御堂順の探偵事務所

みどうじゅんの たんていじむしょ

うまい飯には気をつけろ

フロアに一歩足を踏み入れた直後、竜二は文字通り固まってしまった。
「す、すげぇ……!俺、こんな店に入るの初めてです」
目の前に広がるのは、暗闇に瞬く色とりどりの光。
一面ガラス張りになった窓から見える、新宿の夜景だ。
狼狽える竜二を手招きで呼び寄せると、大西は対面へ腰掛けるよう促す。
「なんだ、五十鈴の奴には連れてってもらえなかったのか?」
「えぇ、まぁ……」
曖昧に頷き、竜二が腰掛ける。
その様子を見計らったかのようなタイミングで、ボーイが注文を取りに来た――

――新宿の、とある高層ビルの五十二階。
五十二階にある高級レストランで、窓から見える夜景もさることながら、お値段のほうもダイナミック。
とても一介のチンピラである竜二が、気楽に予約を取れる店ではない。
大西が、こうして誘ってくれなければ、一生入る事もなかったであろう。
「まずはワイン……かな。竜二、おめぇは飲めるよな?」
「あ、いえ、その」
「飲めねぇってこたァ、ねぇんだろ?」と押し切られるようにして赤のワインを頼まれる。
頼む際、なにやら大西が銘柄を言っていたような気もするが、竜二は緊張のあまり聞き流した。
もちろん、酒を飲めないわけではない。ただ、強くはない。
対して、大西は酒豪である。
彼の前で酔いつぶれるような、みっともない真似だけは晒したくない。
半分以上を彼に飲んでもらうとして、問題はメニュー、メインディッシュだ。
一番安いのでも食費にあてるには少し高すぎるものが多く、結局の処、竜二は全てを大西に任せた。

本日のメインディッシュは、近江牛のテンダーロイン。
二人あわせて普段の食費を遥かに超えたお値段には内心青ざめかけたものの、いいからいいからと大西には軽く流されて、仕方なくグラスにワインを注ぐ。
「カンパイ」と大西がグラスをあわせてくるので、「あ、はい」と乾杯してから竜二は尋ねた。
「で、今のは何の乾杯なんですか」
「意味はねぇよ。ま、強いて言うなら、お前が俺の元へ戻ってきた記念の乾杯か?」
竜二が大西の事務所をしばらく留守にしていたのは、記憶に新しい。
付近でうろつく茨城賢治を追いかけて、喧嘩の末に敗北し、探偵に拾われたという話である。
怪我が治った後も戻ってこなかったのは、本人曰く『大西本人が探しに来てくれなかった』からだとか。
本人が探しに来てくれないからスネていたとは、可愛い面もあったもんだ。
つまり、それだけ竜二が大西を信頼しているという事だ。
不意に竜二が席を立つ。
「どうした?」
大西の問いに「いえ、飲んだら尿意が……トイレ行ってきやす」と言い残して苦笑と共に竜二はトイレへ歩いていき、その隙にチョイチョイと手招きでボーイを呼び寄せると、大西は彼の耳元で囁いた。
「おぅ、おめぇ、今からコックに頼んでこい」
懐から小さな包みを取り出すと、ボーイの手の上に落とす。
「こいつを竜二の分に混ぜろってな」
包みの中身は白い粉だ。
どう見ても何かの薬、食事に混ぜてイイ物とは思えない。
「は……はい。かしこまりました」
しかしボーイは何の反論もせずに、厨房へと消えてゆく。
それもそのはず、この店自体が大西組の息のかかったテリトリーであった。
大西組の正体は土建会社ではない。
いわゆる経済ヤクザ、暴力団だ。
商社や会社に潜り込み、経理における不正行為などの弱味をみつけると、それを盾に脅したり金をゆすり取ったりする。
相手も後ろめたい事をやっている自覚があるだけに、おいそれと警察に通報できない。
このレストランも、ここ数年で急激な成長を遂げている。
ボッタ価格なメニューだけでは賄えない表には出せない業績があり、そこを大西組に嗅ぎつけられたのだ。
そうした事実を、大西は竜二に話していない。
そればかりか、竜二には大西建設の事業そのものを詳しく話していなかった。
竜二は今時のチンピラには珍しい、正義漢の熱血漢である。
大西の本当の姿を知ったら、また出ていってしまうかもしれない。それが怖い。
