キタキタ
魔王の娘とハロウィン
お騒がせ家出っ子のビアノが出ていっても、ソラの生活に平和は訪れず。
「ハッピーハロウィーン!お菓子をくれるか悪戯させるか、どっちか選んでダーリン♪」
朝っぱらから玄関先で騒ぐビアノを無視し、ソラはSOSの電話をかける。
電話の相手は倶利伽羅 繭優、同期の学友だ。
学園祭でビアノが大暴れして以降、昼飯を一緒に食べる間柄ぐらいにまでは距離が縮まった。
「あ、倶利伽羅。朝っぱらからゴメン。ビアノがドアの前で騒いでいてさ、一歩も出られない状態なんだ。助けてもらえないかな」
女の子に泣きつくとは情けないが、相手はビアノ、魔王の娘だ。
かくいう自分はタイツ少年ゼヒロの証言だと勇者の末裔なんだそうだが、自分ちの家系など両親から聞いた覚えがないし、戦う力も持っていない。
こういう時は金持ちパワーに頼るのが一番だ。
『判りましたわ、いますぐ黒服を応援に飛ばします』と力強い返事をもらい、はたして数分後にはビアノの「なんなのよ、あんた達、グギャア!」という断末魔が響き、ソラが扉を開けて様子を見てみると、黒服の一人が何事もなかったかのように笑いかけてきた。
「おはようございます、向井野様。玄関先に陣取っていた不法物は処理しました。任務完了につき、我々はこれで失礼いたします」
「あ、はい。どうも、お疲れ様です」
「いいえ、お礼はお嬢様に申し上げて下さい。では」
折り目正しくニコニコと去っていく黒服軍団を目で見送り、ソラは再び電話をかける。
今日は一日、お礼を兼ねて、倶利伽羅と遊びに出かけよう。
家にいるとロクなことが起きない。今日は特に、朝からビアノに襲撃されたことだし。


繭優は、ふわふわのボアがついた帽子とピンクの裾長コートで、すっかり冬モードの出で立ちにお洒落してきた。
友達の一人にしかカウントしていなかった相手だが、こうやってマジマジ眺めてみると、学内にファンクラブがあるのも納得の可愛らしさだ。
先に時子と出会っていなかったら、繭優に惚れていたかもしれない。
――なんて思いながら、全くの無表情でソラが話しかける。
「すっかり寒くなってきたな」
「そうですね……ソラくん、冬休みの予定は何かございますか?」
「うーん、特には。遊びに行くにしても金がないし、講義についていくのが精一杯で」
「でしたら、冬は一緒にお勉強しませんか?」
「あー、いいかも」
どうでもいい雑談を繰り広げていると、不意に繭優がショッピングプラザの一角を見てはしゃぎ出す。
「わぁ、ソラくん。見てください。ハロウィーンだそうですよ」
ハロウィーン。
ふ、と今朝のビアノの騒がしさが脳裏に蘇ってソラは一瞬暗くなりかけるも、繭優に促されてプラザを眺めてみれば、オレンジに彩られたコーナーにはカボチャが所狭しと飾られている。
カボチャには、どれも顔が描かれており、壁にはハロウィーンとジャック・オー・ランタンの文字が躍っていた。
「知ってましたか?ハロウィーンは北部発祥のお祭りだそうですよ」
恐らくはTVでの聞きかじりだろう。
繭優が得意げに語り出す。
北部――つまりは魔族たちのお祭りが文献で発見されて、南部でもやろうという流れになった。
人々はカボチャをくりぬき灯りとし、親しき者の家を訪ねて、こう呼びかけるのだ。
悪戯するか、お菓子をよこすか――
今朝のビアノの発言が、まさにそれだ。相手がビアノなので、当然のように無視したのだが。
あんな奴にお菓子をやるのは癪だし、悪戯なんぞ許可しようものなら何をされるか判ったものではない。
どうせ訪問してくるなら、時子さんが来てくれればよかった。
時子さんにだったら、お菓子を進んで捧げたいし、悪戯、時子さんに悪戯、ハァハァハァ。
脳内でイケナイ妄想に浸りつつ、やはり表面上は能面でソラは傍らの繭優に話題を振る。
「倶利伽羅が悪戯するとしたら、誰に何をやってみたい?」
「えっ」
突然のフリにドキマギする繭優が何かを答えるよりも早く、異変は起きた。

