Devil Master Limited

ifハロウィン - 悪魔編

遣い魔は原則、用のない時は魔界で待機している――ということになっているはずなのだが、ハロウィンで悪魔遣いが浮かれている間は遣い魔も人間界に滞在していた。
送り返されるのを忘れられているだけとも言う。
悪魔達はポジティブで、これ幸いと趣味に興じる者や、怠惰に時を過ごす者、または他遣い魔との交流へ時間を割り当てた。
ランスロットもエイジの護衛の傍ら、他悪魔との交流を深めていた。
『まったく、不埒な人間が多すぎて、おちおち休んでもいられませんよ』
さっそく愚痴っている。
愚痴を聞かされている相手は、エイペンジェストとパーシェルだ。
『これというのも全て、エイジ様が可愛すぎるからいけないのですッ』
だだんっ!と勢いよくテーブルを殴る鎧甲冑に、パーシェルが首を傾げる。
『かわいい?エイジが、ニャ?』
『そうですよ。あの、細く折れてしまいそうなほど華奢な手足!スリムで抱きしめたら折れてしまいそうな胴体!どこをとっても完璧です』
ランスロットは、折れてしまいそうなほど貧弱な体格が好きなんだろうか。
あいにくとエイペンジェストは女性にしか美を感じないし、パーシェルは筋肉質な体格のほうがお好みである。
『ああいうのはモヤシって言うニャ。ラングリット様が、そう言ってたから間違いないニャ』
とはいえ言いにくいことをハッキリ言うパーシェルには、エイペンジェストも眉をひそめる。
好きだと断言しているものを、何も好きな本人の前であしざまに罵らなくても良いではないか。
案の定、ランスロットはパーシェルの反論に激怒し、もう一度テーブルを激しく叩いた。
『判っていませんね!小鳥やお花のように人畜無害なエイジ様こそ永遠の美少年であり、愛すべき存在なのです!!』
ふんっと勢いよくそっぽを向くランスロットに、エイペンジェストが話しかける。
『その想い、本人に直接言ったことがありますか?』
途端にぎゅりんっと勢いよく振り返った鎧甲冑が言うには『言えるもんですか!』とのことで。
『なんで言わないのニャ?』
興味津々な猫娘に、ランスロットはモジモジしながら付け加えた。
『悪魔と悪魔遣いは必要以上に仲良くなってはいけないと最初に言われませんでしたか?私は、あくまでもエイジ様の剣であり盾。けして恋人ではないのです……』
『そのような枠組みは、人間が勝手に決めたものだ』
横から静かな声が割って入る。
アーシュラだ。
手にぶら下げているのは、鮮血したたる何かの肉。
何の肉かまでは、追求しないでおこう。
『我らの心が従う必要など、微塵もない』
『し、しかし』と言いよどむ鎧甲冑の真正面に腰掛けると、アーシュラは睨みつけた。
『遠目に見守るだけで満足か?だが、言わねば大切なものが姿を変えてしまうことも充分あり得る』
『モヤシを気にしたエイジが、マッチョになっちゃうニャ?』
パーシェルの思いつきに重々しく頷くと、アーシュラは手にした肉に、がぶりと噛みついた。
『そ、そんなっ!困りますっ。エイジ様には、いつまでもスマートでいて頂かないと』
血相を変えて――といっても中身は見えないが――立ち上がったランスロットへ、エイペンジェストが助言する。
『ならば、早々に伝えるのです。華奢で可憐な貴方様が一番好きだと』
『そ、それは……恥ずかしいですぅ』
立ち上がった勢いはどこへやら、再びモジモジと指をこねくり回し始める鎧甲冑。
『何故恥ずかしがる?』と、アーシュラ。
パーシェルが手を挙げた。
『ランスロットはエイジに好きって言わないニャ?パーシェルは毎日言ってるニャ、ラングリット様大好きニャって!そうするとね、ラングリット様がナデナデしてくれるニャ。毎日どきどきニャ』
