Folxs

魔界のハロウィン

今年も人間の世界は歩行者天国に人が溢れかえり、一夜限りのパーティで盛り上がるのであろう。
一度だけ、現場に足を運んだ事がある。
人々は想像の悪魔や怪物に仮装して、写真を取り合ったり意味もなく騒いだり、その場で踊り出す者もいた。
祭りの由来も何を奉っているのかも判らないのに、よくあそこまで狂乱できると呆れたものだ。
だが魔界には、それがない。
少し羨ましくもあった。


「クォードは日本に住んだ時期があったね。どうだったのかい?人間界での生活は」
同居人に尋ねられ、クォードは素っ気なく返す。
「別に」
日本にいたのは、ほんの数年。
同居人にして大魔族のアシュタロスに命じられ、人間の魔力を狩りに行った。
日本人だからといって特別に変わってるわけじゃない。
人間は、どこに住んでいても似たような生き物だった。
「今日は人間界で言うところのハロウィンではなかったかな」
素っ気ない返事にもめげず、アシュタロスが会話を続ける。
この大魔族様は魔族の中でも高位の高位、魔族の頂点に立つ種でありながらクォードには恋人のように気安い。
いや、本人曰く"恋人"なのだそうだが……
姿が常に男なので、クォードは頑として認めたくない。
たとえアシュタロスの正体が、かつての恋人アザラックだったとしても。
「どうかね。魔界でもハロウィンをやってみるというのは」
「俺とお前の二人だけで、か?ハッ、馬鹿馬鹿しい」
今度は素早く反応し、クォードはそっぽを向く。
「あれは大勢で馬鹿騒ぎするから楽しいんだろ。二人だけでやったって」
「なんだったら、ナナシやアルタスも呼ぼうか」
「結構だ」
随分と懐かしい名前を出してきたものだ。
あいつらとは長いこと会っていない。
惑星ボルド攻略の際、別れたっきりだ。
「つれないね。これがアザラックの姿での提案だったら、君は一も二もなく飛びついただろうに」
せつない溜息と共に吐き出され、ムッとなってクォードが噛みつく。
「じゃあ聞くが、テメェはハロウィンが何する祭りなのか知っていて聞いてんのか?」
「もちろん。皆で仮装して菓子をねだって好きな人に悪戯するのだろう?」
ドヤ顔で言い返され、一瞬呆気にとられてしまったものの。
「……妙に俗物づきやがって」
小さく悪態をついて、クォードはアシュタロスの間違いを訂正した。
「元は収穫祭だ。神に祈りを捧げ、感謝する。今は低俗な馬鹿騒ぎになっちまったが」
「なら、いいじゃないか」とアシュタロスに言われ「何が」とクォードが返せば。
大魔族は得意げに、本日の予定を言い渡す。
「俗物、低俗、おおいに結構だ。こちらは人間の平和を脅かす悪魔なのだからね。悪魔の本領発揮といこうじゃないか。二人で他の奴らへちょっかいをかけにいこう。ハロウィンの悪夢の始まりだ」
「ハァ?」となるクォードの腕を取り、急き立ててくる。
「さぁ、行こうクォード。一日は長いようで短い」

