第九小隊☆交換日誌

ユンのお誕生日

ウランブルド家の長男は長いこと軍役にあったが、覇王戦争が停戦した暁には所属部隊が大幅縮小されて、無事故郷の土を踏める日が来た。
第九小隊は解散し、ユンは義妹ナナ、その友達のレンと共に我が家へ帰ってくる。
「もう何十年も留守にしていたって感じがする!」
はしゃぐ妹を横目に、ユンは荷物を家へ運び入れる。
家を出た時よりも荷物は増えたように思う。
母への土産や新たに買った衣類、生活用品などがパンパンに詰まった荷物を各自の部屋に運び入れたところで、やっと一息つく。
自分の部屋は、家を出た時のままにしてあった。
十五で軍に入ってから、一度も帰郷していない。机は、すっかり埃を被っていた。
「ねぇ、ユン兄、明日はユン兄の誕生日だったよね!」
戸が開いたと思ったら、ナナがぴょこんと顔を出して、そんなことを言う。
誕生日。
軍に入ってから、とんと縁のなくなった祝い事だ。
セルーンの海軍は誕生日を祝っている暇もないぐらい多忙、ひっきりなしに海峡と拠点を往復する日々が待っていた。
戦争が終わった今なら、誕生日を祝うことができよう。
部下だった面々の誕生日も、一応知っている。
しかし軍を離れた今、誕生日を祝いにだけ出かけるのは面倒だ。
せいぜい義妹のナナぐらいであろう。ユンが祝える相手は。
それはそれとして、明日は自分の誕生日か。
自分の誕生日など、すっかり記憶から消えていた。
「ね、なにが食べたい?ユン兄って特に好物なかったよね。お母さんは三段ケーキを作るって張り切ってるけど?」
「一段でいい」と断り、ユンは尋ね返す。
「ナナは誕生日を祝いそこねたな。どうせなら明日、俺と一緒に祝うか?」
「え!いいの!?やったー、じゃあユン兄、プレゼント買ってくるから楽しみに待っててね!」
ナナは大喜びでぴょんぴょん飛び跳ね、満面の笑みを浮かべた。
「ね、レンも一緒でいい?いいよね!三人で祝おっ」
レンはナナの強引な誘いを受けて、ウランブルド家での居候が決まった。
彼女は戦災孤児だから、退役しても帰る家がない。
怒涛の勢いで一方的にまくし立てて、両親説得に至ったナナの友情には感服だ。
ふと、友情つながりでユンの脳裏に一人の人物が浮かんでくる。
そうだ。明日は彼も招待しよう。
ずっと自分を軍で支えてくれた彼にも、二人分の誕生日を祝ってほしい。