だが、いつまでも隠し通せるはずもない。
いずれ彼も真実を知ってしまうだろう。
引き留めるには、大西なくしては生きられない、そんな身体に竜二をしてしまうしかない。
例え、どんな方法を使っても。

ボーイが去ってすぐ、竜二が戻ってくる。
「すっきりしたか?肉が出るまで時間がかかるそうだ」
「そうですか」
竜二は頷き、腰掛ける。
すかさずグラスに、なみなみとワインを注いでやり、大西は話を促した。
「おめぇ、あの探偵んトコで世話になっている間、一体何をやってたんだ?」
「大したことはやってませんよ」と言いつつ、どこか嬉しそうに竜二が答える。
「事務所の掃除や、洗い物。それと電話番をしたり、買い出しに出たり。皆さんの連絡繋ぎや昼飯の支度もやりましたかね」
「なんでェ、そりゃ。雑用係じゃねぇか」
過去の竜二を知る者が聞いたら呆れよう。
山口五十鈴にナンパされるまでの竜二ときたら、飢えた野獣の如く、手当たり次第に喧嘩をふっかけるワルであったのだ。
「おめぇ、そんな扱いで満足していたってぇのかよ?」
大西の問いに、間髪入れず竜二が頷く。
「えぇ」
その笑顔に嘘はない。
探偵に少しばかりの嫉妬を覚えながら、大西は呟いた。
「じゃあ、これからは俺の飯も時々作ってもらうかな」
知らなかった。竜二が炊事の出来る奴だったとは。
ずっと部屋に閉じこめていたけれど、彼の食事は全て大西が買って与えていた。
「えぇ、お任せ下さい」
竜二が微笑む。
「何が得意なんだ?」
そう尋ねた時、メインの料理が運ばれてきた。
「大西さんは何が好きなんです?」
質問に質問で返す竜二へ笑いかけると、大西はフォークとナイフを手に取る。
「まァ、まずは、こいつを食べながら続きを話すとしようや」
しばらくは、カチカチとフォークやナイフを動かす音だけが響く。
口一杯に肉を頬張った大西が「むほっ、んまっ!」と喜ぶ前で、竜二も一口ステーキを頬張る。
分厚く切ってあるが、食感は柔らかい。
それに口の中で溶けていくような、まろやかさ。
味がよく染みている。
こうしたステーキを、竜二は今まで食べたことがない。
いや、ステーキ自体、そうそう食べるものでもない。
「どうだ?うまいか」
気がつけば、大西がニコニコと自分を眺めている。
竜二は即座に頷いた。
「はい!すごく……うまいです」
「こういうの、お前もそのうち作れるようになっとけよ?俺ぁ、舌が肥えてっからな」
大西は竜二の知らない店を沢山知っていそうだし、彼の専属コックとなるのは高いハードルかもしれない。
だが、それでも大西が喜んでくれるなら、何でも学んでやろうと竜二は考えた。
「この肉、柔らかいですね。そういう種類の肉なんですか?」
「いぃや」と首を振り、空になった竜二のグラスへワインのおかわりを注ぐと、大西はステーキを一切れフォークで刺すと目の前に掲げた。
「肉自体も柔らかいんだが、柔らかさの秘密は味付けにある。味付け汁ン中にな、入れておくんだよ。ワインだの、玉葱だの、パイナップルだのってのをな」
「よくご存じですね」
竜二が褒めると、大西は一切れ頬張り、飲み込んでから言った。
「独り身に戻ってからは、自炊するようになったんでな……おめぇも料理するなら、こんぐれぇ知っとかねーと駄目だぞ?」
「あ……」
一瞬言葉をなくし、ワンテンポ置いてから、竜二が頭を下げる。
「すいません」
「あ?何が、すいませんなんだ」
すると竜二は、ふいっと視線を逸らして項垂れた。
「俺が、その……大西さんを離婚させちまった原因ですから」
「なんだ、バカヤロウ。そんな事で謝るんじゃねーよ」
プッと吹き出す大西に、謝っていたはずの竜二の声も裏返る。
「そ、そんな事って!」
「そんな事だよ。おめぇを手に入れた時点で、あの女は俺にとっちゃ、どうでもよくなっていたんだ」
それにな、と続けて竜二の顔を真っ向から覗き込む。
「俺と五十鈴は、最初っから冷え切った関係だったんだ。おめぇが現われようと現われまいと、あのまま夫婦を続けていりゃ〜同じ道を辿っただろうよ」
そうだっただろうか?
