Friend of Friend's

五年越しの再会

高校を無事卒業して、仲良し三人組の進路もバラバラに分かれた。
栃木と黒鵜戸は進学。
トシローだけが就職だ。
職場に近い場所へ引っ越すと言い残してアパートを出て行ってから、トシローはすっかり音信不通になった。
火浦は、今でも土木工事現場で働いている。
酒木も進学コースを選んだようだ。
風の噂では、お茶の水だか、どこかのお嬢様大学に行ったのだとか。
栃木と黒鵜戸だって、大学は違う。
栃木は日大へ行ってしまったが、黒鵜戸は叔父を名乗る例の怪しげなオッサンのコネにより近場の大学へ入学した。
そんな面々が今日、再び酒木の家に集まろうとしている。
言うまでもなく、クリスマスパーティの為に。

「――で、会ってんのか?あいつらとは今でも」
「いやぁ……学校違うしさ、トシローに至っては生きているんだか死んでいるんだか」
「死ぬってこたぁねーだろ、あの肉達磨が。殺したって死にそうにないぜ?」
冬の夜道を、黒鵜戸と火浦が歩いている。
二人とも今夜開かれる酒木家のクリスマスパーティへ参加する予定だが、至って気楽な格好だ。
かつては着飾ってこいなどと鼻息荒く命令してきた酒木も、今年は好きな格好で来ていいと招待状に書き添えてきた。
人間、年齢を重ねれば成長するものだ。
クリスマスパーティの招待状は、火浦経由で手渡された。
火浦とは、会おうと思えばいつでも会える。
「にしても、冷たいもんだよな。酒木だって、アダナで呼び合うほど肉玉とは仲良かったのに今は現住所も知らないっつってるんだぜ。ま、学生時代の友達なんて、そんなもんか」
高校に行きもしなかった火浦に言われては、少々もやっとくるものがある。
とはいえ、トシローの現住所は親友だった黒鵜戸にも判らないのだから、反論のしようがない。
「そういや」と黒鵜戸は話題を変えた。
「酒木とは、どう?今でもつきあってんの」
「まーな。つっても、全然進歩ナシだがな」
「ないの!?」
「あぁ。あいつ、キモイ発言はバンバンするくせにガードが堅くってよ……キスしかやらせてくんねぇ」
驚いた。
もうとっくにヤッちゃっていても、おかしくないとばかり思っていたのに。
「黒鵜戸は?オンナ、できたのか」
「へ?」
「なんだ、その反応じゃ未だ童貞か」
「そ、そっちだって!」
「ヘッ。おあいにく様でした、俺はとっくに卒業してんだよ。あいつとつきあう前にな」
「なっ、なんだってー!?」と些か大袈裟に驚いたところで、前方に見慣れた人影を発見する。
大柄な体躯を黒いジャンパーに包んだ大男。
顎には無精髭が、まばらに生えている。
向こうもコチラに気づいたか、「よぉ」と手を挙げて挨拶してきた。
「栃木ー!久しぶりっ」
久しぶりに会う栃木は、むさ苦しさがパワーアップしていた。
全体的に筋肉の量が増したというべきか。
腕、胴まわりの太さは、高校時代の比ではない。
「なんだ?その髭。みっともねーな」
「うるせぇ、剃る暇がなくってな……今までずっと山に籠もっていたもんでよ」
「山ァ?熊かよ」
「山って、大学は?」
「あァ、勿論行っているさ。山に入ったのは休みに入ってからだ」
相変わらず空手一辺倒、常人とは違った生活を送っているようだ。
「強くなったんだろーな?熊と格闘でもしてよ」
「あぁ、熊を倒せるぐらいには強くなったかな……どうだ、今度一手やってみるか」
栃木も冗談を言うまでに成長したんだなぁ、と黒鵜戸がしみじみしていると。
ごほんと咳払いして、当の栃木が黒鵜戸に真顔で尋ねてくる。
「で、だ……ど、どうだ?そっちの大学生活は。楽しいか?充実しているか」
「え?あぁ、まぁまぁ、かな」
「そ、そうか。か……カノジョは……」
「はぁ?」
「い、いや、何でもない」
「あぁ、心配いらねーぞ栃木。黒鵜戸に、ンな甲斐性ねーから」
「なんだとぉっ!?」
「い、いないんだな?そうなんだなっ!?」
やけに嬉々とした栃木に念を押され、黒鵜戸はブスッとして答えた。
「いないよ。悪かったな、甲斐性なしで」
「いや!いなくて何よりだ、是非その調子を貫いてくれ」
「ハッ、ぼっちを貫いて何になるんだか」
「ぼっちじゃねーよ!友達ぐらい、たくさんいるしっ!」
「いいんだぞ?俺らに見栄はんなくても」
「見栄じゃねーっての!!」
プンスカ怒っている間に、酒木の家についた。
こちらも相変わらずの豪邸だ。
気のせいか、いや気のせいではなく以前来た時より車の台数が増えている。
「酒木んちには不況の波も風も関係ないんだな……」
「安定してっからな、オヤジの職業が」
それだけでは説明の付かない何かがあるような気がしてならないが、深入りは禁物だろう。
黒鵜戸は考えるのをやめにして、家の中へと、おじゃました。

