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スカイとリンタローのハロウィン 〜2020 if Halloween〜

ホルゲイとフィスタが地上から全て消滅して、惑星ボルドは平和になった。
生き残りのレジェンダーを城塞都市へ誘導する役目を背負ったスカイとリンタローは、各地を飛び回る。
ホルゲイとフィスタが暴れまくったせいで地上に生きるレジェンダーは殆どが息絶えたかと思われていたが、意外や小さな集落には生き残りが隠れ住んでおり、さては小さすぎて強大な魔力の持ち主からも見逃されたようだ。
二人は生き残った者たちへ、城塞都市への道順と再生の兆しを伝えて回った。
集落に住む者が全て出払ったのを見届けてから、次の場所へ移動する。
それを何度も繰り返すうちに季節は移り、草木が赤く染まり始めた。
「すっかり暁月でござるなぁ」
紅葉を見下ろし、リンタローがポツリと呟く。
「暁月には月夜の晩、妖精が祭りを開くのだと母上に聞いたでござる」
「妖精?」と首を傾げるスカイを見、何度も頷いた。
「森には妖精が住んでいるのでござるよ。レジェンダーには見えずとも」
「へぇ……」と多少は興味を動かされたかして、スカイも話を促してくる。
「で、妖精の祭りってのは具体的に、どんな祭りなんだ?」
「悪戯しあったり菓子を作ったり、どんちゃん騒ぎの大騒ぎ、朝まで飲み明かしてグダグダになって、翌年を迎えると聞いたで候」
「ふぅん。妖精もレジェンダーと、そう変わらないんだな」
逆にリンタローがスカイへ問う。
「ラギの一族も、どんちゃん騒ぎが好きでござったか?」
「いや、そうじゃない」と一旦は否定し、しかしスカイは遠い目で、そうとも取れる発言をする。
「妖精の祭りもレジェンダーの祭りと、そう変わらないんだなって言ったんだ」
スカイにも祭りの思い出があった。
ラギの一族が平和に暮らしていた頃に。
しばし考え、リンタローは優しい音色で囁きかける。
「スカイ。城塞都市へ戻ったら、祭りを開かぬか?」
「祭りを?いや、戻るのはまだ早いだろ。まだ全ての大地を見て回っていない」と堅真面目な返事がきたが、リンタローは尚も相棒を労わる。
「たまには戻らぬと、忘れ去られてしまうでござるよ」
「まさか。忘れるほどには薄情じゃないだろ、あいつらだって」
肩をすくめたスカイの目が、不意に鋭くなる。
「リンタロー、あそこで今なにかが光ったぞ!降りてくれ」
「了解!」
即座にリンタローの意識も切り替わり、あそこと指を差された現場へ急降下した。


眼下で光ったと感じたのは、川の流れが日の光を反射してのこと。
さやさやと周辺の木々が鳴っている。
木々と呼ぶには不思議な樹で、幹は異様に細長く、しゅっと伸びた葉が生えており、ボルドの地では珍しい形態だ。
「こんな場所があったなんてな。世界は広いもんだ」
「さよう、さよう。スカイの知る世界は、まこと狭き草原のみでござった」
言い方にカチンときたのか「じゃあ、お前はこの景色を知っていたというのか?」と噛みついてくる相棒へ「いや、拙者も今日初めて見たでござる」と素直に応えてから、リンタローは川の上に屈みこむ。
日の光を浴びてキラキラ輝いた川は、小魚がたくさん泳いでいる。
天魔の戦いで荒れ果てた大地に、これほどの自然が残されていたとは意外であった。
だが、レジェンダーだって結構な数が生き残っていたのだ。
自然が残っていたって、おかしくない。
荒れ果てたのは案外、大きな都と目につく場所に住んでいた集落だけだったのかもしれない。
そんなことを考えていると、遠くに音楽が聞こえてきて、リンタローは顔を上げる。
傍らのスカイも用心深く身構えながら、音の方向を見据えており、次第に近づいてきた影に眉根を寄せた。
近づいてきたのは身の丈スカイの腰ほどもない、小さな少年だ。
布の服を身に着け、とんがった帽子をかぶっている。
耳は尖っているが、つけ根にレジェンダー特有のぽわぽわした毛が生えておらず、スカイを困惑させた。
「妖精の林へ、ようこそ!」
キィキィと高い声で囀る少年に、スカイが聞き返す。
「妖精の林?」
「そうさ。暁月の間にだけ現れる、妖精の林だよ」
ちらっとリンタローに目をやり、スカイが囁く。
「どういうことだ?妖精は聖獣にしか見えないんじゃなかったのか」
