EXORCIST AGE

とある日常のVR

THE・EMPEROR社ビルの地下には、いわゆる特訓室と呼ばれる部屋が存在する。
Virtual Reality Battle Roomなどという、ご大層な名前のついたソレは、どういう仕組みなのかというと。
頭をすっぽり覆うヘルメットを被り操作用のグローブをはめ、映像の中で疑似戦闘をするというものであった。
架空とはいえ、攻撃されればメットを通じて痛みが操作側に伝わってくる。
死ぬことはないが、攻撃を受け続けていると気絶してしまうことだってある。
物を掴む感触や掴まれる感触も、グローブ越しに伝わってくる。
そういう適度な疑似体験っぷりが一部の者にウケて、今では事務室や食堂に次いで人気のある部屋の一つとなっていた。


「よぅGEN、毎日毎日熱心なことで」
VRに入ってきたGENを見つけ、BASILが手を挙げる。
先に訓練していたのか、顔、そして背中にも、びっしょり汗をかいていた。
BASILに手をあげかえし、GENが管理席へ腰掛ける。
「今日の利用者は――っと」
ポンポンと手つきも軽やかに、利用者一覧を呼び出した。
「お前、スズリ、ミヅチ、ASAKA……へぇ、ミズノも来たのか、珍しいな」
「ん、あぁ、彼女なら最近よくココに来ているよ。常連といってもいいぐらい」
「へぇ〜」
VRに来るタイプは二通りある。
一つは、元々強いけど更に強くなりたい切磋琢磨タイプ。
もう一つは、何をどうやっても強くなれない真性底辺タイプ。
GENやBASILは切磋琢磨タイプだが、ミズノやスズリは、どう足掻いても底辺タイプの類だろう。
それでも、よく来ているというのは根性のある証拠。
GENは、ほんのちょっとだけミズノを見直した。
利用者一覧を眺めるGENに、BASILが話しかける。
先ほどまでとは異なり、急に声を沈めた口調で。
「……そういやぁ、さぁ。お前、知ってる?」
「何?」
いつもと同じ調子のGENへ「ちょっと席変われ」と促し管理席へ腰掛けると、BASILは映像ログ一覧へ切り換えた。
利用者一覧とは異なりログ一覧の表示及び閲覧は、最低でも入社歴七年以上の者と限られている。
「あぁ、あった、あった。これだ」
選び出したのは、SUZUKAという名前で記録されている映像だ。
SUZUKAの名なら、GENも何となく覚えている。
確か、経理部にいる女性社員だったはず。
きりっとした面立ちに、この上なく黒縁の眼鏡が似合っている人だ。
一言で例えると、仕事の出来る女性――そんなイメージ。
経理部という時点で思いっきり文系あるいは理系の人間だが、そんな人でもVRを利用するとは。意外な気がした。
まぁ、事務のミズノだって利用しているのだ。
経理の人が使っちゃいけないというルールもない。
「おい、勝手に見ちゃ悪いんじゃないのか?」と遠慮がちなGENへ一瞥をくれると、BASILは構わず再生をクリックする。
即座に映像がモニターへ映し出された……


場所は、校舎裏。
どこかの高校のようでもある。
桜が舞い散る中、何故か女子学生の制服を着たSUZUKAが、頬も真っ赤に立ちつくしている。
「あ、あのっ……先輩。も、もしよかったら、先輩の……ッ、だ、第二ボタンを……!」
そこまで、つっかえ気味に言うと、赤くなって俯いた。
彼女の視線の先にいるのは、ふわっとしたバンダナを頭に巻いた男子学生。
逆立てた茶髪が、風に揺れている。
そのまま、静かな時間が流れた。
やがて、男子学生が口を開く。
「……嬉しいよ」
にっこりと微笑み、己の制服から第二ボタンを引きちぎる。
「俺も、君に、このボタンを受け取って欲しかったんだ」
顔を真っ赤にSUZUKAの両目からは涙が溢れ出る。歓喜の涙だ。
「……嬉しい……!」
震える手で第二ボタンを受け取る彼女へ、茶髪男子生徒が微笑んだ。
「いや、君にあげたいのは、ボタンだけじゃない」
「え……?」
顔を上げるSUZUKAを、真っ正面から見つめて、男子生徒もはにかんだ。
「……君には、俺の気持ちも、受け取って欲しいんだ」
「先輩の……気持ち?」
「そう。君が、好きだ。君も俺の事が好きなら……」
一歩近づき、二人の距離が縮まる。
少しSUZUKAが背伸びさえすれば、二人の顔がくっついてしまいそうなほどに。
ドクドクと脈打つ、心臓の音が聞こえる。
この音は、多分SUZUKAの心臓だ。
SUZUKAの顔がアップになり、男子生徒が言った。
「……キス、してもいいかい?」
SUZUKAはコクリと頷き、目を閉じた。
背伸びする彼女の口元へ、男子生徒の唇が近づき――


「うわぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
真っ赤になったGENが停止のボタンを勢いよくクリックし、映像がブツンと消える。
「ハハハハ!なんだよ思春期まっさかりの中学生みたいな反応しやがって、ハハハハ!」
馬鹿笑いするBASILに掴みかかり、GENは唾を飛ばして猛抗議。
「なっ、なんなんだよ、この映像はァ!?こんなの肖像権侵害だ、いや破廉恥だ、VRって、こういう使い方をする装置じゃないだろ!?」
肖像権侵害だと彼が喚くのも、もっともで。
映像に出てきた男子生徒は、まんまGENの顔をしていた。
「ところがさぁ」
GENの腕から、するりと抜け出して、BASILが破顔する。
「こーゆー使い方してるやつ、そいつだけじゃねーんだわ。利用者の半分ぐらいの奴が、そんな感じかな?」
「なにぃ」
予想外の返答に軽く固まるGENへ、ニヤニヤ笑いのBASILが言うことにゃ。
対悪魔戦の疑似練習として使っているのなんて、ほんの一部の真面目な連中ぐらいなもんである。
では、その他大勢の利用者は一体何に使用しているのか?
それが、先ほど見たロマンチストな内容。いわゆる疑似恋愛映像だ。
勝手に意中の相手を映像に出現させて、己の欲望をぶつける。
BASILいわく、SUZUKAの妄想映像など、その中でも純情派に入るらしい。
人に見せられないレベルのエッチな妄想が腐るほど残っていると聞かされ、GENは目眩を覚えた。
「ちなみに、お相手BEST3を教えてやろうか?」
「いい、聞きたくない」とGENが首を振ったにも関わらず、BASILは勝手に読み上げる。
「お前、ミズノ、EIGHT、以上」
「EIGHTって……」
思い出そうとするGENに、BASILが応える。
「厨房にいるキンキラリンだよ。あんなアクセを大量につけたチャラ男コックのドコがいいのかねぇ、女ってやつは」
自分だって顔立ちだけならチャラ男の部類に入るくせして、首を傾げている。
かと思えば、またログ一覧を開いて明るく言った。
「あ、そうだ。ティーガのログもあるんだぜ、見たい?」
「え……い、いや、まずいだろ」
なにがマズイのか自分でもよくわからないが、GENは咄嗟に首を真横に振る。
本音を言うと見たい。いや、ほんのちょっとだけ。
真面目にやっているなら褒めてやりたいし、エッチな疑似恋愛だったりしたら、お説教だ。
だが、見たことをティーガ本人に咎められたりしたら、どうしよう。
プライバシーの侵害だと逆に怒られてしまうかもしれない。
GENは、変なところで小心者だった。
「大丈夫だって。エロス映像じゃねぇから」
悩む彼を一瞥し、BASILは一応フォローをいれてから勝手に再生を押す。
「ちょっ、ちょっと待て、まだいいとは」
言っている側から、映像が始まった。


