合体戦隊ゼネトロイガー


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乙女じゃもの

いつの頃からか。
二月十四日は女性が男性へ愛の贈り物をする、という習慣が全世界に広まっていた。
愛の形を最も効率よく伝える贈り物No1として選ばれたのが、チョコレート。
甘い物の苦手な男性もいるのでは、という周囲の声など全く無視して、女性の間で大流行。
やがて半ば押しつける形で、強引にチョコレートを渡す日になってしまった。
石倉剛助は甘い物が苦手だ。
アレルギーというわけではないのだが、あの甘ったるい匂いを嗅いだだけでも気分が悪くなる。
あんなものは、砂糖の塊だ。好きだという奴の気が知れない。
従って、彼にとって二月十四日は地獄デーであった。
この日は学校全体が甘ったるい匂いで包まれる。
何度となく学長にはバレンタイン禁止令を提案したのだが、いつも乃木坂と水島の妨害に遭って提案は却下された。
乃木坂曰く「女の子の気持ちを踏みにじるなんて真似は賛成できない」とのこと。
奴の魂胆は判っている。
奴は甘い物が好きだ、そして女にも目がない。
乃木坂は生徒の為というよりも、自分のために開催したいのだ。
水島は何を考えているのか判らないが、奴は乃木坂の親友だ。
乃木坂の言うことなら何にでも従うのだろう。
憂鬱だ。
十四日は仮病を使ってでも休みたい。
しかし剛助が万年健康体だと知っている学長に仮病は通用しない。
渋々ラストワンに顔を出した剛助は、教員室で大きく溜息を吐き出した。
「ドンマイっすよ、石倉先輩」と後輩の木ノ下には慰められ、隣に座った辻には怪訝な顔をされてしまう。
ひそひそと木ノ下が辻に説明するのを聞き流しながら、重たい足取りで担当する教室へ向かった。


時間は少し戻り、バレンタイン前日。
教室には三人の少女が集まって、バレンタインデー話で華を咲かせていた。
「ふんっ!せぃっ!やぁっ!」
「ちょっとケーミちゃん、うるさい!」
と言っても華を咲かせているのは、もっぱらユナと香護芽の二人だけで、中里拳美は先ほどからサンドバッグに蹴りを入れている。
色気も華もない拳美を怒鳴りつけた後、ユナは再び香護芽へ振り返った。
「じゃ、これはどぉ?ビターだったら甘い物苦手な人でも食べられると思うんだけど」
開かれた雑誌のチョコレート特集を指さすユナに、香護芽の返事は渋い。
「でも石倉教官は甘い物が全般的に苦手なのでおじゃろ……?逆効果ではござりませぬかぇ」
何を話しているかといえば、教官にあげるチョコの相談だ。
「そんなこと言ってもぉ〜、チョコって甘いもんだし」
ふくれるユナに遠慮したか、香護芽は拳美に話題を振ってみる。
「チョコ以外の贈り物、何か思いつかぬかのぅ?」
拳美は「迷うんだったら、茶菓子でもあげたら?」と素っ気ない。
「茶菓子だって甘いじゃん。ダメダメ、NGだね」
すかさずユナが突っ込んできて、一人呟いた。
「……そっか。チョコだけに限定しなくたっていいんだよね、贈り物」
「なんと申された?」
香護芽に聞き返され、ユナは自分の考えを披露する。
「だから、チョコが苦手な人にはチョコ以外の贈り物をしようって話」
「例えば?」
サンドバッグを蹴るのをやめた拳美が話に加わった。
「んっとね……胴着、とか?」
ユナの例えに「胴着なら沢山持っていそうだよね」と拳美。
「あたしだったら、うん、はちまきをあげるな!あたしとお揃いの」
力強く頷く拳美をジト目で眺め、「はちまきぃ〜?ダサッ」とユナが駄目出しを入れる。
「ボクは断然胴着だね。胸のトコにお互いの名前を入れ合うの。ペアルックだよ」
「何それぇ!?そっちのほうがダサッ!!」
ハチマキを罵られた拳美が間髪入れずに罵り返し、教室は殺伐としてくる。
一人話題から置いてけぼりにされた香護芽はオロオロと両者を見比べて、仲裁に入った。
「あぁぁ、やめるのじゃ、喧嘩はやめるのじゃ。よいではないか、ハチマキも胴着も良いではござらぬか。どちらも、そち達の想いが込められておるのじゃろ?だったら、どちらも渡せばよいのじゃ」
「そうだよね、きっと教官は胴着のほうを気に入ってくれると思うけど」
一歩も退かないユナをジロッと睨みつけ、かと思えば拳美が香護芽に話を振ってきた。
「んで、香護芽。あんたは何を教官にプレゼントするつもり?」
「えっ……?」
「えっ、じゃないでしょ、えっじゃ。この流れで言わないなんて卑怯だよ。教えなさいって」
実を言うと全然考えていなかった香護芽である。
しかし両脇からユナと拳美に急かされては言わないわけにもいかず、必死で考えて思いついた物をあげてみる。
「わ、わらわは文書をしたためてみようと思いまする。いわゆる手紙じゃな。わらわの気持ちを伝えるには、最も良い手段でおじゃろ?」
「え〜、それってもしかしてぇ、恋文ってやつ?」
さっそくユナがキャピキャピ騒ぎ始め、拳美はというと「むぅ……」と唸ったまま黙り込む。
脳味噌まで筋肉な少女にとって、一番の難関は手紙を書くことだ。
拳美には勿論無理であるが、目の前の香護芽。彼女だって充分脳味噌筋肉と言ってよい。
手紙を書くなんて大技、できるのだろうか?
「こ、恋文ではのうて手紙!感謝の手紙でおじゃるぅ」
ポッと頬を染めて赤くなる香護芽と、それを冷やかすユナを見ながら、拳美は一人思った。
この勝負――あたしのハチマキの完全勝利だ!
無論、何の根拠もない、ただの思い込みだったが。