直接言えないランスロットや、言っても無視されるエイペンジェストからしてみれば羨ましい話である。
ラングリットはパーシェルを毎日、猫っかわいがりしているのだろう。
幸せそうなパーシェルの顔を見ただけで、大体の想像がつく。
『そういえば――』とエイペンジェストが思い出したように言った。
『今夜はハロウィン本番でしたね』
『あぁ……人間どもの酔狂な祭りか』
アーシュラはさして興味がないようであったが、パーシェルが嬉々として話に乗ってきた。
『知ってるニャ!お菓子をくれたり悪戯するお祭りニャ?ラングリット様も今夜は誰かの家でお菓子もらってくるって言ってたニャ!パーシェルにもお土産いっぱい貰ってくるって♪楽しみニャ』
そして『そうニャ!』と何事かを思いつく。
『ランスロットもお祭りに参加するといいニャ。LOVE or LIKEでエイジに尋ねるといいニャ』
三人が声を揃える。
『LOVE or LIKE?』
『そうニャ』
えっへんと胸を張り、パーシェルの言うことには。
『好きになってくれるか、愛されるか?なのニャ。新しいハロウィンの始まりニャ。エイジに、どっちか選ばせるニャ。どっちを選んでもらってもランスロットはハッピーになれるニャ♪』
さすがはハッピーな頭の持ち主、ハッピーな提案をしてくる。
アーシュラは呆れたが、エイペンとランスロットは乗り気になった。
『それは素晴らしい。素晴らしいハロウィンの幕開けです』
『そ、それだと一瞬では告白だと判りませんね?老人達の耳を誤魔化せそうです』
双方にほめられて、ますますパーシェルは得意げに胸をそらす。
『パーシェルすごいニャ、新しいお祭り考えちゃったニャ』
『では、さっそく試して参りましょう』
何故か颯爽とエイペンジェストが先陣切って去っていき。
ランスロットも『行ってきます……!』と、なにやら決戦にでも行くかのような意気込みで出て行った。
後に残ったアーシュラを見上げて、パーシェルが尋ねる。
『アーシュラは行かないニャ?』
『……どこへ行けというのだ』
『決まってるニャ、デヴィットのとこニャ!デヴィットに好きって言わないニャ?』
誰が言うか、馬鹿者め。
呆れに呆れたアーシュラは無言を答えとし、残りの肉を頬張った。


LOVE or LIKE、LOVE or LIKE。
頭の中で何度も忘れないように念じながら、ランスロットはエイジのアパートへ帰還した。
不埒にも上がり込んでいたデヴィットを叩き出すと、さっそく本題に入る。
『エッエッエッ、エイジ様ッ。いいですか、一度しか言いませんので、ちゃんと聞いていてくださいね』
目の前に巨大な鎧甲冑が立ち塞がり、エイジは素直に頷いた。
『LOVE and LIKE!?』
「……えっ?」
ぽかーんとするエイジを見て、ランスロットもすぐさま己の間違いに気づく。
『あっ、間違えた!LOVE or LIKEでした!!』
だがエイジは、ランスロットが言い間違えたのでポカンとしていたわけではない。
「いや……LOVEだのLIKEだのって、一体何の話だ?」
それ以前の問題で、何を言われているのかが判っていなかったようだ。
『えっ?ですからLOVE or LIKEですよっ』
「だからLOVEは愛だろ、LIKEは好き……だ。それがどうかしたのか?」
エイジに真顔で聞き返されて、鎧の中身は次第に温度が上がってくる。
彼の言い分は正論だ。
いきなりこんな事を尋ねられたって、何がなんだか判るまい。
どうして自分は、この説明不足なキーワードを名案だと思ってしまったのだろう?とランスロットは激しく後悔した。
『で、ですから、その、どちらか選んでください!』
「選ぶと、どうなるんだ?」
