合体戦隊ゼネトロイガー


Top

act6 魂魄遮断

カチュアの放った宣戦布告は、国境を越えたクロウズの山脈にまで届いた。
自国のみならず他国まで殲滅するとは、大きく出たものだ。
だが、全人類を巻き込んでの暴走は成立しないとロゼは考える。
この星の原住民は仲間意識が強い。
必ず誰かが止めて、この話は、なかったことになるだろう。
ベベジェを動かすにしても、イマイチな策だ。
連中はまだ、器工場の場所を突き止めていないはず。
そうとも、あれはベイクトピア軍には絶対判らない。盲点とも言える場所だ。
ロゼは遠くへ目を凝らしたが、ここからでは、さすがにあのロボットも見えやしない。
紫色に塗ったくったロボットを、ゼネトロイガーと奴らは呼んでいた。
クローズノイスの考案したブルットブルブックと同じ動力の機械だが、こちらの操作を受け付けないようにも出来ている。
然るにクローズノイスの考案まんまではなく、真似て作ったオリジナル機械だ。
クローズノイスについても、ロゼは想いを馳せる。
母星フーリガンが滅亡すると判った日。
新天地を求めて旅立ったのは、僅か十名ばかりのシンクロイスであった。
その中に、クローズノイスは居なかった。
彼は番のイーシンシアや数人の臣下と共に、ロゼ達が旅立つよりも先に出ていったのだ。
時空移動装置を使い、過去の世界へと。
過去になら、知的生命体の住む惑星も多いと踏んだのだろう。
だが彼らが飛んだのは奇遇にも、この星の過去であった。
或いは、奇遇ではなかったのか。
昔も今も、一番近い知的生命体の住む星は、ここしかなかったのかもしれない。
ロゼ達が到着した時点で、この星は何者かの爆撃を長年受け続けており、それがどうやら同胞、クローズノイスの手によるものだと判った時の驚きといったら、例えようもない。
ロゼの記憶にあるクローズノイスは温厚な男だった。
普通に乗り移ればよいものを、何故爆撃という穏やかならぬ真似をしたのか。
その答えは、すぐに出た。
アベンエニュラが地上からの攻撃を受けて、あわや墜落となった時に。
この星の原住民は野蛮だ。だからきっと、戦う羽目になったのだ。
レッセとゾルズを探索に行かせて、奴らがロボットなる武器を持っていると知る。
二人が行方不明になって、次はボドルイとグルーエルが探索に出た。
二人が探索範囲を広げたおかげで、様々なことが判明した。
この星には四つの異なる地域があり、知的生命体によれば、国と呼ぶらしい。
そして、どの国にもロボットが存在する。
宇宙を知らず、宇宙船も持っていない知能のくせに、ロボット技術だけは、いやに高い。
仲間意識と団結力も、やたら高く、だが、そのおかげで殲滅を免れたのであろう。
つかまえて交配させてみたら、繁殖力が高いのも判った。
クローズノイスが中途半端に攻撃を終わらせた意味も、今なら、よく判る。
この星の知的生命体は、器にするに、もってこいの生物だったのだ。
クローズノイスとは未だに再会できていないが、きっと地上の何処かで生きているはずだ。
カルフとミノッタは最初の頃こそ攻撃してきたモアロードを滅ぼすと息巻いていたのだが、やがてカルフが器を増やす方向へ転換したのをきっかけに、ベベジェが全員まとめて身を隠せる場所を作り、爆撃はベイクトピアを集中的に狙うようアベンエニュラへ命じた。
シークエンスは、この星へ来る前に行方をくらましていた。
いついなくなっていたのかも、ロゼの記憶では定かじゃない。
結局、彼女もここへ来るしかなかったようだが、再会できても嬉しくなかった。
彼女は寄生という形で生き残っており、アベンエニュラ以上の役立たずっぷりを晒した。
真っ向からベベジェに対して反逆してきたのだ。もはや、同胞とは呼べない。
敵に回った理由も、のちほどカルフから聞かされて驚いた。
なんと、この星の原住民に恋してしまったのだというではないか。
自分勝手で無軌道で、時に残虐でもあった昔の彼女を想うと、到底考えられない。
才気溢れるクローズノイスと冷静なイーシンシア、どちらにも似ていない娘であった。
シークエンスを陰で嫌っていた者は多かったが、それでもアベンエニュラ、生まれつき出来損ないの奇形児と比べたら、遥かにマシな扱いだったはずだ。
アベンエニュラも原住民に恋をした。