――そして、当日。
重たい足取りで教室に到着した剛助は嫌々ながらドアを開け、そして「ん?」となった。
チョコレート特有の、あの匂いが漂ってこないではないか。
なるほど、さすがは我が生徒達。
剛助が甘い物を嫌いと調べて、持ってこなかったのか。感心、感心。
少しばかり機嫌を良くした剛助が号令をかけるのと、「押忍ッ!教官、失礼しますッ」と元気よく拳美が立ち上がるのは、ほぼ同時で。
怪訝に「どうした?」と尋ね返す剛助へ、さっと拳美が懐から取り出したのは白いハチマキだ。
「教官に捧げたいものがあります!これ、バレンタインデーの贈り物ですッ。是非締めて頂きたくッ」
「あ、あぁ……?ありがとう」
やたら気合いの入った拳美には驚いたものの、素直にハチマキを受け取る剛助。
手にとって眺めてみたが、何の変哲もない真っ白いハチマキだ。
いや、朝日に反射してチカッと光ったのを、剛助の目は見逃さなかった。
よくよく顔を近づけて眺めてみると、白い糸で何かの文字が縫われている。
拳美が縫ったのだとしたら、大したものだ。
「あい、える、おー、ぶい……」
「アーッと、教官!!」
全部読み終える前に拳美からストップが入り、見ると真っ赤に頬を染めた彼女と目があった。
「文字をお読みになるのは、自室へ戻ってからにしてください!!」
あまりの剣幕に「わ、判った」と頷いて、剛助はハチマキをポケットにしまい込む。
なんなんだ。贈り物という割には、制約の厳しいプレゼントである。
ガタンっと勢いよく着席した拳美に、横からはユナの冷やかしが飛んでくる。
「へっぇ〜。興味なさそうにしていたくせに、ばっちり興味あるんだぁ」
「な、なにがよ?」と未だ頬の赤い彼女へ、ユナは意地悪っぽく微笑んだ。
「モチロン。決まってるじゃない、教官とのラブラブフォーチュンに!」
指でハートマークを作るユナには、剛助の叱咤が飛んできた。
「お前ら、何を言っているんだ。バレンタインデーだからと言って、浮かれるんじゃない」
年頃の少女というのは、普段は恥ずかしがり屋なくせして、時として大胆になるから困る。
特に恋愛話になると積極的に張り切り出すものだから、聞いているこっちが恥ずかしくなってくる。
「えぇ〜嬉しくないんですかぁ?教官。ボク達みたいな可愛い女の子に好かれちゃってるんですよぉ」
今だって、臆面もなく言い返してくる。
可愛い、確かにユナは可愛い顔をしているが、自分で言うものではない。
「……ん?ボク達?」
「そうです、ボクからも、ハイッ!これっ」
そう言ってユナが差し出してきたのは、折りたたまれた赤い胴着だ。
白の胴着は売るほど持っている剛助だが、赤は一着も持っていない。
派手で目立ちすぎる色だし、人を選ぶ色でもある。自分に赤は似合わないと剛助は思っている。
なので思わず「赤、なのか……」と呟けば、ユナには悲しそうな下がり眉で見つめられた。
「教官は、赤、お嫌いですか……?ボク、教官には赤が似合うと思って買ってきたのに」
そんな泣きそうな顔で見つめられては嫌というわけにもいかず、剛助は慌てて胴着を受け取った。
「すまん、意外な色だったもので驚いただけだ。ありがとう、大切に使わせてもらう」
受け取ってから気づいたのだが、背中になにか文字が書かれている。
きっと、これもまた自室で確認を要されるタイプだろう。
あえて読み上げず、教壇の上に胴着を置くと、ユナに催促された。
「ね、ね、バックプリント気づきましたか?どうですか?」
読んでもいない物の感想を求められ、剛助は曖昧に頷く。
「あ、あぁ。うむ、手縫いか?」
「そうですけど、そうじゃなくてェ。気に入って、もらえました?」
広げろと催促されているのだと察し、仕方なく剛助は胴着を広げてみる。
胴着の背中には、でかでかと白いハートマークが縫いつけられており、中に『ユナ』の文字が輝いている。
袖を通すのも却下したくなるほど恥ずかしい、かつて胴着だった物のなれの果てだ。
「こ、これは……」
絶句する剛助にはお構いなく、ユナがうきうきと解説を始める。
「あのね、ペアルックなんですよぉ。ボクも同じ胴着持っていて、背中に教官の名前が書いてあるんです。エヘヘ、素敵でしょ」
何が素敵か、胴着を冒涜しているとしか思えない。
だがユナの顔を見てみれば満面の笑みを浮かべており、そこに悪意や邪気は感じられない。
本気でこれがイイと思いこんでいる乙女がいた。
目眩を感じ、剛助は胴着を綺麗に折りたたむ。
見なかった、自分は何も見なかった。
さっさと授業を始めて、嫌なことは全部忘れてしまおう。
「皆の気持ち、ありがたく受け取っておこう。では本日の授業を始める――」
基礎科目を読み進めながら、どうして彼女達はこうなってしまったのか、自分の接し方のせいなのかと剛助は頭を悩ませるのであった。

