北海バイキング

海兵のハロウィン 〜2019*Halloween〜

延々続いたメイツラグでの逆賊討伐も、ついに終焉を迎えた。
パーミア海賊団の敗退が、逆賊の勢いを失速させた一番の原因といえよう。
ジェナックとマリーナは、この件で一ランク階級が昇進した。
雑兵から伍長へ上がったって何がどう変わるというわけでもないのだが、嬉しそうなジェナックを見てマリーナの心も弾んだのであった。

長きメイツラグ遠征から、ようやく故郷ダレーシアにある自分の家へ戻ってきて、マリーナは肩の荷が下りた気分になった。
メイツラグでは酷い目にあったりもしたが、全ては過去の話。
今日からは、気持ちを切り替えよう。
聞けばレイザースの民は今、異世界の祭りで盛り上がっているというではないか。
メイツラグまでは届いてこなかった情報だ。
祭りの名はハロウィーンというらしい。
子供から大人まで仮装で着飾って街を練り歩き、カボチャを使った菓子を食べるのだそうだ。
仮装のテーマは特に決まっていない。
マリーナが独自に調べたところ、モンスターの格好が圧倒的に人気だった。
ダレーシアは海に囲まれた島である。
従って仮装もクラーケンやオクトパス、ビッグシャークなどの海洋モンスターが主流だ。
「足がたくさんあるのって格好悪いわね……だからといって着ぐるみも、ちょっと……」
モンスター名鑑をパラパラめくって見切りをつけると、マリーナは席を立つ。
皆と同じ仮装をしても面白くない。
ここは海兵ならではの仮装をするべきだ。マリーナは、そう考えた。

「救命ボートなんて、どうだ?」
酒場にて、スクール時代の旧友を集めてのハロウィン仮装会議では、のっけからジェナックの口を飛び出した珍アイディアに全員が頭を抱える。
「いやいや。救命ボートって?斬新ではあるけど想像してみろよ、格好悪いにも程があるから」
スパークが難癖をつける横では、カミュも苦笑した。
「できれば、動きやすいのにしよう。お菓子をもらったりするそうだし」
「ところでエレンは?来なかったの」とナスターシアが酒場を見渡し、マリーナが答える。
「忙しいんですって。子供たちへのお菓子作りで」
「カーッ!幸せ円満家族アピールかよ、つれねぇなぁ」
スパークが天井を仰ぎ、かと思えば、くるりとジェナックへ振り向いて話題を振ってくる。
「そいやさ、お前いつ結婚すんの?」
「いつ結婚と言われても、相手がいなきゃ結婚なんぞ出来んぞ」
真顔で返すジェナックには、傍らで聞いていたナスターシアやカミュのほうがハラハラする。
マリーナが彼に片思いしているのは、もはや旧友全員の知る情報だ。
知らないのなんて、無粋な質問に仏頂面をかましているジェナックぐらいなもので。
「お前こそ、しないのか?結婚。スクール時代に粉をかけていた相手が何人もいただろう」
「ハ、あんなの全部フラれ……もとい、遊びだったに決まってんだろ」
二人の雑談を当のマリーナは、あっさり聞き流し、本題へ戻した。
「結婚より、今は仮装の相談だったでしょ。何かいい案ない?スパーク」
「って言われてもな〜。海兵っぽいのなんて想像もつかねぇよ。こちとら海兵じゃねーし?」
スパークは赤字経営だった家業の電気屋を店仕舞いし、今は漁業の雇われ船乗りをやっている。
そこらへんをモチーフにしてみては、どうだろう?というのはカミュの案であったが。
「皆で大漁旗を掲げるってか?当たり前の光景すぎて、面白くねーよ」とスパークには駄目出しされる。
「おナスは、どーなの。なんか名案ねーの?」
話をふられ、ナスターシアは少し考えた後に答えた。
「そうね……海賊と海兵に分かれて、海賊をとらえた海兵なんてのを演出するってのは、どう?」
その場合、誰が海賊役をやるかで揉めそうではある。
マリーナは、死んでも嫌だろう。
彼女のトラウマを考え、ほんの少しばかりカミュは憂鬱になる。
だが「あ、それ面白そうだわ。じゃあ俺、海兵役な」とスパークが乗り気になって手をあげて。
「え〜?あんたは当然海賊役でしょ。ねぇマリーナ?」
調子に乗ったナスターシアがマリーナへ話を振り、マリーナも上機嫌で答えたのには驚かされた。
「そうね、ギャラリーのウケを考えたら、海賊役はジェナックとスパークで、私とあなたとカミュが海兵役なのが一番しっくりくるかもね」
「い、いいのかい?」と思わず尋ね返したカミュに、マリーナは何故そんな事を聞くのかと笑顔を向けてくる。
「ただ漠然と仮装するよりも、ストーリーがあったほうが見ているほうも楽しいのではなくて?」
そこからは海賊への屈折した思いも感じられず、却ってカミュのほうが言葉に詰まってしまった。
「俺とスパークが海賊か。まぁ、いいだろ」
「いいだろ、じゃねーよ!完全に人相で決められてんじゃねーか、文句言えっての!」
腕など組んで満足気な悪友に、スパークが噛みつくも。
「なに、海賊には前から興味があったんだ。この際、仮装でゴッコしてみよう」
ジェナックは現役海兵にあるまじき発言を放ってきた。
さすがにこれは彼女も許さないだろうとカミュは再びビクついたのだが、マリーナに怒りの形相は浮かんでいない。
にこにこ微笑んで、ジェナックの横顔を見つめている。
片思いの前には、海賊への恨みも勝てないか。
「じゃあマリーナが司令官で、私が副指令、カミュは雑兵で決まりね」
あとは、とんとん拍子に話が進んでいき、海兵スクール旧友組のハロウィン仮装は海兵と海賊の一幕に決まった。


