合体戦隊ゼネトロイガー


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トモダチ

廊下を走ってくる足音に、鉄男は振り向いた。
「鉄男ー!今日の予定、空いているか?」
よく見慣れた顔。言うまでもない、一年先輩の教官、木ノ下だ。
いつになく、はしゃいでいるようだが、どうしたというのだろう。
手には二枚チケットを持っていた。
「特に予定はない」
ぼそぼそと答える鉄男の手にチケットを一枚手渡すと、木ノ下は満面の笑みを浮かべて一年後輩の顔を覗き込んだ。
「そっか〜。なら、好都合!俺と一緒にクリスマスツリーってのを見に行こうぜ」
「クリスマス……ツリー?」
聞き覚えのない名前に鉄男は首を傾げるも、木ノ下は、これこれ、と雑誌を鞄から取り出して鉄男の前に広げてきた。
『新しい試み!カップル定番のデートスポットとなるか!?』と見出しの踊る見開きページに、巨大なもみの木が写っている。
もみの木は綺麗に飾り立てられ、下からライトアップされている。
それを人々が見上げる形の合成写真が載っていた。
「これは……?」
「政府が新しく企画したイベントの一つだよ。冬って何もなくて寂しいじゃん?だからだな」
空から爆撃されている、このご時世に――と思うかもしれないが、ベイクトピアの住民は他国と比べて比較的落ち着いた暮らしをしている。
その理由が地下街だ。
生活に必要な物の殆どは爆撃をうける地上ではなく、地下へ潜ったスペースに広がっている。
新しく出来るデートスポットなるものも、当然地下に設置されるようだ。
「な?候補生を連れてったら面白そうじゃん」
はしゃぐ木ノ下を横目で見つめ、鉄男は、さも気のなさそうな溜息を漏らす。
果てしなく、どうでもよかった。
デートスポットだか何だか知らないが、そういった騒がしい場所は好きではない。
女の子をつれて出歩くのも苦手だ。
行きたいなら、木ノ下が候補生を誘って行けばいい。
手元のチケットを見ると、『クリスマスツリー』招待券と書かれている。
何故これを自分に?と木ノ下を振り返ると、デレデレ笑う彼と目があって、鉄男はドン引きした。
「あいつらを連れて行く前に……俺達で様子見してこようぜ。なっ?」
何故、頬を赤らめているのだ。
何で、そんなに嬉しそうな顔で、こっちを見るのだ!
だが木ノ下は鉄男が内心ドン引きしている事など、知るよしもない。
「よーし、授業が終わったら校門前で集合な♪遅れたら罰ゲームだぞォ〜」
返事がないのをオーケーと解釈して、木ノ下はウキウキしながら廊下をスキップで去っていった……