竜二は改めて元嫁、山口五十鈴との出会いを振り返ってみる。
五十鈴とつきあい始めた頃、確かに彼女の周辺にはオトコの影が見えなかった。
元旦那の名前は、結婚式の披露宴で聞かされた。
そこで初めて、竜二は五十鈴がバツイチだと知ったのである。
その後しばらくして元旦那で大西組の親分が直々に殴り込んできて、一対一の勝負をしかけて竜二は敗れ去った。
嫁を捨てて彼についていこうと考えたのは山口組の未来に不安を感じたせいもあったが、それ以上に目の前の男、大西敬司という男の器に興味を覚えたからであった。
「恋人だった頃、五十鈴から俺の話を聞いたことがあったか?ねぇだろ」
何もかも判っていると言いたげな顔で、大西がグラスをあおる。
「あいつはな、そういう奴なんだよ。自分に不利な言葉は、絶対言わねぇ。バツイチだと判りゃ〜おめぇが自分の前から逃げちまうと思ったから、言わなかったんだろうぜ」
「さすが、つきあいの長い元旦那なだけは、ありますね」
そう言うのが、竜二には精一杯で。
だって自分は五十鈴の事など、何も理解できていなかったのだ。
魅惑の美貌に惹かれ、言われるがままに結婚して、鳥かごの中に押し込められて。
大西に敗北した後は役立たずと罵られ、彼女の親父さんにも失望したと辛辣な言葉をかけられた。
あんな利己的で冷たい女だと初めから判っていれば、結婚など、しなかった。
「元旦那なのは関係ねぇよ、あいつと俺は同期の桜だ。同じガッコの同級生だったんだよ」
「えっ」
「腐れ縁が何で結婚したんだって、聞きたそうな顔してんな?」
別に聞きたくはなかったが、大西が話したがっていそうな気がしたので、竜二は無言で促した。
「俺も若かった……ヤクザの親分になって一暴れしてみてぇっつぅ野望があったんだ。ま、実際は口うるさいジジィに監視された、山口組の操り人形だったってぇわけだがな!」
なみなみつがれていたワイングラスを空にすると、まだ飲みかけの竜二のグラスへも継ぎ足してくる。
「おら、手が止まってんぞ。飲め、飲め!」
「い、いや、俺は」
「なんだ?俺の手酌じゃ飲めねぇってのか」
ギロリと睨まれた。
心なし、大西の目は据わっているようにも見える。
ここは大人しく飲んでおいたほうが良かろう。
仕方なく、なみなみ注がれたグラスを傾けながら、竜二は尋ねた。
「では大西さんは、あいつと離婚した今、せいせいしている……?」
「そうだな」
ニッと歯を見せて笑うと、さっきまでの人相の悪さは、どこへやら、急に人懐っこくなった大西が手を伸ばし、竜二の肩を叩いてくる。
「そういう意味では竜二、おめぇさんには感謝しているんだぜ?俺を山口組っつー楔から解きはなってくれたのは、おめぇが五十鈴の前に現われたおかげだからよ」
「……それを言うなら」
グラスをテーブルに置いて、竜二も大西へ微笑んだ。
「俺だって同じです。大西さん、あんたは俺を山口組から救い出してくれた。一生の恩人だ」
「おぉ、つまり、おめぇも五十鈴の本性に気づいて目が覚めたってわけか!よーしよしよし、今日は飲め飲め、じゃんじゃん飲め!なに、俺のオゴリだ、料金は心配すんな!」
頭をポンポン叩かれながら、竜二は親分が仰せのままにワインを飲み干し、ステーキを食べ尽くし――

そして。

テーブルの上に突っ伏し、すっかり寝入った竜二を見下ろして。