ぐるっとパーティ会場を見渡して、黒鵜戸ら三人は「あっ」となる。
会場の中央に酒木、そして忘れようにも忘れられない丸々とした体格の持ち主を発見したからだ。
「トシローだ……!来ていたんだ」
「あいつ、招待状も送られなかったんだろうに何当然ってツラして来てやがんだ?」
トシローは肥えた肉体をスーツの中に無理矢理押し込んでいる。
酒木と何やら談笑していた。
「ゴムボールが雪男になったか」
「雪男ォ?雪男に失礼だろ、あんな肉塊と一緒にしちゃ」
黒鵜戸の目から見ても、トシローは二回りぐらい太ったように見える。
それに、さっきから気になっているのは彼の隣に佇んでいる女性だ。
母親には見えないし、一体何者であろう。
「あらぁ、遅かったわね、俊くん」
火浦に気づいたか、酒木が振り返る。
高校時代より、さらに美しくなったように黒鵜戸には見えた。
眼鏡からコンタクトに変えたおかげかもしれない。
「っていうか、しゅんくん!?」
驚いて火浦を見やると、火浦は恥ずかしそうに、そっぽを向いた。
「っせーな。あいつが、そう呼びたいっつーから……」
「ほっほぉ〜。ご結婚は、いつですか?」
「冷やかすんじゃねーよ、クソ童貞が」
「童貞ってゆーな!」
「なに、黒鵜戸くん未だに一人ぼっちなの?」
「だから、ぼっちじゃねーっての!恋人募集中なだけっ」
アハハハハと高校時代の友達は一斉に大爆笑。
中でも一番大笑いなのは、かつての親友トシローだ。
「お前にだけは爆笑されたくないんだけど!?」
黒鵜戸が声を裏返して叫べば、トシローにはニヤリと笑われた。
「フッ……キミにボクを笑うことができるのかね?高校時代から恋人募集中だった、クロゥドくんが!」
「キミって」
「気味悪ィーな」
しばらく会わないうちに、トシローは激しく言葉遣いを変更した模様。
ポカンとする黒鵜戸の前へ、見知らぬ女性が呼ばれてくる。
トシローが彼女を紹介した。
「紹介しよう、クロードくん。ボクのガールフレンドだ」
「響 夢子と申します。はじめまして」
トシローほどではないものの、夢子も丸々と太って眼鏡をかけている。
だが、そこに醜悪さはない。
いわゆる可愛い、ぽっちゃり系だ。
「はぁッ!?」と男三人声をハモらせて驚愕するも、酒木が、すぐにネタばらししてきた。
「あ、ガールフレンドって、そのまんまの意味だからね。間違っても恋人って変換しちゃ駄目よ」
途端に格好を崩して、トシローが哀願する。
「あぁん、サカキン、それは言わないお約束だっつったろ!?」
「え、何?どういう関係なの?」
オタオタする黒鵜戸へ、くすりと苦笑した夢子が改めて自己紹介をする。
「トシローくんとは仕事の同僚でして……あ、私達アニメーターのお仕事をやっているんです。お休みの日は一緒にイベントへ行ったりもするんですよ」
「イベントってなぁ、アレか、コミケってやつか」
「いえ、コミケは夏と冬だけです。普段はシティやコミティア、それとサンクリなどに」
「あぁ、いい、言われても判んねーから」
夢子は酒木並に濃ゆいオタク同人女子のようだ。
これならトシローと馬が合うのも納得である。
「あ、あれ?でもさっき、響って」
まだ動揺の収まらない黒鵜戸へ「同じ苗字なんですって」と、酒木。
「珍しいわよねってんで、さっき盛り上がっていたトコよ」
「えぇ、もう、同期で同じ苗字ってだけでも仲間意識が芽生えたところに同じ趣味の持ち主だってんで、トシローくんとは、すっかり仲良くなっちゃって」
「はァん。んで、いつ結婚すんだ?」
「バッ!バカ!!バカッ!」
意地の悪い火浦の質問に、トシローは顔真っ赤。
夢子もポッと赤くなって固まった。
「何言ってんだよ、結婚なんて!俺達、まだッ」
