SEVEN GOD

仲良くなれれば、よかった

外は寒風が吹き荒れている。
窓辺で地上を眺めているクロトの耳に、アユラとオハラの会話が聞こえてきた。
「来年の配置表、もう出てたっけ?」
「出ているよ。司令室の壁に貼ってある、あとで見ておいでよ」
ここはユニウスクラウニ、その総本山。
クラウニフリードの中である。
年末年始にかけて、翌年の担当場所が割り当てられる。
一年間の活動内容によって、毎年どこの担当になるかが変わるのだ。
クロトは、ずっとクラウニフリードでの待機を担当している。
総本山であるクラウニフリードにいられるのは、ユニウスクラウニの中でも特殊な人材に限られている。
これといって幹部などという役職はないが、他の仲間からは一目置かれる立場にあった。
アユラとオハラが言っていたのは、来年の一覧表の話。
大方アッシュが何処の担当になるのか、或いは彼と一緒に配置されるのか否かが気になっているのだろう。
アユラがアッシュに仲間以上の感情を抱いている事など、誰もが承知の上だ。
彼女の双子の妹、ファニーだって勘づいている。
勘づいた上でアッシュの取り合いをやっているのだから、実の姉妹ながら殺伐としたものだ。
だがアユラとファニーがアッシュを挟んで血で血を洗う戦いになったとしても、クロトの知ったことではない。
それよりオハラの話だと、もう来年分の配分表が貼りだされているそうだから見に行かなくては。
クロトとて仲間のことが全く気にならないほど、冷血ではないつもりだ。
彼には、ひそかに気に留めている人物がいた。
自称北欧地域出身の、ディノという名の少年だ。
七歳以上年下の相手だが、対等のつきあいである。
初めは名前を知っている程度だった。
向こうから接触してきたのだ。
彼はクロトの趣味を、何故か知っていた。
リーガル、或いはエリス辺りから聞いたのかもしれない。
仲間と必要以上に関わらず、いつも無口で何を考えているのか判らない、黒づくめの青年クロト。
そんな彼の趣味は、カードコレクションであった。
何百年、いや、下手をすれば何千年も昔に作られたとされている、古いカードの収集だ。
裏面に記された文字が何を意味するのかは、クロトにも、よく判らない。
だが表面に印刷された絵は、彼の芸術欲を満たす、大いに素晴らしいものであった。
書物によると、古代に生息していたとされる昆虫が描かれたもの。
人物や建物、風景を描いたものもあった。
カードの絵柄は、数百種類に及ぶという噂もある。
彼は全てを集めたいと考えていた。
そのクロトに、ディノは渡してくれたのだ。
任務の最中で見つけたというカードを。
ディノは見返りを求めなかった。
無償でカードをくれた。
それも、出会ったばかりのクロトに……だ。
素直に良い奴だと思い、仲良くなりたいとも考えた。
自分のためにカードを拾ってきてくれたという行為が嬉しかった。
クロトの集めているカードは普通の人なら、まず見向きもしない、言ってしまえばゴミと見間違うようなシロモノだ。
ディノは、少なくともカードに関する知識がある。
同じ知識を持つ者同士、もっと見解を深めたい。
アユラが出て行ってから五分後、何気なさを装って、クロトも司令室へ向かった。