ぐふふ、ぐふふふ。
授業中は口元からこぼれる笑みを押さえ込むので、必死だった。
やった、やったぞ。ついに鉄男へチケットを渡すのを成功したぞ――!
この日の為だけに、嫌な先輩へ、ごまをすり続けた甲斐があったというものだ。
チケットは乃木坂経由で、とある政治家から譲ってもらった。
あれやこれやと適当な嘘を並べて、そんなに欲しいなら俺の言うことを聞けとなって、この一週間、乃木坂の雑用を一手に引き受けていた。
はっきり言って超重労働だったが、今となっては、もう過去の話だ。
『クリスマスツリー』招待券は、クリスマスツリーを見るだけのチケットではない。
宿泊ホテル、豪華なお食事、お洒落なバーの貸し切りなど、カップルの為に至れり尽くせりな内容になっていた。
木ノ下の目的は、主にツリーを見た後だ。
食事をして、バーで飲んで、ホテルに一泊するという一連のデート行動。
それを鉄男とやろうという魂胆である。
候補生と行きたい、なんてのは大嘘だ。
全ては彼と一泊する、それだけのむき出しな欲望だった。
鉄男は見た感じ、絶対お酒に弱そうだ。
酔っぱらったら介錯するフリをして、風呂に連れ込んで、ムフフ、グフフフ。
一人むふむふイヤラシイ笑みを浮かべ続ける木ノ下教官に、モトミ以下候補生達は、かける言葉もなく引きまくっていた。
終業のチャイムが鳴り終えるよりも先に、木ノ下が教室を飛び出していく。
「今日の授業、これでおっわりぃ〜♪」
その辺に積んであった紙や何やらを吹き飛ばす勢いで出ていく教官を、三人娘は唖然とした顔で見送った。
「な……なんやったんやろ、今日の教官。きっしょい笑み浮かべとって」
ポツリと呟くモトミへ、同じくポツリと呟き返したのは杏だ。
「もしかして……で、デート……?」
「キャピィ〜ン、そんなの駄目ですゥ」と、途端に騒ぎ出したのはレティシアだ。
「木ノ下教官は私達の教官です、木ノ下教官と一番最初にキスするのはレティなんだからぁ、むふんっ」
鼻息荒く宣言する彼女をジト目で眺め、モトミが突っ込んだ。
「ほーか、ほーか、頑張りぃや。あ、けど教官、学生時代に元カノだか何かがおったらしいで?」
「え、ぇえええーっ!?」
些か大袈裟すぎるリアクションを取るレティをほったらかしに、杏が話題に食いついてくる。
「元?ということは、今は恋人がいらっしゃらない……と?」
「かもね」と気のなさそうな返事で流し、モトミは後半誰に言うともなく呟いた。
「せやけど、したら誰との約束やろ?あないに浮かれて飛び出してくっちゅーのは」


途中の廊下で合流し、いつもの待合い電車ではなく地下鉄へ乗る。
鉄男にとっては初めての地下鉄だ。
地下に電車が走っているなど、ニケアではお目にかけなかった。
「ん、キョロキョロしてっと置いてっちゃうぞ?」なんて、その気もないくせに木ノ下がおどけてみせる。
「ほら、迷子にならないよう手でも繋ぐか」
「いや、いい……」
幼い子供でもあるまいに、さすがに恥ずかしい。
木ノ下に握られた手を乱暴に振り払うと、鉄男は両手をジャンパーのポケットに突っ込んだ。
これなら二度と繋がれまい。
してやったりと木ノ下の様子を伺うと、寂しそうな表情の彼が一瞬見えたが、すぐに木ノ下は笑顔に戻り、話しかけてくる。
「乗り換えは次の次だからな、遅れないで俺についてこいよ」
まるで子供扱いだ、さっきから。
でも親切で言っているのは判る。
先ほど手を繋いだのも、きっと親切心からなのだ。
しかし正直あまりベタベタされるのに慣れていない鉄男にとって、木ノ下との会話は少々苦痛でもあった。
話しかけられる量に反比例して鉄男の返事はどんどん言葉少なげになっていき、しまいには無言で二人、クリスマスツリーのある会場へ向かった。
地下鉄道の中では大人しくなってしまった木ノ下も、会場へついた途端、陽気さが復活する。
「うはー、でけー!見ろよ鉄男、ツリーのてっぺんにあるのってF45-オルベニウスじゃね?」
彼が口にしたのは、ベイクトピアの正規軍が所有する軍用戦闘機の型番だ。
木ノ下の意外な知識に驚いていると、腕をぐいっと引っ張られる。
「ほら、ぼーっとしてんなよ!もっと近くで見てみようぜ」
招待したのは木ノ下なのに、子供みたいに、はしゃいじゃって。
知らず、鉄男の口元からは笑みがこぼれた。
いいだろう。今日一日ぐらいは彼のペースにつきあってやる。
たまには羽を伸ばすのも必要だ。
いつも木ノ下のペースに引きずられているくせして、鉄男はそんなことを考えた。