「ナナたぁぁぁーーーーーーーんっ!お誕生日おめでとう!もう結婚可能な年齢だな?そうだな?ユンッ!これはもう、キッスするしかあるまい。婚約のキッスだ。ナナたぁぁ〜〜ん、ブチュヴヴヴッゥウゥ、アッチャア!!
鼻息荒く飛び込んできた眼鏡青年の顔面に、アッツアツのピザが直撃する。
「おぉっと〜、うーっかり、手が滑っちゃいましたぁ」
お茶目にウィンクすると、レンはナナを椅子へエスコートした。
「さぁナナ、今日はあなたとユンお兄さんが主役です。騒音は気にせず、料理をお待ち下さい?」
「もー、なんで変態眼鏡なんか呼んだのよ!」とナナは、おかんむり。
しかしキースを呼んだのは本日のメイン主役であるユンだからして、それ以上はナナも文句を言えない。
「大丈夫か、キース」とユンに助け起こされて、キースが怒鳴り散らす。
「くぉらっ、レン!お前、退役しても全然遠慮がないな、居候の分際で!」
「あなたの家の居候じゃありませんから、あなたにエラソーに言われる筋合いも、ないんですけどぉ?」
どう考えても口喧嘩はレンに軍配が上がっている。
いきり立つキースを宥めて自分の隣へ誘導すると、ユンも着席した。
ウランブルド家の誕生パーティはレンやキースの他に、軍上層部のお偉いさんや近所の貴族、両親の友人知人が多数出席する大掛かりなものとなった。
我が家はセルーン有数の名門貴族である。
三人での、ささやかなホームパーティなんてのは、最初から出来るはずもなかったのだ。
思い返せば、軍に入る前までの誕生会も仰々しいものだった。
隣近所に渡るまでの学友が集められての大パーティ、呼ばれた中には顔を知らない子もいたような気がする。
今日も両親繋がりの軍人や貴族が大半で、参加者の殆どが知らない顔だ。
「ユン〜、誕生日おめでとう!ねぇ、これ、うちの母が焼いたパンよ。あなたにプレゼントするわ。お口にあうといいんだけど」
貴族にぐるり囲まれたパーティだというのに、全然気取らないセーラの度胸には驚かされる。
ナナが薄桃色の愛らしいドレス、レンが白い清楚なドレスなのに対し、セーラは毒々しいほど真っ赤なドレスを着てやってきた。
落ち着いた色合いの人々が多い中、変に悪目立ちしており、招待する前に最低限のドレスコードを教えておくべきだったとユンは内心後悔する。
キースにしても、そうだ。
胸に薔薇をつけた真っ白タキシードでやってきて、主役の二人より目立っている。
かくいうユンは紺色のスーツで、派手にならないよう抑えめにした。
抑えめにするのがセルーン貴族の主流なのだ。
パーティで派手に着飾ればいいと考えるのは、庶民の発想であろう。
「誕プレに家族が焼いたパンとか、ねーだろ。どこの近所のオバハンだよ」と小声で愚痴っているのは、カネジョーだ。
一応招待状を送ってみたものの、彼が来てくれるとは思ってもみなかった。
彼の着ている緑色のシャツには赤い文字で『抹殺』と書かれており、どこから突っ込めば良いのか判らない服装はさておき、きてくれたこと自体は素直に嬉しい。
「今日は来てくれてありがとう、カネジョー」
頭を下げるユンに、カネジョーはソッポを向いて答える。
「べッ、別にお前らをお祝いするつもりで来たんじゃねーし。美味い飯が食えるってんで来ただけだ」
そう言う割に背中の鞄は大きく膨らんでいて、二人分のプレゼントを持ってきたのがバレバレだ。
部下だった頃は生意気で手のかかる怠け者という悪印象の強い彼だが、本来は"ツンデレ"で"可愛い"奴だったのだ。
カネジョーの長所を早くから見抜いていたらしいセーラには恐れ入る。
「女医は欠席か。年中無休の軍畜じゃ仕方あるまい」
会場をキョロキョロ眺め回して、キースがボソッと呟く。
セツナは来られないと欠席届を送り返してきた。
その代わり、後日お祝いの品を贈るとも書かれていたが。
戦争が終わっても軍医は退役とならず、彼女は今も軍隊で医療活動にあたっている。
あの頃のメンバーが全員集まれなかったのは残念だが、いつまでも感傷に浸っていられない。
父が呼んでいる。母もだ。
そこからは、ごちそうを口にする暇もなく方々への挨拶と顔見せ巡回が始まった。
談笑は、ほとんど両親に任せて、ユンはひたすら真面目な顔を作って直立不動を貫いた。
「やっぱユン兄が一番格好いい!ね、レンも、そう思うよね」
ナナに振られて、レンも「えぇ、そうですね」と無難に返しておく。
このたび招待された貴族の皆様がたは九割が、ご年配。
レンやナナたち十代から見て格好いいと呼べる年齢なのは、ユンとキースぐらいしかいない。
「あーあ、結婚するならユン兄とって、ずっと思ってたのにィ。ずるいなー、セツナせんせー」
ナナは、ほんのり頬を朱に染めて、あけすけない愚痴を振りまいている。
手酌で、くぴくぴワインを飲んでいるけど、そんなに飲んだら明日二日酔いでぶっ倒れないか心配だ。
「ま、まぁまぁ。平和になったんだし、これから先、かっこいい人にも巡り会えますよ」
「ユン兄以上の格好いい人なんて、滅多にいないもん」