意味もなくヴァンパイアの仮装をしたアシュタロスに無理矢理引きずられるようにして、クォードは高い岩場に腰を下ろす。
ここいらは、クォードの縄張りではない。
いや、魔族に縄張りといったものは、そもそも存在しないのだが、皆それとなく同種同士で群れを作る傾向にある。
クォードは同種の仲間と群れるかわりに、アシュタロスと一緒に暮らしている。
彼らの住む場所の近くには、低級魔族が巣を張っていた。
いつもなら、ちょっかいをかけてみようなど思いもしない雑魚だ。
手を出すのも面倒な。
「よし、まずは手始めに彼らを脅かそう」
何故かアシュタロスはノリノリで、クォードはドン引きした。
「あんたも趣味が悪ィな。こんな雑魚ども脅かして楽しいってのかよ?」
「違う、違う。驚かすの自体は楽しみではない」
言うが早いか、さぁーっと地上に降り立つと、巣に向けて吼えた。
「聴け、闇の眷属よ!今宵はハロウィン、貴様らの生き血を吸いに来たッ。命を取られたくなければ、我に捧ぐがよい!貴様らが最も大切とするものを」
遥か天井の高位魔族に朗々と宣言され、哀れにも巣の中が混乱と恐怖の気配でいっぱいになるのをクォードは感じ取る。
やれやれ。あとは、これから寝るだけって時間に、とんでもない災厄に見舞われたもんだ。
大切なものを差し出せと言われたって、やつらが何か溜め込んでいるとは考えられない。
一体アシュタロスも何を考えて、こんなゴミクズみたいな奴らから摂取しようというのか。
ざわつく気配の中から、二、三匹が飛び出してきたかと思うと、打ちしおれた様子でアシュタロスを見上げた。
黒い、綿埃のような奴らだ。魔力は低い。
人間のほうが、まだマシな魔力を持っているんじゃないかと思えるぐらい。
「それが貴様らの一番大切なものか?」
よく見ると彼らは手製の御輿を担いでおり、上には同じく仲間が一匹乗っていた。
周りを囲んだ連中が、キィ、キィ、と哀れめいた声をあげる。
察するに生け贄か。
差し出せるものが何もないから、生け贄で勘弁して下さいと言いたいのだろう。
「ふふ、よかろう。器量の良い娘ではないか」
器量がよい?綿埃は、どれを見ても同じ顔で見分けがつかないのだが。
アシュタロスは表情を和らげ、優しく御輿の上の一匹を撫でた。
恐怖で縮こまる娘だか何だかに、そっと囁く。
「お前は仲間内で、とても大切に想われているらしいぞ。よかったな」
直後ばさぁと勢いよくマントを翻し、御輿を担いできた連中を見下ろす。
こちらも恐怖で身を竦め、怯えた様子で頭上のアシュタロスを見上げている。
「貴様ら、この娘を生涯大切に扱うと私に誓うがよい。けして約束、違えるでないぞ」
キィィッ!と一斉に声を揃える低級魔族を満足げに見下ろすと、大魔族は何度もウンウンと頷いて。
呆れて、遠目に眺めるクォードを促した。
「ここは、もういい。次へいこう」
「いいのかよ?そいつは貰っていかねぇのか」
「いいんだ」と微笑み、ふわりとアシュタロスが舞い上がる。
わけがわからないまま、クォードも後を追いかけた。

その後、数カ所に渡り、一番大事なものを出せと脅しまわった。
ある種は戦いを挑んできたが、これを軽く打ち負かし、命を大事にしろと説教をかまし。
ある種は生け贄を差し出してきたが、最初と同じく大切にしろと約束させ。
ある種の出してきた大量の財宝は受け取らず、やはり大切にするよう言い含めて帰ってきた。
「……ふぅ。一体何がしたかったんだ、てめぇは」
ぶつくさ言うクォードに、アシュタロスが微笑みかける。
「なに、魔界が上手く統治されているかどうかを見回りついでに、ちょっとしたアトラクションをね」
そうだ。忘れていたが、こいつは一応魔族の頂点に立つ魔王なのだ。
「どこかで戦が起きてねぇか調べたかったのか?なら普通にやりゃあいいじゃねぇか」
「それでは駄目だ。私が普通に出向くと皆、上辺を取り繕ってしまうからね」
それに、とアシュタロスは笑みを絶やさずクォードの髪へ手を伸ばし、指ですく。
「彼らが普段忘れている、大切なものの存在を思い出させてやりたかった。怠惰に時間を過ごしていると、皆、忘れてしまいがちだからな」
それだけの為に、皆の元を見回ったのか。お節介な統治者だ。
隣地の哀れな小さき者にクォードが想いを馳せていると、顎を撫でられる。
「もっとも、私は何時いかなる時でも忘れないがね。私の一番大切なものは、永遠に君だよ。クォード」
「なっ――」
「あの時は不覚を取ったが、こうしてまた出会えたのだ。今度こそ、永遠に離しはしない」
いつの間にか至近距離を取られ、おまけに真顔で瞳を覗き込まれ、いつもと違う相手の様子にクォードは自分の頬が熱くなるのを覚えた。
「ばっ、バカ言ってんじゃねぇ!さっさと寝るぞ、もうっ」
「ふふ、てれているのだね。そんなところも可愛いよ、クォード」
アシュタロスがまだ何か言っていたようだが、クォードは、さっさと彼に背を向け丸くなってしまった。
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