第九小隊☆交換日誌

レンのお誕生日

この世で家族と呼べる人々が一人もいなくなってしまったのは、いつだっけ。
最初の爆撃では、父と生き残ったんだった。
何度も空襲にさらされるうちに、父とも離れ離れになってしまった。
変わり果てた姿を見つけたのは、セルーン郊外にある集団墓地。
戦争は酷い傷跡を私達に残していった。
そのくせ、解散はあっけなく私を無職で放り出した。


「レンーッ、十八歳のお誕生日おめでとー!」
レンがウランブルド家の居候に収まって、数日後。
誕生会が、ささやかに行われた。
子供たちの誕生日には盛大なパーティーを催した名門家も居候の誕生日には無関心で、家族だけでの誕生会をしようと言い出したのは親友のナナであった。
もちろんレンは申し訳ないので辞退したのだが、ナナの強引さに押し負けるようにして主役席に座らされている。
「じゃーん!どぉ?これ、あたしからのプレゼントだよ。できるだけレンに似合いそうなドレスを選んでみたんだけど!」とナナがヒラヒラさせているのは、アクセントに宝石を散りばめた純白のドレスだ。
ユンの誕生会で借りたドレスと似ているようで違う。
こちらのほうが、お値段が張るというのは、貧乏人なレンにも判る。宝石の数が段違いだ。
「え!えぇぇ、恐れ多い」
「何いってんの?レンは美人なんだから、もっとおしゃれするべき!」
かくいうナナは薄黄色のドレスで、前に着ていたのとも異なる可愛らしさを強調している。
彼女ほど可愛いというワードが似合う子も、いないのではなかろうか。
義兄を追いかけての入隊とのことだが、軍に入らずとも幸せな選択肢は幾らでもありそうだった。
それに比べて、自分ときたら。
空襲で受けた傷が元で片目が潰れている上、視力はゼロに近い。
髪の毛だってナナは女の子を強調する桃色で愛らしいのに、自分は銀髪、見ようによっては冷たい印象を受ける。
軍にいた頃は毎日が忙しかったから気にしなかったけれど、平和な世の中で見ると、ナナと一緒にいるのは比較されそうで怖い。
ウランブルド家の人々は下男下女も含めて優しいので、今のところ、そういった被害は出ていないが。
「私からは、これをお贈りいたしましょう。あなたの好みに合うと宜しいのですけれど」
そのウランブルド家、正当な後継者でもあるナナの母が差し出してきた小箱の中身を見て、またしてもレンは恐縮する。
青いイルカの置物なのだが、材料はどう考えても希少価値の高価な宝石。居候ごときが手にしていい代物ではない。
「ああああ、あり、ありがたくちょうだいいたします」
レンはカチコチになって受け取り、傍らのナナには「やだ〜、そんな緊張しなくていいのに!」と笑われた。
「だだだ、だって宝石ですよ?宝石!」
「宝石って言っても、石でしょ、石。綺麗な石だって思っておけばいいのよ」
ナナも生まれは貧乏人だという話だが、今じゃすっかりセレブ感覚が板についており、貧乏人だったと言われても信じがたい。
それともセレブと一緒に暮らしていれば、自分にもいつか、この感覚が備わるのだろうか。
少し離れた席に座っていたユンが立ち上がり、レンのそばへ歩いてくる。
「レン。俺からもプレゼントだ」
「えーっ!あたしにはくれなかったのに、ズルイズルイ!」とナナがけたたましく騒ぐのは、彼女の母が「ナナ、誕生日プレゼントは当日贈るのが当家の仕来りだと知らない、あなたではないでしょう?あなたへの贈り物は来年をお待ちなさい」と窘める。
しかしレンは緊張でユンを凝視するのが精一杯、周りの雑音は右から左へすり抜けた。
軍にいた頃、隊長から何かを賜る機会は一切なかった。
海軍は小隊単位で行動するのだから、兵士が一人で活躍する機会などあるわけもない。
ユンは小箱をレンの前に置き、僅かに微笑む。
「……気に入ってもらえると嬉しいんだが」
ユンから貰えるなら、なんだって嬉しいとレンは思う。
たとえ腐りかけのバナナであろうと、時代遅れの衣類であろうと。
ドキドキ胸を破裂させそうなほど高鳴らせて小箱を開いてみると、そこに鎮座していたのはシンプルな見た目のネックレスだった。
「……ッ!?」
「わぁ〜、可愛い。いいなレン、いいなぁ〜」
いや、一見シンプルだが、そうじゃない。
紐部分は金属や皮紐ではなく、なにかの鉱石らしき手触りだ。
紐の中央に収まる小鳥は光の角度で七色に煌めき、貧乏人には生涯手に出来ない高価な代物だぞとアピールしてくる。
「ごほぁ!」
「レ、レンッ!?ど、どうしたの、突然変な声出して!」
ナナに助け起こされたレンは、息も絶え絶えユンに想いを吐き出した。
「こ……これは、プロポーズ……!?」
「え?」となったのはナナや彼女の両親だけに留まらず、贈り主のユンもだ。
「いや、ネックレスだが」
即座に否定するユンの返事など聴こえなかったのか「ネ……ネックレスは、愛の……愛の、証ですぞぉぉぉ!!」と興奮するレンを見て、ユンの父親が「そうか……レンさん、君は七区の生まれだったのか」とポツリ呟いた。
「七区?」と首を傾げる子供たちに詳しく説明する。
七区とは、かつてセルーン外陸にあった海辺の地。
首都は一区、そこからも遠く離れたド田舎区だ。
そこでは愛の証としてネックレスを贈りあう風習があったという。
「七区は住民が死に絶えて六区と吸収合併した。まさか、そこの生き残りが、うちに来ようとは」
父は、やたら感心しているが、それどころではない。
「ユン兄!レンと結婚するって本気なの!?」とナナは角を立てて、おかんむり。
言い詰め寄られたユンは、全くの能面で「いや、その風習は初耳だ」と返した。
「ネックレスではなく指輪にしておくべきでしたわね」との母にもナナが噛みつく。
「ダメ!指輪のほうが、よっぽどそれっぽいじゃない!」
かと思えばレンの手からネックレスを奪い取り、「もぉー、これは没収!」と親友相手でも容赦ない。
「あぁー!ユン隊長の、もとい、ユン様の贈り物がぁー!」
死にそうな居候を前にしても、ウランブルド家当主は微笑みを絶やさない。
「あら、様付けだなんて。私たちは家族、そうでしょう?ですからユンのことは呼び捨てでいいのよ、レンさん。年上を呼び捨てするのに抵抗がおありでしたら、お兄さんと呼んでも構いませんが」
その側では父に注意を受けるユンの姿が。
「ユン、女性への贈り物だからとネックレスを選んだのだろうが、貴金属は誤解を招きやすいと前に教えただろう。次は無難に、そうだな、小物雑貨を贈るように」
ナナからプレゼントを取り戻そうと無駄なあがきを繰り返しながらレンが思ったのは、次からは動揺しないで冷静に受け取れるようになろう――
その一つに尽きた。



おしまい

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