Dagoo

ダ・グー

9.放課後のテロリスト

いくら同じ女の子に情報を聞かないようにしたって、学校とは狭い空間だ。
一ヶ月も経たないうちに、ダグーは校内で注目の的になっていた。
最初はイケメンの警備員がいる、その程度の噂だった。
それが、いつの間にか全学年の女生徒内で話が広まり、携帯電話で隠し撮り画像が回されて、今じゃファンクラブまで出来ている。
その扱いたるや、巷のアイドルも顔負けである。
そのような噂があがれば、当然教師の耳にも入るはずだ。
だが子供達も馬鹿ではないから、本人に迷惑のかかるような真似はしない。
先生や本人の与り知らぬ水面下で、日に日に人気は高まっていった。


その日、用務員室へ入った直後にダグーは山岸に絡まれる。
「いい加減やめとかねーと、ガッコに出入り禁止になっちまうぞ」
「えっ?何がですか」
「まぁ、こいつを見てみろ」と携帯電話を差し出したのは大原だ。
画面を見ると、司書の知佳と話す自分が写っている。
あきらかに隠し撮りと判る画像だが、いつ撮られたのかは記憶にない。
「これ、大原さんが撮ったんですか?」
「違うわ、馬鹿。生徒が持っとったのをコピーして貰った」
大原は苦笑して画像を消すと、携帯電話を懐へしまう。
「お前さんの写真が生徒の間で出回っとるらしいぞ、大量にな」
「どうしてですか?」
本気で判っていないっぽいダグーの胸を、山岸がどついてくる。
「そりゃあオマエ、毎日毎日ナンパしてりゃ〜噂にもならァな」
「ナンパじゃありませんよ、雰囲気掴みの為の情報収集です」
しっかり山岸の間違いを訂正して、なおもダグーは首を捻る。
「噂になったとしても、でも、どうして俺の写真を?」
「そりゃ決まっとる。お前さんがイケメンだからだよ」
「冗談じゃねぇッスよ、大原さん!」
鼻息荒く怒鳴ったのは山岸だ。
「こいつと俺のどっちがイケメンだっつーんですかぃ!?」
大原が笑った。
「俺に聞かれても判らんよ。放課後、女の子達に聞いてみろ」
「この俺が来た時は全然噂にならなかったっつーのに、こいつだけ人気が出るとか、絶対アリエネェェ……!ぜってぇー放課後ウロチョロしまくった結果が原因だ!そうだろッ!?」
ビシッと指を突きつけられ、ダグーが反論する。
「そうかもしれません、でも」
「でもも、クソもねぇ!蔵田、オマエは放課後、生徒達に話しかけんの一切禁止!じゃねーと学長にチクんぞ、このことを!?」
理不尽な嫉妬を押しつけられては困惑する事しきり、だ。
少女達が山岸に興味ないのは、彼女達の勝手だろう。
人気を弱みと取られるのは、ダグーとしても心外だ。
それに弱みというなら、こちらはもっと大きな弱みを握っている。
不審者の件を学園長に申告してやろうか――
なんて一瞬芽生えた邪心を頭から振り払い、ダグーは考え直す。
年季の長いガードマンと、入ったばかりのガードマン。
信用するとしたら、どちらの発言を学長は信じるだろう。
学校を追い出されたら、何もかもが終わりだ。
不満に曲げていた口元をゆるめ、ダグーは頭を下げた。
「判りました。以後、生徒達に話しかける真似はしません」
「ケッ!判ればいいんだよ、判れば!」
大原がいなければ、床にペッと唾でも吐きかねない鼻息の荒さだ。
「いいかぁ?オマエから話しかけるだけじゃねぇ、向こうから話しかけられても無視しろよ、一切!」
ハイハイと表面上は反省したフリをして山岸へ頷きながら、今後は女の子達にも箝口令を敷かなきゃな、と思ったダグーであった。