街がオレンジ一色に染まり、人々が仮装で練り歩く。
あちこちで聞こえるのは、ささやかな談笑、時折ざわめき。
穏やかながらも退屈な時間の流れる街を見渡し、リッツは溜息をつく。
物珍しいはずの祭りなのに、何故こうも退屈に感じるのだろう?
その答えは、すぐに出た。
海上警備隊の仲間が、誰一人ハロウィンに参加していないからだ。
レナは体が弱いから無理させられないし、他の隊員は祭りに無関心であった。
もし前の隊長がまだ警備隊に勤めていたならば、きっとリッツの誘いに乗ってくれたのでは。
前の隊長と、それほど仲が良かったわけじゃない。
でも、今の隊長レグナント=デスの苦み走った顔を思い浮かべ、リッツは緩く首をふる。
あの男、常に仏頂面を崩さない中間管理職なオッサンと比べたら、まだ前の隊長のほうが取っつきやすかった。
ふぅ、と切ない溜息をリッツが漏らした時、そいつを合図にしたかのように、がらりと周りの空気が一変した。
「ィィヤッハァー!海賊様のお通りだ!さぁ、そこのお嬢さん方、ご婦人方?お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!?」
肌寒くなろうかという季節に、袖なしのシマシャツを着た男が大通りへ駆け込んでくる。
ひゅんひゅんと鎖鎌をまわして威嚇しており、リッツは一瞬判断に戸惑った。
これは祭りにまぎれた本物の略奪行為か、それとも誰かの仕掛けたビックリイベントなのか。
おたつくリッツの耳に、ひときわ太く、たくましい声が轟いた。
「はっはっは!痛い目にあいたくなければ、お菓子をよこしてもらおうか」
振り向いて、思わず、あっとなった。
同じくシマシャツに海賊帽といういで立ちだが、見間違えるはずもない。
あれは海上警備隊前隊長のジェナック=アンダスクじゃないか。
確か今は海軍にいるはずだが、なんで海賊ルックで凱旋してきたのか。
それに一緒にいる男は、なんなんだ。
ひょろりとスマートで海兵には見えないし、だからといって彼の仲間であれば海賊という事もあるまい。
見覚えがないような、どこかで見た覚えもあるような?
リッツが考え込んでいる間にも、チンピラシマシャツに女性が捕まって悲鳴をあげる。
ジェナックに抱きかかえられた女性も甲高い悲鳴をあげたところで、凛とした声が響き渡る。
「お待ちなさい!町の人への無礼、許してはおけません」
次から次へ、何なんだ。
周りの野次馬同様、リッツもキョドッた目を向ける。
声の方角にいたのは海軍将校の軍服に身を包んだマリーナと、もう一人、髪の長い女性の姿であった。
二人の真正面には、赤髪の青年が踏ん張って立っている。
「いざ、やぁ!海賊退治と参りましょうっ。そこの海賊、覚悟せよ!」
どこか時代がかった台詞を朗々と吐き、髪の長い女性がサーベルを構える。
わぁっと歓声をあげる群衆に紛れて、リッツも声援を送った。
もう、この頃には見ていた連中にも、これが何かの芝居だというのが判っている。
本物の海軍ならば、たった二、三人では来ない。大勢の雑兵をつれてくるのが基本だ。
「たぁぁ!」と勇ましく、海賊へ向かったのは赤髪の青年。
どこかで見た覚えがあると思ったら、あれは海軍のカミュ少尉ではないか。
突き出されたサーベルを易々と避けて、「とぉ!」と海賊が反撃する。
繰り出される鎖鎌を割と必死な形相でよけると、カミュ扮する雑兵が上官に助けを求めた。