「と、母上は申しておられたのだがな」
気まずそうにリンタローは何度か咳をして、改めて誰何する。
「妖精と申したな。レジェンダーとは違う種でござるか?」
「当たり前だよ」と妖精は頷き、二人を見上げる。
「本来はレジェンダーの前に出てこない掟なんだけどね。妹がさァ、そこの毛玉に触りたいっていうから」
「毛玉?」と二人して声を揃え、やがてスカイが笑いだす。
「あぁ、なるほど。この毛玉にね。いいとも、好きなだけ触るといい」
ぽんぽんと背中を叩かれ、ようやく毛玉が何を指しているのか判ったのか、リンタローは憤慨する。
「誰が毛玉でござるか!拙者にはリンタローという素晴らしき名があり申す」
だが少年は聞いちゃおらず、背後を振り返って呼んでいた。
「おーい、ヨッケ!触っていいって許可が下りたぞ」
すぐさまスタタターっと小さな影が走ってきて、少年の隣で急停止。
同じく布の服を身にまとった、小さな少女だ。
「こいつが妹のヨッケだよ。俺はピッケ、俺達は最後の妖精なんだ」
「俺はスカイ、レジェンダーだ」と名乗り返してから、スカイがン?となるのを見て、ピッケは繰り返す。
「そうだ。俺達は妖精の生き残りなんだ。あの日――繊月の三十日。なにかが空を一閃して、そして俺達以外の妖精は全て消滅した」
ピッケの言葉にスカイとリンタローは、ハッとなる。
繊月三十日。
忘れもしない、運命の日ではないか。
ヒューイが神羅フォルクスを振り回し、魔力ある全ての存在を打ち消した。
ピッケとヨッケ以外の妖精も魔力があった故に消滅してしまったのだとしたら、申しわけない事をした。
だが何故、この二人は助かったのだろう?
無言で問いかけるスカイへ頷き、ピッケが答える。
「あぁ、そうだ。俺達二人は魔力が微弱だったおかげで助かった。皮肉だな……仲間が生きていた頃は魔力の低さで虐められていて、ずっと消え去りたいと思っていたのに、虐めていた奴らが消え去って俺達が生き残るだなんてサ」
「だが、生きていて良かった。そうは思わぬか?」
リンタローの言葉に、少女が首を傾げる。
「生きていたおかげで、今日という出会いの日があった。そう考えれば生き残ったのも、まんざらではあるまい」
そう言って嘴をカチカチ鳴らすリンタローへ、ヨッケは僅かばかりの笑みを浮かべた。
「ありがとう……毛玉さん。私達を慰めてくれるのね」
「毛玉ではござらん!拙者はリンタロー、聖獣の末裔でござるなり!!」
喚きたてるリンタローを背後に、スカイも二人へ微笑みかける。
「この出会いを祝して、祭りをやろう。暁月に祭りをやるのが妖精の風習なんだろ?」
「そうだよ、よく知っているね。レジェンダーは俺達の存在すら知らないと思っていたけど」
驚くピッケに、スカイは顎でリンタローを示して言った。
「さっき聞いたのさ。そこの聖獣の末裔なる毛玉にね」
「スカイ!お主まで拙者を毛玉呼ばわりするでござるか!?」
悲鳴に近い抗議にぽんぽんと優しく背中を叩いて宥めると、スカイはリンタローの耳元で囁く。
「悪い、悪い。お詫びに菓子をごちそうしてやるから機嫌直せよ。お前も久しぶりに食べたいだろ?」
「おぉ、スカイお手製の穂焦がしでござるか。懐かしいでござるなぁ〜、ラギの伝統菓子!しかし、ここには材料がないで候。どうやって作るのでござる?」
顔を綻ばせて尋ねる側で、妖精がパチンと指を鳴らす。
すると、どうだろう。
一瞬にして周辺は黄金色の穂が揺れる畑と変わり、スカイとリンタローを仰天させた。
「まずはムギだね。お次はなんだい?なんだって出してみせるよ。俺もお菓子を作りたくなってきたしね」
パチンとウィンクしてくるピッケに、動揺の収まったスカイが材料を注文して。
辺り一面は鳥やらラギやらサホーンやらの家畜で満ちて、騒がしくなってきた。
「せめて現物ではなく加工品で頼めでござる、スカイ!」
リンタローの突っ込みに、スカイが笑って答える。
「何言ってんだ?菓子作りってのは材料を加工するところから始まるんだ」
そのほうが、より美味しくなる。
諭されて、それでも納得いかないのか、リンタローはぶすくれて尋ね返した。
「だが、どうやって加工――」
言っている側から、ボンボンと出現するのは器具の数々。
スカイの脳裏に浮かんだものを、片っ端からピッケが出現させているのだ。
一体どうやって?