「クックック……無邪気なツラして酔いつぶれやがって。可愛い野郎だぜ竜二、おめぇって奴はよ」
悪人さながらに邪悪な笑みを浮かべて、熟睡する竜二を担ぎ上げると、大西はボーイへ確認を取る。
「部屋は準備できてんだろうな?」
「はい。最上階、655室のスウィートルームをご用意させて頂きました。朝まで、どうぞ、ごゆっくりお楽しみ下さいませ」
かしこまって会釈するボーイへニヤリと笑い返すと、大西は直通のエレベーターへ乗り込んだ。


念入りに部屋のロックをかけると、大西はベッドを見下ろした。
そこには、正体なく眠り込んだ竜二がいる。
着ている服は、ここへ来る為に大西がプレゼントしてやったものだが、なかなかどうして似合っている。
まぁ、当然だ。似合いそうなものを選んでやったのだから。
「さて……と」
眠ったままの竜二をどうこうするつもりは、大西にはない。
そもそも竜二のステーキに混ぜた薬。
あれは睡眠薬なんてチャチな代物ではなかった。
「おい竜二、りゅうーじ、オイ、起きろ」
ペチペチとほっぺたを軽く叩くと、竜二が薄く目を開ける。
「ん……んん?」
「おはよう、竜二」
「あ、あれ……?俺、どうして」と起き上がろうとする竜二を押さえつけ、ベッドに寝かしつけると、隣へ寝転がるようにして、大西は背後から竜二を抱きすくめる。
途端に、腕の中の竜二が暴れ出した。
「ちょッ、ちょっと、何の真似です大西さんッ!」
「何の真似って、そりゃあ第二ラウンドの始まりじゃーねぇかよ」
「第二ラウンド!?」
「第一ラウンドは食欲との格闘。第二ラウンドは性欲との格闘だぜ、おめぇ」
「せ、性欲って……」
抱きしめられているだけなのに、大西の息が耳元へかかるたび、竜二の胸は高鳴った。
なんだ、これ。竜二は自分で自分の動悸に驚愕する。
どんなに近くにいたとしても、大西相手にドキドキするなど初めてである。
それに先ほどからズボンの中が、むずむずして、たまらない。
痒いのではない。勃起していた。
大西の前でなければ、今すぐにでも弄って収まらせてやりたい、そんな興奮状態だ。
股間を中心に、体全体が火照ってくる。
暑い、暑くてたまらない。
全部脱いで裸になったら、さぞスッキリするだろう。
竜二はボタンを引きちぎらん勢いで、己のシャツを脱ぎ捨てる。
「なんだ、暑いのか?」
大西の息が耳元をくすぐる。
そのたびに股間に疼きを感じ、竜二は身をよじろうとする。
「お、大西さん、俺、俺、なんか……変だ」
「変って、何が、どう変なんだ」
囁きかけながら、大西は更に竜二を引き寄せる。
竜二の尻に己のモノを押しつけてやると、腕の中の竜二が激しく悶えた。
「あ、あっ、大西さん、尻に」
「尻に、なんだ?」
そらっとぼけて大西が尋ねると、竜二は言葉に詰まって俯いてしまう。
「尻が、どうしたってんだ」
更に意地悪く尋ねると、しばらく無言だった竜二がポツリと呟く。
「……意地悪、しねぇで下さい」
どこかスネた調子でいながらも、頬が赤いところを見ると、充分意識していると考えて間違いない。
「意地悪?人聞きの悪い事を言うんじゃねぇよ。俺がいつ、意地悪したってんでぇ」
なおもとぼけながら、大西が腰をすり寄せると、竜二は暴れる代わりに彼の顔を振り返った。