「お助け下さい、ナスターシア少尉!」
「まかせておきなさい、はっ!」と女性が交代で切りかかり、見事な殺陣が展開される。
もはや群衆はハロウィンそっちのけで、突如始まった街中劇に夢中だ。
剣劇の裏では腕に抱きかかえていた女性の口へ、ジェナックが何かを押し込むのが見えた。
「そら、お嬢さん。ハッピーハロウィンだ」
お菓子を口に入れられ、しかも間近で微笑まれて、女性が顔を赤らめるのを遠目に眺め、リッツは思わずポカンとなる。
あの男にあんなナンパな真似が出来るとは、海上警備隊にいた頃からは到底考えられない。
「海賊ジェナック、覚悟!」
まだ手下が片付いていないというのにマリーナが単独でジェナックに殴りかかり、ジェナックが「おわっ!?」と叫んで横顔を張り倒される姿も、リッツは、ばっちり目撃する。
今の攻撃は、完全アドリブだったようだ。ジェナックの動揺した顔を見る限りでは。
しかしマリーナがジェナックを攻撃するなんてのも、海上警備隊にいた頃には全く想像もつかなかった。
これは面白いものを見せてもらった。カメラを持ってくるべきであった。
「ちょ、ちょっと待て、段取りと違う――」
慌てふためくジェナックを、マリーナがぎりぎり腕固めで押さえつけた。
「海賊、成敗!」
ひときわ大きな歓声があがり、カミュとナスターシアが同時に「ありがとうございました!」と頭を下げる。
割れんばかりの拍手、おひねりまで飛んでくる中、スパークは額に浮かんだ汗をぬぐった。
やれやれ、ウケるかどうか心配だったけど、まったくの杞憂だった。
海賊退治はダレーシア住民にとって永遠のテーマ、ウケないはずがなかったのだ。
上々の反応にマリーナも満面の笑顔を浮かべ、しかし腕固めはキッチリ外さず足元を見やる。
「お、おい。そろそろ離してくれ」と懇願する親友へ「だ〜め、反省しなさい」と容赦ない。
「反省と言われても、何を反省すりゃいいんだ?」とも返ってきたので、ここぞとばかりに言ってやった。
「観客は捕まえるだけでいいって言ったのに、何よ?あれ。サービスしちゃって」
「サービス?あぁ、なんだ、お前も菓子が欲しかったんなら、そう言ってくれりゃあ」
違うわよ、と言ってやりたかったが、マリーナは寸でのところで我慢した。
言い合いしても、彼には伝わらないと知っていたからだ。
ジェナックが自分以外の女性を抱きかかえて微笑む処など見たくなかった。
たとえ、それが芝居の一場面、ただのアドリブ演技だったとしても。
「そうねぇ、さっきのは恋人みたいなやりとりだったわ」と、ナスターシアも茶化しに混ざってくる。
「私にだって、あんな真似してくれたこと一度もなかったのにね。どこで覚えてきたのかしら」
腕を押さえつけられた格好のまま、んん?となってジェナックが首を捻る。
「そりゃ、一度もなくて当然だろう。この祭りは今年初めてやるんだからな」
駄目だ、こりゃ。
ジェナックの鈍感さには、マリーナを含めた旧友全員が、そっと落胆の溜息をもらす。
だが、これでいいのかもしれない。
マリーナとラブラブイチャイチャするジェナックなんて、見たら見たで幻滅してしまうかも。
などと勝手な思いを巡らせながら、カミュは平穏に包まれた街を見渡したのであった――


おしまい

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