育ってゆく。
伸ばした手が上着を掴んだ瞬間、クロトの冷たい視線が俺を捉える。
「やめろ」
「み、見たいんだ」
俺は欲望を押し隠さず、極めて素直に頼み込んだ。
「クロトの裸が見てみたいんだよ、見るだけだ、撫で回したり舐め回したりしないから、頼む!」
舐め回すという言葉に、クロトが身震いする。
「あ、当たり前だ」
冷静を装っていたが、声は震えていた。
「そんな真似をしてみろ、絶対に許さない」
「うん、だからしないよ。しないから、ぬ、脱いでくれよ。頼むよ!!」
俺の土下座に、とうとうクロトも根負けしたらしかった。
ふぅ、と大きな溜息を漏らし、彼は視線を外す。
「……判った。見るだけだぞ」
「あ、ありがとう!!」
その時の俺ときたら、小躍りしたいほど嬉しそうに見えたに違いない。
クロトの眉間には無数の皺が寄ったが、彼は何も言わずに上着を脱ぎ始めた。
黒い上着の下には黒いランニングシャツを着ていて、黒いズボンの下は黒いパンツを履いていた。
どこまで黒が好きなんだ。
下着姿のクロトが問う。
「どこまで脱げばいい?」
「ぜ、全部」
間髪入れず、俺は答えた。
欲望のままに全裸を希望すると、再びクロトは眉をひそめたが、無言でパンツへ手をかける。
白い尻がチラリ見えた瞬間、俺は獣の如き素早さで、みたび彼に襲いかかった。
今度は抵抗する暇も与えなかった。
それもそのはず、尻を見せた瞬間、彼は後ろを向いていたのだから。
「こ、こら!約束が違うっ」
慌てるクロトを後ろから抱きかかえ、俺は頬ずりしたくなるほど美しい尻に手をあてた。
「クロト、クロト、あぁ、クロトの尻、すべすべしてるっ」
さわさわとお尻を撫でてやると、クロトの肘が俺の顔面に打ち込まれ、俺は勢いよく、もんどり打つ。
ぐはぁッ、今度の攻撃はハンパなく痛い。
目が潰れるんじゃないかと思ったぐらいだ。
「いい加減にしろ!ゾナ、お前、性格変わったんじゃないのか!?」
頭から湯気が出そうなほど怒っているが、クロト、お前は勘違いしている。
俺の性格は、元々こんなんだ。
ただ、お前とは親しくする日数が足りなかったから、お前が知らないだけで。
くらったダメージは半端ないが、もう満足だ。
夢にまで見たクロトのお尻に、思う存分触れられたのだ。
この後、クロトに包丁で刺されて死んだとしても悔いはない。
「……もう、帰るッ」
いつの間にか服を全て着終えたクロトは、戸口までUターンしている。
こちらを全然見ないのは、心底怒り狂っているせいだろう。
「ま、また来てくれるかい?」
俺の誘いに、全く振り返らないで彼が言う。
「二度と来てやるものか」
それを最後にドアは乱暴に閉められて、俺は一人、見知らぬアパートに取り残された。
でもきっと、彼は、また来てくれるはずだ。
俺には判る。
クロトは、ぶっきらぼうに見えるけれど、他人を思いやることのできる優しい奴なのだから。

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