Devil Master Limited

ifハロウィン

今年もハロウィンの季節がやってきた。
そしてバルロッサには、今年こそは絶対に達成したい悲願があった。
今年こそはイタズラと称して、エイジのファーストキスを奪ってやる!
その悲願の中に、エイジの意志は含まれていない。
そもそもファーストかどうかも判らないというのに、勝手に決めつけている有様だ。
しかしバルロッサには確信があった。
エイジは今まで一度も女性とおつきあいしたことがないと。
一度でも女性と交際していたら、自分のように美しくてスタイル抜群の女性を放ってなどおかないと!
世の男性は全てナイスバディな美人に心を惹かれると、彼女は半ば本気で考えていた。
無茶苦茶である。
そんなことを言っているバルロッサ自身は過去に男性と交際した経験があるのかというと、けしてゼロではない。
学生の頃、イケメンを物色してつまみ食いしまくった事もある。
だが、どいつもこいつも真剣になれる魅力を持ち合わせてはいなかった。
今の相手、エイジとは真剣に交際を考えている。
問題はエイジのほうに、まるでその気がない点だった。
「ククク、逆お菓子アタック大作戦で反撃の隙も与えてやらないんだから」
さながら悪人よろしく邪悪な笑みを浮かべて、この日のために用意した酒入りチョコレートの包みを握りしめる。
普段の量より三倍アルコール濃度が高い上、興奮剤だの媚薬だのといった怪しげな薬まで入っている特注品だ。
エイジが受け取ってくれない可能性は高かったが、もし受け取りを拒否されたとしても、こちらには策があった。
エイジはプライベートも謎に包まれている。
噂では遣い魔と同居しているらしいのだが、誰も彼の家でランスロットを見た者はいない。
それどころかエイジの家へ行った者自体、同僚には居ないと言ってよい。
エイジの家の住所は会社のデータベースを閲覧すれば、すぐに調べられた。
会社で菓子類は渡せない。
匂いを嫌った社長命令により、菓子の持ち込みは禁止されている。
仕事がひけたら、エイジの家へ直行するしかない。
自宅へ帰れば、留守番のエイペンジェストと鉢合わせてしまう。
そうなったら最後、彼はご主人様の再外出を意地でも食い止めようとするだろう。
彼は何故かバルロッサがエイジと仲良くするのを、極端に嫌がっていた。
下手に無理矢理魔界へ送り返そうものなら信頼にもヒビが入る。
絶対に自宅へ戻るわけには、いかなかった。
ハロウィン当日、チョコを駅のロッカーへ放り込んでからバルロッサは会社へ顔を出す。
この日ばかりは早起きし、エイペンジェストを感心させて家を出た後、駅へ寄り道してきたのだ。
会社へ持ってきて没収されては、たまったものではないし、家へ置きっぱなしにも出来ない。
そこまで苦労してでも、バルロッサはエイジを自分のモノにしたかったのである。
早く終われ、早く終われ。
そればかりを考えて、仕事が終わったと同時にバルロッサは会社を飛び出した。

駅へ立ち寄って荷物を引き取った後、バルロッサは思案する。
エイジの家まで出向いてもいいのだが、彼の家にはきっと最大の邪魔者、遣い魔のランスロットがいよう。
なんとかして彼一人だけに会えないものか。
逡巡の末に、バルロッサはエイジへ電話をかけた。
「あぁ、エイジ。ちょっといいかしら?例の依頼の件で、少し話したいことがあるの」
『なんだ?会社で言えば良かったんじゃないのか』と至極当然の返事がきたが、声を潜めてバルロッサも言い返す。
「会社では言いづらい事だったのよ……とにかく、今から言う場所へ来て」
近くのホテルの名前を告げると、バルロッサは電話を切り颯爽と歩き出す。
今からホテルの部屋を一つ取っておかねばならない。
チョコを食べたら、きっとエイジはただでは済まないだろうから。
部屋を取って数分と経たないうちにエイジがロビーへ到着する。
自宅アパートへは戻らず、会社から直行したと言っていた。
「ランスロットは?」
念のため遣い魔の居所を尋ねると、エイジは簡素に答える。
「自宅で待機させている。それで?会社で言えない依頼に関する話とは何だ」
単刀直入に切り出されたので、こちらも単刀直入に答えた。
「実はね、このチョコレートなんだけど。ベルベイらしき悪魔遣いが街で配っているのを目撃した人がいたのよ」
もちろん、完全でっちあげの大嘘だ。
エイジは眉をひそめてバルロッサの差し出したメーカー不明のチョコレートの箱を眺めていたが、やがてポツリと意見を言う。
「これを何故、あなたが持っている?」
「もらったって人から受け取ったのよ。ねぇ、どうして彼女はチョコレートを配っていたのかしら」
「どうしてと言われても……」
エイジは包装を開いて、一つ手に取る。
強いアルコールの香りがした。
「中に何か入っているんじゃないかしら?」
「だとしたら、食べるのは危険だな」
結論づけるエイジの側へ密着し、バルロッサは囁いた。
「ね、試しに食べてみてちょうだいよ」
「俺が?」と驚いてエイジがバルロッサを見る。
「こいつはベルベイが配っていたんだろう?だとしたら迂闊に食べるのは……」
「既に多くの人が食べたかもしれない。でもニュースには一つも騒ぎとしてあがっていないわ。毒だったら、大騒ぎになっていると思わない?」
「だからと言って――」
なおも渋るエイジの前で、バルロッサはチョコを一つ掴み取る。
「もう、意気地がないわねぇ。いいわ、それなら私が食べてみる」
エイジは憮然と「意気地という問題じゃない」と文句を言ったが、バルロッサがくちへ放り込む寸前で待ったをかけた。
「待て。あなたに危険を冒させるぐらいなら、俺が毒味する」
「優しいのね」
ここぞとばかりにバルロッサは取っておきの妖艶スマイルを浮かべたが、エイジは見てもいなかった。
じっと不審なチョコを睨みつけ、えいやっとばかりに口へ放り込む。
「俺が倒れたら救急車を呼んで――ッ!?」
最後まで言い終える前にエイジは喉元を押さえると、体をくの字に折り曲げた。
「かッ、かはッ!!」
片手が狂おしげに宙を掴む。
瞬く間に顔いっぱいに汗をかいたかと思うと、エイジは激しく咳き込みながらロビーのソファーに倒れ込んだ。
「きゃあ、大変!エイジ、個室へ行きましょう。そこで手当てしてあげるっ」
バルロッサは叫び、悶え苦しむエイジの肩を担ぎ上げるとエレベーターに乗り込んだ。
先ほどの悲鳴、些か棒読みだっただろうか。
まぁ、いい。物事は順調だ、今のところ。

