Folxs

バレンタインデー〜レジェンダー〜

まだ、この星が平和だった頃の物語――

村の中央で、マナルナの甲高い声が響く。
「チョコレェト?なにそれっ、どうやってつくるの?」
広場には幼い少女達が数人、集まって騒いでいる。
輪の中心にいるのはユナン。
とても元気な子で、村中を駆け回っては噂話を仕入れてくる。
友達の中では最年少ながらも、その収集力たるや、大人も顔負けの情報通だ。
そのユナン、ずずっと鼻水をすすりあげ、マナルナの問いに答えた。
いや、答えようとしたが答えが見つからず、ぷるぷると首を振った。
「んとね、んとね。つくりかたは、わかんにゃい」
途端に「え〜」と、集まった少女達が落胆するのを見て。
ユナンは慌てて言葉をつなげた。
「つくりかたは、わかんなぁーけどぉ。どーゆーのかは、わかるぅ」
んとね、としゃがみこみ、地面にお絵かきを始めた。
「ちゃーろくてぇ、かたくてぇ、あまぁいの」
ガリガリと地面を削って描かれた絵はハートの形。
チョコレェトのつもり、らしい。
「わかった。ちゃいろくて、かたくて、あまいのね?」
「うん」
繰り返し尋ねるマナルナへ、ユナンは自信たっぷりに頷き。
少女達は、それっとばかりに散開した。
もちろん好きな男の子に『チョコレェト』を作ってあげるために、だ。

「ヒューイ、ヒューイィ。おーきーてー!」
村の外れにあるヒューイ宅を襲撃したのは、なにもマナルナだけではなくて。
後ろ手に何かを抱えた少女が三人ばかり、ヒューイの家を取り囲んでいた。
「あー!なぁによぉ、ペリカ。あんたもヒューイのこと、ねらってんのぉ?」
ペリカと呼ばれたポニーテールの少女は、べぇっと舌を出しマナルナを威嚇する。
「ヒューイは、あんたのものじゃないんだから!あたしが好きで、わるい?」
「わるい!」
ぐっとオデコで押して威嚇仕返すマナルナに、ペリカの眦も上がる。
「なによ、あんたにいわれるすじあい、ないんだから!この、ぶーすっ!」
「なっ、なんですってぇぇ!ペリカのっ、ばーっか!」
「でーぶ!マナルナのでぶ、でぶでぶでぶ、ふとっちょでーぶ!」
途端に始まる女の醜い争いに、残ったカフェは、おろおろするばかり。
「あ、あの……やめようよぅ、ふたりとも。けんかしちゃ、だめだよぅ」
かといって、気弱いカフェに喧嘩を止められるはずもなく。
オロオロしていると戸が開き、ヒューイが姿を現した。
途端に。
「あ!ヒューイ、おはようございますぅ」
「ヒューイ!おはよっ」
喧嘩の威勢は何処へやら。
二人揃ってハモりながら、ペリカとマナルナはヒューイを取り囲み。
またしても出遅れたカフェは、オロオロするしかなく。
半分涙目になりつつ、一歩遅れて朝の挨拶をした。
「お、おはよぅ。ヒューイィ」
「なんだ、マナルナにペリカか。おまえら、こんなトコで、なにやってたんだ?」
あれだけ派手に喧嘩していたというのに、中には罵声が届いていなかったようだ。
「おっ、カフェもいっしょか。めずらしいなー」
もじもじと挨拶するカフェに目をとめ、ヒューイは屈託なく笑うと。
彼女の頭を、ぽむぽむと撫でる。
頭を撫でられて、かぁぁっと赤くなりながら、カフェが話を切り出した。
「あ、あのね。バレンタインデェなの」
「は?なにそれ?」
よくわからない説明で、やはりというかヒューイには全く伝わっておらず。
ペリカが補足する。
「だから、今日はバレンタインデーっていって。女の子が男の子に、おくりものをする日なのですわよ」
「へー」
「それでねっ」とペリカを押しのけ、マナルナが前に出る。
「ヒューイに、プレゼントもってきたの!チョコレェト、あげるねぇ」
「ちょこれぇと?なにそれ?」
やっぱりまだ判っていないヒューイにマナルナが、ぐいっと押しつけてきたのは。

茶色くて、堅い、一枚の板だった。

「……なにこれ?」
もう一度、同じ事をヒューイが聞き返すと。少し、怒った顔でマナルナが答える。
「だからぁ。チョコレェトだってばぁ」
「ほぉーっほっほっほっ!」
いきなりペリカが笑い出し、マナルナもヒューイも、勿論カフェも、びくっとなる。
当のペリカは口元に手をあて、蔑むような視線でマナルナを見ていた。
「あいが、たりませんわねぇマナルナさん?一発でなにかわからないものをおくってよこすなんて、レディにあるまじき、しったいですわよ?」
「な、なによぅ!だってヒューイはチョコレィト、しらないんだもん。ねっ!」
いきなり話を振られ、ヒューイは「うん」と頷き返す。
無論、よく判っていないままなのだが。
「ではヒューイ、わたくしのプレゼントをうけとってくださいませ」
ペリカから、ぐいっと突き出された箱を、恐る恐る受け取ると。
ヒューイは蓋をあけた。
中に鎮座していたのは……