尋ねる前にヨッケが答えた。
「リンタローも欲しいものがあったら兄ちゃんに言ってね。魔法で何でも出してあげる。一日しか、もたないけど」
これだけの物を呼び出せるのに、仲間内では微弱な魔力だったのか。
消え去った妖精の脅威についてリンタローが想いを馳せている間に、何やら良い匂いが漂ってくる。
「すごいな、この鉄板。全然焦げない上、綺麗に焼けるぞ」
見れば、相棒の嬉しそうなこと。
汗だくになって鉄板をふるっており、皿の上には焼き菓子が、こんもりと積み上げられていた。
「スカイが望んだからだよ」と、ピッケは笑う。
「なんたって俺達の出会いを祝する祭りだからね。せっかくのお菓子、失敗したら悲しいだろ?」
穂焦がしは、ほんのり焦げ目のついたラギ伝統の焼き菓子で、さくっとした食感がラバ茶に合う。
いつの間にか用意された四人掛けのテーブルには、ラバ茶の入ったカップも四つ置かれていた。
これだけの魔力を持っていながら、その魔力を祭りだけに使う妖精は、元来穏やかな種族なのだろう。
ますますレジェンダーと天魔の戦いに巻き込んでしまったのを恐縮に思ったが、聞けば、この二人は仲間内で虐められていたというし、二人だけで生き残ったのは不幸中の幸いか。
ぼんやり考えている間に菓子は完成し、スカイに「できたぞ。来いよ、俺の隣に」と呼ばれて、リンタローはテーブルの側に陣取る。
間髪入れず差し出された焼き菓子を、ぱくりと飲み込んで笑顔になった。
「うんまぁ〜〜い!久々に食したでござるが、あの頃と変わらぬ美味っぷり。いや、むしろ腕が上がったのではござらぬか?あの頃よりも美味しく感じるで候」
「そりゃあ、一つも失敗しなかったからな」
本人も笑い、一口齧るのへはピッケが口を挟んでくる。
「あの頃って、いつの頃?」
「あぁ。俺が一人ぼっちになる前の話だ。俺が今より幼くて、こいつがポンポンの毛玉だった頃」
「今でも毛玉よね」と、ヨッケ。
「毛玉ではない!」と怒るリンタローは、もちろん三人に無視されっぱなしだ。
スカイはピッケ作の黄色い菓子を一口齧って「ん、うまい」と小さく呟いてから言い足した。
「まぁ、お互い小さかった頃に祭りの席で作ったんだ。俺の故郷の伝統菓子をな」
「……そっか。じゃあ、スカイもレジェンダーの生き残りだったんだね」
しんみりするピッケには手を振り、訂正する。
「滅びたのはラギの一族だ。レジェンダー自体は、まだ滅んじゃいない。城塞都市に行けば生き残りは存在するし、今も各地を回って探しているんだ」
言ってから、ついでとばかりに兄妹を誘った。
「そうだ。お前らも一緒に来ないか?城塞都市へ」
「レジェンダーの街に!?」
驚くピッケに「ここで、いつまでも二人っきりで暮らすのは寂しいだろ」とスカイは畳みかけ、彼の手を握る。
「せっかく出会えたんだ。一日でお別れは寂しいじゃないか。皆にも、お前らを紹介したいし」
だがピッケはそっと手を抜き去り、辞退した。
「ごめん。妖精とレジェンダーは共存できないよ」
「なんで」と尋ねるスカイを上目遣いに見上げ、ぼそっと囁いた。
「だってレジェンダーは天使や魔族、うぅん、君達の言葉でいうとフィスタとホルゲイか、あいつらとも共存できなかったんだろ?」
強すぎる魔力は全てを滅ぼす。
レジェンダーは魔力ある者に敵意を向けられて、仕方なく消滅させた。
だが、敵意なき妖精とならば共存も可能なのではあるまいか?