カルフも恋をしている。
アベンエニュラとカルフの相手は被っており、二人は恋敵となった。
しかもそれはシークエンスの寄生木だというんだから、眩暈がしてくる。
シークエンスを取り合ってくれたほうが、まだマシと言えよう。
ロゼは、ちらりとアベンエニュラへ目をやって、小さく溜息をつく。
出来損ないのポンコツは今や、死にかけだ。
ヒュー、ヒューと、風の音のような息を立てて森林を占領している。
かろうじて生きているが、体内で爆弾を構築できるほどの余力は残っていない。
恋の戦いで敗れたのだ。
カルフの構築する爆弾は、アベンエニュラのよりも数倍強力だ。
そいつが何十個も一斉に体内で爆発したんじゃ、ロゼだって死は免れないであろう。
自分がカルフの恋敵ではなくて、よかった。
もっとも器に恋をするなど、自分だったら、ありえない。
シークエンスが寄生木とする器は、これといって秀でた特徴のない雄に見える。
何故こんなパッとしない奴を器に選んだのだろうと首を傾げたぐらいだ。
その点、自分はついていた。
到着して早々、パッと見が華やかな雌の器を手に入れられたのだから。
ロゼは、雌の器が好きだ。フーリゲンにいた頃から、雌ばかり選んでいた。
だがパッと見華やかな器からは、すぐに追い出されてしまった。
よりによってシークエンス、あの役立たずが原住民を嗾けてきたせいで。
乗っ取りに成功した後で抜け出てしまうと、器は死んでしまって使い物にならなくなる。
残念だ。あの黒髪が失われてしまったのは。
今の器も雌だが、最初のと比べると、いまいち艶やかさに欠ける。
今の器は朱色の髪の毛で、何度撫でつけてもバサバサになってしまう剛毛だ。
美しくない。
美しくないといえば、シークエンスの器もだ。
せっかくの黒髪なのに剛毛、しかも雄では華やかさが微塵もない。
この星の原住民は、黒髪が一番美しい。黒髪の、それも雌が。
いつか綺麗な黒髪の雌を見つけたら、乗り移り直そう。
ロゼはそんなことを考えながら、山を下りていった。


カチュアが全世界へ向けて宣戦布告をするよりも前――
黒い道具を追いかけてゾルズが辿り着いたのは、意外にも彼の良く知る場所であった。
「こいつァ……盲点だったな」
ぐるっと散々連れまわされて一体どこまで行くのかと思いきや、大きくカーブを曲がる形で戻ってきて、軍事施設を遠目に走って、富豪層の住むエリアへと到着した。
軍事施設及び富豪層エリア一帯には、地場ジャミングが働いている。
道理でシンクロイスの気配も見つからなかったわけだ。
同じ場所に潜んでいたのでは。
軍事施設の場所を突き止めていながらシンクロイスが攻撃してこなかった点は、同族のゾルズになら簡単に予想できる。
シンクロイスは、この星を占領したいのでも殲滅したいのでもない。
本来は共存したくて、この星に来たのだ。
先に攻撃されたせいで、多少荒々しい手順になってしまったが。
黒軍団が金色に塗られた建物の中へ消えていくのを見守り、ゾルズは思案する。
自分一人であれば、このままついていってもいいのだが、追尾してくる軍人まで連れていくのは如何なものか。
彼らは生身ではシンクロイスと戦えない。
一応暗殺部隊なんてものを作っちゃいるが、彼らに出来るのは包囲まで。
これまでに人型と交戦して、撃退できた例は一つもないのが実情だ。
いつも、向こうが一方的に偵察に来て、勝手に去っていった。
報告書から考えるに接触してきたのは数人のようだが、よく殺さなかったものだ。
ゾルズが覚えている限りでは、同胞はロクな奴がいなかった。
どいつも短気で自分勝手で残酷で、しかしそれを言ったらルミネを寄生木とする前の自分も似たようなものか。
この星の原住民みたいに困っている奴へ手を差し伸べられるのは、せいぜいロゼかクローズノイスぐらいであろう。
ロゼの場合は気まぐれで、真に優しいのはクローズノイスだけと言っていい。
クローズノイスが今、何処にいるのかは、見当もつかない。
その昔、この星に辿り着いたのは原住民の作った機械、ゼネトロイガーに色濃く反映されている点からも明白だ。
しかし、彼らもクローズノイスの現在地を知らないようであった。
もう生きていない可能性もある。
事故で運悪く死んだか、或いは野蛮な原住民と出会って命を差し出したのか。