茶色くて、堅くてハートの形をした、巨大な何か。

「…………」
黙ってペリカを見上げると、彼女は傲然とふんぞり返っている。
「え、と」
とりあえず何か言わないといけない気分になり、ヒューイは言った。
「ちょ、チョコレェト、ありがと」
ペリカの口の端には笑みが浮かび、再び彼女は高笑い。
「おぉーっほっほっほっほっ!」
今度の高笑いは、勝利の確信をも秘めていた。
「どうっ?これが、あいのおくりものというものでございますわよ、マナルナさん!」
対して、マナルナは。
じっと俯き、ぷるぷると握り拳をふるわせていて。
慰めようと、カフェが近づいてみると。
マナルナは何か、小声で呟いていた。
「ひゅっ……」
「ひゅ?」
「…………ヒューイの、ばかぁぁぁぁ!!!!!
「ごふぁ!!」
茶色くて堅い一枚の板が、ヒューイの額にクリーンヒット!
そのままマナルナは駆け去っていき。
倒れたヒューイに、ペリカとカフェの二人が慌てて駆け寄った。
「ひどい!なんてらんぼうなんですの!?マナルナさんってば!」
「だ、だいじょうぶぅ?ヒューイィ」
額からは血が滲み出ていて。カフェは、その傷をナデナデしてあげる。
「あ、たたた。だいじょーぶだよ、ぶつかっただけだし」
ヒューイはむくりと起き上がり、カフェの頭を撫で返すと立ち上がった。
「にしても、これ。かったいな〜」
「……でもね。あまいんだって。ユナンが、そぉいってたの」
鉄板並に堅い板を持ち上げ、ひっくり返してみる。これが甘いって?
半信半疑のヒューイを促すかのようにカフェが、もじもじと呟く。
「ね。たべてみたら、どぉかなぁ」
なんだか食べてもいいような気になってくる。
あーんとヒューイが大きく口を開け、マナルナのチョコを食べようとした矢先。
「だったら!わたくしのをさきに、お食べくださいませ!」
「もがっ!!」
別のものが勢いよく突っ込まれ、ヒューイは目を白黒させた。
「どう?おいしい?どう?あまい?どうですの、ヒューイ。なんか言ってくださいませ!」
「む・・・ご・・・が・・・・・」
「おいしい?おいしいなら、うなづきでへんじをしてくださいな!」
「う・・・・・ん・・・・」
「うん?うんって、いってくださいましたわね?」
ハートの物体は大きすぎて、とても一口では飲み込めそうもなく。
口元からよだれを垂らしながらも、ヒューイは懸命に首を上下した。
本当は苦しくて、甘いかおいしいかも、さっぱりだったのだが……
ヒューイから答えを貰えた途端、ペリカは大はしゃぎで飛び跳ねる。
「やりましたわ!ヒューイが、わたくしのチョコをうけとってくれた!わたしの、あいを!うけとってくれた!ヒューイ、これからも、ずっと!だいすきですわ!」
「ふ・・・・が・・・」
バッと抱きついたかと思うと、すぐに真っ赤になってペリカは身を離す。
「……では、わたくしはこれで。またね、ヒューイ」
まだ目を白黒させているヒューイを残し、スキップでもしそうな軽やかさで去っていった。

チョコを二つに割れば、飲み込めるのでは?
といったカフェの思いつきを実行し、ようやくヒューイはペリカのチョコから解放された。
「うー、くるしかったぁ〜」
「ヒューイ、だいじょぉぶ……?」
「うん、なんとかね。カフェのおかげでたすかったよ」
またしても頭をナデナデされ、カフェの頬は真っ赤に染まる。
ふと、彼女がポケットに何かを詰めていることに、ヒューイは気づいた。
「カフェ、それ、なに?カフェも、まさか、その」
――チョコレェトを持ってきたのだろうか。
嫌な予感に、ヒューイは青ざめる。
しかしカフェはふるふると首を振り、ポケットから取り出したものを後ろ手に隠した。
「うぅん。これ、あげようとおもってたけど、やめるぅ」
やっぱりか。でも、やめるって、どうして?
「だってペリカとマナルナのぶん、たべなきゃだし。カフェのまで、たべらんないでしょ?」
なんて言いながら、カフェは目尻に涙を光らせている。
本当は、食べて欲しいのだ。ヒューイに。
「だいじょーぶ」
ヒューイは安請け合いすると、カフェの手から箱を奪い取った。
「あ!だ、だめぇ」
「なんだよー、これ、おれにくれるんだろ?なら、だいじょおぶ。ぜんぶ、くっちゃうからさ!」
「で、でもぉ」
カフェは、まだモジモジしている。
顔を覗き込むと、ふいっとソッポを向いて彼女は呟いた。
「へんなかたち、しちゃってるしぃ。ペリカとマナルナのみたあとだと、へんだしぃ……」
構わず、ヒューイが箱を開けてみると。そこに入っていたのは。

茶色くて、ふにゃりとした、小さな塊だった。

「ね。へんでしょ……」
ふにゃりとした物体を、ヒューイは指でつまみ上げてみる。
鋼鉄の堅さだったマナルナのチョコや窒息しかけたペリカの大判チョコより、遥かに小さくて。
贈られる側にしてみれば、好意的な大きさに思えた。
一口サイズで食べやすそうでもある。
ヒューイは自分の考えに満足し、ぽいっと口の中に放り込む。
しばらくは、もにゅもにゅもにゅ、と口を動かしていたが、やがて会心の笑顔を浮かべた。
「……あっま〜い!」
「え……?」
グスグスと本格的に泣き始めていたカフェも、その声に振り返り。
次の瞬間には彼女も笑顔になって、ヒューイに抱きついていた。
「ヒューイィ!」
「え、へへ。カフェも、ありがとな。チョコ、おいしいよ」
「ヒューイ、すきぃ、だいすきぃ……」
何度も大好きを繰り返す彼女の背中を撫でながら、ヒューイはチョコ板にも目を向け。
あれも食べないと、いけないのか――
再び顔が青ざめていく自分を感じていた。

――そして。
歯が折れそうな経験をしながらも、後日チョコのお礼を言いに行き。
マナルナにも飛びつかれるヒューイの姿が、あったとか、なかったとか。
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