休み時間。
「ねー、教官あまり喜んでくれなかったぁ」
ぶーたれるユナを横目に「へへんっ」と鼻の下をこすって、何故か拳美は嬉しそう。
「あたしのは、ちゃんと受け取ってくれたもんね。しっかり眺めていたし、手応えアリってトコかな!」
そんな級友をジト目で眺め、ユナは机に突っ伏した。
「白い布に白い文字で見えづらいから、じろじろ見てただけでしょ。はーぁ、教官ってもしかして、恋愛には興味ないのかなぁ。ボクが、こんなに胸を痛めているってのに」
「そんなの、直接言わなきゃ気づかないって。なんなら今から言いに行く?」
拳美にけしかけられ、がばっと身を起こし「言えたら悩まないって!」と返す辺り、それほどユナも傷心真っ盛りではないらしい。
好きな男性を想って胸を焦がす乙女を楽しんでいる、そんな風にも見受けられた。
「あ、そういやぁさぁ、香護芽は渡さなかったよね。恋文、忘れて来ちゃったの?」
不意に話題が自分に飛んできたので香護芽はそれとなく、やり過ごす。
「文は、既に渡しておじゃりまする」
「えー!?」「いつっ!?」
二人が驚くのを横目に、静かに答えた。
「今朝。教官の靴箱に忍ばせておきましたぞぇ」
たちまち二人からは「ずっるーい、抜け駆け禁止!」だの「余裕綽々ってわけ!?」だのと文句が飛んできたが、抜け駆け禁止のルールは後出しだし、かといって香護芽に余裕があるわけでもない。
靴箱には、確かに文を投げ込んでおいた。
だが、そのことを剛助が一言も話さなかったのが気にかかる。
――気づかなかったのではないか?
香護芽の心配を拳美も感じ取ったのか、或いは同じ結論に至ったのか、彼女は意地悪く口の端をねじ上げた。
「投げ込んだはいいけど、読まれてもいなかったりして?」
「ありえる〜」とユナまでもが悪ふざけに乗ってきて、香護芽はいてもたってもいられなくなり、椅子を蹴ったおして教室を飛び出していく背中を拳美とユナは見送った。
「あらあら、余裕なくなっちまったかな〜」
ユナも肩をすくめ「きっと玉砕だよ、ボク達と一緒で」と話題を締めた。

