キタキタ
2022誕生日短編企画:ビアノのお誕生日
あたしはビアノ。本名は、ビルである……
うるさーっい!
そんな男男くさい名前、かわいいあたしに似合わないでしょ!?
だからね、今日からはビアノって名乗ることにしたの!あんたも眷属なら従いなさい!!


ビルゾアラノクタール、略してビアノが、またしても城を抜け出した。
誕生日を迎えるたびに、いや、誕生日ならずとも、あれは城を抜け出す常習犯だ。
彼の眷属であり、お世話係を任されているフィラは溜息をついた。
彼女の真名はフィラソフィアノクタール。フィソノとは略さず、フィラと名乗っている。
大体この略称、三文字に収めなきゃいけないルール付きの略称だって、フィラは気に入らないのだ。
せっかく初代魔王、ゾアラ様が名付けてくださった真名を邪険にしているようで。
なのにビアノが、あのバカ後継者が『あたしの命令よ!眷属も略称で名乗りなさい』などと言い出したせいで、眷属は全員そうせざるを得なくなった。
あんなバカが後継者だってのも納得がいかない。
だが、こればかりは初代魔王様が選んだ結果なので仕方ない。
「あぁ、ゼヒロ。ビアノを見ませんでしたか」
廊下ですれ違った緑髪の少年を呼び止める。
同じく魔王の眷属であり、ビアノを守る一人だ。
「見ていない。見たとしても記憶から即削除するので判らん」
仏頂面での答えが返ってきて、またしてもフィラは溜息をついた。
あれと仲の良い眷属は一人もいない。あれを崇拝する眷属も。
初代が偉大すぎたというのもあるが、ビアノは魔王のカリスマが一ミクロンもないのが問題だ。
「まさか、また南部へ……?」
南部と北部には境界線があり、南部の兵隊が見張りについている。
しかし抜けようと思えば、いくらでも抜け道はあった。
「いや、境界線はアルアが見張っている。奴と遭遇したなら、首根っこを捕まえて戻ってくるはずだ」
アルアが見張っているなら、大丈夫だ。蜘蛛の子一匹通すまい。
となると、あとは何処だ?北部に隠れているとして、どこを探せばいい。
「城は全部見たのか」とゼヒロに問われ、「私室と講堂と図書室、それから食堂とお風呂は覗きました」とフィラが答える。
「ふむ……なら、あとは便所か。俺が探しておく」
「トイレ?」
そんな場所に、恐れ多くも魔王の後継者が閉じこもって何をするというのか。
首を傾げるフィラにゼヒロは口の端を吊り上げる。
「あのバカが考えそうな範囲まで知能を落とすんだ。そうすりゃお前にも見えてくる」
「えぇ……それって微生物以下って事ですよね。難しい」との返事を最後まで聞かず、ゼヒロは廊下を駆けていった。

