Devil Master Limited

ifクリスマス - サンタクロースに願いを

生きとし生きる者全てが寝静まった、寒い日の晩。
ランスロットは、ふわっと鎧甲冑から抜け出ると、音もなく扉の隙間から表へ出る。
黒い靄は外で人間の形を取り、白い袋を担ぎ上げた。
今日は十二月二十五日。
取り立てて特に何の行事があるというわけでもない、普通の日だ。
だが、ランスロットとエイジにとっては違った。
予めエイジには言ってある。
今日はサンタクロースが願い事を叶えてくれる日だ。
サンタクロースとは何者だ、と訝しがるご主人様に、ランスロットは説明した。
煙突や窓から侵入し、真人間にプレゼントを配る者だと。
実はこれ、ランスロットが思いついたイベントではない。
魔界で聞きかじった、異世界の行事だ。
寝る前に枕元へ願い事を書いた紙を置いておくよう、お願いしてある。
といってもエイジが欲しがるものなど、大体予想できる。
担いだ袋には魔術書、それも人間の世界では滅多に入手できないレアな古書が詰まっている。
エイジは本を読むのが大好きだから、きっと喜んでくれるはずだ。
『さて……それじゃ行くとしましょうか』
極力音を立てないよう窓を開けて中に戻ると、ランスロットは忍び足でエイジの寝室へ向かった。

エイジとランスロットの部屋は別々に仕切られている。
幼い頃は一緒だったのだが、エイジが大きくなるにつれ、ランスロットが別にしようと言い出した。
本当は一緒のままでよかった。
でも、これは区切りなのだ。
ご主人様と遣い魔、という区切りから一歩も越えてはならない。
――そう、言われたのだ。老いた悪魔遣いに。
二人の関係は、あくまでも使役される者とする者であって、恋人じゃなければ友達でもない。
必要以上にベタベタするな。
必要以上に情を注ぐな。
何度も釘を刺された。
だがエイジは全く意に介さず、昔と同じように接してくる。
悪魔遣いの中で彼が孤立しないよう、ランスロットが守るしかなかった。
人の作りしルールを。
今でも一緒に風呂へ入るし、一日中行動を共にしている。
変わったのは部屋割りだ。別々の部屋で寝るようにした。
最初の頃こそエイジは不満を露わにしていたが、そのうち何も言わなくなった。
環境に慣れてしまったのだろう。
そう思うと、少し寂しくもあった。
枕元に忍び寄ると、すやすやと安らかな寝息を立てているエイジが目に入る。
彼の鼾や寝言は聞いたことがない。
ついでにいうと、寝相もいい。
暗がりの中、ランスロットは枕元に置かれたメモを見つける。
大人になっても自分の言うことは、ちゃんと聞いてくれるよい子のままだ。
それでこそ、親代わりとして育てた甲斐があった――などと悦に浸りながら、メモを読んだ。

