合体戦隊ゼネトロイガー


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亜由美のお誕生日

「亜由美って、そういやさぁ、こないだが誕生日だったんだって?」
休み時間、廊下でマリアに呼び止められた亜由美は「う、うん」と素直に頷いた。
誕生日なんて自分でも、すっかり忘れていた。
空からの来訪者――真名シンクロイスとの決戦に備えて、訓練の日々に明け暮れていたのでは。
誕生日は二日前に終わっていた。
誰からも祝われた覚えがないのは、誰にも教えていないせいだ。
せめて、受け持ち教官と同級生にぐらいは教えておくべきだったか。
でも十六歳が十七歳になったからって、何がおめでたいんだろう。
小さい頃、誕生日が嬉しかったのは母の作ったケーキを食べられる日だったからだ。
父に頭を撫でてもらえるのも嬉しかった。
宿舎のある学校に入ってからは、それらがなくなった。
ラストワンで祝ってもらったって母のケーキも父の笑顔もないのだと考えると、無性に寂しくなってしまう。
嫌だな、十七歳にもなってホームシックにかかるだなんて。
表面上はマリアと笑顔で別れて、亜由美はトイレへ向かった。


「ゲェーッ、来月モトミの誕生日かよ!残金に注意しておかないとなぁ」
隣の席で愚痴が聞こえてくるもんだから、鉄男は興味本位で覗き込む。
放課後、教官は教官室で翌日の授業の準備や候補生の記録をつけてから宿舎へ帰るのだが、隣では来月のプライベートなスケジュールまで立てていたようだ。
誕生日をチェックするのは、候補生と仲良くなるにあたり一番手っ取り早い手段だと乃木坂が言っていた記憶だ。
そうは言っても、受け持ち生徒の誕生日は誰ひとり知らない鉄男である。
趣味や特技は聞き出した。しかし、誕生日は聞き忘れた。
鉄男自身が誕生日に興味ないから、聞くまでもないと省略してしまったのだ。
「全員分、把握しているのか?」と鉄男が尋ねると、木ノ下は一瞬「は?」といった表情を浮かべたが、すぐに鉄男の知りたい答えを返してきた。
「あぁ、もちろん。もらって嬉しいプレゼントもバッチリ把握しているぜ。鉄男は誕生日、いつなんだ?」
「じゅ……十月二十一日だ」
どもる鉄男に「そっか、当分先だな。俺は八月一日だからヨロシクな」と木ノ下はニッカと笑い、そうだと思い出す。
「今月は確か亜由美が誕生日だったんじゃないか?」
思わず「担当以外もチェックしてあるのか!?」と尋ねたら、木ノ下はパタパタと手を振り、間違いを正す。
「や、全員分はさすがに覚えちゃいねぇけど。前にシミュレーターで亜由美のデータを見た時、あぁ、今月なんだ誕生日って思ったのを思い出してさ」
シミュレーター。
そうだ、ラストワンが管理するシミュレーターの個人データには誕生日も記載されていたはずだ。
チラ見だったというのに受け持ちでもない候補生の誕生日を覚えているとは、さすがは木ノ下だ。
「それで……今月のいつだった?」
さり気なさを装って尋ねたら、「あん?もしかしてノーチェックだったのか。駄目だぞ〜?鉄男。女の子は、こういうイベント大好きなんだから」と木ノ下に呆れられて、鉄男は狼狽する。
また無知を晒して、いらぬ恥をかいてしまった。
しょぼくれる鉄男に悪いと思ったのか、木ノ下が言い直す。
「まぁ、誕生日は毎年くるんだし、今年祝えなくても来年祝えばいいさ」
だが木ノ下の言うように亜由美が誕生日祝いを楽しみにしていたとすれば、来年祝うんじゃ遅すぎる。
今月なら、まだ間に合うはずだ。
勢いよくガタンと立ち上がった鉄男は廊下へ勢いよく飛び出していき、木ノ下を呆気に取らせた。