残念ながら、クラウニフリード待機メンバーの中にディノの名前はなかった。
来年も同じような面子と顔をつきあわせて、乗らなければいけないらしい。
うんざりした。
大体、特殊特殊というが、何を基準に特殊といっているのかが疑問だ。
副リーダーのジャッカルやリーダーのリーガルはともかくとして、ヴィオラとスミスが選ばれたのは納得いかない。
ヴィオラの能力は熱源察知。
そしてスミスは金属察知の能力を持つ。
二人の能力は非常に似通っている上、船内においては、さして重要とも思えない。
彼らの能力は、ゲリラ戦でこそ威力を発揮するのではないだろうか。
まぁ、それをいったらファニーとクロトも似たような能力だが。
体の一部を変化させるのは硬質か弾性か、違いは、それぐらいだ。
ディノは北欧支部の基地隊長に選ばれていた。
去年までは下っ端扱いだったから、一応昇進したともいえる。
しかし、本人の希望は毎年クラウニフリードへの乗船だった。
クロトへ近づいたのも、彼経由でリーガルへ話を通して欲しいという下心あってのものと思われる。
「え〜、南米支部ゥ?やだなー、あつそー」
一覧表の前では、アユラが不満げにブーブー文句を言っている。
くちでは文句を言っていても、顔が笑っている処を見るにあたり、希望通りの相手と一緒の配属になったのだけは間違いない。
そうか、アッシュは南米支部担当になったのか――
騒がしいアッシュの顔を脳裏に浮かべ、クロトは、ほっと安堵の溜息をつく。
南米はユニウスクラウニにとって、大きな意味を持つ場所だ。
絶対に、連邦軍に奪われてはならないスポットでもある。
たとえ脳味噌の中身が幼児とはいえ、アッシュはユニウスクラウニの中でリーガルに次ぐ実力者。
南米は彼に任せておけばよい。
副官にアユラをつけたのは正解だ。
彼女なら無軌道なアッシュの手綱を、うまく操ってくれるだろう。
「クーロートー。来年はヨロシク〜!」
背後に、ちっこいのと丸っこいのが現われる。
トムとサムだ。
経歴が浅いくせに馴れ馴れしい少年達だ。
彼らを、クロトは好きではない。
彼らはリーガルの義息にだって、タメグチで話している。
元々、物怖じしない性格なのだろう。
二人を軽く無視し、戸口へ向かう。
兄弟が追ってきた。
「残念だったねー」
サムが言う。
なにが?と目で問うと、サムは、いやらしい笑みを浮かべて言った。
「ディノと一緒になれなくて残念だったねぇって言ったんだよ」
彼とクロトの関係は、誰にも知られていないはずだ。
「ディノが、どうかしたのか」
内心の動揺を押し隠し冷静に応じるクロトを、サムはニヤニヤと眺めている。
トムは無言だ。
兄がクロトを怒らせやしないかと、ハラハラ見守っているようにも見えた。
「やだなぁ〜、とぼけちゃって。俺、知ってるんだよ」
勿体つけたサムの言い分に、クロトの眉間には僅かな皺が寄る。
「クロトはディノのお気に入りなんだってねぇ」

クロトが、ディノの?
逆ではないのか。

眉間に寄った皺が、苛つきから疑問へ変わる。
クロトの表情を、どう取ったかは知らないが、サムは重ねて言った。
「例の人類能力者計画、クロトは強制参加だろ。それでディノのやつ、怒っちゃってさぁ〜。イヨッ、憎いね、モテオくんは!」
人類能力者計画は、リー=リーガルが発案した。
非能力者の女を強姦して種付し能力者の子供を産ませるという、恐ろしく遠大な内容だ。
精子の発達した年齢に差し掛かる男性は、全員強制参加となっていた。
アッシュやジャッカル、クロトも二十歳を越えているから、当然参加しなくてはならない。
トムやサム、そしてディノら、まだ少年に分類される子供達は、自由意志での参加となっている。
ディノは、絶対に参加したくないと息巻いていた。
何故?と理由をクロトが尋ねても、彼は絶対に答えてくれなかったのだが……
「俺が強制参加で、何故ディノが怒るんだ。奴には関係なかろう」
どこまでも冷静なクロトにサムは肩をすくめ、「判らないの?」と心底小馬鹿にした調子で尋ね返してきた。
「判らないから聞いている」
さらに問い返してから、気が変わった。
こんなのは、本人に直接聞けば判る話じゃないか。
さっさと踵を返したクロトの背中へ、サムの答えが追い被さる。
「決まってるだろ?ディノは、あんたが好きなんだよ。大した用もないのにクラウニフリードへちょくちょく来てたのは、クロトがいたからに決まってんだろ?」
「――好き?」
背中越しに振り返り、サムを見た。
「好き、とは?」
「好きは、好きさ。他に何の意味があるんだよ?」
なるほど。
向こうも兄として、あるいは友達として慕ってくれていたのか。
嬉しい事だ。
一人納得するクロトへ、更なる追い打ちが浴びせられる。
「あいつの熱っぽい視線を追ってみりゃ〜、どんな馬鹿でも、誰を見ているのかぐらいは判るからね。で、クロトはどう思ってんのさ?あいつのこと」
「ディノのことか?」
「他に誰がいるんだよ」
「興味はない」
冷たく吐き捨て、クロトは今度こそ司令室を出て行く。
サムに答えたのは真実ではない。
だが興味本位のスケベ笑いで尋ねてくる奴になど、本当の事は伝えたくなかった。

