バレンタインデー〜魔族〜
新月が傾く季節。荒廃した遺跡へ腰を下ろし、怪しげに微笑む彼女が漏らした呟きに。
クォードは片眉をあげて聞き返した。
「ばれんたいん……でー、だと?」
「えぇ、そうよ。バレンタインデー。クォードちゃんは知ってるかしら?」
アザラックはクォードの事を、必ず"ちゃん"付けして呼ぶ。
クォードも最初は激しく抵抗したのだが。
彼女は何度やめろと言っても、改めてくれなかった。
なので、今ではクォードも半分諦め心地で聞き流している。
いや、聞き流してあげていた。
それにしても、バレンタインデー?
聞いたことのない言葉だ。
アザラックは、どこでそれを知ったのだろう。
素直に知らないと答え、クォードがさらに追求すると。
彼女は器用にウィンクして、話を逸らした。
「どこでだっていいじゃない。それより問題は、その記念日の中身よ」
「まぁ……それも、そうだな。で?バレンタインデーってのは、何を祝う日なんだ」
すっ、とクォードの上に影が落ち。
アザラックの細い指が、クォードの頬を撫でてゆく。
「あたしと、あなたの。愛を祝う日――」
唇を吸われ、陶酔感にクォードは目を閉じた。
「――というわけで!たーっぷり愛してあげるわよぉ、クォードちゃんっ」
気がつけば。
無数の触手に手足を雁字搦めにされ、クォードは身動き一つ取れなくなっている自分に気がついた。
「って、何なんだッ!こりゃあぁぁ!?」
うねうねと、のたうちまくっている触手には見覚えがある。
魔界に住む者なら、誰でも一度は見たことがあるはずだ。
それは、岩場に寄生する食肉植物であり。
冬になると獲物を狩るべく、こうして触手を伸ばすのである。
「あ、安心してね。その子は改良してあるから、クォードちゃんを食べたりしないわ」
それは良かった。
だが、まだ安心はできない。手足は依然として拘束されたままだ。
それに、触手の一つがクォードの大事なトコロにグルグルと巻き付いていて。
ちょっとでも身動きするとチクチクして、痛いやら、むず痒いやら。
「あっ。暴れちゃ駄目よ?まだ愛を祝ってもいないんだから」
もぞもぞしているとアザラックに怒られ、クォードは納得いかず大声を張り上げた。
「ンな一方的な愛の日があるかぁぁッ!!」
「そう怒らないで。だって拘束しておかないとクォードちゃん、すぐ逃げ出すじゃない」
「普通に祝うならいいんだ、俺だって逃げたりしねぇよ!」
そう。
アザラックは少し変わった女で。
相思相愛、お互いに愛し合っている。それはクォードにも判っているのだけれど。
愛し方の方法が、自分とアザラックでは違う。そうも感じていた。
初めのうちは良かった。互いに互いの体を求め合うだけで、至福であった。
だが――次第に、アザラックはクォードを虐めるようになってきて。
いや、虐めるというのは、少し違うかもしれない。
アザラックは、クォードが嫌がる姿を見て、喜んでいるようであった。
女物の服を無理矢理着せてみる。
尻の穴に指を突っ込んでみる。
恥ずかしい格好で拘束してみる、など。
クォードのプライドを粉々に砕くことに、楽しみを覚えてしまったようで。
きっと今の状況も、それの延長に違いない。
急にトロトロと生暖かいものを体にかけられ、クォードは飛び上がりそうになる。
が、触手に縛り付けられている今は、びくりと震えることしか出来なかった。
「うふふ、冷ましたから熱くはないと思うけど。どぅお?」
どう?と聞かれても、なんと答えれば彼女は満足するというのか。
クォードは無理に顎を引いて、自分の体を見た。
茶色くてドロドロしたものが胸を伝い、背中へと垂れてゆく。
気持ち悪い。