いずことも判らない場所で、ティーガと悪魔が戦っている。
側にはGENの姿もあった。
が、彼は戦わず、偉そうに腕組みなんぞで、ふんぞり返っていた。
最初のうちは互角だったが、次第にティーガに疲れが見え始めた。
ここぞとばかりに、悪魔が押してくる。
ティーガも負けじとやり返すが、地面のぬかるみに足を取られて体勢を崩してしまう。
その隙を逃さず、悪魔の爪が彼に襲いかかる。危うし、ティーガ!
だが。
間一髪、ティーガを救ったのは、それまで偉そうに傍観していたGENだった。
彼はコブシ一発で悪魔を撃退すると、普段見せたこともないようなサワヤカ笑顔で振り返る。
「GENさん!やっぱGENさんはスゴイやー!」
満面の笑顔で、GENに飛びつくティーガ。
「ハッハッハ、お前だって頑張れば俺のように強くなれるさ!」
何故か映像のGENは無駄に偉そうな上、無駄にさわやかだ。
キラン、と歯まで光っている。
「えへ……なれるかなぁ?俺も、GENさんみたいに」
普段はGENにだって滅多に見せぬ恥じらいの表情で見上げるティーガ。
その肩を抱き寄せ、GENはティーガのおでこにチュッとキスをした。
そして一言。
「なれる!」
根拠のない自信たっぷりな一言に、またしてもティーガがGENに飛びつく。
「GENさん大好き!」
映像は、そのままエンドレスに頭をナデナデされるティーガを映し――


GENは、黙って映像停止ボタンを押したのであった。
「おいおい、無言かよ。なんか感想の一つを言ってみ?」
BASILをジロッと睨みつけると、GENは聞き返した。
「何がエロ映像じゃないって?」
呆れた視線で見つめ返し、BASILが肩をすくめる。
「デコチューぐらい、いいじゃん。要は、お前にスキンシップしてほしいって願望だろ?可愛いもんじゃねーか」
「そりゃ、女の子が相手ならな。しかし」
「ティーガは男の子だよってか?じゃあ女の子なら、この映像はOKだったってわけだ」
「なっ!違ッ」
あげ足とりな発言に、ついついGENの声も裏返る。
しかしながらデコチューしている場面を見た時、ティーガの女の子版を想像しちゃったのは紛れもない事実。
あれが女の子なら、微笑ましいんだけどなぁ〜。
などとピンクな妄想に浸った自分を、GENは自分で恥じる。
「違くねーだろー。女の子ならチュッチュしちゃってもOKって言ってるも同然だったぞ、今の発言は」
執拗に突っ込んでくるBASILから逃れようと、GENは苦し紛れに言い返した。
「そ、それよりZENONは?ZENONのログも見たいなぁ〜」
「ZENON?」
虚を突かれたか、BASILは一瞬きょとんとなる。
だが、すぐに否定した。
「あいつは、ここに来たことないよ。初日にだって捨て台詞吐いてたじゃん」
そう言われて、GENはVR設置初日の様子を脳裏に思い浮かべる。
……そういや、確かに言っていた。
『VRとは仮想現実で悪魔と戦う練習台だと思えばいい』
という局長の説明を即座に切り捨てたのは、奴一人だけだった。
仮想と戦ったところで、所詮は仮想でしかない。それが実力に繋がるとは到底思えない、と。
殺伐としたものを一番好みそうだっただけに、意外に感じたことも思い出す。
「そっか……奴なら真面目に使いそうだと思ったんだけどな」
「まぁ、使うならハードな仮想空間を構築しそうだよな。百匹の悪魔vs自分一人とか」
BASILも同意し、一転してニヤニヤ笑いが復活した。
「しかし、いきなりZENONの話なんか持ち出すから、てっきりバニラさんとの甘酸っぱい妄想映像でも期待したのかと思っちまったじゃねーか」
「ば、ばか!しないよ、そんなことは!」
今にもバニラが顔を出すんじゃないかと、気が気じゃない。
GENは慌てて否定した。
「まッ、とにかくぅ〜」
一覧を消してモニターを元の真っ黒一色へ戻してから、BASILが立ち上がった。
「VRには、いろんな使い道があるってことで。GENも、気が向いたら悪魔退治以外の空間を構築してみろよ」
「やだ」
「そう頑固になるなって。いい気分転換になるかもよ?じゃあな、ハハハ!」
言うだけ言ってBASILは、さっさと部屋を出て行き。
ぶすっと仏頂面で座り込んでいたGENは、そろそろと立ち上がる。
「…………」
しばらくメットとグローブを眺めていたが、やがて、おもむろに二つを装着すると。
モヤモヤと、よからぬ妄想を脳裏に描き出したのであった……

END