翌日の放課後――
山岸や大原が来ていないのを確認してから、ダグーは聞き込みを開始する。
生徒達との接触をやめるつもりなど、更々ない。
元々ここの生徒に用があるから、警備員の真似事までして入り込んだのだ。
今更やめるわけにはいかない。
そう、イジメで困っている少年を見捨てるわけにはいかないのだ。
クライアントの顔を思い出そうとして、ダグーは二、三度、首を捻る。
緑 秋吉……影の薄い少年だった。どんな顔をしていたっけ?
思い出そうとしても、何故か脳裏に浮かぶのは知佳の顔ばかり。
司書の彼女とは、あれから何度か話をしている。
最初の頃こそ真面目にいじめ問題について口論をかわしていたが、気がつけば、彼女の趣味である読書の話や学校の七不思議など、どうでもいい雑談ばかりしている毎日だ。
知佳とは、やけに馬が合う。
きっと彼女も、こちらへ好意的なおかげだろう。
三人のいじめっ子に関する情報も、だいぶ出揃ってきた。
今や彼らの席や趣味は勿論、女の子の好みまで把握している。
女の子とは、おしゃべりな生き物だ。
神隠しの件についても、まだ何か聞き出せるかもしれない。
何日も聞き込んだ結果、行方不明になった者は確かにいるらしい。
ただ、長くても三日と経たずに戻ってくる。
その間の事を本人はおろか、周囲の人間も覚えていない。
なのに、神隠しの噂は広まっている。矛盾していた。
どこで聞いたのかと尋ねても、女の子達は口を揃えて、こう答えた。
「さぁ……噂だから」
意識していない状態で聞かされて、なんとなく記憶に残ったのだ。
だから、噂の情報源を覚えていない。
そして被害者の名前も当然知らない。
神隠しにあった本人を捜すのは、予想以上に手こずりそうだ。
今日は、誰に話を聞こうか。
まとまって下校するグループは、大半が声をかけ済みだ。
同じ生徒と接触を繰り返すのは、余計な情を抱かせる。
たまには一人で帰る子からも話を聞いてみるか――
そう思い、下駄箱に寄りかかった少女へ声をかけた。
「ねぇ、いいかな?そこの君」
くるっと大袈裟に振り向いた少女が、上目遣いで応える。
「やだぁん、ナンパ?うふっ、アタイはお安くないわヨォ」
えっ、となるダグーにぐいぐい近づいてきた女の子が言うことにゃ。
「アタイだって忙しいのッ。ガッコで皆の話を聞かなきゃいけないし♪ちゅ〜わけで、イモい警備員と話す暇なんかなくってヨォ?」
顔は可愛いしスカート丈も短いしで今時の女子高生なのだが、しゃべり方がオカマ臭い上、妙に芝居がかっている。
大丈夫なのか、この子。
「あ、あの、君、ここの生徒だよね?」
一応確認を取ると、女の子がバチーンとウィンクしてくる。
「あたり前田のクラッカ〜♪」
今時、昭和のオッサンでも言わないであろうギャグを飛ばしてきた。
制服は皆と同じなのに、この壮絶な違和感は何だ。
額に冷や汗を滲ませるダグーの後ろで、犬神の声がした。
「あれ、笹川さん?どうして、あなたが此処にいるのですか」
途端に「いやーん、昔の馴染みが現れた!」と、ぶりっこする女子高生。
ダグーも慌てて振り向いた。
「笹川さん、だって!?」
笹川という名前には聞き覚えがある。
潜入調査を始める前、犬神に忠告された要注意人物だ。
新宿を根城にしている厄介者。
だが、そいつは男だったはず。
もう一度、少女のほうへ振り返る。
女子高生は口元に両拳を当てて、ふるふる首を振っていた。
短いスカート丈から伸びる生足は、つるりとしている。
腕も然り、むだ毛の処理はバッチリしてある。
顔だって童顔で可愛いし、黒い髪はサラサラのロングヘアー。
どこから見ても普通の女の子だ。
口調が妙にオカマくさい点を除けば、だが。
「……これが?」
ダグーの額を伝って汗が落ちてくる。
犬神は、さらりと答えた。
「えぇ、そうです。彼の十八番ですよ、女装は」
女装って。
いや、女装なんてレベルじゃない。
無化粧で、ここまで女子高生になりきれる男がいるのか?