特務七神なる部隊に奇襲され、北欧支部のディノが死んだ――
その知らせをクロトが知ったのは、連邦軍に奪われた南米支部を取り戻した時だった。
直接知らせを受けたわけではない。
連邦軍の使っていた機材からアクセスして、得た情報だ。
それだけに、信憑性はあった。
文章を目で追ううちに、目の前が暗くなる感覚。
それでもクロトは気丈に耐えきった。
ディノとの関係を、最後まで仲間に知られたくなかった。
「とくむ、ななかみ……?」
皆にも連邦軍の報告文書を見せると、スミスが小さく読み上げる。
クロトは頷いた。
「そうだ。トクム・ナナカミ、恐らくは奴らのコードネームだろう。こいつらがディノやマイラを殺した」
「……もしかして!」
アユラが勢いよく立ち上がる。
アッシュも彼女を振り返ると、同時に叫んだ。
「リーガルは、そいつらを倒しに行ったのか!?」
きっと、そうだ。
そうでなくては、死んだ彼らも浮かばれまい。
「まだ到着していないようだが、トクム・ナナカミを求めてリーガルは必ず北欧に行くだろう。ディノの仇討ちも兼ねた、邪魔者退治の為に」
溜息と共に呟くクロトへ、サムが肩をすくめる。
「仇討ちなんて、馬鹿馬鹿しいんじゃなかったの?」

――仇討ちなんて馬鹿馬鹿しい――

仲間の一人、クィッキーがまだ生きていた頃、クロトが彼へ向けて放った言葉だ。
クィッキーは妹のニーナを失った。
そのせいで、彼は冷静な判断も出来なくなっていた。
怒りは戦いの動機になるけれど、それだけで勝てるほど戦いは甘くない。
怒りに目がくらみ冷静な判断も出来ないのでは、勝てる相手にも負けてしまう。
クィッキーの末路が、その良い例だ。
怒りにまかせて火のついた森へ飛び込み、挙げ句の果てに焼け死んでしまった。
自分だけは、そうなりたくなかった。
少なくとも、ディノが死んだと判るまでのクロトは、そう思っていた。
モニターから離れたクロトは、壁に背をもたれる。
「俺は、そう思っている。だがリーガルは、そう思っていないかもしれん」
半分は真実であり、もう半分は真実じゃない。
リーガルが仇討ちを望んでいると、彼は半ば本気で思いこみたかった。
「……ディノは優秀な奴だった。奴を失ったのは、俺にとってもユニウスクラウニにとっても損失だ」
「クロト、あんた……ディノのこと、そんなに」
アユラが何か言いかけるのを軽く制し、アッシュがクロトに囁きかける。
「クロト。ディノが可哀想だと思うなら、俺達も急ごうよ。あいつの無念晴らしを、リーガルだけに任せるわけにはいかない、だろ?俺達だって手伝わなきゃ!」
両手を握りしめて励ましてくるアッシュを、クロトは、じっと見つめた。
やがて緩く首を振り、手早く機器に何かを打ち込む。
「仇討ちを推奨するつもりはない。だが……」
サブモニターが切り替わり、この基地の屋上と思わしき景色が映し出される。
屋上には、戦闘機が何台か並んでいた。
「こいつでブッ飛ばせば、リーガルの到着ぐらいまでには間に合うかもしれん」
そして、願わくば。
リーガルが奴らを倒す前に、自分の手で特務七神を倒したい。
「どうせリーガルがやられたら、俺達はオシマイなんだ。ここに残ってたって意味ねーよな」
サムの言葉につられるようにして立ち上がると、スミスも力強く頷く。
「そ、そうだ。そうだとも、こんな時こそ、僕達は一丸となって戦わなきゃ!」
次々にあがる仲間の決意。
捕虜のマリヤを連れて彼らは一路、連邦軍の北欧支部へ向かう――

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