――ランスロットが欲しい――

えっ?となって二度見するも、同じ事が書かれているだけで、ランスロットは慌ててメモとエイジの寝顔を何度も見比べる。
欲しいとは、どういう意味だろう?
手中に収めるというのであれば、すでに収まっているではないか。
ランスロットはエイジの遣い魔だ。
彼のもの、そう言ってもいい。
それとも、それ以上のものを求められているとしたら?つまり……
ランスロットが興奮で頬を赤らめるのと、エイジがパッチリ目を開いて起き上がったのは、ほぼ同時だった。
「ランスロット」
いきなりエイジに話しかけられ、ランスロットは本気で心臓が飛び出すかと思った。
『きっ、きゃあぁぁっ!?』
元々、気が弱いのである。脅かさないで欲しい。
「すまん」と謝った上で、パジャマ姿のエイジはランスロットをジロジロ見た。
我が遣い魔は何故だか赤い服に身を包み、大きな袋を担いでいて、場違いに派手な泥棒か不審者のようだ。
「だが夜中に寝室へ潜んでくるお前も、どうかと思うが……それに、なんだ?その格好は」
『こ、これはですねぇっ!あの、プレゼントを』
「プレゼント?あぁ、それはサンタクロースというやつが届けてくれる手はずじゃなかったのか」
うぐっと言葉に詰まった遣い魔を見て、エイジは溜息をついた。
なるほど、からくりが読めた。
サンタクロースとは、本来はきっと子供の親兄弟が変装した姿なのだ。
本当に願いをかなえてくれるわけじゃない。
ただ、欲しかったものが手に入る。
普通に渡したのでは面白くないから、夜中そっと枕元において、サプライズ感を味わわせる。それだけのイベントだ。
エイジは子供の頃に家出してしまったから、両親とは今でも絶縁中であり実家に帰ることはない。
彼の親がわりは、ずっとランスロットが務めてきた。
だからこそ子供を喜ばせるイベントを、やってみたかったのに違いない。親代わりの身として。
いつまで経っても子供扱いか。
『あ、あの……』
遠慮がちにランスロットが声をかけてきたので、エイジは促した。
「なんだ?」
『この、私が欲しい、というのは一体……?』
メモをピラピラさせて、尋ねてくる。
もう一度小さく溜息をつき、エイジは視線を部屋の奥へ逃がした。
「なんでもない。忘れてくれ」
『えぇっ?でも、気になります』
珍しく食い下がってくる。
無理もない、自分の名前が書かれていたのでは。
「……だから、欲しいと思ったんだ」
『何がですか?私は元々エイジ様のものではありませんか、エイジ様だけの遣い魔ですよ』
「そうじゃなくて」
視線をランスロットへ戻すと、エイジはきっぱり言った。
「欲しかったのは、お前の心だ」
『ハァッ?』と素っ頓狂な裏声をあげてマジマジと眺めてくる遣い魔に、ごほんと一つ咳払いすると、エイジは言い直した。
「正しくは、お前の気持ち……だな。お前が俺をどう思っているのかを知りたい」
『どうって決まっていますよ。素晴らしいご主人様です』
間髪入れずに答えたら、間髪入れずに却下された。
「社交辞令など聞いていない」
「社交辞令では、ありませんよ』
些かムッとしてランスロットも言い直す。
『私は本当に、知性に溢れた素晴らしいご主人様だと尊敬しているのです、あなたのことを』
「……そんな気持ちが聞きたいんじゃない」
視線を今度は窓の外へ逃がしながら、エイジがポツリと呟く。
『では、どんな気持ちです?』
窓側に回り込んで顔を覗いてくる遣い魔へ、エイジは答えた。
やはり視線は併せず、布団を見下ろして。
「お前は……俺が、好きなのか?好きだとしたら、態度で答えて欲しい。嫌いなら……黙って部屋を出て行ってくれ」
『好きに決まっているでしょう!!』と、勢いに任せて叫んでから。
エイジの視線が頑なに下を向いたままなのに気づき、ランスロットは、はたと思い出す。
そうだ、ご主人様は今言ったばかりではないか。
好きなら態度で示してくれと。
大人になっても時々甘えん坊になる癖は治っていなかったのか。
幼少時代、エイジは時々ランスロットに対してスキンシップを求めてきた。
普段、エイジが感情を表に出すことなど滅多にない。
その彼が甘えてくるのだから、嬉しくないわけがない。
抱きしめてやると、エイジは至福の表情を浮かべ嬉しそうに身を預けてきた。
今度もそうすればいい。
そうすれば、エイジは満足して眠りにつける。
ぎゅっと半身を抱きしめてやる。
すると、腕の中で彼が呻いた。
「……そんなんじゃ、納得できない」
『えっ?』
驚いたランスロットが一旦身を離すと、エイジはまっすぐこちらを見つめて小さく呟く。
「もう、子供じゃないんだ。ハグだけじゃ……嫌だ」
首を傾げる遣い魔へ、かすれた声で囁いた。
「ランスロット……お前は、俺を、どういう風に好きなんだ。母親としての愛情か?それとも」
『そっ、そそ、そ、それは……その……っ』
見つめ合っているだけでも恥ずかしい。
期待と興奮で頬が熱い。
いや、期待?
期待とは一体何を期待しているのか。
ランスロットは我に返り、どうしようもなく狼狽えた。
自分の脳裏に浮かんだ、思いがけない言葉に。
動揺から、思わず言い返してしまった。
ご主人様に楯突くなど、遣い魔として絶対にやってはいけない事なのだが。
『エ、エイジ様こそ!エイジ様こそ私のことを、どう思っているのですか!優秀な遣い魔なのですか、それとも母君の代役ですか!?』
あぁ、いけない。
感情が高ぶりすぎて、涙が出てきた。
じわりとエイジの赤い髪の毛が涙に滲んで、視界が真っ赤に染まる。
その視界が肌色に変わったかと思うと次の瞬間には頬越しに柔らかい感触が伝わってきて、ランスロットは慌てて、ごしごしと涙に濡れた目元をぬぐった。
『え、エイジ様……?』
微笑みを浮かべて、エイジが自分を見つめている。
「すまない、お前を泣かせるつもりはなかった」
『い、いいえ……私こそ、すみません。泣いたりして』
泣きやもうとすればするほど涙が出てくる上、鼻水まで垂れてくる。
どうしようもない状況に焦るランスロットを、エイジは苦笑しながら慰めた。
「いいんだ。駄々をこねたりして悪かった。もう子供じゃないと自分で言っておきながら、何をやっているんだろうな……俺は」
『で、でも、それは、あの、私が……』
しゅんと項垂れるランスロット。
ベッドから降りて、エイジがその頭を優しく撫でる。
「急に変われと言ったって無理に決まっている。無理を言って、すまなかった。お前が俺を大切に想っているのは知っている……ただ」
ぴたりと止まった手に、ランスロットは上目遣いに彼を見た。
『ただ?』
「いや……ただ、たまには大人として相応の扱いをしてほしい。そう願うのも、我が儘か?」
『い、いいえッ!我が儘じゃありません!!』
ぎゅっとエイジの手を握りランスロットが力説するのへは、やはり苦笑で返すと、エイジは、そっと手を握り返した。
「今日じゃなくていい、そのうちに必ずかなえてくれ。楽しみにしているぞ、ランスロット」
『は……はいッッ!!』
耳まで赤くなる遣い魔を見て、ようやく満足してくれたのか、エイジは寝ると宣言し、ランスロットはそそくさと部屋を退散した。
本の詰まった袋を忘れたことに気づいたのは、翌日の朝である。

END