「お菓子をよこすか、悪戯されるか!貴様らの返答は二つに一つ!!」

でっけぇ声で叫んでいるのは誰であろう。
声の出所を探すうちにショッピングプラザの屋上から誰かが飛び降りてきて、その場にいた全員が注目する。
一人は丈の短いスカートにオレンジと黒のシマシマ半袖シャツと寒々しく、目にも鮮やかなピンク色の髪が眩しい少女だ。
もう一人は上から下まで黒一色のタキシードに身を固め、シルクハットをかぶった少年である。
「トリック・オア・トリート……北部よりい出し我らが魔族の咆哮が、今宵貴様らを血で染める!」
今宵というが今の時刻は午前十時、真昼間もいいところだ。
だが珍妙な仮装に身を包んだ二人は気にすることもなく、ピンク髪が素っ頓狂に高笑いする。
「ほっほっほー!この、あたしが舞い降りたからには男は皆すっぽんぽん!女も皆すっぽんぽんに剥いて悪戯しまくってやるわー!」
往来で何を言い出すやら、顔を見た瞬間、ソラと繭優は「ゲッ!」となる。
シマシマシャツの少女は、間違いなくビアノだ。
朝片付けたはずの彼女が何故ここに出現しているのか。
部下の脇の甘さに、繭優は内心舌打ちする。
タキシードは、ビアノの知り合いであるゼヒロの可能性が高い。
「そぉれ、トリック&トリック!」
手近にいた女性へ襲い掛かると、頭からスッポン!と服一式をはぎ取り全裸にしてしまう。
ワンテンポ遅れて「きゃあぁ!」と悲鳴を上げてしゃがみ込む女性など、もう見もせず、次なる被害者は逃げようとしていたオッサンに決まりだ。
「そぉれ、トリック&スッポンポン!」
どういうトリックかは判らないが、ビアノに捕まると、頭から服一式を脱がされて素っ裸にされてしまうようだ。
哀れオッサンも丸裸になった後は「ひゃあぁ」と情けない悲鳴を上げて股間を隠す。
二人も被害者が出る頃には、悲鳴をあげる者や、あまりの非常識に固まって動けなくなってしまう者、カレシカノジョを放って我先にと逃げ出すカップルや、逆に裸を興味津々眺める者などで街は大混乱に陥った。
「逃げましょう、ソラくん!」と繭優が叫んだせいかどうかは判らないが、タキシード少年の瞳が獰猛に光る。
「いたぞ、ビアノ。勇者の末裔だ。どうやら女連れのようだぞ」
「ぬあんですってぇえええええ!!?」
ギン!とビアノが睨んだ先には、繭優に手を握られて走り出したソラの背中が。
「ゆ、許せない……あたしの誘いは全キックしたくせに、ソラってば、あんなカマトト女とお出かけしていたなんてぇぇ!もう、トリック&スッポンポン決定!ソラの前で大恥かかせてやるんだから、待ちなさい倶利伽羅 繭優!!」
嫉妬まみれで騒ぐビアノに、横からゼヒロの冷静な突っ込みが飛んだ。
「脱がすのは女のほうなのか?お前なら、勇者の末裔を脱がすのだとばかり思っていたが」
おかげでビアノの嫉妬熱も多少は下がり、軌道も修正される。
「はぁッ、そうよね、脱がすならソラに決まっているわよね!そして裸になったソラを路上で押し倒して、エッチなオチンチンにあんなことやこんなことをォォ!!!」
「しゃべっている間に、どんどん逃げていくぞ、あの二人」
間髪入れずなツッコミに、涎ビチャビチャエロ妄想に浸っていたビアノも我に返って怒鳴り散らす。
「うっさいわね!あんたもあたしに突っ込んでいる暇があるなら、追っかけなさいよ!」
「俺は別に興味ない。魔王と戦う力もないような勇者の末裔になど」
素っ気なくそっぽを向いたゼヒロに、ビアノはしつこく絡んでやった。
「え〜、じゃあ何であたしについてきたのよォ。仮装までしちゃってェ〜。もしかして、あたしをスッポンポンにする気満々なの?駄目よ駄目、そんなケダモノめいた目であたしを見ても駄目ったら駄目!あたしの体は、いいえ心だってソラ一人のモノなんだからぁ!」
「お前の目付け役を仰せつかっている以上、俺がついていくのは当たり前だろうが!!」
こうやって話している間にソラと繭優の気配がハイスピードで、恐らくは車か何かに乗った勢いで遠ざかっていったのにはゼヒロも気づいていたが、二人を追いかけるのは面倒だとも考えた。
今朝だって、あの女が放ってきた黒服軍団の車からビアノを脱走させるのは一手間だった。
倶利伽羅 繭優、あいつが絡んでいる間は、勇者の末裔に手出ししないほうがいい。
財があって罪悪感のない人間は、厄介だ。考えようによっては勇者なんかよりも、ずっと。
「あぁん、こんなことやっていたからソラを見失ったじゃないの!罰としてぇ〜、ゼヒロ、あんたもトリック&スッポンポンで素っ裸の刑よ!!」
――ハッと我に返った時には、既に遅く。
ゼヒロは頭から、すぽっと服を脱がされて、素っ裸になった自分に気がついた。
途端にキャー!と人間の女の子たちに黄色い悲鳴で騒がれて、携帯電話で写真まで撮られてしまったが、北部では普段裸なのだし、別段恥ずべき格好でもない。
が、ビアノにやられたのは腹が立つ。
こいつは一応魔王の娘なのだが、その割には南部で面倒ばかり起こして手間をかけさせるくせに、護衛の自分へ感謝の一つ寄越したことがない。
「だったら、お前もトリック&トリックでスッポンポンになれぇ!!」
「おぉっ!?」と早くも前かがみ姿勢で期待するロリコン男性諸君の目前で、ビアノの服一式を剥いでやった。
「きゃあぁぁ、いやーんっ!みちゃ、だめぇ〜〜」
男性諸君の歓喜が一転して、「お、おげええぇぇっ!?」と急激に下がるのを見届けつつ――
おしまい