Dagoo

ダ・グー

1.トレジャーハンター

ここら一帯は、いつでも勢力争いに巻き込まれてきた。
だから森の中で火災があったと聞いても、ヴォルフは驚かなかった。
トランシルヴァニア。
東と西の山脈に囲まれた一部の地域を、そう呼ぶ。
かつては公国を名乗っていた時期もあったが、ポーランド遠征を区切りに衰退し、今では見る影もない。
今度はどこの侵略だろう。
地方紙を隅々まで眺めてみたが、どこにも書かれていない。
或いは、ただの山火事だったのだろうか。
火災の原因がなんにせよ、面倒ごとには巻き込まれたくない。
ここも、そろそろ引き上げ時かもしれない――

ヴォルフはトレジャーハンターを生業としている。
本名を名乗らず、ヴォルフで通している。
トレジャーハンターと言えば格好いいが、要は遺跡泥棒だ。
過去の建造物や土の中から、お宝を掘り出して故買屋へ売りつける。そうした職業だ。
まっとうな職だと胸を張って言えたもんじゃない。
ヴォルフが天涯孤独の身の上だからこそ、できる職であった。
今狙っているのは、公国時代の古物品だ。しばらく、森の奥深くでキャンプ暮らしをしている。
街に滞在できるほど、懐事情は裕福ではない。手持ち金は、既に底をつきかけていた。
儲けた金は大抵、旅費と生活費に消えた。中でも一番かかるのは食費だ。
なにしろ、大食いである。
ヴォルフは二メートルを越す巨漢だ。腕まわりなど、常人の二倍以上はある太さだ。
フルに活動するとなると、それ相応の量を必要とする。
トレジャーハンティングは肉体労働であり、けして楽な職業ではない。
がたいが大きく力持ちのヴォルフには、うってつけの職であったが、金がかかるのが難点であった。
にも関わらず彼は長いこと、この職を続けていた。相棒もつけず、たった一人で。

野外暮らしの夜は寒い。
襲いかかってくる野生動物は そうそういないが、暖房と調理もかねて、たき火を起こす。
パチパチと木のはぜる音を聞きながら、ヴォルフは考えた。
今回のターゲット――失敗だったか?
ここだという地点を軒並みほっ繰り返してみたのに、今のところ確実にアタリと思える物は掘り当てていない。
公国が存在していたのは、百年前だ。そう大昔でもない。
食器やガラクタは山ほど見つけたが、これでは駄目だ。大した値では引き取って貰えない。
ここらで一発、ラーコーツィ・ジェルジ一世の縁の品でも見つかれば、故買商にふっかけてやれるものを。
不意にガサッと背後で木々が鳴り、ヴォルフは咄嗟に身構えた。
こんな森の奥まで入ってくる物好きは、そうそういない。
いるとすれば、野生の獣ぐらいだ。
だが、たき火をたいているのに近づいてくるとは――
暗闇に目をこらす。静寂に耳をすます。
すると、小さな、ハッハという息づかいが聞こえてきた。
「獣、か?」
薪に火を取り前方を照らすと、キランと二つの瞳が光る。
やがて、のそのそと姿を現したのは狼であった。
それも、小さい。まだほんの子供の狼だ。珍しい。
この地方では見かけない、灰色の毛並みをしている。
「おぅ、どうした?親とはぐれたのか」
ヴォルフは狼に声をかけ、リュックから乾し肉を取り出した。
野生の狼は、滅多なことでは人間を襲わない。
もし襲いかかってきたとしても、撃退できる自信がヴォルフにはあった。
乾し肉を湯で戻し狼の前にちらつかせてやると、子狼が、ふらふらと近づいてくる。
歩き方がおかしい。狼は、びっこを引いていた。怪我をしているようだ。
たき火が狼を照らす。
よく見れば毛もバサバサで、所々についた黒い物、あれは煤だろうか?
火事の中でも突っ切ってきたのか、子供狼は、えらい薄汚れていた。
「お疲れ気味だな。どうだ、ちょっと休んでいっちゃ」
ヴォルフは苦笑し、狼の前へ肉を投げてやる。
すぐさま子狼は肉に噛みつき、むしゃむしゃと食べ始めた。
その勢いたるや乾し肉一枚じゃ足りなかったとみえて、恐る恐る近づいてきたかと思えば、ヴォルフの足に鼻先をこすりつけてきた。
いやに人慣れした狼だ。
誰かに飼われていた狼なのか、或いは――
「お前さん、もしかして俺と同じ……なのか?まぁ、いい。一人じゃ退屈していたところだ。今夜は一緒に眠ろうかい」
二枚目を一心不乱に食べる狼の背中を、そっと撫でてやると、狼は安心したのか食べ終わった後はヴォルフの足下で丸くなり、やがては眠りについた。