共用トイレには一見、誰もいない。
だが注意深く耳を澄ませてみれば、ぐすっぐすっと気持ちの悪い嗚咽が聞こえてくるはずだ。
ビアノは奥の個室にいた。
「うぅっ……どうせ誕生日ったって誰も祝ってくれないのよぉ。お誕生日おめでとうとも言ってくれないんだわ……頭を撫でてくれたり、プレゼントをくれたり、誕生日のケーキを焼いてくれるゾアラ様がいないのに、誕生日なんかきたって嬉しくないわよぉ……うぇっうぇっ」
おめでとうと祝ってくれる眷属が皆無になったのは、ビアノがワガママで手に負えないせいだ。
誕生日ケーキだって、初代魔王が封印された後はフィラが毎年焼いていた。
なのにビアノがマズイだのクリームが甘すぎるだのとケチをつけまくるせいで、彼女は焼くのをやめてしまった。
プレゼントも魔王封印後しばらくの間、眷属全員で持ち寄っていた。
なのにビアノは要らないだのゴミだのと散々な評価を下してくるもんだから、皆もプレゼントを探す気力が失せてしまった。
ビアノが自称褒められて伸びる子なら、眷属とて同じだ。彼と眷属は、同じ魔王の血を引く生物なんだから。
「なら、俺が言ってやろうか?お誕生日、お・め・で・と・う」
ゼヒロの背後から身を乗り出して、さも嫌そうな表情を浮かべて社交辞令を放ったのは、眷属の一人でありビアノの教育係を任されているガロスだ。
「ふん、早く寿命を迎えて俺達を楽にしてくれよな、次代の魔王サマ」
言うだけ嫌味を言ったかと思うと、さっさと身を翻して歩き去る。
眷属は皆こうだ。ビアノに辛辣で、敬意なぞ持ち合わせていない。
ゼヒロやフィラ、アルアにしたって同じだ。これもそれも全部、これまでにビアノにされた仕打ちのせいで。
頭を撫でて誕生日おめでとうと祝ってやるなんて冗談じゃない。手が腐る。
「あーん、あーん、やっぱ北にはいないのよ、あたしの王子様!南に渡って探したーい」
「貴様を看取る王子様など、どこを探しても存在するものか」
なにやら戯言を騒ぎ立てるビアノを、ゼヒロは腕力でもってトイレから強引に引きずり出す。
「ちょっとぉ!王子様じゃないんだったら、あたしを悲劇のヒロインに浸らせてよぉ!」
「何がヒロインだ、男のくせに」
「男がヒロインで何が悪いのよ!?」
「大体お前はヒロインじゃなくて、次世代魔王だろうが!」
こんなバカがゾアラ様の跡継ぎだなんて、きっと悪い夢に違いない。
やはり初代魔王の封印を解くしか北部に未来はない。
力任せにビアノをずるずる引っ張って、ゼヒロは廊下を移動する。
フィラの元まで連れていけば、あとは彼女がなんとかしてくれよう。
「こんな可愛い造形にしたってことは、ゾアラ様もあたしをヒロインにしたかったのよ、そうに決まっているわ!魔王でヒロイン、最強じゃない!?さっすがゾアラ様ね!」
可愛いというならフィラだって充分可愛い顔貌だ。
背中の羽根は真っ白でフワフワだし、短めの金髪ショートボブ、やや垂れ目で聡明な光を携える青い瞳。
そこのアホではなく、彼女が後継者であれば魔王でヒロインも通用しただろう。
そもそも眷属及び後継者にブサイクは不在。
初代魔王のゾアラ様がイケメンだったのだから、その血を引く子供たちがブサイクであるはずがない。
先程ビアノを罵って去っていったガロスだって、南部に出ればイケメンバンドメンバーとして通用しそうな面構えである。
というか、ガロスは暇ならビアノを引っ張っていくのを手伝ってほしかった。
なんでバカの捕獲を護衛係の自分が一人でやらなきゃいけないんだ。
「ゾアラ様は、きっと封印の影響で意識が錯乱していたんだ。じゃなきゃ、貴様なんぞを後継者にするわけがない」
「ふふーん、負け惜しみ?見苦しいわよ、自分が後継者に選ばれなかったからって!」
ビアノの反撃は逐一カチンとくる。
なんで、こんな奴が後継者なんだ。脳内で何度となく繰り返してきた罵倒を、ゼヒロは今も繰り返す。
初代魔王は、ゾアラ様は眷属である我々にも心優しい御方だったのに……
ゾアラ様の笑顔を思い浮かべると、涙が滲んでくる。早く封印を解いて、自分も頭を撫でてもらいたい。
そしてビアノ護衛の任を解いてもらうんだ。魔王様さえ復活すれば、ビアノは不要の生ゴミだ。
「あら、ゼヒロ。見つけてくれたんですね、ありがとうございます」
気がつけばフィラが廊下に立っていて、滲んだ涙を「またビアノに酷いことを言われましたか」と心配される。
ふるふると首を振って涙を拭うと、ゼヒロは答えの代わりに彼女へ耳打ちした。
「俺の心配は必要ない。それよりも、こいつは誕生日を祝ってほしいそうだ。久しぶりに作ってやれ、特大のケーキをな」
「えぇ、まずは下準備ですね」
真顔で近寄ってくるフィラに恐怖を覚えたのか、ビアノは尻をついた格好のまま後退しようとする。
「な、なにする気なのよ、あんた。眷属のくせに逆らう気?グボアッ!」
逃げるより先にフィラの鉄拳がボディに一発、綺麗に入ってビアノはコロリと気を失った。


ビアノが再び目を覚ましたのは、黄色い空間。
「へ!?な、なによココォ!」
騒ぎ立てていると、遥か頭上のほうでフィラの声がする。
「お目覚めですか?次代の魔王様。お誕生日おめでとうございます。今年は趣向を変えて超巨大ケーキを焼いてみました。名付けて『誕生日特別・脱出ゲーム-巨大ケーキ編-』です。全部食べて、見事地上まで脱出なさってくださいね」
「は……はひぇっ!?」
まさか。
まさかと思うが、まわりの黄色い壁は全てスポンジだとでもいうつもりか。
ビアノはケーキに閉じ込められたっ!
「う、嘘でしょぉぉぉーーーーーーーーーーっ!?」
どれだけ騒げど喚けど、巨大ケーキの地下深くに閉じ込められた悲鳴は地上まで届かず。
ビアノがケーキを完食して城の地上へ戻ってくるまで、実に一年を要した。
そして、しばらくは体重をもとに戻すための猛ダイエットに励んだという話である。
おしまい