ツリーを一通り鑑賞した後は、今日泊まるホテルへ引っ張ってこられた。
てっきり日帰りだと思っていた鉄男は驚いたが、木ノ下があまりにも嬉しそうなので言うに言い出せず。
最上階のバーで飲む約束までさせられて、次はお土産物屋へ直行する。
「な、これお前に似合うと思うんだけど!どうかな、試着してくれよ」
ぐいぐい押しつけられるトナカイ柄のセーターを「い、いや、俺は……」と遠慮しながら、鉄男は落ち着きなく周囲を見渡す。
こんなところで男二人、仲良くしゃべっているのなど、自分と木ノ下ぐらいなものだ。
あとはカップル、カップル、カップル。
四方一面男女カップルで埋め尽くされており、自分達だけ非常に浮いている。
なんで、自分を誘ったのだろう。
鉄男は暗く落ち込んだ。
何故、自分はノコノコついてきてしまったのだろうか。
雑誌にも書いてあったではないか、カップルのデートスポットだと。
こういう場所へは、男女で来るのが『普通』なのだ。
ならば、ついてくるべきではなかった。
恨みがましく木ノ下を睨むも、睨まれているとは思っていないのか、木ノ下はニコニコ笑顔で返してきた。
「日が暮れたらさ、ライトアップされるらしいぞ。それを見てからホテルに戻ろう」
「…………」
この笑顔を見てしまった後では、とても言えない。
『今すぐ帰りたい』などとは。
喉元まで出かかった要求を飲み込むと、鉄男はぎこちない表情で頷いた。
あとしばらくすれば、ホテルに入れる。
そうすればカップル四面楚歌からも抜け出せる。それまでの辛抱だ……

ライトアップされたクリスマスツリーは、とても綺麗だったけれど、暗く落ち込んだ鉄男の心を明るく照らすまでには至らず、へこんだまま木ノ下と一緒にチェックインする。
「なぁ……元気ないみたいだけど、どうしたんだ?」
しかし木ノ下に心配された時には、無理に笑顔を作って微笑んだ。
「い、いや……少し、人混みで疲れただけだ」
普段より、あまり笑ったりしないのは自分でも判っている。
だが笑った程度で、いちいちギュビリと喉を鳴らして目を見開かれるのは、あまり良い気分ではない。
「……俺が笑うのは、そんなに珍しいのか」
ついつい俯きがちに愚痴がこぼれてしまい、鉄男はハッと慌てたが、木ノ下は全然聞いちゃいなかった。
すでに隣におらず、カウンターへ部屋の鍵を取りに行っている。
どこまでもマイペースだ。
こちらのことを気遣うなら気遣うで、最後まで徹してくれてもよいものを。
なんとなく突き放された気分になり、そして、そんなことでふてくされている自分にも驚いた。
馬鹿な。これじゃ、まるっきり子供じゃないか。
相手が自分の思い通りにならなくて、ふて腐れるだなんて。
のんびり戻ってきた木ノ下が「まずはディナーといきますか」と誘ってくるのに従って、鉄男は先ほど以上に落ち着かない気分で窓際の席に腰掛けた。
そこからは何を食べたのか、何を飲んだのかも、はっきり覚えていない。
「体調悪いみたいだし、もう寝るか?」
食の進まない自分を心配した木ノ下が気遣ってくれたのは覚えている。
意識がはっきり目覚めたのは、ベッドの上だった。
木ノ下が側にいない。
さっきまで彼の着ていた服が乱雑に脱ぎ散らかされているから、大方風呂にでも行ったのだろう。
一人で、さっさと行ってしまうとは薄情な奴だ。
バーで飲むという約束も、どうなった?
ベッドの上でゴロゴロしているのも嫌気が差してきて、ついに鉄男は起き上がる。
乱暴に服を脱いでガウンを上に引っかけると、木ノ下を問いただすべく、大浴場へ向かった。