早く、どこか川へ飛び込んで、洗い流したい衝撃にかられた。
「な……何なんだよ、これ」
「チョ・コ・レ・イ・ト。知ってる?甘くておいしいんだから」
ひょい、と指ですくったものを彼の口に突っ込み、アザラックは微笑んだ。
甘くて香ばしい味が、クォードの口の中へ広がってゆき。
「どう?おいしいでしょ」
アザラックの指をくわえたまま、彼は頷いた。
「じゃ、次は、あたしの番ね」
クォードにかけた分で終わりではなく、液は、たっぷり用意してあるようだ。
深い瓶に入れられた液体を、今度はクォードの大事な部分にかけてゆく。
どろりとしたものが、伝い流れてゆく感触に「うぁ……ッ」クォードは声をあげ。
「いやんっ、クォードちゃんったら感じちゃったの?可愛いっ」
「違ッ、気持ち悪ィだけだっ!」などと慌ててごまかすも、ごまかしきれず。
アザラックはチョコレートでドロドロになったものを、くわえ込み。
チョコごと吸い上げ、またもクォードのくちから、悲鳴とも喘ぎともつかぬ声をあげさせた。
「ばっ……バカ、アザラック、いい加減に………や………めろ……ッ」
なおもジタバタもがいていると、触手の一本がほどけて片手が自由になる。
だがクォードに出来たのは、アザラックを押しのけることではなくて。
股間から登ってくる快感に耐えきれず、彼女の背中にしがみつく。
それだけであった。
ぎゅうとしがみつき、ついでに目もギュッと硬く閉じた。
「ん。クォードちゃん、おいしいわよ」
その間にもアザラックの舌が丹念に、茶色い液体を舐め取ってゆく。
「甘くて……それに、クォードちゃん自身も」
先端から滲み出るものも一緒に舐め取られて。
再び股間に震えが走り、クォードは歯を食いしばって快感に耐えた。
「このまま頂いちゃいたいトコだけど、でも、今日はこの程度で許してあげる」
どこか小馬鹿にした忍び笑いが彼女の口から漏れ、クォードは頑なに閉じていた目を開ける。
「な……なんだって?」
こんな中途半端にやめられては、落ち着こうにも落ち着けないではないか。
せめて暴れ出した下半身の落とし前ぐらいは、つけてから終わりにしてもらいたい。
「あらぁ、だって、やめてほしいんでしょ?さっき騒いでたじゃない、やめろって!」
アザラックは指についたチョコレートを舐めながら、もはや忍ぶこともなく笑っていて。
まだ拘束されたままだというのに、クォードはかちんときた。
「勝手に始めて、勝手にやめるってのか!?ふざけんなッ」
「はいはい、怒んないの。ホントに可愛いわねぇ、クォードちゃんは」
「子供扱いすんな!!」
ぽむぽむと頭を撫でられて憤慨するも、彼女は笑ってばかり。
あまりにも悔しくて。クォードの目からは涙が零れ、頬を伝って地に落ちた。
それを見た途端、アザラックの顔からは笑みが消え。
「あら。ごめんなさい、ちょっとやり過ぎちゃったかしら」
ぱちんと指を鳴らすと、触手という触手が全てクォードの体から離れ、彼を解放した。
「でッ!」
クォードは嫌というほど地面と激突し、痛む背中をさすりながら立ち上がる。
「……ったく。どうせなら普通に祝えよな」
もう泣いてはいなかった。
どうせ、悲しくて泣いていたわけではない。悔しくて流した涙だ。
彼女が判ってくれた今、いつまでもベソベソ泣いているのは却って格好悪い。
「ごめんなさい、だって、あなたって虐めれば虐めるほど可愛いんだもの」
とても謝っているとは思えない言葉で、それでも表情を見れば彼女の眉は八の字で。
一応、真面目に謝っているようでもあった。
「……じゃ、ここから先は、普通に祝いましょうか。あたしと、あなたの愛を」
「あぁ」
二つの影は重なり――
夜は更けていった。