王様に転生したツトム

僕はクズだ。
いや、そうじゃない。
僕は……王様だ!?

格調高い音の調べが、どこからか聴こえてくる。
ここは何処だ?
昨日は自分の家で寝たはずなのに、朝起きたら、見覚えのない大きなベッドで横になっていたんだ。
慌てて飛び起きたら、その瞬間を待っていたかのように扉が開いて、ぞろぞろと同じ格好の人々が入ってきた。
「王様の、ご起床ー!」
え?何?
王様って誰のことだ?
そのうちの一人がポカンとする僕のパジャマを引っ張って脱がせにかかるもんだから、僕は咄嗟に腕で身体を庇う。
「や、やめてくださいっ!」
服ぐらい自分で着替えられるし、知らない人が見ている前で裸になりたくない。
でも避けた傍から別の手が伸びてきて、何本手を払い除けても手が、ズボンを、シャツを脱がしにかかる。
誰かの手が偶然、僕の乳首に触れて、思わず「あっ……!」と声をあげてしまい、それで怯んでやめてくれるかと思いきや、ズボンを脱がす手は一向に止まらずパンツまで下ろされて、僕は僕の望まない形で全裸に剥かれた。
僕は咄嗟に股間を隠す。
こんな羞恥、生まれて初めての事態で頭が回らない。
だが、どれだけ抵抗しても無駄だ。
全部剥ぎ取られた後は、真っ赤で派手な服を頭から被せられる。
「王様の、お着替えー!」
この声も、さっきから何なんだ。叫んでいる暇があるなら助けてくれたっていいのに。

大勢の男達の手でもみくちゃにされて、僕は上下真っ赤な洋服に着替えさせられた。
頭には王冠が乗っている。
絵本に出てくるような、ベタな王冠が。
そして言われるがまま「王様の、おーなーりぃー!」の声と共に王座にある椅子へと腰掛けさせられた。
ここでは僕は王様なんだ。王様、ということになっているらしい。
王様と言われても、何をすればいいのか判らない。
困惑する僕の前に、偉そうな髭を蓄えた初老の男性が歩いてくる。
真正面で足を止めると、よく通る声で言った。
「王様、本日のご予定は勇者との面会でございます」
勇者までいるのか。
なにやら大掛かりなゴッコ遊びに巻き込まれたんだというのは、朧気に判ってきた。
だが、何故僕が王様に選ばれたんだ?
言っちゃなんだが、僕は単なる一般庶民で、おまけに冴えないフリーターだ。
呆然としているうちに、扉が開いて上下真っ青な服に身を固めた男が入ってくる。
この人が勇者か。こちらも判りやすく赤いマントを背中に羽織り、腰に剣を差していた。
「お目にかかれて光栄でございます、ネコヅカ王よ」
挨拶してきた勇者の顔を真正面から眺める。
男らしく精悍な顔つきだ。はっきり言ってイケメンの部類に入るんじゃないかな……
筋肉のついた身体だと、服の上からも見て取れる。
やっぱり勇者役はイケメンマッチョじゃないと駄目なんだ。だから、僕は王様役に回されたのか?
いや、でも王様にだって似合うタイプがあるはずだ。でっぷりした老人だとか。
見るからに凡人が王冠をかぶって座っているなんて、なにかの悪い夢だろう。
ぼーっと勇者を眺める僕を、勇者も黙って見つめ返す。
「んんっ!ごほんっ!」
さっきの老人が激しく咳払いして、僕を見た。
あ、そうか。僕が何か言わなきゃいけないんだ、王様だから。
けど、なんの台本も渡されていないのに、何を言えというんだ。まさかアドリブでやれと?
まずは、そうだな……挨拶かな!
「こ、こんにちは。猫塚と申します」
頭を下げる僕に、勇者も黙って頭を下げる。
つ、次は何を言おう?ちらりと老人を見やると、王座の真横に大きな箱が置かれているのに気づいた。
いや、椅子に腰掛けた時から、箱がある自体のには気づいていたんだ。
ただ、その箱に老人が、じっと視線を注いでいるのが気になった。
「あ、あの。その、箱」
僕の問いを無視して、老人が朗々と語りだす。
「勇者イェニよ、本日貴殿を呼び出したのは他でもない。貴殿の祖父カールが北の地で封じた魔王が、再びこの大地に蘇ったのだ。貴殿には魔王退治を命じる。この箱に軍資金を用意した。これを用い、酒場で仲間を集めるがよかろう」
あぁ、そうか。勇者がいるんだから、魔王もいるよね。
納得する僕をよそに勇者と老人は二人だけで話を進めていき、箱の中にあった袋を手に取ると、勇者は僕に目礼だけして出ていった。
勇者が去ってすぐ、老人が眉間に皺を濃くして僕を振り返る。
「いけませんな、王よ。ああした時は、すぐに魔王の話を切り出しませんと」
そんなこと言われても。魔王も勇者も全く知らなかったんだ、言えるわけがない。
「今日は、あと十九人、勇者が訪れます。今、私が話した内容を彼らにも、お願い致しますぞ」
「えっ?」
素で返す僕の耳が、扉の開く音を聞きつける。
慌てて振り返ると、次の勇者が入ってきた。
今度は女性だ。それでも勇者だと判るのは、先ほどの男性と全く同じ格好をしていたからだ。
「お目にかかれて光栄でございます、ネコヅカ王よ」
「こ、こんにちは。あ、あなたのおじいさんカールが」と言いかけた僕は、嫌と言うほど鳩尾に肘をつき入れられて「ぐっ!?」と呻いてしまった。
僕の口を封じてきたのは件の老人で、ごほんと咳払い後に言い直す。
「勇者マダルカよ、本日貴女を呼び出したのは他でもない。過去の勇者カールが北の地で封じた魔王が、再びこの大地に蘇ったのだ。貴女には魔王退治を命じる。この箱に軍資金を用意した。これを用い、酒場で仲間を集めるがよかろう」
怪訝に眉をひそめていた勇者は、「判りましてございます」と膝をつき、恭しく袋を押し抱く。
あぁ、そうか。カールはイェニのお爺さんなんだった。
つまり、この人を含めて残り十九人には勇者カールと説明すりゃ良かったんだ。
それならそうと、先に言ってくれればいいのに。
この老人……えぇっと、そういや名前を聞いていない。
立場上、大臣だと思うんだけど、王様に肘鉄してくるとは家来の風上にも置けないな。
マダルカさんが出ていった直後、その老人が僕を睨みつける。
「いけませんな、王よ。相手が違えば立場も変わります。以降は気をつけるように」
「す……すみません」
項垂れる僕の元へ、次の勇者が歩いてくる。
こうやって全ての勇者に説明するのが王様の役目なんだとしたら、もういっそ、街中にチラシを配れば一回で済むんじゃなかろうか。

