御堂順の探偵事務所

みどうじゅんの たんていじむしょ

御堂のお誕生日

誕生日が嬉しいのは未成年までだ。
未成年なら親が確実に誕プレをくれるし、ケーキを親の金で買ってきてもらえるし、ごちそうだって親が作ってくれる。
何より大人への階段を一段ずつ登っていくのは、早く大人になりたい子供だった順的にワクワクする一時であった。
十九歳の誕生日を最後に家を出て、自分の誕生を祝うパーティーとも縁が切れた。


それが復活したのは、嫁と離婚して光一との本格的な二人暮らしが始まってからだ。
嫁と二人で暮らしていた時は、お互い誕生日に興味がなかったと記憶している。
或いは、興味がなかったのは順だけだったのかもしれない。
しかし熱愛でもなかった既婚の日々、思い出そうにも思い出せないので、順は思い出すのを打ち切った。
光一が居候するようになって順は料理を覚えたし、彼のために、ささやかな誕生会を開く程度の慈悲まで芽生えた。
光一と仲良くなる反面、嫁の未央とは不仲になってしまったが、所詮は結果論だ。
あの時は、どうしようもなかった。どうしても御堂探偵事務所に居候したい光一を跳ね除ける非道さが、順になかったのだから。
それは未央にしても同じで、彼女は順に問題を丸投げし、あげく三行半を叩きつけて家を出ていった。
光一がいてもいなくても、いずれは破局を迎える仲だったんじゃないかと、今なら思える。
光一が成人した時、何故居候したかったのかを尋ねてみたことがある。
彼は答えた。
両親が蒸発して行方を探すうちに、あの事務所へ辿り着いた。
建物を見た瞬間、自分を包み込む温かい気配を感じた。
ここに住む人々なら、自分を邪険にしないんじゃないかと考えた。
だから、居候を頼み込んだのだと光一は笑った。
些かスピリチュアルな答えに順は面食らったものの、要は探偵事務所前で両親探索の気力がつきて、どこでもいいから転がり込みたかったんだろうと見当をつけた。
出会ったばかりの頃の光一は、十歳にも満たなかった。
年端も行かぬ少年の両親が蒸発した。
少年は徒歩で日本中を歩き回り、東京の探偵事務所前へ辿り着いた。
彼を養うと決めた当時の判断は、きっと正しかったのだ。
甲斐甲斐しく世話をしてやったおかげか、低賃金で酷使しても出ていかない便利な部下を手に入れた。
今日だって、いいよとテレる順を無理やり買い物へ引っ張っていき、自前の給料でケーキを買ってくれた。
順の誕生パーティーをやりたいと一番最初に言い出したのは、光一ではなく彼のガールフレンドの成実であった。
光一が持ち前のイケメンっぷりで引っ掛けてきた女子高生だ。
カレシ目当てで事務所に入り浸っているのだとばかり思っていたが、こちらを慮る優しい性根も一応あったらしい。
「そうだ、どうせだったらトバッちも呼ぼう?」
なにがどうせだったらなんだか、彼女は気軽に言って、順が許可を出す前に電話をかける。
トバッちとは、以前の依頼で出会ったヤクザの若造だ。
歳は光一と大体同じ。その若さで親分の片腕、しかもバツイチだという話である。
二十歳を過ぎても自立せず、近所の女をとっかえひっかえ食い荒らしている光一とは偉い違いだ。
てっきり大きくなったら、どこぞの女と結婚して家を出ていくとばかり思っていたのに。
だが、まぁ、光一がいなくなったら一人暮らしになってしまう。そうした独居生活も、順は想像できずにいた。
立場 竜二は電話をもらって数十分後に、やってきた。
これといって今は忙しくないんだと言い訳していたが、鞄から取り出した誕生日プレゼントは、どう考えても数日前に用意したとしか思えないデパートの包装だ。
包みを開いて二度びっくり、日本酒の三本セットが出てきたではないか。
しかも自分じゃ絶対買わないような破格のお値段の、いわゆるブランド酒というやつだ。
お中元のようなプレゼントに、二の句が出ない順へ笑顔で竜二が言う。
「所長サンは何がお好きか判りませんでしたので……ひとまず無難に選んだら、こうなりやした」
「いいんじゃない?所長、前にワインよりも日本酒のほうが好きって言ってたし」とは光一の軽口で。
確かに言ったが、ここまでの高級酒が好きだと言った覚えもない。
ヤクザだから破格の値段なのも平気なんだろうが、いや、そもそもヤクザから高額プレゼントをもらうってのも、どうなんだ?
悩む順の背中を成実が勢いよく引っ叩く。
「なによ、遠慮してんの?らしくないな〜、所長!ここは、ありがとうよとかニヤニヤしてラッパ飲みするぐらいの度胸を見せてよね」
「ば、バカヤロウ。こいつぁラッパ飲みするにゃ〜勿体ねぇ酒だぜ」
おかげで順も我に返り、軽口を叩く余裕が生まれた。
「誕生日を祝うにゃあ、ちょうどいいノミモンじゃねぇか。おい光一、コップを――」
命じる前に、さっとコップが差し出される。
光一は満面の笑みで「はい、どうぞ。このお酒でカンパイしよ♪竜二も、それでいいよね?」と場を仕切り、竜二も「そうしてくだせぇ。俺も感想を訊きたいんで」と応じ、成実を除いた三人で昼間っからの酒盛りだ。
しかし、そろそろ還暦に足を踏み入れようって歳なのだ。
昼間っから酒盛りする、こんな誕生会があってもいいじゃないか。
四人は満面の笑顔でグラスを掲げる。
「かんぱーい!所長、お誕生日おめでと〜っ!」
ごちそうは成実が作ったし、誕プレは竜二がくれたし、ケーキは光一が用意してくれた。
これまで、誕生日を祝うのは成人までのカウントダウンだと思っていた。
他人の誕生日はともかく、自分のは、そういう位置づけでしかなかったのだ。
成人した後は、墓場へのカウントダウンが始まる。
ここから先は死への下り坂だ。 大人になるのと違って、一つ歳を取ることへのワクワク感が一切ない。
だが――
こうやって若い衆に祝ってもらうのも、まんざら悪くないと順は独りごちたのであった。


End