EXORCIST AGE

ティーガのお誕生日

津山 拓ことティーガが誕生したのは、THE・EMPERORの研究所。
巫女の血を引く津山 祀と強力な霊力の持ち主である護之宮 誠哉のDNAをかけ合わせて生み出された、いわばデザイナーベビーだ。
もっとも本人がそれを自覚したのは、とある依頼の後であり、それまでは『なんとなくすごい』実験台としての意識しかなかった。
とある依頼――凶悪な悪魔との戦闘後、ティーガの霊力は目覚ましい成長を遂げる。
これ以上の教育係は必要ないと判断され、GENとの共同依頼期間も終了した。
現在のパートナーはWATTUN。護之宮家の一人娘であり、異母妹でもある倭月だ。
給料もあがって倭月との二人暮らしになり、これまでより待遇が良くなったというのに、ティーガの心には、いつもポッカリした穴が空いていた――


「お誕生日おめでとう、お兄ちゃん!」
この日、津山家は朝から盛大なごちそうでスタートを切った。
今日は待ちに待った拓の誕生日。日頃お兄ちゃんっ子を自覚する倭月が張り切らないわけもない。
お誕生日おめでとうを聞くのも、これで三回目だ。
朝起こされた時に一回、朝食前にも一回、朝食中の今で一回。
今日は、あと何回倭月におめでとうと言われるのやら。
頭の中でカウントしながら、拓は朝食のトーストを頬張る。
今日が自分の誕生日でも、会社は休みじゃない。
急いで食べないと電車に乗り遅れる。
二人が住んでいるのは東大陸の真上に浮かぶ、空中都市アベインスト。
天都なんか目じゃないほど広大な場所で、何処へ行くにも電車を使わなければいけない。
二人の会社も電車で五つほど先が最寄りの駅だ。
せっかくルーキーを卒業したんだから、GENさん達の住む一等地に転居させてくれたっていいのに――と思いつつも、今は新人の妹を引っ張る身、贅沢ばかり言っていられない。
GENもティーガの教育係をやっていた頃は、ティーガと同じ三等地に住んでいた。
新人と共同作戦を張るには、先輩が犠牲にならなきゃいけないのだ。
「倭月、和んでないで、お前も早く食べろ、んがんぐっ!」
「もう、お兄ちゃんってば急ぎすぎ!まだ時間は充分あるよ、大丈夫だってば」
朝とは思えない量の飯を平らげて、拓と倭月は駅へ急いだ。

「よぉーティーガ、誕生日おめでとう!こいつは俺からのプレゼントだ、大事に使ってくれよ?」
出社直後に先輩のMAUIがティーガに渡してきたのは一枚のディスクで、贈り主いわくワードプロセッサの操作性をグレードアップするツールらしい。
こんなものがなくてもプロセッサの扱いには慣れている現代っ子だが、ティーガはありがたく受け取っておくことにした。
なんせ今日は自分の誕生日だ。謙遜する暇なんてありゃしない。
「ティーガ、俺からもプレゼントだ!ワッツンとお揃いのハンカチにしといたぜ」
「誕生日おめでとう〜、ティーガ!仕事が始まる前に渡しとくね、プレゼント!」
わぁっと集まってきた先輩たちから怒涛のプレゼント攻撃を受けて、片っ端から礼を言うイベントが始まるのだから。
部署の扉から自分の席へ移動するだけでも大量のプレゼントを受け取って、どさっと机の上に置いてもプレゼントを渡したい先輩は後を絶たない。
ティーガが会社でチヤホヤされているというのは、GENやミズノから多少は聞いていたWATTUNである。
しかし、ここまで大人気だとは思っていなかった。
プレゼントを渡したい軍団は退治部署だけに留まらず、事務や経理の人々まで押しかけてきており、このままでは仕事を始められない。
大混雑の中、「おう、てめぇら!ティーガの誕生日を祝いたいんだったら、終業後にしろ」と怒鳴り声で一喝されて、WATTUNも皆と一緒にヒャッとなる。
怒鳴ったのはZENON、退治部の先輩だ。
「え〜、終業後じゃ行き違っちゃうじゃないか」との文句にも「終業後、社長が恒例誕生会を開くってんだ。プレゼントを渡すなら、その時にしろ」と衝撃の後出し情報を放ってきて、たった一人の社員のために社長が誕生会を開いてくれるなんて?と内心驚くWATTUNの耳に、BASILがコソッと耳打ちしてくる。
「あ、これはティーガだけの優遇だからね?俺たちの誕生日にはパーティがないと思っといてくれ」
「どうして判るんですか?私達の分はないって」と尋ね返したら、BASILは片目をつぶって肩をすくめた。
「恒例だとZENONが言っただろ?毎年やっているんだ、ティーガだけ」
ただし、この誕生会は社長の気分で開催されるので、毎年同じ時間に始まるわけではない。
誕生会をやるのだと判っていても、暇な朝イチに渡したいと考える先輩が出るのは当然といえよう。
ともあれ今年は終業後開催だ。
そうと判った先輩諸氏も、わらわら自分の部署へ戻っていき、やっと依頼を探す仕事に入れた。