「俺が変なの判ってて、変な真似してくるんだ……そうでしょ?」
「変なのって、何がどう変なのか言ってくれなきゃ判らねぇよ。言ってみろ、どこがどう変なんだ?」
本当は何がどう変なのかは、竜二本人よりも一番よく判っている大西である。
竜二に飲ませたのは、睡眠薬なんかじゃない。
強力な催淫剤、それも顔の利く薬剤師に特別調合してもらった即効性の媚薬だ。
性的興奮を高め、その気がない人間にも恋愛と錯覚する感情を呼び起こさせる。
「こ、ここが」
竜二の喉が、ごくりと鳴った。
ここがと指さす部分に掌を被せ、大西は耳元で囁いた。
「ここが、どう変なんだ?」
判るか判らないか程度に揉んだだけでも、腕の中の竜二がビクビクと体を震わせる。
「あ、あついんです」
「あつい?なるほど、あったけェやな」
ふぁッと竜二が妙な声をあげ、激しく身をよじる。
大西の手がチャックを広げ、ズボンの中に侵入してきたからだ。
膨らんだ部分は、既にじっとりと濡れている。
「あっ、あ、いっ」
ぎゅ、っと竜二が大西の腕を掴んできた。
リビドーが高まってきたのか、さかんに尻を擦りつけてくるものだから、つられて大西のもいきり立つ。
「だめっ、駄目です、大西さんっ」
悲鳴に近い竜二の声を遮って、大西はペロリと彼の耳を舐めてやる。
わざと息を吹きかけた。
「……勃起しちまってるってェわけだ。ン、どうだ、アタリだろ?」
「は、はいぃ……ッ」
頷く竜二は鼻声だ。
じっとりと額に汗を浮かべ、涙を溜めた双眸がコチラを見つめている。
一拍の間を置いてから、大西が問う。
「で?」
何を問わんやとする質問に、意味が判らず呆然とする竜二へ、重ねて尋ねた。
「おめぇは、こいつをどうしたいんだ。解き放ちたいのか?それとも」
「と、解き放ちたいです、放たせて下せェ」
「なら、どうすりゃいいのかは判っているよな」
大西の問いに「は、はい」と頷くと、竜二は自らズボンを下げ、パンツをズリ降ろす。
すっかり反り上がったモノを見て、大西が口の端を歪めた。
「ヘッ。飯食って酒飲んだら、こうなっちまったってか」
「す、すいません……」
何がスミマセンなんだか、やたら萎縮する竜二を、大西は強く抱きしめてやる。
「ま、いいぜ?俺も手伝ってやるから、早く楽になろうじゃねぇか」
「え、いえ」と顔をあげた竜二。
照れくさそうに、だがキッパリハッキリ大西の助勢をお断りした。
「大西さんの手は患わせません……自分で、やります」
やんわり大西の腕の中から逃れ出ると、竜二はベッドの上に座り込む。
自慰でイこうというつもりか。
だからといって、ハイそうですかと簡単に引き下がる大西ではない。
この為だけに大枚叩いて薬を調合してもらい、高級ホテルの予約まで取ったのだ。
大西に背を向け、自分で自分のモノを握りしめて、刺激を与え始めた竜二を黙って見つめていたが、不意に必死な背中を勢いよく抱き寄せた。
「あっ、わぁっ!?」
仰け反り返る竜二の肩越しから彼のナニを上下に扱いてやると、すぐに竜二の口からは喘ぎが漏れる。
「ひぁっ、だっ、駄目です、やめてくだせェ、大西さァんッ」
「そう言うなよ……一人で頑張るよかぁ二人でやったほうが、もっと早く楽になれるんじゃねぇか?」
「だっ、だけど、やっ、ヤバイ、大西さんティッシュ、ティッシュ!」