背後から迫り来る怒声に、剛助が振り返る。
「ぬぅぅぉぉぉおおおおっっ!!!」
繰り出された拳を寸前でかわし、彼は怒鳴り返した。
「何の真似だ、姫崎ッ!?」
「教官殿ッ、お話がありまする!」
なんと、香護芽は泣いている。しかも漢泣きだ。
ぶわっと涙を流しながら、彼女が言う。
「わ、わ、わらわの……いえッ、今朝、下駄箱で何か普段と変わった物を見つけませぬでしたかのぅ?」
「変わったもの?」と言われても、思い当たる物など一つもない剛助である。
下駄箱の風景を脳裏に描いていると、やがて焦れたのか香護芽が再度問いかけてきた。
「普段はない物が入っていなかったと聞いているのでござりまするぅ!返答や、如何に!?」
「うむ……そうだな」
重々しく頷いて剛助が答える。
「そろそろ上履きを洗わねば、と思った処だ」
その答えは香護芽が欲する内容ではなかったらしく、彼女はブルブルと震えていたかと思うとガバッ!と勢いよく顔をあげ、涙をボタボタ垂らしながら絶叫した。
「もう宜しい!つまりは、スルーでおじゃるか!わらわの乙女心を、教官殿は、あぁぁぁああっ!!」
「お、落ち着け!乙女心だと?一体何の話を――」
最後まで言わせてもらえず、ごぅっと風切って繰り出される拳を剛助は屈んで避ける。
掴みかかろうとする腕を振り払い、足下を狙った下段蹴りも難なくかわすと間合いを取った。
今日は朝から皆の様子がおかしい。
これもバレンタインデーのせいだろうか。
香護芽だけはマトモだと思っていたが、そうでもないようだ。
下駄箱に異変?登校した時刻まで記憶を巻き戻しても、やはり思い当たる節が一つもなくて剛助は困惑する。
――と、そこへ木ノ下の陽気な声が響いてきた。
「石倉さーん、石倉先輩っ!ちょっといいっすかぁ〜?」
はぁはぁ、と息を切らして駆けつけた木ノ下に、香護芽の猛攻も一旦止まる。
その間に「どうした?木ノ下」と剛助が後輩を促してやると、木ノ下は手にした封筒をかざして微笑んだ。
「これ、先輩宛の手紙じゃないッスか?廊下に落ちてたって、俺んとこの生徒が持ってきたんすけど……」
淡いピンクの封筒で、封の部分には、べっちょりと唇の跡――すなわちキスマークがつけられている。
表面には達筆な筆文字で剛助の名前が書かれていた。
剛助に確認できたのは、そこまでで。香護芽が木ノ下から勢いよく封筒をひったくる。
「それか。下駄箱の異変とは」
納得して頷く剛助のほうなど見もせずに、香護芽が声を張り上げた。
「ななな、なんでもござりませぬ!忘れて、忘れてたもれぇぇ!!」
耳まで赤くして、よっぽど他人に見られては困る手紙だったに違いない。
恐らくは、恋文。ラブレターの類だろう。乙女がどうといっていたのも、今なら納得だ。
「だが姫崎、手紙なんかもらわなくても知っているぞ。お前が俺を好きだという事ぐらい」
「ひぎぃぃぃぃ!それは、それは言わないお約束でござりますぅぅぅ!」
ぶんぶんと激しく髪を振り乱して騒ぐ香護芽は、半狂乱の体だ。
「いや、言わない約束って、でも、それ、お前が今日渡す予定だったラブレターだろ?」
話に混ざり込んできた木ノ下をギロッと睨みつけ、かと思うと剛助のほうへ振り向いた時にはポッと頬を赤らめて、香護芽はモジモジと恥じらってみせる。
「こうしたものは一対一で渡すものでごじゃりましょうぞ?だ、だって……わらわは花も恥じらう乙女じゃもの」
可愛い子が言うならともかく、今恥じらっているのは男の女装みたいなツラをした奴である。
花も恥じらうどころか、枯れてしまいそうだ。
この場にいたのが乃木坂だったら、速攻オゲェとなっている処であろう。
木ノ下も然り、香護芽の似合わぬ仕草に思いっきり退いている。
だが、さすがに剛助の反応は違った。
香護芽の百面相など普段から見慣れている彼のこと、ごく自然に彼女の頭を撫でて慰める。
「姫崎、その手紙を渡してくれ」
「えっ……で、でも」と香護芽が後ろ手に隠した手紙を、そっと引き抜いて、剛助はニッコリ微笑んだ。
「お前が俺の為に、わざわざ書いてくれたものだ。是非読ませて欲しい」
たちまち香護芽の両目は涙が溢れ出す。
「うっ、うぅぅぅ、うぅぅぅうう、きょ、教官殿ぉぉぉ!!」
ガバァッと勢いよく抱きついてきた香護芽を受け止め、何度も頭を撫でてやる剛助を眺めながら、木ノ下は「すげぇ……」と何が凄いんだかもよく判らないまま感動するのであった。


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