翌日。
すっかり燃え尽きた薪を蹴り飛ばして、たき火の証拠を消すと、ヴォルフはウーンと伸びをした。
夕べの狼は、ヴォルフが目を覚ました時には側にいなかった。
その代わり、といっては何だが……
「なんだろうな?こいつは。一体どこから来たんだか」
自分の足下に丸くなって、すやすやと寝ているのは人間の子供だ。狼の子ではない。
やはり煤で服や体のあちこちが薄汚れているが、安心しきった寝顔を浮かべている。
ヴォルフを完全に信頼しているようだ。
色白で髪の毛は黒い。真っ黒だ。
黒髪は、この辺りでもよく見かけるから地元の子供だろうか?
だが地元の子だとして何故森の奥に、しかも自分のキャンプで寝ているのか。
ヴォルフは懸命に昨晩の様子を思い出そうとした。
が、狼に遭遇した記憶しかなく頭を抱える。
「お前さん、まさか……やはり、そうなのか?」
起こそうと手を伸ばすも、起こされるより先に子供が目を覚まして起き上がった。
「ん、ん……」
「よぉ、おはようさん」
「ん?」
目をごしごしこすっていた少年が、空を見上げた。
見下ろすヴォルフを灰色の瞳が見つけ、ほんの少し、おびえた色を見せる。
「おいおい、そう怯えるなよ、傷つくな」
ヴォルフが戯けてみせると、しゅんとして少年は俯いてしまう。
「ごめん、なさい」
流暢なドイツ語だ。とすると、地元の子供ではなくドイツ人だったのか?
ヴォルフは子供の側にしゃがみ込み、うなだれた頭を軽く撫でてやった。
「冗談だ。お前さん、名前は?俺はヴォルフっていうんだが」
撫でられて安心したのか、うっとりした表情を浮かべて少年が答える。
「ダグー」
「ダグー?」
「うん」
変わった名前だ。
苗字でダグーは時々見かけるが、ファーストネームでは珍しい。
「ダグー、なんていうんだ?ファミリーネームは」
「ファミリーネーム?」
「あぁ」
「って、何?」と首を傾げられ、ヴォルフはポリポリと顎をかいた。
少年は年の頃十歳ぐらいに見えるが、ファミリーネームを知らないようじゃ案外もっと幼いのかもしれない。
「まぁ、いいか。お前さん、家はどこだ?送ってってやるよ」
再び立ち上がるヴォルフを目で追いかけ、ダグーがポツリと言う。
「家は……ない。なくなっちゃったんだ」
「ハ?なくなった?」と聞き返すとダグーはこくんと頷き、じっとヴォルフを見つめてきた。
「俺、逃げてきたんだ。アイリーンって人に言われて、フェンリルの娘を探せって。でも、ここがどこだか判らないし、どこへ行ったら会えるのかも判らないし……うろうろしていたら迷子になっちゃって、そのうち灯りを見つけて、おじさんを見つけて」
「乾し肉を食べてお腹が張ったら、安心して寝ちゃったってか?」
「うん」と頷いてからハッとなって身を引く少年を安心させようと、ヴォルフは精一杯愛嬌のある笑みを浮かべる。
「安心しろ。俺も、お前と同じだ。お前さんは俺と同じ――”人狼”なんだろう?」
きょとんとするダグーへ、再度言い直した。
「あぁ、人狼が何だか判らないのか。そうだな、こう言えば判るか?お前さんも俺と同じで、狼に変身することの出来る人間――違うか?」
「おじさんも!?」と驚く側へ座り込むと、ヴォルフはダグーを抱き寄せる。
「おじさんじゃない、ヴォルフだ」
「うん……俺も、お前さんじゃない。ダグーだよ」
そう言って、少年がニッコリ微笑む。
見る者の心を和ませる、ふんわりとした暖かな笑みだった。
帰る家がないなら一緒に住むかとヴォルフに誘われてダグーが断るはずもなく、二人は一緒に暮らし始めた。


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