キタキタ
2022誕生日短編企画:時子のお誕生日
大財閥のお嬢様、それも一人娘となれば、当然誕生日のスケジュールは毎年決まりきっている。
どこそこのお偉いさん、本人にとっちゃ誰それ?な地位の人々が集まり、社交辞令でお祝いを述べるパーティーの始まりだ。
彼らの本命は時子の父親だから、本気で祝ってくれる人なんて、こっちも期待していない。
山ほど積まれるプレゼントだって、ほとんどが必要ないものばかりだ。
あとで下男下女にくれてやる、そんな心の籠もらない贈り物。

けれど――

自室に戻った時子は、携帯機を取り出して画面をスクロールさせる。
山ほど届いた学友や後輩からのお誕生日おめでとうメッセージに押し出されるようにして、ひっそり届いた一つのメッセージを探し出し、時子は口元を緩めて、じっくり眺める。
「向日田 時子様」と堅苦しい宛先で始まり、お誕生日おめでとうございますの一行メッセージの下には可愛いブーケの写真が添付されている。
一見、何の面白みもないメッセージだが、この中で一番いいメッセージだと時子は思う。
余計な一言の多い友達からのメッセージや、気障ったらしいナンパ台詞を添えて薔薇の花束を贈ってきた加賀見なんかよりは数倍も。
遠慮がないのと、親しみがあるのは紙一重だ。
ブーケとしてまとめられている花は、淡いピンクのアネモネだ。
以前、彼に一番好きな花だと教えたことがある。
ちゃんと覚えていてくれたのだ。
しかも、それを誕生日に併せて贈ってくる心憎さは、加賀見にも見習ってほしいぐらいである。
花は何も実物じゃなくたっていい。
こちらとの他愛ない雑談を、覚えていてくれたこと。
それを祝いに絡めて贈ってきてくれた心尽くしが何よりも嬉しい。
本人は何でもないことだと思っているかもしれないけれど、気取らないさり気なさは彼の美徳だ。
他の友達にはないものを持っている、大切な後輩といえよう。
「ありがとうね、ソラくん」
ちゅっと携帯にキスする真似をして、向井野 空の署名で〆られたメッセージを『重要』と書かれたフォルダへ保存する。
あとのメッセージを大雑把に全削除した時子は「さぁ〜って、お風呂入ってこよっと」と大きく伸びをして、着っぱなしになっていたドレスを豪快に脱ぎ捨てた。
おしまい