終業後は全員で、ぞろぞろ地下のホールへ向かう。
いつもは自分の部署以外は事務部ぐらいしか立ち寄らないから、地下にホールがあるのをWATTUNが知ったのは今日が初めてだ。
エクソシストに成りたての頃は、空中に浮かぶ都市の存在自体に驚いたし、その上に高層ビルが幾つも建ち並ぶ現実にも驚かされた。
お兄ちゃんも新人の頃は、自分と同じように驚いたりしたんだろうか?
いや――少し考えて、WATTUNは緩く首を振る。
お兄ちゃんは、空中都市の生まれなんだった。なら、大陸を見下ろす光景も空高く聳えるビル群も見慣れているはずだ。
ホールにはテーブル一式が並べられ、食事はバイキング形式であった。
壇上にあがったVOLT局長の号令で乾杯した後、先輩は徒党を組んでティーガの元へ詰め寄ってゆき、プレゼント攻撃を再開した。
自分の誕生会なのに食べる暇もなさそうで、WATTUNはティーガが気の毒になる。
プレゼントを渡したいほど好きだというなら、食事を取る時間をあげる程度の気遣いぐらいしてくれてもいいのに……
一人ぽつんと座ってチビチビ食べていたら、GENが「相席いいかい?」と隣へ座ってきた。
「GEN先輩は、もう渡したんですか?プレゼント」と尋ねるWATTUNへ肩をすくめて、GENが答える。
「いや、まだだ。そういうWATTUNこそ渡してないんじゃないか?」
「はい……渡す暇が全然なくて」
しょぼくれていたことを見透かされて、WATTUNの頬は熱くなる。
今日は終業後も二人っきりで祝うつもりだったのに、会社開催パーティーのせいで予定が狂ってしまった。
「先に言っておくべきだったな」と小さく呟き、GENはWATTUNを慰める。
「WATTUN。この誕生会はティーガを祝うパーティーと見せかけて、実は戦場だ」
「……え?」
思ってもみない発言でポカンとなる彼女を置き去りに、GENは誕生会に隠された思惑を話した。
「この会社において、ティーガは特別な存在だ。社長が猫可愛がりしているせいで、ティーガにゴマをすっておけば自分も甘い汁が吸えると考えている社員は多い。もちろん、純粋な好意を寄せている社員も多いけどね」
あれを見てごらんと言われて、何の気なくGENの指差す方向を見たWATTUNはギョッとなる。
あろうことかティーガに、お兄ちゃんにベッタリすり寄って、あーんしてあげている女性社員がいるではないか!
ずるい。その立ち位置は私が一番やりたいのに!!
WATTUNの瞳に闘志が灯るのを見てとって、GENはトドメの一言を放つ。
「こういう場では積極的にいかなきゃ駄目だ。WATTUNもティーガの相棒ポジションを守りたいなら、彼女たちを参考に」
「いきます!」と宣言一つ残して彼女はグラスを二つ手に持ち、ティーガの元へ走っていった。
ふぅっと溜息をついて、GENは独りごちる。
こんな場で寂しく一人飯している新人のフォローも大変だ。
けど、ティーガが立ち回れない以上は俺がやるしかないんだよな。
「――ちょっと、いいでしょうか!」
ベッタリすり寄る女性先輩を睨みつけて、WATTUNが叫ぶ。
「お、どうした倭月」と驚くティーガへジュースの入ったグラスを一個差し出すと、WATTUNは精一杯、自分が可愛く見える笑顔で相棒へ微笑みかける。
「今日は先輩にして相棒、私がこの世で一番大切に想う人の誕生日ですもの。是非とも二人だけの乾杯をしなくっちゃ。ね?ティーガ先輩っ」
バディを強調した大胆アピールには場がドワッと沸き、ティーガ自身も満面の笑みで返してきた。
そっと、さりげない動作でベッタリすりよっていた先輩から身を離しつつ。
「おう。俺たちは一心同体、最強タッグだもんな。二人の出会いや今後の未来へも向けて盛大に乾杯しようぜ、WATTUN!」
カチンとグラスを重ねて、ぐいっと一緒にジュースを飲み干した後、WATTUNは不意に気づく。
これまで自宅でも会社でも一貫して自分を本名で呼んでいたティーガが、今、コードネームで呼んでくれたことに。
「お、おにいちゃ……うぅん、ティーガ、先輩っ……」
ぶわっと感涙するWATTUNに、ティーガが再度、名を呼ぶ。
「WATTUN、ありがとう。今日は生まれてきて一番いい思い出の誕生日になったよ」
いつも心に空いていた穴の正体が、ティーガにも判った気がする。
寂しかったのは、GENが教育係を外れたからじゃない。
新人にして後輩、相棒でもある倭月が、いつまでもティーガを兄扱いしてきて、先輩として尊敬していないように見えたせいだ。
他の人は先輩だと認識しているくせに。俺って、そんなに頼りがいがないのか?
――なんて不満が、一気に四散するぐらい嬉しかった。彼女に先輩と呼んでもらえたのが。
まぁ、本を正せば倭月がティーガをお兄ちゃんと呼ぶのは、ティーガがWATTUNを倭月と呼ぶせいだったかもしれないが、それはそれ。
喜びの涙が止まらないWATTUNの肩を抱いてやりながら、ティーガは幸せな誕生会を過ごしたのであった。

END