合体戦隊ゼネトロイガー


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女体化は笑うか萌えるかの二択しかない:2018・ifハロウィン

今月下旬には教官だけで集まって飲み会をやる。
そうした通知を木ノ下経由で受け取って、鉄男は暗雲たる気持ちになった。
飲み会は嫌いだ。
飲めないわけではない。飲み会の雰囲気が嫌いなのだ。
気のあう誰かと二人っきりで飲みに行ったほうがいい。
鉄男は、そう考える人間であった。
だが経費で行く飲み会が鉄男に併せて中止になるわけもなく、明日には飲み会が決行される。
憂鬱な面持ちで中央街を歩く鉄男を、誰かが呼び止めた。
「ちょいと、そこのお兄さん、陰気な顔で歩いているイケメン兄さん」
ちらっと声をかけてきた人物を見たが、鉄男は気にせず歩いていく。
自分はイケメンではないから、違う人に話しかけたのだと思った。
しかし、ざざっと机ごと回りこまれて行く手を阻まれては、足を止めざるをえない。
訝しげに様子を伺う鉄男の前で、机とセットな人物は語り始めた。
「この世の終わりみたいな顔している兄さんに、ご朗報だよ〜?ハロウィン限定御用達アイテムを、特別にお兄さんにプレゼント!」
ハロウィンとは何だ。
首を傾げる鉄男に、謎の人物は一本の棒を手渡す。
先端が猫の手になっている。肉球つきだ。
見た目は、ステッキのようでもある。女児用おもちゃの。
「これぞハロウィンにゃんにゃんTS棒でござ〜い。適当な野郎の前で棒を振れば、アラ不思議!一瞬にして女体化します。一夜で効果は切れますよってに、宴会で使えば人気者間違いなしでっせ!」
「女体化というのは、女装か?」
鉄男は尋ねたのだが、机とセットな人物はチッチと指を振ったのみ。
「試すも試さないも、お兄さん次第でっせ。ほな、さいなら〜」
ガタゴトと机ごと去っていく背中を、鉄男は呆然と見送った。


