ツユのお誕生日
若い頃から唯一の親友以外には全くの無頓着だったけれど、自分の容姿には最大に気を使っていた。誰かによく見られたいのではない。
自分自身が納得いきたくて、本来なら男性がやらないような化粧やお洒落にも手を出した。
その結果、パッと見では性別の分からない外見になったが、これでいいと思う。
なまじ男に生まれてしまったせいで、親戚や知人からは男らしくしろと余計な世話を焼かれるし、女どもからは重たい荷物を押しつけられて、文句を言えば男なのにと詰られる。
こちらとて好きで男に生まれたんじゃないのに、男を強要されるのは理不尽だ。
男なのに、女なのに、だから何だ。
枠に当てはめられるのが嫌な人間もいることを、世間は知っていてほしい。
普段、何事にも動じないツユが「結婚!?あんたが!?」と素っ頓狂な声をあげてしまったのは、他ならぬ唯一の親友、乃木坂が「だいぶ前になるけど親父から電話があってさ、お見合いさせられるかもしれないんだ。けど、いい人だったら結婚もアリかなーと思うんだよ」なんて話題をふってきたせいだ。
「まだするとは決めてないぜ、例えばの話だよ」と幼馴染の勘違いを制して、乃木坂が言うには。
四月に誕生日を迎えた際、実家の父親から連絡があったそうだ。
それが見合いの話で、家を出た息子への未練でもある。
息子が女好きだと知っているから、美人で呼び戻そうという算段なのかもしれないとは当の本人の推測だ。
「お前もなんか、ないのか?そういう話、実家から届いてないか」と話を振られて、ツユは即座に否定する。
「ないわねぇ」
実家とは、とうに縁が切れている。自分は勘当された身だ。
いつまで経っても男らしくならず、女みたいに化粧と貴金属でチャラチャラした息子に業を煮やして、父親が叩き出した。
それ以降、一度も実家には帰っていない。
元々家族仲は良くないし、家を追い出された時でさえツユには何の感情も沸かなかった。
乃木坂は彼自身が家を出ると決意し、父親と交渉炸裂したパターンだ。
勘当とまではいかなくとも、息子が家を出た直後は父親も激怒していたはずである。
なのに結婚を餌に呼び戻そうというのか。案外過保護なのかもしれない、勇一の家族は。
「そっか。まぁ、ないほうが幸せだよ。俺は今の暮らしで満足しているし」
「それで、どうするの。返事」
「会ったら終わりだと思うんで、適当に用事を作ってとんずらしとくさ」
これだけで結婚話は終了し、乃木坂が話題を切り替える。
「今日って、お前の誕生日だよな。リクエストあるか?食べたい料理や欲しいもの」
乃木坂は毎年律儀にツユの誕生日を祝ってくれる、たった一人の友人だ。
子供の頃から人付き合いが淡白だったツユは自分の誕生会を開くという発想が一切なく、祝ってくれるのは、いつも乃木坂一人に限られた。
「ん、そうだねぇ。じゃあサラダで。勇一の一番得意なやつ、あれがいい」
「オーケー」
知り合って初めての誕生日に作ってくれた料理がポテトサラダで、今でもツユのお気に入りである。
勇一は金持ちの家柄だというのに全く飾らない子供で、よく手料理をツユに御馳走してくれた想い出だ。
親が祝ってくれたことは一度もない。
生まれた時から、男らしくないとされる容姿のせいで親には疎まれていたように感じる。
ツユは父とも母とも似ていない。だからだろうか、両親が息子に愛情を持てなかったのは。
ただ、ツユのほうでも口うるさい両親を嫌っていたから、祝ってほしいとも思わなかった。
祝ってくれるのは勇一だけでいい。
他の奴らに社交辞令で祝われたって、煩わしいだけだ。
キッチンでは、乃木坂が鼻歌交じりに野菜の皮を剥いている。
「あたしもやるよ」と隣に立って、一緒に皮を剥くのだって楽しい。
なんでも楽しいのだ。乃木坂が一緒だと。
ずっと友人で居続けてくれている彼にも感謝の気持ちが絶えない。
大きくなって、乃木坂の口から異性以外の名前、御劔の名が出た瞬間、ツユの心は大きくざわめいた。
いつかは憧れの人の横を歩くようになり、ツユを捨てて行ってしまうのではないかと激しく嫉妬した。
だが、嫉妬は杞憂であった。
乃木坂は公私混同する男ではなく、憧れは憧れ、友情は友情できっちり分けるタイプであった。
一緒に軍役となって一緒のチームに振り分けられて、御劔の下で働いた後は一緒にスカウトされて、一緒に退役する。
今は一緒にラストワンで働いているってんだから、もう、こうなったら生涯友人を貫きたい。
「ざっざっざと混ぜるんだ。ほら、お前もやってみろよ」
大きくなってからは誕生日のサラダ作りをツユにも手伝わせてくれるようになり、ますます彼が好きになった。
思えば初めて出会った頃から乃木坂は、ただ一人、ツユを偏見の目で見ない人間であった。
男らしくしろだの化粧するなだのといった説教を、彼にされた覚えがない。
ありのままにツユを受け止め、友人として認識している。
そのようにも感じる。
「じゃーん、出来上がり♪よっしゃ、酒も持ってきたんだ。食おうぜ」
ポテトサラダとビールだけの誕生会だが、どんな御馳走を用意されるよりも充実感が桁違いだ。
「誕生日おめでとう」
「ありがと」
気取った言葉も大量の贈り物も、自分には意味がない。
これまでに見た候補生の誕生会をあれこれ思い浮かべながら、今日が一番最高の誕生会だとツユは悦に入った。