そう尋ねるリンタローへ、ピッケは寂しく微笑む。
「数が増えれば、総意も変わっていく。天魔も本当はレジェンダーと戦うつもりなんてなかったんじゃないか。だけど現地のレジェンダーに攻撃されて、天使は反撃してしまった。魔族もそうだ。天使やレジェンダーに攻撃されたから、戦いで応じた。俺達妖精だって滅びる前に天魔やレジェンダーと出会っていたら、どう応じていたか判らない」
君達と出会っても攻撃しなかったのはね、と続けた。
「数が少なかったから、だよ。大勢で来られていたら、きっと攻撃しちゃっただろう。魔力がある、戦える力がある種族ってのは、どうしても身を守るために武を選んでしまう。君は弱くて幸いだったんだよ、レジェンダーのスカイ。弱いからこそ生き延びられた」
けど、とスカイは憤る。
「俺が強ければ、ラギの一族は滅びなかったはずだ」
「それはどうでござるかなぁ」と意外な方面から反論が上がり、キッと睨みつけるスカイをリンタローが慰める。
「戦いが余計に長引くだけで、結果は同じだったのではござらんか。あやつらはレジェンダーを滅ぼす勢いで戦いを仕掛けてきたでござる。お主とてラギの一族がホルゲイに襲撃された時の状況を忘れてはおらぬでござろ?」
そうだ。
奴らは最初から殲滅が目的で襲ってきた。
満足に戦えない女子供や老人、家畜でさえも容赦なく殺していたではないか。
たとえスカイが強かったとしても、一人で全員を守れるわけがない。
聖獣の末裔であるリンタローだって無理だったのだ。結果として、スカイ一人しか助けられなかった。
「一族の生き残りがスカイ一人だったとしても、一人ぼっちではござらぬ。拙者が共におるで候」
ツンツンと優しく嘴で突かれて、スカイは相棒へ身を寄せた。
「……あぁ。感謝しているよ、リンタロー」
ヨッケが肩をすくめて、これ見よがしに大声で囃したてた。
「あらあら、仲睦まじいですこと。これじゃ私達の入る隙間は、ないんじゃない?」
「そうだね、お邪魔しちゃ悪いから、俺達は今後もこの林に住むことにしよう」とピッケも併せて苦笑する。
「仲睦まじい?いやいや、拙者とスカイは親友であって恋人では」
聖獣の否定も、なんのその。
ヨッケとピッケは聞いているのかいないのか、交互にキャッキャと笑い、二人の周りに風が巻き起こる。
風は次第に強くなり、ぶわっと強風にあおられて、あっと思った瞬間、妖精の姿は、とうになく。
慌てて周囲を見渡すスカイの耳に、声だけが届いてきた。


誘ってくれて、ありがとう。
でも、俺達は一緒に行けない。
力の強すぎる者は、力なき者の幸せを壊してしまうからね。
会いたくなったら、ここへ遊びにおいでよ。
暁月の三十日。
満月の晩に、祭りを祝おうじゃないか。


誰もいない空へ向けて、スカイは怒鳴った。
「満月の晩、みんなを連れて必ず遊びに来てやるから、お前らも達者で暮らすんだぞ!」
かすかに笑い声を聞いたような気もしたが、風が収まった後には辺りを静寂が包み込む。
トントンとリンタローに肩を突かれてスカイは振り返り、元気よく相棒の背中に飛び乗った。
「さぁ、いこう。都市へ戻るのは当分先だ。生き残りを全部見つけなきゃ」
「スカイは働き者でござるなぁ?一旦戻ってもいいんでござるよ」と宣うリンタローへ首を真横に否定すると、スカイは言い直す。
「そうじゃない。生き残りを全部見つけたら満月の晩、もう一度ここへ来るんだ。レジェンダー全員で。そして、妖精を仲間に入れるかどうかを全員で決めよう。妖精も、俺達と同じ大地で暮らしてきたんだ。きっと共存できるはずだ、俺とお前みたいにな」
リンタローは、しばしポカンとしていたが、ややあって照れ臭そうに視線を外す。
「……スカイ。拙者はもっと、お主の良い部分をレジェンダーの皆にも知ってほしいと願うのでござるよ」
ぽそっと呟くと、大きく羽根をはばたかせて飛び去った。
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