Dagoo

ダ・グー

贈り物は何ですか

十二月になってくると、街が華やいで見えてくる。
それもそのはず、今月は一大イベントがある。
そう、誰もがご存じのクリスマス。
で、私、根本知佳は今、クリスマスのプレゼントを買いに池袋まで出てきたってわけ。
え?誰にって?
ふっふっふ、もちろん決まっています。
蔵田くんにプレゼントしちゃうんです!
実は私、男の人にプレゼントするのって初めてで……あっ、そこォ!笑わないッ。
だって異性の友達って、今まで一人もいなかったんだから仕方ないでしょォ!?
で、何にするか色々考えたんだけど……
服は背丈が判らないからパス。
肩幅測らせて下さーい、なんて頼んだらバレバレだし、そうなると渡す時に一苦労でしょ?
これは靴も一緒よね。サイズが判らないって致命的だわ。
え?下着?とんでもないっ。
私達、まだ全然恋人でも何でもないんだから。友達、そう、ちょっと仲良くなったばかりの友達なのよ。
ネクタイは……制服だから、いらないよね。
ネクタイ締めないとなると、ネクタイピンの線もナシ。
うん、着る物は全体的にパスッ。
でね、次に考えたのは食べ物なんだけど……考えてみれば、彼が何を好きなのか全然知らなかったのよね。
あー、迂闊!あんなにおしゃべりする時間があったのに、好物を聞き出していなかったなんて!
でも今、このシーズンで聞いたら、余計な期待を持たせちゃうし……
「知佳さんの手作りを食べさせてくれるのかい?」
なんて言われたら、絶望的。
だって私、お料理は全然できないんだもの。
包丁だって、まともに使いこなせないのよ?無理無理。
だから、うん。料理の線もパス。
となってくるとプレゼントできる範囲が、どんどん狭くなっていくわけで。
結局、私は妹に頼ることにした。
妹の美佳は、私と違って百戦錬磨。
まだ高校生のくせして、つきあった彼氏の数は総計二十人!
信じられないでしょ?
私よりずっと年下なのに、まだ十七歳なのに二十人もの男性とつきあっていたなんて。
あー、もう。同じ親から生まれてきたのに、この差って何?
神様は不公平だわ、美佳にばかり出会いを与えるんだもん。
……えっと。そうそう、プレゼントの話よね、プレゼント。
私、美佳に直接聞いたの。
男の人にあげるとしたら、あなたなら何をあげる?って。
美佳は笑って答えたわ。
「そんなの決まってんじゃん、カラダだよカラダ」
私、ついカッとなって反射的に妹のほっぺたをビンタしちゃった。
だって、そんなビッチな発言、自分の妹にされてごらんなさい?
私じゃなくても殴りたくなるわよ。
美佳は一瞬ポカンとした後、「ごめーん」って平謝りしてきて、今のはギャグだよって笑ったけど。
言ってもいい冗談と悪い冗談の区別ぐらい、つけなさい。幼い子供じゃないんだから。
プンスカ怒る私に向かって、美佳は言い直した。
「まずは彼氏の好みに併せるかな?んで、好みがよく判んない場合は、お酒かお菓子かアクセかなー」
「お菓子?」
男の人って甘い物は苦手なんじゃないの?
そう尋ね返すと美佳は「おねーちゃん古いっ、今時男子でも甘いもの好きな人ぐらい、いるよ」とケタケタ笑った。
古いって何よ、六歳しか違わないくせして。
「あ、でもね、食べ物は好みが地雷って時もあるからキケンだよ」
まぁ、それはそうよね。やっぱり食べ物は駄目か〜。
「そうだなー、一番無難なのは、本じゃない?」
意外なアイディアが妹のくちから飛び出して、今度は私がポカンとなった。
本を?美佳が?
言っちゃ悪いけど、この子、私と違って本は全然読まない派。
たまに読むとしても、せいぜい雑誌か漫画ぐらいだ。そんな子が、本を男性へプレゼント?
「あ、その顔ォ。バカにしてる」
ぷぅっと頬を膨らませる。美佳は敏感だ、私の表情を読むのが得意でもある。
「ごめんごめん」と、ひとまず謝ってから私は尋ねた。
「例えば、どんな本?」
そうしたら美佳は鬼の首を取ったように、にまりと笑う。
「それは、おねーちゃんの得意分野でしょ?」
再び、えっ?となる私へ、憎たらしくも頼もしい妹は、ニヤニヤ笑いを消さずに続けた。
「おねーちゃん、司書さんじゃない。本の苦手な子でも読める本を探すのが上手いって、皆から聞いてるよ」
やだ、この子ったら。どこで私の仕事っぷりを聞いてきたのかしら。
美佳は私の勤める学園には通っていない。一駅向こうの女子校へ通っている。
だから私の仕事に関しても、興味がないとばかり思っていたんだけど……
「付け焼き刃で自分が詳しくないものをプレゼントしたってねぇ、すぐバレちゃうもんだよ」
ぽかんとする私の前で、美佳が一丁前に講釈を垂れてくる。
「それよっか、自分が詳しいものをプレゼントした方が、より好感度も高くなると思わない?」
さすが恋愛の百戦錬磨、プレゼントを貰う側の気持ちも心得ている。
「なるほどねぇ」
でも素直に褒めるのは悔しくて、さりげなく判ったフリをしてみた。
すると美佳が顔を近づけてきて、囁いた。
「で?」
「で、って?」
「だからぁ、誰?誰にプレゼントを買う予定?」
にまにま笑いが、ひときわ濃くなる。
そうきたか。ま、そうこない方がおかしいというもの。
何しろ、この私ときたら男性とのおつきあい経験は、まるっきりゼロ。
清々しいぐらい恋人履歴がないったら、ない。
そんな姉が唐突に異性へのプレゼントだなんて言い出したら、どんなに勘の鈍い家族でも気づくはず。
ははぁ、こいつは恋をしているぞ……ってね。
私はコホンと咳払いして、妹の好奇心を退けた。
「内緒。まだ紹介できるほど親しくないから、そのうちにね」
「そのうちっていつゥ?親しくなる前に破局しちゃうんじゃないの」
酷いこと言うわね、妹のくせに……あぁ、むしろ妹だから?遠慮がないのは。
「あのね、美佳。私と蔵田くんは、まだ恋人でも何でもなくて」
「蔵田さんって言うんだぁ〜。どんな人?イケメン?背ェ高い?スポーツマン?」
「ちょ、ちょっと」
「つきあい始めたのは、どっちから?まさか、おねーちゃんがナンパしたとか?ないよね、ナイナイ!最初の出会いは、どんな感じ?イケボ?マジ抱かれたいタイプ?それとも意表を突いてカワイイ系?」
多感な年頃の女子高生は、好奇心が飽くなきもので。
ずいずいと壁際まで迫られて、私はついに音を上げた。
「だから!まだ友達なの、私の勤め先に来たガードマンで!格好いいわよ、顔も声も!イケメンボイスだしッ。でも、それで好きになったわけじゃないんだから、誤解しないでよねッ」
ぜぇぜぇ。
肩で荒く息をする私に向かって、美佳ったら呆れた調子でポツリと一言。
「おねーちゃん。妹にツンデレて、どうすんの?」
かと思えば、いつも持ち歩いている鞄を手に取り戸口へ向かう。
「ほぉらぁ、何してんの?さっさと行くよ。おねーちゃんの得意分野が売られているトコに」
「へっ?」と状況変化が飲み込めず、ぽかんとする私へ妹が催促してくる。
「プレゼント、買いにいくんでしょ?早く買ってこないと、今日中に渡せないよ」
そうなのだ。
今日はクリスマスイヴ、だというのに私ったら今日になるまで、そのことをすっかり忘れていて。
仕事に忙殺されていたってのもある。
学校の司書といっても、忙しい時は本当に忙しいのよ。
本の整理、新刊の入荷、生徒達の貸し出しカードのチェック、などなど。
なので仕事が終わった後、こうして妹と話し込んじゃっていたわけなんだけど……
時計を見ると、もう夜の九時を回っている。本屋さん、閉まっちゃったんじゃないかなぁ。
「池袋なら、まだ開いているんじゃない?」と、またまた美佳が意外性を発揮する。
あなた、本屋に立ち寄ることなんて、あるの?
しかも何故、池袋?
「前のカレシが本好きでさー、あ、本っつってもラノベ?なんか、そういう系の小説」
あぁ、そう。カレシの好きな物に詳しい女の子って結構いるよね。美佳も、その手のクチだったんだ。
ま、とにかく。
私達は取る物も取らず、急いで家を飛び出して。一目散に本屋へと向かったのだった。