女体化とは何なのか。
もしや、自分がシークエンスと入れ替わるように他人を女性化してしまうのか?
だとしたら、この棒は危険だ。使うべきではない。
鉄男は飲み会へ例の棒を持ってきてしまった事を後悔した。
「おう何だ辻、可愛いもん持ってるじゃねーか。レティから没収したオモチャか?」
ひょいっと横手から棒を抜き取られ、鉄男は慌てに慌てる。
「か、返して下さい!」と叫んだが、春喜は全く聞いちゃいない。
「マジカルマジカルくるくるり〜ん♪とか言って振り回すんだろ?なぁ、木ノ下」
話をふられて、木ノ下も困ったように頭をかく。
「いやぁ……そっちの趣味は俺にも判りません」
「マジカルステッキねぇ。俺の子供の頃にも売られていたな、そういうの」
乃木坂も混ざってきて、じろじろと春喜の持つ棒へ目をやった。
「こういうオモチャって絶対廃れねぇんだな」
「変身願望は誰しもが持つものだからね」
和やかに話へ混ざってきた学長へ先端を向けて、春喜がからかう。
「あんたにもあるってのか?変身願望が」
「さぁて」と肩をすくめる学長を横目に、鉄男が春喜へ飛びかかる。
「返してください!」
だが春喜ときたら「やなこった」と言い返し、棒の胴体で鉄男を殴ってくる。
痛くはないが、腹が立つ。
むかついた鉄男は春喜の腕へ掴みかかり、棒の先端で彼を殴り返してやった。
するとボンッ!と白い粉塵が上がり、なんだなんだと皆が驚く前で異変は起きた。
春喜の睫毛が、ばっさばっさと長くなり、三段腹の上にもう一つ、大きな膨らみが迫り上がる。
腰がきゅっとくびれ、尻が前以上に出っ張って、手足が細くなり、色白にもなった。
どう見てもバランスのおかしい体型だ。
案の定、細くなった足では体重を支えきれず、春喜は転倒する。
「あだっ!」
叫ぶ彼を気遣える者は、一人もいない。
皆、目の前で起きた異変が、あまりにも怪奇で動けずにいた。
「ひぇっ……本当に変身しやがった」
ドン引きする乃木坂の横では、グラスを持ったままのツユがぼそりと呟く。
「きんもぉ〜。視界の暴力にも程があるよ」
剛助も目を丸くして、春喜だった成れの果てを凝視する。
「……さすがは女児用マジカルステッキ……」
「いや、いやいやいや、皆、ちょっと待ってくれ」と、さすがに学長が突っ込んだ。
「ステッキ一つ振り回しただけで人体の構造が変化するなど、ありえない。従って我々は全員夢を見ているんだ。酒の力でね」
「まだグラス一杯も空けていませんが」
乃木坂のツッコミを華麗に無視し、御劔は全員の顔を見渡した。
徐に鉄男の手からステッキを奪い取ると、ツユに向けて振り回す。
「だったら、ここは春喜などというゲテモノではなく美しいものを女体化するべきだ。私の美的感覚が、そう告げている」
今、自分の甥っこを思いっきりゲテモノって言った。
言っちゃった。
唖然とする皆の前で、ツユも女体化する。
元々女っぽい上スレンダーでもあるので、あまり代わり映えしない。
「思った通りだ、美しいな!水島くん。いや、ここは水島嬢と呼ぶべきか」
「嬢じゃホステスかキャバクラみたいですよ、学長」
親友のノリツッコミに、ツユは本気で気分を害する。
「誰がキャバ嬢よ、いくら勇一でも許さないかんね」
学長から乱暴に棒を奪い取ると、乃木坂に向けて振り回す。
途端に乃木坂も女体化し、睫毛バサバサの美肌になった。
「やば、意外と美人だ乃木坂さん!」と叫んだのは木ノ下で、「えっ?木ノ下くんは、こういうのがタイプなのかね」と御劔には驚かれる。
鉄男は女体化乃木坂を、まじまじと眺め回す。
綺麗と言えば、まぁ顔立ちは綺麗だが、軽薄そうにも見える。
彼こそ飲み屋でオッサン相手に酌をするのが似合っていそうだ。ツユ以上に。
「なんだよ、ジロジロ見てんじゃねーぞ辻」
不機嫌に怒られ、ひとまず鉄男は謝っておいた。
「すみません」
自分まで女体化させられたら、たまったものではない。
と思っていたら、木ノ下が棒の先端を自分に向けてきたので鉄男は大いに慌てる。
「やめろ、木ノ下!やったら一生絶交だぞ!!」
絶交の一言は効果絶大で、木ノ下は棒を学長へ押しつけ戻す。
「す、すまんっ!ちょっとした好奇心で!?」
「あーシークエンスと比べて、どうなるのかは興味あるな」と、乃木坂。
「一夜限りの夢だとすれば、全員女体化してみるのも面白そうだ」
何を思ったのか、剛助が棒を振り回す。自分自身へ先端を向けて。
「え」
止める暇なくガッチリむっちりに剛助が女体化するのを見守った面々は、乃木坂が、まず「げぇー」とそっぽを向き、ツユも「きもっ」とドン引きだ。
「君の女体化なんて誰も期待していなかったというのに、やってくれたな石倉くん」
なんと、御劔までもが不快そうに吐き捨てる。
酒が入っていないのに暴言とは、飲み会での彼は一味違う。
「あ、だったら学長が女体化してください。俺、見たいです。な?鉄男も見たいよな」
木ノ下に話を振られ、鉄男は脳内で妄想してみた。
うん、イケる。棒をクルクル回して、肉球型の光線を学長へ当ててみた。
「あっ、問答無用とは酷いぞ辻くん!」
御劔は何やら文句をほざいていたが、美しいものが女体化するべきであるならば、真っ先に学長がなるべきであったのだ。
マッチが数本乗りそうなほど長い睫毛と、きめ細やかな白い美肌。
それから細い手足に腰のくびれが、これほど似合う人物は他にいるだろうか。
今、ここに集まった面々で。
鉄男は思わず見とれてしまった。想像以上に美しい。
もし街で知らずに出会ったら、勢いで告白してしまいそうなほどには。
実際には鉄男はコミュ障なのだから告白なんて到底無理だ。
遠目に、そっと眺めるのが精一杯であろう。
眺めているだけで、胸がキュンキュン高鳴ってくる。
だが、手を出すのは恐れ多い。そんな高嶺の花に変身した。
「頬が赤いぞ、辻くん。私は、それほどまでに美しいかね?」
顎を掬い上げられ、間近で見つめられて、鉄男は脳味噌が沸騰して倒れそうだ。
「ちょ、距離近い、近いですよ学長!」
木ノ下が割り込んで学長と引き離してくれなかったら、確実に倒れていたところだ。
「……危険ですね、にゃんにゃん棒」
まだ頬の赤らみが収まらない鉄男は、畏怖の眼差しを棒に落とす。
「何、にゃんにゃん棒っていうの?それ」
「あー猫の手だから、にゃんにゃん棒か、なるほど」
驚くツユに、うんうんと頷く乃木坂。
不意に乃木坂が棒を手に取った。
「ついでだから、お前らも女体化しちゃえよ、それっ!」
結局全員が女体化になる運命だったのか。
隣で気持ち悪い変貌を遂げる木ノ下を見ながら、鉄男も木ノ下の視線を受け止める。
木ノ下は、ふんがふんが鼻息を荒くした――
かと、思いきや。
「へーっ、シークエンスとは違うんだな。不思議なことに」
驚いているが、別にドキドキしたりは、していない。
女体版鉄男は目つきの暗さこそ残してはいるものの、けしてブサイクではない。
かといってシークエンスのように女性らしさが前面に出ているわけでもなく、どこにでも居るような平凡な女性になった。
「なんだ、つまんねぇ変わり様を見せやがって。地味な野郎だぜ」
化け物度がパワーアップした春喜にだけは、突っ込まれたくない。
「化け物になるか普通か美人かの三択かぁ。化け物にならなくて良かったな、鉄男!」
化け物化した木ノ下に肩を叩かれ、鉄男はぎこちなく頷いた。
「いつもと違う展開になって面白くなってきたじゃねーか!辻の粋な計らいに乾杯して、飲み会の始まりだぜぇ〜!」
どう考えてもヤケクソとしか思えない乃木坂の号令で、その日は妙にテンションの高い飲み会が繰り広げられたという――


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