背後から大事な部分を掴まれた格好で、竜二の手が空をかく。
「あぁ?ティッシュ〜?ティッシュがどうかしたってのか」
「は、早く、俺、もう限界……ですッ。ティッシュで押さえないと」
涙目を通り越し、竜二は最早泣いている。
片手は自分のモノをしっかり握った大西の手を上から押さえ、もう片方でティッシュの箱を探しながら。
「あぁ、シーツが汚れるってか?気にすんな、シーツぐらい俺が弁償してやるよ」
「だ、駄目です!俺、もう、これ以上、大西さんに迷惑かけたくない……んですッ」
ぶるぶると痙攣している竜二を見るに、限界はカウントダウンぎりぎりだ。
それでもティッシュを探す余裕があるとは、しかも、その理由が大西にシーツを弁償させたくないからだとは、可愛らしい事を言うじゃないか。
「俺がいつ、おめぇに迷惑かけられたってんだ?勝手に思いこんでんじゃねーぞ、竜二」
「あっ……あぁっ、う、動かないでっ」
大西の手が僅かに動くたび、腕の中の竜二も震え――そして。
ピタリと、手の動きが止まる。
竜二が小さく溜息をついた、その一瞬を狙ったかのように。
「シーツなんざ汚れたって構わしねぇんだよッ。俺の前で可愛い泣き声をあげてみろよ、オラァッ!」
一気に激しくなった手の刺激が、竜二の体を突き抜ける。
「ひッ、ひぁッ、ぎィッ」
言葉にならぬ声をあげ、竜二の中で押さえていたものが全て解き放たれた。
勢いよく射出されたソレは二人分の手だけでは止めきれず、白濁とした飛沫がシーツに染みを作る。
「ひっ……うっ、うぅっ……」
「……よぉ、いっぺぇ出たじゃねーか」
「…………」
返事はない。
微かに聞こえるのは押し殺した啜り泣き。
なんと、竜二は泣いていた。
さすがに悪かったかなという気分に大西もなってきて、猫なで声で竜二を慰めてやる。
「ほら、まぁ、すっきりして良かっただろ?」
慰めが届いたのかどうか、竜二がぎゅっと大西にしがみついてきた。
「おっ」
やっと、その気になったのか、と大西が喜び覗き込んでみれば、竜二は鼻水を垂らしたまま、涙声でグチグチと呟いている。
「……ひでェよ、大西さん……俺、俺、やめてくれって言ったのに……」
「あぁ、まぁ、悪かった。けど、おめぇの可愛い顔を見てみたかったんだ。許せよ、な?」
悪いなんてミジンコの毛たりほども思っていない満面の笑顔には、さすがに竜二もムッときたのだが、続く一言には言葉を失い、頬を染めてソッポを向くしかない。
「おめぇのよ、イク時の顔が見てみたかったんだ。予想通り、可愛いツラで喘いじゃってよ……おかげで俺ァ〜、おめぇが前より、ずっと好きになっちまったぜ」
「なっ……なんですかィ、そりゃあっ」
「なーに、気にすんな。俺の自己満足ってやつだからよ。それより、おめぇ汚れちまったじゃねぇか」
誰のせいで、シーツごと汚れるハメになったと思っているのか。
憤懣やるかたない気持ちの竜二の肩へ手をかけると、大西は言った。
先ほどよりも、いい笑顔で。
「どれ、第三ラウンドの始まりだ。おめぇを精一杯綺麗にしてやるぜ、この俺の手でな」
「だっ、第三ラウンドって、ちょっ、ちょっと……」
「さ、行くぞ風呂に」
「ちょっと待って下さいッ!!俺、もう、もう嫌だぁぁっっ」
必死の叫びも虚しく、竜二は大西の手によって強引に風呂場へと連行されたのであった……


End