さて。池袋に来てみれば、美佳の言うとおり本屋はまだ開いていた。
それはいいんだけど、どんな本を買っていこう?
蔵田くんに似合う本……
あの人、どこかホワホワしていて、のんびりした雰囲気を感じる。
かと思えば熱血な部分が飛び出したり、話聞き上手だったりして、気がつくと私ばかり話していたりする。
本は、あまり読まないって言っていた。
けど私が本の話をすると、すごく喜んで聞いてくれて。
今度なにか読みたい、とも言っていたっけ。なら、心の温まる童話なんて、どうかしら?
うーん、でも童話を大人の男性にプレゼントするのは、ちょっとねぇ。
私が童話のコーナーで固まっていると、美佳が横から手を伸ばしてきて、一冊の本を手に取った。
「あ、これぇ。あたしが小学生の時、推薦図書だったやつじゃん?懐かしー」
「童話が?」
美佳は、小、中どちらも私とは違う学校に通っていた。
私の学校では小中共に推薦図書指定は小説だったけど、彼女の学校では童話だったのか。
「あー、うん。童話だけどコレ、切ないんだよねェ」
「読んだの?」
「うん、だって宿題だかんね。読まないとクリアできないじゃん」
クリアって、あなたゲームじゃないんだから。
題名は『雪のひとひら』。
私は小説には詳しいけど、童話は、あまり詳しくない。
「どういうお話なの?」と美佳に尋ねたら、妹はちょっと驚いた顔をした。
「へぇ?おねーちゃんでも知らない本があるんだ」
「そりゃあ、全部に目を通しているわけじゃないもの」
いくら司書ったって、いくら本好きったって、全ての本を読んでいるわけじゃない。
「あぁ、そう、あらすじね。えっとねぇ、雪と雨が出会って恋をして子供が産まれるんだけど色々あって、えぇと、そう火事とか?家族と離ればなれになるんだったかな。なんか、そんな話」
駄目だ、こりゃ。美佳から聞くより、直接自分で読んだ方が早そう。
「よし、じゃあそれも買っていきましょう」
「も?」
「他にも良い本あったら、それも買っていくの」
童話の他に自分のお気に入りの小説を何冊か、それから新刊で良さそうな本を何冊かレジへ持っていくと。
そこから、私の勤め先である常勝学園へ急いだ。


