香護芽のお誕生日
「ね、今日って確か香護芽の誕生日だったよね。おめでとう!」なんて言葉では祝ってくれた同級生も、パーティを開くまでには考えが至らず。
翌日の香護芽は、些か不燃焼気味で目を覚ました。
誕生日は毎年やってくる。なのに去年も、その前の年も言葉だけのお祝いだった。
今年こそはと毎回思いながら、毎回裏切られている。
何故、何故。
何故、ユナと拳美は他の子たちみたいに誕生会を開いて、誕生日プレゼントを贈ってくれないのか!?
誕生日とは――
ケーキを食べて、新たな年齢を祝い、プレゼントを贈る日だと教わっている。
現に幼き頃は、両親が誕生会を開いてくれた。
家族だけの、ささやかなパーティではあったけれど、最後に必ずプレゼントをくれた。
親しいのであれば、プレゼントを贈るのが道理である。
ならば香護芽の友達であるユナと拳美にも、そのルールは適用されるはずだ。
もしや、自分が思うほどには二人とも友達意識がないのだろうか。
同じクラスにいるから、なんとなく話し相手にしているだけなのか?
二人の誕生日が来る前に、一度確認しておかねばなるまい。
我らの友情は、本当に友情なのか否かを。
「たのもう!」
勢いよく突き飛ばされて壁に激突した扉を見て、ユナと拳美は「ひぇっ!?」と飛び上がる。
何が起きたのかと振り向いて、扉を破壊したのが香護芽だと判った途端、二人の驚きは苦笑に変わった。
「もぉ〜、何やってんのさ、香護芽。スパークランの教官に怒られちゃうよ?器物破損だって」
「そのような些細なこと、どうでもよろしい!」と言い切る香護芽に、パタパタ手をふってユナが突っ込む。
「や、どうでもよくはないでしょ。ボクたち一応、居候なんだし」
ラストワンの再建設は工事期間が長引いて、候補生は未だスパークランの宿舎にて仮住まいしている。
今日は休日、ユナと拳美は食堂でおしゃべりしていたのだが、その扉がぶっ飛ばされたのだ。
香護芽のワンパンチで。
「あーあ、完全に蝶番外れているし。修理、頼まないと。誰がいいかなー」
携帯電話を取り出して電話帳を開く拳美の横で、ユナが呑気に尋ねた。
「それで香護芽は、なんで猛烈な勢いで扉を破壊したワケ?」
「そう、そのこと、本題を申すのじゃが!ユナ殿、拳美殿。そち達は、わらわのことを、どう思ってたもう?」
「どう……って?」
聞かれている意味がわからず、二人ともキョトンとなる。
どう思うと言われてもクラスメイト、同級生で友達だ。
ただし仲良しと呼ぶには距離が少々遠く、せいぜい雑談相手レベルの友達になろう。
一緒に中央街へ遊びにいったりは、しない。
香護芽が何を好きで、どんな趣味を持つのか、ユナも拳美もイマイチ把握できていないせいだ。
三年一緒のクラスでも会話が弾むのは稀、盛り上がれる共通の話題は少ない。
同じクラスでクラス替えもないから、まぁ、ほどほど友好的にしているといった関係である。
大体、ユナは拳美の趣味も、よく知らない。いつも自己鍛錬している汗臭い子だと思っている。
それは拳美にしても同じで、お菓子が好きな子って印象だ、ユナのことは。
お互い、それほど相手に興味がない。別クラスの子とのほうが、よほど仲良しだ。
「どうって同級生、じゃないの?」
「同級生なのは判っており申す!」と香護芽に怒鳴られたって、どう反応したら良いのやら。
何故、香護芽が苛立っているのかが判らず、ユナと拳美は顔を見合わせて困惑する。
「それで、それがどうかしたの?」
全く進まない会話に香護芽も焦れてきた。
友達だと思っているよ!といった反応を期待していたのに、なんなのだ、二人とも。
ここまで反応が鈍いんじゃ、はっきり言うしかなさそうだ。
「同級生が昨日、誕生日を迎えた!だというのに、そち達の反応は淡白でおじゃりましたなァ……?わらわは、誕生会を楽しみにしておりもうした。だというのに、そち達はケーキを買わず、プレゼントもよこさずで!わらわを粗末に扱い過ぎではござりませぬか!?ヨヨヨヨッ」
泣き崩れる真似をしたら、二人には大層驚かれた。
「え!香護芽ってケーキ食べるんだ!?」
「誕生会やりたかったの!?そういうの、全然興味ないのかと思ってた!」
「当たり前でおじゃる!」と、どっちに憤慨したのか猛々しい彼女へ拳美が本音を語る。
「だってケーキって感じじゃないじゃん、香護芽。お汁粉とかお団子が好きそうに見えるよ?でも誕生日にお団子ってのも変だしと思ってさァ、あげるのやめとこって。もし好きじゃなかったら、それも悪いしね」
ユナも「誕生会やりたかったんなら言ってくんなきゃ〜。でも、そういうのは騒々しいから好きじゃないのかと思ってた」と心底驚いており、普段どんな印象で見られていたのやら、だ。
「なんとなく香護芽って、静かな部屋でお茶とか飲むのが好きそうな感じ!」とはユナの談で、要は物静かなお嬢様だと思われていたらしい。
「そんなことは、ありもうさん。わらわとて年頃の娘、はしゃいだり騒いだり朝まで雑談ウェーイも許容範囲でおじゃる」
嘘泣きをやめて座りなおした香護芽を囲んで、ユナと拳美がキャッキャと笑う。
「そんじゃ今から誕生日の仕切り直し、やっちゃう?」と乗り気なユナへ拳美も頷いた。
「そうだね、改めて誕生パーティやろっか!皆も呼んで!」
「あ、そうだ!プレゼント買ってこなきゃ。何がいい?」と尋ねるユナへ拳美がマッタをかける。
「ダメダメ、そういうのはサプライズにしなきゃ。分かんないほうが、もらった時の喜びもダンチだよ?ね、香護芽!」
やっと話が通じた喜びも含めて、香護芽は大きく頷いた。
「勿論でおじゃりまする!」
その日の昼は盛大な唐揚げパーティが開かれて、予定外の炭水化物祭りに候補生たちは、お腹をパンパンに膨らませた。
ただ、これが本当は何のパーティなのかを知っていたのは、ユナと香護芽と拳美のみであったという。