ダグーが反論するより先に、本人が正体を暴露した。
「チッ、まさか犬神くんまで来ていようとは誤算だったワァ〜」
口調はオカマのままなれど、鼻にかかる甘ったれた声じゃない。
やや高音だが、男の出すアルトな声だ。
ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回し、長い髪をすぽっと外す。
つけまつげを外した顔を見て、ダグーはあっとなる。
こいつは往来で進路妨害してきた、あの男じゃないか。
では、あの時の男が笹川だったのか!
「僕だって、あなたと此処で出会うとは思いませんでしたよ」
犬神が笹川を睨みつける。
「どうして、ここにいるのですか?」
「そっちの彼と一緒だよ」と言って、笹川は肩をすくめる。
「俺も依頼で、ここに入り込む必要があってね」
「それで女学生の格好を?」
「この格好だとDKが大量に釣れるから、やりやすいんだ」
情報収集の為に女装までするとは、さすがに、そこまでの勇気、ダグーにはない。
「何を調べているのか――聞いたところで、答えてはもらえないんでしょうね」
冷え冷えとした犬神の問いに、笹川が笑う。
「まぁね。そっちも言わないんだろ?」
「当然です」と言いかける犬神を遮って、ダグーが答えた。
「いや、そちらの持つ情報次第では協力できるかもしれない」
「ダグーさんっ!?」
驚く犬神を目で制し、ダグーが続ける。
「あなたの噂は聞いていますよ、笹川さん。何処へでも潜り込める厄介な人らしいですね」
「ソースは犬神くん?」
笹川はニヤニヤしながら犬神を見る。
視線があうと、犬神の眉間には幾筋もの縦皺が寄った。
「世界中どこでもフリーパスの人間が、ただの私立高校に野暮用で忍び込むとは思えません。それに、あなたは以前、俺にこう言った。悪魔が、お主の行く手を遮る……と。もしかしたら、俺とあなたの追いかけるものは同じかもしれない」
「へぇ?」と口の端を歪め、笹川は笑った。
「以前の忠告、覚えていてくれたんだ。意外と記憶力がいいんだな」
「意外と、とは何ですか!」
犬神が声を荒げる。
自分の為に怒ってくれるのは嬉しいが、今は笹川との交渉が先だ。
そっと犬神の手を握り、気を落ち着けさせると、ダグーは続けた。
「この学園に悪魔が現れるって、あなたは予言した……いや、予め知っていたんだ。違いますか?」
両手を広げて、笹川が首を振る。
「違わないね。予言じゃない、事前に情報を掴んでいたんだ」
「なら何故、今頃になって来たんです」と、これは犬神の質問に、笹川はニヤニヤ笑って答えた。
「そりゃ〜、こっちにだって準備ってもんがあらぁね。俺は一応、手に職を持っているからねぇ。そっちの彼と違って、いつでもってわけにゃいかねーのよ」
だが、と付け加えて仁王立ちする。
「やっと準備が整った。だから、ひとまず手始めにJKに変装して、今の学園の様子を探ろうとしていたってわけさ」
「えぇと」
そこが、どうにも判らない。
何故女子高生に変装する必要があるのか。
ダグーのように警備員になりすますなど、潜り込む方法は幾らでもあろう。
「何故JKに変装するか?何故なら、俺の女装は百パーセント完璧だからッ!」
右手を上にあげ左手は水平に構えて、ビシッとヘンテコなポーズを決めて笹川が断言する。
「でも、犬神くんには見破られたじゃないですか」
ダグーが突っ込むと、笹川はダグーの額をツンツン人差し指で突いた。
「見事に騙されていた奴が突っ込むんじゃありませんッ」
見事にって断言されても困る。
言っちゃ悪いが、オカマくさいのには違和感を覚えていた。
しかしダグーの言い訳など笹川は聞く耳を持たず、勝手にスタコラ用務員室へと歩いていく。
「お前らのアジト、こっちだろ?俺も協力してやるよ」
「待って下さい!まだ、あなたの目的を聞いていません」
引き留める犬神へは目線だけ向けて、笹川はニッカと笑った。
「安心しろ、俺の目的も悪魔退治だ。目的は一緒だよ、途中まではな」