「釘原!」と、大声で呼ばれて亜由美は振り返る。
誰かと思えば、辻教官じゃないか。
随分息を切らせているけれど、どうしたんだろう。
放課後授業が終わり、あとは宿舎へ戻って夕飯を食べるなり風呂に入るなりする、自由な時間だ。
どこにも走って追いかけなきゃいけない理由がない。
用事があるなら明日にすればいいしと亜由美は呑気に考えていたのだが、鉄男に真っ向から見つめられた時には頬が火照ってきた。
なんだろう。そんな真剣な顔で、じっと見つめられたら照れてしまう。
「釘原、今月はお前の誕生日だったそうだな」
突拍子もない話題を振られて、亜由美は咄嗟に返事ができない。
ポカンとしている間に、鉄男は深々と頭を下げて謝罪してきた。
「すまん……迂闊にも俺は見逃していた。渡せるプレゼントは今、用意していない。しかし、リクエストに答えられるぐらいの手持ちは潤っているつもりだ。何がいい?要望を教えてくれ」
「ちょ、ちょっと待ってください、そんな謝らなくていいですよ」
まずは教官の頭をあげさせると、亜由美は脳をフル回転。
彼は素で亜由美の誕生日が今月だと知らなかった、それはいい。こちらだって教えていないのだから。
しかし、どこかで今月がそうだったと知った。
木ノ下あたりに教えられたのか、或いはシミュレーターの個人データを見て知ったのかもしれない。
プレゼントを買う気満々なところを見るに、子供は誕生日を祝ってもらうのが大好きだとか何とか先輩教官に入れ知恵されたのか。
亜由美が誕生日で一番嬉しいのは母のケーキと父の笑顔だが、それは金じゃ買えない要望だ。
しかし、要望がないと答えるのは辻教官を困らせてしまう。
少し考えた亜由美は要望をまとめると、ちょいちょいと手招きして鉄男を廊下の角へ誘い込む。
「えぇと、それじゃ欲しいプレゼントを言いますけど……亜由美ちゃん、十七歳のお誕生日おめでとうって言って、頭を撫でてもらえますか?」
ちらと上目遣いにお願いした途端、鉄男は言葉に詰まり、みるみるうちに頬が紅潮していく。
少し、いや、かなりハードルが高いリクエストだったかもしれない。
けど、これくらいしか思い浮かばなかったのだ、亜由美には。
欲しい物品は特にないし、お金にガツガツしているでもなし、花束よりも花畑が好きな少女である。
リクエストを伝えてからも十秒、二十秒と時間が過ぎてゆく。
やっぱり無理かな?と諦めて、亜由美が「あの」と言いかけるのと、鉄男が意を決したのは、ちょうど同じタイミングで。
視線は下向き加減に鉄男がポツポツ呟いた。
「あ……亜由美、ちゃん。お誕生日、おめでとう……ッ」
ぎゅむっと勢いよく抱き寄せられて、亜由美は息が詰まる。
頭を撫でてほしいと言ったはずなのに、ハグしてくるなんて不意打ちにも程がある。
でも、嫌じゃない。嬉しい。
下手したら頭を撫でてもらうより、こっちのほうが嬉しいかも。
本当は抱きしめてホッペにキスなんてのも候補にあったのだが、撫でてもらう以上にハードルが高いと遠慮してしまったのだ。
辻教官の腕の中は暖かくて、心も体もポカポカしてくる。
具体的には、頬が熱くてたまらない。顔をあげられないぐらい、恥ずかしくて嬉しい。
やがて抱擁を解かれた亜由美は、ぽそっと「ありがとうございます。最高の、プレゼントでした」と囁き、廊下を脱兎の如く走っていく。
もうダメ、恥ずかしさが限界を突破して、辻教官の顔が、まともに見られなかった。
でも、こういうリクエストもアリって判った以上、来年は、もっと大胆なプレゼントをお願いしてしまおう。
来年の誕生日が、猛烈楽しみになった亜由美であった。


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