他の者ならありえなくても、彼ならば、ありえるから恐ろしい。
――ふと、気がついた。
誰かの視線を感じる。
ハッとなって建物を見やると入口に誰かが立っていて、ゾルズはすぐに声をかけた。
「よぉ、久しぶりだな。俺が判るか?ゾルズだ、ゾルズ。ついでに、お前も名乗ってくれるとありがたいんだが」
遠目に見えた人影は、近づいてみると整った顔つきの青年で、ゾルズの名乗りを聞いた途端に顔を綻ばせる。
「よかった〜やっぱり生きていたんだな、お前!きっと、どこかで生きていると信じていたよ。こんな処で立ち話もなんだ、奥で再会を喜び合おうじゃないか。ところで、お前も雄を選んだのか?やっぱ乗り移るなら雄に限るよな〜。雌はどうもいけねぇや、腕がボキボキすぐ折れて。あ、誰だか判らんって顔してんな?俺だよ、俺」
一言声をかけただけでベラベラと際限なく語られて、少々疎ましそうにゾルズは手を振り、相手の弁を途中で遮った。
「あぁ、ミノッタだろ?名乗られなくても判るのなんて、お前ぐらいなもんだ」
「ハハッ、さすがはゾルズ。さえてるねぇ。そういや俺、シークエンスにも会ったんだぜ。あいつ前より愛想悪くなっていて、シャンメイがまたブチキレちまってな。乗り移りには失敗したけど生きてたってんで、ロゼが魂魄離断機を作ってカルフが迎えに行ったんだけど、なんか帰ってこねぇな……まぁいいや、ベベジェに挨拶してくるか?ロゼは今ちょっと留守にしてっけど、そのうち帰ってくるだろうぜ」
思いつきでポンポン放たれるミノッタの雑談を半分以上流し聞きしながら、ゾルズは彼と共に建物へ足を踏み入れた。

かつて、この星の大富豪が住んでいたと思わしき屋敷内は、すっかりシンクロイス好みに改装されており、のっけから黒い垂れ幕が前方を塞ぎ、そいつをめくって奥へ進むと鉄板としか言いようのない黒い扉と鉢合わせる。
「なんというか、まぁ、ベベジェの趣味だな?これは」
悪趣味な改装にゾルズは眉をひそめ、ミノッタも肩をすくめる真似をする。
「まぁな。そのまんまでいいって多数決で決まったにも関わらず、怒り狂って改装しちまったんだ。見かけは悪いが快適だぜ?なんでかベイクトピア軍の奴らには見つからないしよ」
別れる前と同様、ベベジェは短気でミノッタは単純だ。
それも仕方ない。シンクロイスは成長を知らない種族なのだから。
一度こういう性格で生まれた奴は、一生そのまんまだ。
しかし原住民の話によれば、シークエンスとアベンエニュラには変化があったらしい。
ポンコツと役立たずに変化が訪れるとは、なんと意味のない采配か。
どうせならベベジェが温和になるとかすれば、よかったのだ。
そうすりゃ、敵対してしまった原住民との仲直りも簡単に済んだだろう。
「よぉ〜シャンメイ、死者のご帰還だ」
重厚な扉は意外や軽い音を立てて開き、中にいたシャンメイが驚いた顔で振り返る。
「えっ、もしかしてレッセ?それともグルーエルが戻ってきたの?」
「全部ハズレだ。期待外れな帰還で悪かったな」と苦笑し、ゾルズは部屋を見渡した。
部屋にいたのはシャンメイとベベジェだけだ。
ベベジェは明らかに余所から拝借してきたのであろうロッキングチェアに腰かけている。
中央にあるのが、ロゼ作の魂魄離断機か。
四角い土台からは、コードが何本も生えている。
本体に切り替えスイッチがついているから、離断以外にも機能があるのかもしれない。
考えられるとすれば、遮断か。どちらかの意識を消滅させる。
シークエンスとの接触が、彼らに"混ざり合うもの"を教えたのだ。
ベベジェがゾルズを見て、ぼそりと呟いた。
「お前も混ざり合ってしまったのか」
えっ?となるシャンメイ、ミノッタを置き去りに「判るのか?」とゾルズが聞き返す。
「判るさ」
ベベジェがゾルズの側まで歩いてくる。
ニ、三度、匂いを嗅ぐ真似をして、口の端を吊り上げた。
「雌の匂いをプンプンさせやがって」
あぁ、とゾルズも己の股下を見て納得する。
だいぶ乾いたと思っていたが、鼻のいいことだ。
「離断……いや、遮断するべきか」
「遮断しなくても大丈夫だろ」とゾルズは否定したのだが、ベベジェは聞いているのかいないのか、虚空を眺めて考え込んでいる。
もしや、尾行してきた軍人の存在を勘づかれたのか?