脱衣所に置かれた服は一着しかなかった。
今の時間、カップルや他の客は飯時なのだろう。
ガウンを脱衣籠へ突っ込むと、鉄男は大股に風呂場へ直行する。
タオルを持ってくるのを忘れていた。それほど頭に血が上っていたのだ。
全ては木ノ下に対する怒りだ。
こんな処に自分を無理矢理連れてきて、ベッドに放り出して風呂へいくなど何事だ。
悪いのは全部テンションダウンした自分なのに、それすら忘れてズカズカ入っていくと、ぐるりと四方を見渡した。
いた。
鼻歌まじりに、頭を洗っている。
人の気も知らないで、暢気なものだ。
どすんと隣へ勢いよく尻を降ろし、木ノ下の後頭部を思いっきり叩いた。
「あだッ!」
突然の奇襲に木ノ下はガンッと盛大に手前の鏡に額を打ちつけ、しばらく動けなくなっていたが、やがて顔をあげて鉄男を見ると、「あ、あれ?鉄男、いつの間に」とボケた一言を漏らしてきた。
「いつの間に、じゃない。風呂へ行くなら声ぐらいかけていけ」
むすりとして答えると、木ノ下は「いや、一応かけたんだけどな、声」と小さくぼやく。
聞こえないふりで、鉄男は木ノ下を睨みつける。
「何故、誘ってくれなかった?」
「へ?」
「風呂だ、風呂」
まだキョトンとしている相手へ大声を放つ。
「風呂に行くなら行くで、何故誘わなかったと聞いているんだ!」
「い、いや、だから」
木ノ下の様子を見るに、恐らくは誘ったのだろう。
だが鉄男は落ち込みすぎていたので木ノ下の言葉など耳にも入らず、それで木ノ下は仕方なく一人で風呂に向かった。
――という展開だったのは、誰にだって容易に想像がつく範囲だ。
想像がつかないのなんて木ノ下の隣で仏頂面をかましている、当の本人ぐらいなもんだ。
木ノ下も、それに気づいたのか、文句を口の中で噛み砕くと、愛想笑いで謝り始めた。
「ご、ごめんな。お前、ホントに気持ち悪そうだったから、そっとしといたほうがいいと思って」
「俺は、お前と一緒にいるほうが安心するんだ……」
ポツリと呟いた鉄男の意外な一言に、木ノ下のテンションがぐぐっと高まる。
今、なんて言った!?
これって告白も同然の台詞じゃないか?
デレデレする木ノ下に気づいたか、鉄男も遅まきながらに先ほどの一言が恥ずかしくなってきたようだ。
見つめてくる視線から逃れるように視線を逸らし、ぼそっと付け足した。
「だ、だから……バーへ行く約束も、忘れるな」
「えっ?でも鉄男、お前、体の具合は」
「具合などッ、最初から悪くない!」
照れ隠しに鉄男は、ザバッと頭から湯をかぶる。
木ノ下の顔も見ないで風呂へ飛び込むと、相変わらず視線は余所へ逃がしたまま、ぶつぶつ言った。
「……ただ、少し落ち込んでいただけだ。どうして男二人で、こなければならなかったのかと」
言っている側から、またまた鉄男は落ち込みかける。
だが木ノ下ときたら「あぁ、それ?」と軽い調子で言い返し、ニコニコ笑う。
「だって、お前と来たかったんだもんよ。候補生の為の下見ってのは、ありゃ〜嘘だ」
「えっ!?」と今度は鉄男が驚く番で、ぽかんとする彼の前で、木ノ下は、あっけらかんとネタばらしした。
「俺達、友達だろ?だからさ、こういう新スポットには、まず第一にお前をつれてきたかったんだよ。ベイクトピアが良いとこだってのをさ、お前にも知って欲しいから。俺が好きな場所は、お前にも気に入って欲しいし」
まだ何だかんだと木ノ下の話は続いていたように思う。
でも、そこから先は鉄男の耳に入ってこなかった。
木ノ下が何気なく言った『友達』――その言葉が、あまりにも嬉しかったおかげで。


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