しどろもどろに選択を促すも、ご主人様は用心深く、なかなかどちらも選んでくれない。
『も、もぉ〜。LOVEは愛でしょう?そしてLIKEは恋』
そんなのは判っていると言いたげな表情でエイジが頷くのを見ながら、ランスロットはエイヤッと言葉を吐き出した。
後半は恥ずかしくてエイジの顔を、ろくに見てもいなかったが。
『愛してくれるか、恋するか。どっちか選んでください!!』
言ってから、また間違えているのに気がついた。
これじゃどちらも一緒ではないか、選ぶまでもなく。
「愛して欲しいと……言っているのか?お前は、俺に」
エイジはぽぉっと頬を赤く染め、明後日の方向に視線を逃しながら尋ねてくる。
『い、いや、その、あの』
今更間違いでした、なんて言える雰囲気ではない。
否、それよりも。
自分との会話で赤面して恥ずかしがるエイジなんて、久しぶりに見たかもしれない。
幼い頃のエイジは、よくテレたり怒ったり泣いたりと感情を表に出す子供だった。
大きくなるにつれクールになった代わり、感情は奥へしまい込まれてしまい、ランスロットは少々寂しい思いをしたものだ。
エイジは沈黙している。
何か言わなくてはいけない気分になり、ランスロットはモゴモゴと呟いた。
『……えぇと、その。愛するのは、私が、エイジ様を……です』
「えっ」とエイジには驚かれ、何度も間違える自分に嫌気がさしたランスロットは半ばヤケクソになって叫んだ。
『えぇ、そうです、そうですとも!LOVE and LIKEですよ、エイジ様ッ』
「い、いや、LOVE and LIKEと言われても」
言われた方は、訳がわからないだろう。
何故遣い魔がヤケクソになっているのかも。
『もう、にぶいですね!LOVEは愛、LIKEは恋!好きだと言っているんです!私はエイジ様を大好きだと!!』
部屋には沈黙が訪れた。
空気が重苦しい。
何か気の利いた事を言って欲しいと鎧甲冑の中でランスロットは願ったが、エイジは全くの無言である。
目は泳いでおり、むっつり口をへの字に折り曲げている。
あまり、よくない反応だ――そう思ったランスロットは今の言葉を訂正すべく、口を開きかけたのだが。
『い、いや、好きといってもですね、これは』
「なら、俺も返そう」
声がかぶってしまい『えっ?』と首を傾げる間に、エイジが言い直した。
「い……一度しか言わないから、ちゃんと聞いていろ」と前置きしてから、小さく付け足す。
「俺も……ら、LOVE and LIKE……だ」
耳を澄ませていないと聞き取れないほど、恐ろしく小声で。
『えっ?なんですって、エイジ様』
ランスロットが聞き返すと、エイジはかぁっと耳まで赤くなって怒鳴り返した。
「いっ、一度しか言わないと言っただろう!二度目はナシだっ」
エイジは額に汗して狼狽えている。
テレているのは間違いない。
普段のクールさと比較して、あまりにも可愛い反応だったものだから、ランスロットは調子に乗って何度もせっつく。
『そう言わないで、エイジ様。もう一回、もう一回大きな声で言ってくださいませ〜』
実を言うと、ちゃんと聞こえていた。
そりゃあもう、一言も聞き漏らさずに脳内へ浸透させた。
大体エイジの言葉をランスロットが聞き逃すなんて、万に一つもありえないのである。
それでも聞こえないふりをしたのは、嬉しかったから。
何度でも言って欲しかったのだ。
パーシェルのように頭を撫でてもらえなくてもいい。
エイジが、自分の意志で好きだと言ってくれるだけで。
『もう一回、もう一回♪』
「あーっ、もう、うるさいっ。それより晩飯の用意をするぞ、手伝え!」
恥ずかしさのあまり逆ギレするご主人様を台所まで追い回しながら、ランスロットは至福の一日を過ごした。

END