ゾルズは不安になったものの、彼らの気配は建物の内にも外にも感じられない。
一旦指示を仰ぎに撤退したのであれば、良いのだが……
「遮断だの離断だのって、何の話?シークエンスなら離断するなって言ったじゃない」とシャンメイに割り込まれ、我に返ったベベジェが答える。
「いや、遮断するのはゾルズと混ざっている下等生物だ」
「えっ、混ざっているのか?じゃあ、この姿は器ではなく偶像?」
ゾルズを指さすミノッタにも頷いて、ベベジェの目に赤い火が灯る。
「ゾルズ、何故お前が遮断しなくていいと考えたのかは不問にしておいてやる……だが、覚えておけ。この星の下等生物に味方しても、我々には一分の得もないということを」
「そんなことは」と言いかける側から伸びてきたコードに腕をぎゅっと絞られて、ゾルズはギョッとなる。
「待てよ、強制遮断したら俺まで消えちまうんじゃ」
「安心しろ、ロゼの設計は完璧だ。お前に混ざる異物だけを遮断する」
有無を言わさずベベジェがスイッチを入れ、今までに何度試したんだと訝しがるゾルズの脳内でルミネが絶叫する。
――イタタタタ!ちぎれるッ、ちぎれちゃう!!
「な、なんだ?どうした」と声に出して尋ねたが、ルミネに答える余裕はなく。
ありとあらゆる方向から体のあちこちを引っ張られており、体中がバラバラに引きちぎられそうなほどの激痛がルミネに襲いかかる。
表に出ているのはゾルズのはずなのに、ゾルズ自身は何ともない。
腕を締め付けるコードが若干痛いと感じる程度だ。
しかしルミネの絶叫たるや死ぬ寸前の断末魔を予期させる激しさで、聴いているだけのゾルズまでもが、ぞくりと背筋を震わせる。
――痛い、痛い痛い痛いぃぃぃっ!ヤダ、ヤダヤダ、ヤダァ!助けてゾルズさん、デュランさまぁぁッ!!
「お、おい、待て、耐えろルミネ!」
ゾルズに出来るのは励ます程度で、それすら何の励ましにもならず。
――ア、アァァァッ……
掠れた叫びを最後にルミネの声はぷっつり途切れ、「女になった!?」と同時に驚くミノッタとシャンメイの反応で、ゾルズは自分の体がルミネになったと気づかされる。
偶像は消え、一体化したのだ。ルミネの精神が消えたせいで。
「……殺す必要あったか?」と尋ねるゾルズに、ベベジェが答える。
「では逆に尋ねるが、一つの体に二つの精神は必要か?」
結論から言えば、乗っ取りには成功したほうがいいに決まっている。
共存は、いつこちらが消えてもおかしくない不安定な状態なのだから。
「確かにな」と一応同意し、それでも、やりきれない想いがゾルズの中に残る。
ルミネは悪い奴ではなかった。
お人よしでそそっかしい面ばかりが目立つが、可愛いところもあった。
だがシンクロイス視点で見れば、この星に住む下等生物は全員油断のならない相手だ。
従って、ルミネが魂魄遮断――消滅させられてしまったのも致し方ない。
それほど長い共存期間でもなかったのに、ルミネの消滅を惜しんでいる自分がいる。
器に情が移るなど、フーリゲンにいた頃では考えられない心理だ。
原住民と混ざり合うことで、なんらかの影響を受けてしまったのだろうか。
過去に何度も乗り移って生き延びてきたが、こんな感情を抱いたのは初めてだ。
ぼんやり考え込むゾルズ及び、その場にいた全員が聞いた。
地上から大音量で響いてきた、けして愉快ではない内容の宣戦布告を。


Topへ