ぷぅっと頬を膨らませてスネるナナの目前に影が落ちる。
「ナナたん……ここにいるじゃないか、世紀のイケメンであり君の王子様である、この俺が」
誰かと思えば変態眼鏡だ。
格好つけてモデル立ちしたって、一言喋るだけで全部台無しになるから意味がない。
「ね、レンは、どうなの?結婚したい理想の人って、どんなの?」
ナナはキースを完全無視してレンにコイバナを振ってくる。
「いやぁ、私は理想像とか全然思いつきませんから」
どこまでも無難にかわそうとするレンは、しかし横合いからの「理想を掲げたって、こいつの場合は相手がお断りするだろ」との無粋な突っ込みには肘で突っ込み返しするのを忘れなかった。
「あーもうっ。雑音がうるさいですね、向こうで話しましょうか」
床に這いつくばってブクブク泡を吹く変態眼鏡を置き去りにナナとレンはセーラのいる場所へと歩いていき、女三人、他愛ない雑談で盛り上がっているうちにパーティは宴もたけなわ、締めくくりを迎える。
「皆様、積もる話もございましょうが、そろそろお開きにしたいと思います。我が息子と娘の成長を願って、これからも暖かく見守っていただけますよう」
ユンの父親に盛大な拍手が送られて、ナナとユンへの贈り物は会場中央に山積みされた。
全ての来賓が帰るまでユンは両親と一緒に見送りにつきあわされて、やっと自由な時間が得られたのは、パーティが終わってから三時間も経った後だった。
「お貴族様は大変だな」とカネジョーに皮肉ぶられて、ユンは能面で頷く。
「けど貴族だから、こーんなにプレゼントがもらえるんだよ!」と中央の山を指差したのは、ナナだ。
「ケッ。どーせ、ほとんどが一生で一度も使わないような無駄貴金属とか、そんなんだろ?俺のは一味違うぜ、ユン。実用品だ」
鞄から取り出したのは、コンパクトな四角い箱。
いや、ただの箱ではない。
蓋を開くと液晶モニターが点灯し、周辺の地図と今日の天気、ニュースなどを映し出す。
「あ!これ、新発売のジャストフィック!?えーっ、すごい、買えたんだ!」
けたたましくナナが騒ぎ立て、キースやセーラもカネジョーの手元を覗き込んだ。
ジャストフィックなら、ユンも聞き覚えがある。
つい、この間発売されたばかりの端末機器で、これ一つで情報収集が事足りる機械なんだとか。
「ふん、俺のEVAMのほうが高性能だぜ。ゲームもできるし」などとキースは言っているが、EVAMは彼にしか使えないオンリーワン機器だ。
ジャストフィックは使用者同士に互換性があり、データのやり取りや通信機にも使える優れものである。
「大切に使わせてもらう。しかし、高かったんじゃないか?」
ユンの気遣いに「誕プレだろ?気張らないで、どーするってんだ」とカネジョーは減らず口を叩く。
そのくせ、ぷいっとソッポを向いたりして、ユンがセーラだったら黄色い悲鳴と共にハグしているところだ。
「あー、いいなぁユン兄。ねっ、あたしには?」
ねだるナナには、小さな箱をポンと投げつけた。
「お前はそいつで充分だ」
「は?そいつって何……わぁ……!」
ぶつくさ言いながら箱を開けて、ナナの文句が途中からは感嘆に変わる。
中に入っていたのは桃色の貝で作られたイヤリング。
自分のファッションは奇抜なのに、贈り物のセンスは洒落ている。
或いは彼なりに研究したのかもしれない、女性への贈り物を。
「やだ、カネジョーのくせにセンスいい!」
「くせにって、なんだよ!」と怒るカネジョは、すぐに口をつぐんだ。
「ありがとう!大事にするね」なんて、ナナが最高の笑顔で微笑んでくるものだから。
にこにこ喜ぶナナと、真っ赤に染まって視線を外すカネジョー。
軍じゃ喧嘩ばかりしていた二人だけど、平和な世の中で見ると結構お似合いなんじゃなかろうかとユンは考えた。
「ナナたん、俺の誕生日プレゼントは俺だ!俺の熱いキッスを、ンチュウゥゥゥ、ぶわっ!
少なくとも、顔面に残飯をぶつけられているキースよりは。
「まったく、もー。全然変わらないんですから、キースさんは。ナナ、ユンさん、私からのプレゼントは、これです」
キースの顔面に残飯をごちそうしたレンは、手荷物から小箱を取り出した。
中に入っているのは、水色と桃色のブローチが二つ。
水色が一角獣、桃色は小鳥の形を模している。
「これ、二つを繋げることも出来るんですよ。一品物で、兄妹で持つのもいいかなって思って」
「わぁ〜、レン!大好き、ありがとう!」
感激したナナはレンに抱きつき、ユンも有り難く受け取っておく。
兄妹でというよりカップル用ではないかと思ったのは、心の奥に閉まっておくとして。
一日の終りに「ユン、俺の誕プレは倍返しでヨロシクな」だの、「今度は私の誕生日も祝いに来てね、約束よ?」といった別れの言葉を受け止めて、ユンは、そっと心に誓う。
第九小隊という絆で結ばれた、かけがえのない友人たち。
彼らの誕生日は全て、自分の家で盛大にパーティをしてやろう――



おしまい

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