どんなに急いでも学園に着いたのは、夜の十一時。
さすがに、こんな時間へ学校に来たのは初めてで、だんだん心細くなってくる。
というか蔵田くん、いるのかしら……?もう帰っちゃったんじゃないかしら。
あと、できれば美佳とは途中で別れたかったんだけど、この子ったらついて行くの一点張りで。
電車の中で押し問答しているうちに、一緒に来てしまった。
「正門閉まっちゃってんねー」
ちょ、ちょっと美佳、何しているの!
あの子ときたら勝手に正門をガチャガチャ押したり引いたりして、首を傾げているじゃないの。
開いているわけないでしょ、今が何時だと思っているの!?
あー、やっぱり明日渡そうかな。今日じゃ遅すぎるし。
……なんて思っていたら、壁の向こうから声をかけられて、私達姉妹は飛び上がるほど驚かされた。
「よぉ、ネーチャン達。こんな処で、何やってんだ?」
「だっだっだっ誰!?」
泡食った美佳の誰何へ答えるかのように、人影が姿を現す。
それは髭もじゃのオジサンで、とても教師ともガードマンとも思えない人物だった。
「誰って、俺ァガードマンの助っ人やってる御堂順ってモンよ」
「が、ガードマンの助っ人?」
美佳の声が裏返る。私はもう、驚いてしまって声も出ない。
髭もじゃの怪しいオジサンは、私と美佳を上から下までジロジロ眺め回した後に、ポンと手を打った。
「あ〜っ。おめぇさんが、もしかして司書さんってやつか?ダグー、じゃなかった蔵田の野郎がオネツっていう」
「はぁっ!?」と今度は私が声を裏返らせる。
オネツって何の話?それって、つまり蔵田くんが私を、す、す、す……好きってことォ!?
「あー、根本さんじゃん!なんだって、こんな時間に来てるんで?」
騒がしい声が夜中の空気を劈いて、そちらを見やれば、茶髪のガードマンさんが私を指さして喜んでいた。
えっと……お名前、なんでしたっけ。岸……なんとかキシさん?
「ちわーっす!」
満面の笑みで会釈されたので、私もぎくしゃくと挨拶を返す。
美佳が嬉しそうに私の耳元へ囁いてきた。
「あらあら〜?おねーちゃん、随分と人気者ですコト」
も、もうっ。いいから、あなたは黙っていなさい。
「あ、あの……蔵田さん、は……?」
恐る恐る先ほどのオジサンに尋ねると、オジサンは、にま〜っと笑って顎をさすった。
その笑顔、怖いんですけど……
「ア〜ン、蔵田か?奴なら用務員室で茶ァ飲んでいるが、どら、ちょっくら行って呼んできてやらぁな」
お茶を飲んでいるってことは、そろそろ帰る時間だったのね。
それで、えっと、もう一人のガードマンさんや、このオジサンが正門前に来ていたって事なのかしら。
ガードマンの助っ人って、いまいち意味が判らないけど。
補充要員かしら、要するに。
オジサンは走っていったかと思うと、すぐに蔵田くんをつれて戻ってくる。
「知佳さん!どうして、こんな時間に?」
蔵田くんには心底驚いた顔で見つめられて、私は猛烈恥ずかしくなってきた。
どうしよう。
プレゼントを渡すことだけ考えていたけど、こんな大勢の前で、とは予想していなかった。
心なしか茶髪ガードマンさんとオジサン、それから美佳達の視線も痛いし。
皆、ニヤニヤしながら私と蔵田くんを交互に見つめているみたい。
「あっ、と……ここじゃ寒いよね。よかったら中へどうぞ」と誘ってくれる蔵田くんを遮って、私は小声で囁いた。
「あ、あの……ちょ、ちょっとだけ、こっちへ来てもらえる?」
「え?ここじゃ駄目なの」と言いかけて、すぐに彼は察したのか、快く頷いてくれた。
「うん、判った」
蔵田くんをつれて正門から離れると、すぐに背後から美佳の声が追いかけてくる。
「あらあら〜?二人っきりで愛の語らいタイムのお時間ですか、おねーさま」
「あぁん?もしかして、ネーチャンなのか?おめぇの」
オジサンの質問へも、イヤラシイ響きのある声で妹が答えた。
「そぉですよぉ〜。聞いて下さい、ああ見えて酷い姉でしてねー。あぁーん、愛しの蔵田さぁんに会うんだ!つって、あたしをココまで引きずり回したんですから」
ち、違うでしょっ!勝手についてきたのは、あなたじゃない。
もう、帰ったら酷いんだからね美佳のやつっ。
どうせひっぱたいたところでジョーダンだよって笑うだけだろうけど、我が妹ながら憎たらしい。
ぷりぷりする私に気兼ねしたか、それとも気を紛らわせてくれようとしたのか。
蔵田くんが不意に私の手を握ってくるもんだから、私は思わずドキィッ!として、彼をビックリした目で見上げた。
「今日は会う時間がなくて言えなかったけど、メリークリスマス」
私が驚いていても、全然気を悪くした感じはなくて。そう言って、蔵田くんがニッコリと微笑む。
やだ、こんな間近で微笑まれちゃったら……頬が熱くなっているのが自分でも判る。
それに蔵田くんの手、暖かい……大きな手。
男の人と手を繋ぐのも初めてだと思った瞬間、私は一気にドキドキが止まらなくなってしまった。
やだ、どうしよう。こんなんでプレゼント、渡せるの?
ちゃんと説明できるかしら……彼と目を合わせないようにしながら、私は鞄から本の入った袋を取り出す。
彼にあげる本は電車の中で一冊に決めた。
美佳オススメの童話、『雪のひとひら』。
ちゃんと電車の中で私も読んで、これだ!って思ったの。
けして愉快なお話ではないけど、切なくて、でも恋する気持ちが一杯詰まっている。
これならクリスマスに読むのも悪くないかなー、なんて思って。
うん。
そっと本を差し出すと、蔵田くんは一瞬「ん?」って顔をしたけど、すぐに笑顔に戻って受け取ってくれた。
私は話し出す。
童話のあらすじを。
そして、このプレゼントに秘められた、私の想いも――