「まだ?ってこたぁ、結婚したい願望は、あるってわけだ」
「バカ!ねーよ、バカ!俺はよくても夢ちゃんが、なぁっ?」
「ほぉー。夢ちゃんって呼んでんのか、おアツイこって」
すっかりトシローと夢子は火浦のからかいターゲットだ。
幸せそうな元親友の姿に、黒鵜戸は、そっと、その場をフェードアウトする。
もし会えたら変わっていないなぁ、なんて会話をするつもりだったのに、友達は、すっかり変わってしまった。
変わっていないのは自分だけか。
何となくションボリした気分で椅子に腰掛けチキンをちびちび食べていると、心配したのか栃木が近づいてきた。
「どうした?黒鵜戸」
「いや、別に……なんか皆、変わっちゃったなぁって思って」
「そうか?あんま変わったようには見えねぇんだが」
「いや、変わったよ……変わっていないのなんて、俺ぐらいなもんだ」
「……そうか?」
マジマジと栃木には真顔で見つめられ、黒鵜戸は居心地が悪くなってくる。
そんな真面目に見つめられても、変わっていないって。
本人が言うんだから間違いない。
「いや、お前は変わったと思うぞ」
「どこが?どのへんが?」
「そうだな……落ち着いた雰囲気になった。それと……」
「それと?」
「……男ぶりが、増した」
「はぁッ!?」
黒鵜戸が目を丸くして栃木を見つめると、栃木は照れて視線を逸らす。
「いいツラがまえになったと言っているんだ。褒めているんだぞ?少しは喜んだら、どうなんだ」
「いや……褒めているって言われても……」
栃木に褒められても、あまり嬉しくない。
しかも顔が良くなったと言われても、実感皆無だし。
「むふぅ……栃木×黒鵜戸ってのは新しいパティーンね」
チリチリと焦げつく視線を背中に感じて黒鵜戸が振り向くと、こちらを熱い眼差しで見つめる酒木と目があった。
「アリかしら……?いいえ、アリだわ、充分アリ。男臭さの増した栃木くんが、ケダモノの如き性欲で黒鵜戸くんを床に組み伏せて……イケる、イケるわっ!」
なんか嫌な呟きを漏らし、拳をグッと握りしめている。
変わったと思ったけど、酒木は全然変わっていなかった。
相変わらず中身は腐女子のまんまだ。
火浦もトコトコ近づいてきて、そっと黒鵜戸に耳打ちした。
「な。あんな調子だから、不意討ちキスした他は全然進展ねぇってのよ」
「不意討ちしたんだ……」
「仕方ねーだろ?不意でも討たなきゃヤらせてくんねーんだから。ガード堅すぎるんだよ、あいつ」
ガードが堅い?本当だろうか。
単に、自分の恋愛より他人の恋愛に興味津々なお年頃に見えるのだけど。
黒鵜戸は最後に、一番変わったと思わしきトシローへ目を向けてみる。
夢子と話していたはずの彼は今、夢子そっちのけでパーティの料理を貪り食っていた。
夢子はというと、彼女も彼女でパーティの料理をモリモリ食べている。
似たものコンビだ。
あれじゃ恋愛ドラマは始まりそうもない。
トシローも、やはり変わったようで変わっていなかったのか。
「五年程度じゃ人は変わらんよ」と判ったようなことを栃木に言われ、火浦も肩をすくめる。
「まぁな」
確かに。
大人ぶっている火浦も、やはり変わったようで全然変わっていない。
酒木とは友達以上恋人未満のままだし、久々に会ったはずのトシロー相手にもテンションが十代の頃と一緒だし。
そんなものか。
そんなものなのだ、友達って。
一人しょげていた自分が馬鹿らしくなり、黒鵜戸は笑った。
「お、元気が出てきたな?じゃあ、俺らも飯を食いに戻るか」
「うん」と頷き、栃木や火浦と一緒に、怒濤の勢いで飲み食いしているトシローの側へ黒鵜戸は歩み寄った。


おわり
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