「お目にかかれて光栄でございます、ネコヅカ王よ」
「は、はじめまして。勇者……えぇっと?がふっ!」
名前が判らず肘鉄されること、二回。

「お目にかかれて光栄でございます、ネコヅカ王よ」
「単刀直入に言いますが、魔王が復活しましたので倒してください!」
「省略しすぎですぞ、王よ!」
アレンジして怒られること、三回。

「お目にかかれて光栄でございます、ネコヅカ王よ」
「すみません、過去の魔王が再び大地に蘇ったんです。それで、あなたに魔王退治を、お願いします。この箱に軍資金を用意しましたので、酒場で仲間を集めてください」
「仲間は三百ゴールドまでですか?」
「え?げふっ!」
思わぬアドリブ返しに驚いて肘鉄、一回。

といった数々の失敗を乗り越えて――
「お目にかかれて光栄でございます、ネコヅカ王よ」
「はじめまして。魔王が蘇ったので、魔王退治をお願いします。こちら軍資金になります」
ようやく僕がスラスラ言えるようになったのは、最後の一人になった時だった。
かすれる声で軍資金を手渡して勇者が出ていった後、僕は背もたれにぐったりと身を預ける。
あぁ、疲れた。なんなんだ、この三文芝居は。
早く家に帰らせてほしいよ。
実は途中、トイレに行きたくなって席を立とうとしたら、老人――僕の思った通り、彼は大臣だった――に滅茶苦茶怒られたんだ。
一旦、勇者には部屋の外まで出てもらって、僕は腰掛けたまま尿瓶でオシッコさせられた。
大臣や騎士は後ろを向いてくれたけれど、シャーッと勢いよく音が出てしまって恥ずかしいったらありゃしない。
戻ってきた勇者も、こころなしか口元に歪んだ笑みを浮かべていたし。
これで終わりかと思ったら、僕のお腹が、ぐぐーっと大きな音を立てる。
よし、帰ろう。
席をたった直後、「げふっ!」と僕は呻いて座り直す。
言うまでもない。大臣が僕の鳩尾にハイキックをかましてきたんだ。
「いけませぬ、王よ。一人で勝手に動かれては、召使の立場がございませぬ」
僕を王様と持ち上げる割に扱いが雑なのは、どうしてなんだ。
今日一日、彼に肘鉄されまくった脇腹が、今もジンジン傷みを訴えてくる。
どこからか、例の声が響き渡った。
「王様のー、おねむー!」
朝、僕を裸にひん剥いた軍団が入ってきて、僕を担ぎ上げる。
「え、あのっ、ちょ、ちょっと」
僕は暴れたが召使いたちの拘束は全く振りほどけず、些か乱暴にベッドへ放り出された。
また素っ裸にされてパジャマに着替えさせられるのか。
本気で家に帰してほしいんだけど、いつまで王様ゴッコすればいいのかが判らない。
こんな訳のわからないお遊びにつきあっていられないんだ。明日もバイトが入っているし。
そう、長き氷河期無職を乗り越えて、僕はフリーターになったんだ。
短期バイトに入ってはやめてを繰り返す毎日で、時々自分が何のために生きているのかを見失いそうになる。
けど、僕は幸せだ。両親がまだ生きていて、実家ぐらしをしていられるのだから。
それに、友達だっている。サダだ。ノンベはフリーターになった前後から、ご無沙汰になったけど。
少なくとも無職だった頃の僕や勇者に説明するだけの王様よりも、今の生活は満たされている。
ここにはサダが、いない。だから駄目だ。
それに王座に縛りつけられた人生こそ、何のために生きているのか判らない。
大勢の手でパジャマに着替えさせられながら、僕は瞼を閉じて一心に念じた。

帰ろう、家に帰ろう。
サダが隣に住む、嫌味だけど本当は優しい両親のいる猫塚家へ――





「――はっ!?」
勢いよく飛び起きて、僕は周囲をぐるり見渡した。
問題ない。いつもの見慣れた僕の部屋だ。物心ついた頃から、ずっと使っている。
ゴツゴツする物体を脇腹のあたりに感じて、手探りで取り出したのは携帯電話だった。
こんなものを敷いて寝たから、脇腹がジンジン傷んだのかもしれない。
それにしても、王様、か。
一生に一度もリンクしそうにない職業になったもんだと自嘲しながら、僕は手早くパジャマを脱ぎ捨てた。


おしまい
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