――言えたら良かったんだけど、ね。
さすがに、それは無理ってもので。
だって。
「……蔵田さん、帰りが遅いと思いましたら、一体何をやっておられるのですか?」
冷え冷えとした声が、まるで地の底を蠢くかのような音色で響いてきて。
ハッとなって蔵田くんと二人、そちらを見ると。
黒服の、それも目の覚めるような美青年が何故か悪鬼羅刹の表情で私を睨んでいて。
鬼も裸足で逃げ出しそうな怨念籠もった眼差しと見つめ合った瞬間、私はパニックに陥った。
「駄目だよ、犬神くん!こんな処で、おいぬ様を出しちゃ」
蔵田くんが彼に駆け寄り、宥めるのを背中に聞きながら。
私は美佳の手を取り、ダッシュでその場を逃げ出した。
本能が告げている。
やばい、ここにいたら殺される――いえ、冗談じゃなく本気で!
去り際、蔵田くんへ大声で叫んだ気がする。
「ごめんなさい、蔵田くん、メリークリスマス!すみませーんっ」って。
多分、蔵田くんには全部聞こえなかったと思うけど。
だって、私自身でも聞き取れないほど息が切れていたんだもん。
妹と二人、必死の思いで自宅に逃げ着いたのは深夜零時を過ぎた頃。
さすがに夕飯を食べる気力もなく、私達はベッドにあがるやいなや、眠りに落ちたのだった。
せっかくのクリスマスイヴだったのに、こんなグダグダな終わり方をするなんて、あーあ。
……けど、来年こそは絶対!
絶対、いいムードのクリスマスにしてみせるんだから。
だから来年も友達でいてね、蔵田くん。
いいえ……友達以上になって下さいね、蔵田くん!


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End