部屋に入ると、バルロッサはまずエイジをベッドへ横たわらせてからドアの鍵をしっかりとかけた。
エイジはベッドの上で、荒い息を吐いている。
今頃、彼の体内では純度の高いアルコールが火を噴き、得体の知れない薬物が血管を通して隅々まで駆けめぐっている事だろう。
「あ、暑っ、暑いっ」
譫言のように呟き、エイジが乱暴にシャツを脱ぎ捨てる。
シャツのボタンが引きちぎれ、床を転がった。
だが、そんなものよりバルロッサの視線はエイジの薄い胸に釘付けだ。
エイジは滅多なことでは人前で肌を晒さない。
体質的なものではなく内面的な理由だろうとバルロッサは思っていたのだが、どうやら当たりのようであった。
露わになった上半身は、少年かと見間違うほど華奢だ。
肌の色だって下手したら、バルロッサより白いかもしれない。
年頃の女性としては、ちょっと悔しい。
白い肌に、桜色の乳首が二つ浮かんでいる。
それが汗だくになって悶えているのは、エロティックな光景だ。
「う、う、あぁ、きゅ、救急車……」と呟きながら、エイジが口の中へ指を突っ込む。
今更遅い。
一度飲み込んでしまった以上、吐き出すのは無理だ。
「うぅ、あ、あつい、熱いっ、な、なんとかして、くれっ」
全身汗まみれになって、涙を流しながらバルロッサへ助けを求めてくる。
可哀想だが、こうなるのは食べさせる前から判っていた。
否、こうなる事を期待して食べさせた。
「なんとかしてくれって言われても、そうだわ、暑いんだったら下も脱ぎ脱ぎしましょうね。少しでも涼しくなるかもしれないし!」
ふと気を抜けば荒くなる鼻息を怪しまれない程度に押さえつけながら、バルロッサは、いそいそとエイジのズボンを脱がしにかかる。
エイジは全く抵抗しない。
しようにも出来ないのだろう、アルコールと興奮剤が体内で暴れていては。
なすがままに脱がされて細い両足と、ついでにパンツ姿をバルロッサの目前にさらけ出した。
この年頃の青年にしては、すね毛が薄い。
というより、ほとんど生えていない。
バルロッサは、つるりとした太ももを撫でてみる。
きめ細やかな肌だ、エステ通いの身としては羨ましくなるぐらい。
パンツもじっとりと汗ばんでいて、バルロッサの視線に気づいたのかエイジが僅かに足を閉じる。
「あ……あ、み、見てないで水、水を……」
「水ねっ?水が欲しいのね、ちょっと待ってて!!」
これこそ待ち望んでいたチャンス到来。
バルロッサは洗面所へ駆け込んで、水を一杯くちに含むと戻ってくる。
「うぶぶぶぅ、んぶぅ」
頬をパンパンに水で膨らませた格好で、エイジの上にのしかかった。
口移しで水を飲ませる。
つまりはキスしようという腹だが、人命救助と言われればエイジだって納得せざるを得まい。
今まさにエイジとバルロッサの唇が重なろうかという直前、ひゅっと風を切る音が聞こえたかと思うと。
『不埒者!エイジ様から離れなさいッ』
甲高い声が部屋の空気を劈き、バルロッサの視界は一転して闇に包まれた。
「あひゃあぁぁっ!?」と叫んだ彼女は、自分の体が同じ次元にないと判るや、すぐに襲撃の犯人にも思い当たる。
こんな芸当が出来る奴は、一人しかいない。
エイジの遣い魔ランスロットの仕業だ。
遣い魔は悪魔遣いへ攻撃を仕掛けてはいけないルールがあるってのに、堂々と規約違反を犯してくるとは。
どこか遠い場所でエイジが「ランスロット……?」と呟く声や、彼の遣い魔の『エイジ様、今お助けします』といった声を聞いた後、首を胴体のある次元に戻してもらえたバルロッサは回復したエイジから散々小言と文句を受けたのだった。

END