――かくして。
変な女子高生、ならぬ女装の達人が仲間に加わった。

「それはいいんだがよ」と、さっそく御堂がケチをつけてくる。
「こいつ、役に立つのか?」
こいつと指をさされても笹川は平然としたもので、相変わらず女子の制服のままだが偉そうに探偵を見下してきた。
「あぁ、少なくとも、あんたよかぁ役に立つよ?俺は」
「ほぉー。強気に出たじゃねぇか」と御堂も張り合って睨み合う。
「じゃあ、さっそくだが今夜の見回りは、俺と組んでみるか?」
「ご冗談」と笹川が、せせら笑う。
「足手まといと判っているオッサンと誰が組みたいかよ」
両者ともに険悪な雰囲気になるのを救ったのは、大原だ。
「ま、まぁまぁ。我々が仲違いしても始まらんだろ。笹川さんも大事な仲間だ、仲良くやっていこうじゃないか」
皆には協力者の一人だと説明した。
それだけで、事情の判っている面々は納得してくれた。
山岸と大原も、あえて詳しくは聞いてこなかった。
猫の手を借りてでも、この騒ぎを早く終わらせたいのだろう。
「とりあえず仲間だというなら制服を貸したまえ」
何故か偉そうな笹川に、大原が首を振る。
「制服は着任の時に渡されるっきりでな、予備はない」
「ほら、代わりにコレでも着ていろよ」
山岸が放り投げてきたのは、生徒用のジャージだ。
長らく落とし物として保管されていたのか、少々かび臭い。
だが何が嬉しいのか笹川は「オッケー!」と叫んで親指を立てると、嬉々としてジャージを胸に抱えて走り出す。
戸口の処で一旦止まり、振り返った。
「……覗いちゃ、イヤよ?」
「いいから、さっさと着替えてこい!!」
皆のブーイングを背に浴びて、笹川はスキップで出ていった。
着替えるなら、ここで着替えればいいのに。
ダグーはそう思ったが、口には出さないでおいた。
引き留めれば引き留めたで、また変なことを口走りかねない。
どうにも性格の掴みづらい相手だ、笹川という男は。
不意にキョロキョロと部屋を見渡し、御堂がぼやく。
「……そういや、佐熊は?まだ来てねーのか」
答えたのは犬神だ。
「今日は休みたいと、僕の事務所に連絡がありました」
「けぇー?休みだぁ?勝手なヤロウだぜ」
御堂がぼやき、ダグーも目を丸くする。
依頼主は自分なのに、佐熊は犬神にだけ連絡を入れたのか。
それに彼が一番嫌っているのは、犬神だと思ったのだが……
もしかすると、佐熊はツンデレというやつなのかもしれない。
「うふっ。お・ま・た〜」
笹川がジャージに着替えて戻ってきた。
改めて、ダグーが場を取り仕切る。
「笹川さんは大原さんと組んで下さい。俺は犬神くんと、御堂さんは山岸さんとで」
「リョーカイ。要するに、いつものメンツだな」
バシッと両手を打ち付け、山岸が笑う。
それにマッタをかけたのは、新参者の笹川だった。
「いぁ、俺はダグーちんと組ませてもらうよ?そっちのほうが何かと動きやすいんでね。犬神ちんは大原さんと組みたまえ」
新参者のくせして、態度がでかい。
たちまち山岸と御堂のこめかみにはビキビキと青筋が走り、ダグーが慌ててフォローに入る。
「ど、どうして俺と一緒に組みたいのかな?」
「え〜。だってぇ、夜の学校って暗くて怖いんでつ」
上目遣いにかわいこぶって、ウィンクしてきた。
今は女装していないから、普通に気持ち悪い。
「ダグーちんが手をぎゅっしてくれないと、怖くて一歩も前に進めないでつ。お願いダーリン、一緒に組んでチョンマゲ?組んでくれないとガチしょんぼり沈殿丸だぉ」
昭和と平成がブレンドされていて鬱陶しい事、この上ない。
それはともかく、笹川が暗所恐怖症とは知らなかった。
そういう大事なことは、事前に話して欲しいものだ。
困惑するダグーの袖を引っ張り、犬神が耳打ちしてきた。
「このまま揉めていても、らちがあきません。今日だけでも許可してみては?」
「しかし、いいのかい?君は俺以外と」
ダグーの心配を遮り、犬神は微笑んだ。
「構いません。一日程度でしたら」
犬神の気遣いに感謝して、ダグーは渋々変更を認める。
「判りました、判りましたからギャル語は止めて下さい。その代わり今日だけですよ?俺と組むのは」
「やたー!ダグーちん大好き、愛してるゥ」
途端に笹川が万歳して抱きついてくるものだから、山岸と大原は超ドン引きして遠目に眺めてくるし、御堂は御堂で、判ったような顔で頷いているしで。
「ち、違うんです!別に、そういう関係じゃありませんから!ちょっと止めて下さいよ、笹川さん!!」
笹川を引き剥がそうとダグーは悪戦苦闘。
しかし笹川も然る者、すっぽんのようにしがみついて離れようとしない。
「ダグーちんのココんとこ……あったかい」
お腹にスリスリ頬ずりされて、ダグーは全身総毛立つ。
ただでさえ良い印象のない相手だというのに、こんな気持ち悪い真似をされたら鳥肌の立たぬ訳がない。
「いい加減にして下さい!」
ふと犬神が静かなのに疑問を持って、そっとダグーが彼を振り返ってみると、犬神は無表情、且つ無言で小箱を取り出していた。
「……おいぬ様に、詛わせてやる……」
ぼそっと呟く彼にも、ダグーは叫んだ。
「ダメー!おいぬ様を出しちゃ、駄目ー!!」
初日から、こんな調子では思いやられる。
自分で誘ったとはいえ笹川という厄介な人物を前にして、ダグーは激しい目眩を感じた。


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