DOUBLE DRAGON LEGEND

第八十二話 最後の障害


いつまでも、無人の部屋にいても仕方がない。
美羽の提案により、司達は司教の部屋を出る。
「デキシンズ、K司教は何処へ行ったのか見当はつくか?」
司に尋ねられ、デキシンズは顎をさすった。
「いやぁ……全く」
「トレイダーはどうだ?」とは該の質問に、あぁ、それならと彼は答えた。
「奴はいつも地下の研究室にこもっているんだ。役に立つMS戦士を生み出す名目でね」
「なら、奴に会いに行こう」
該が言いだし、皆も賛同する。
また雑魚兵に会ったらと渋るデキシンズは司が説得し、一行は部屋を出る。
再び例のトラップを抜け、廊下の一歩手前へ辿り着いたところでアリアがホッと溜息を漏らす。
「踏んではいけないと言われると、余計に気を遣ってしまいますね。どうして、このような面倒な仕掛けを作ったんでしょう?K司教という方は」
応えたのは、デキシンズだ。
「一つは侵入者避けがある」
「一つは?他にも理由があるのか?」
アモスも会話へ加わり、デキシンズは得意げに頷いた。
「そう。もう一つは、静かな時間を持ちたいと考えたのさ。一人で考え事のできる時間を」
扉に耳を当て、外の様子を探っていた友喜が急に振り向いた。
「静かにして!……誰か、走ってくる。足音は二つ」
「なぁに、どうせ通り過ぎる――」
デキシンズの言葉は途中で途切れる。
友喜が大きく飛びずさり、司の横で身構えた。
扉は大きく開け放たれ、黄色い服の女性二人組が飛び込んでくる。
ほぼ同時に二人が叫んだ。
「デキシンズ!」
「レ、レイッ?それに、キャミサまで一緒じゃないか。お前、今まで何処に」
狼狽える彼を、きつい眦が睨みあげる。
銀髪の少女――囚われの司をR博士の元へ案内した、あの少女だ。
「デキシンズ!前から思っていたけど、あんたって本当に最低な奴ね!!」
「デキシンズ、白き翼を、こちらへ引き渡せ。他の印も一緒に」
少女キャミサの背後では、レイも淡々と口添えする。
タイプは異なるが、どちらも気の強そうな女性だ。
加えてデキシンズは、元々あちら側の陣営である。
彼が押し負けて、言うことを聞かないとも限らない。
司を渡されてなるものか、とばかりに友喜と該は司の両脇を固める。
「駄目だ……それは出来ないよ」
デキシンズは意外や強気な姿勢に出た。
「できない?何故だ」
レイの片眉が跳ね上がる。
その手前ではキャミサが、ここぞとばかりに怒鳴り散らした。
「ふざけんじゃないわよ、あんた、あたし達を裏切るつもりなの!?怪我をおして防衛戦に出ている兄さんに悪いと思わないの!」
「防衛戦?」と反応したのは、デキシンズだけじゃない。
アリアやアモス、十二真獣達もだ。
レイは彼らを一瞥し、デキシンズへと視線を戻す。
「今、表にはレヴォノースの残党が押し寄せてきている。狙いは十二真獣の奪還だ。現在、残兵全員に招集をかけて戦っているが、戦況は芳しくない。デミール、ダミアンも防衛に加わったが、二人とも怪我が治ったばかりで本調子ではない」
それを聞いた途端、デキシンズがさぁっと青ざめる。
「兄さんが怪我して戦っているって、どういうことだ?どこを怪我したんだ?いや、誰にやられたんだ!?」
明らかに動揺した様子の彼へはキャミサでもレイでもなく、あっと叫んでアリアが言った。
「デミールというのは、もしかして私達を捕らえに来た、毒蛙に変身するMSではありませんか?」
「会ったことがあるのか!?兄さんにっ」
驚くデキシンズへ頷くと、該はレイとキャミサを見据える。
「そうか……あの時の怪我が、まだ完治していなかったのか。それでも駆り出されるとは、ご苦労な事だ」
「なんですって!?」と狂犬宜しく噛みつくキャミサを手で制し、レイが聞き返す。
「お前達と戦った余波か。では、同士討ちというのは誤報か」
「いいえ、誤報ではありません」と割って入ったのはアリアだ。
両手を胸の前で堅く握りしめ、強い視線でレイとキャミサを見つめた。
「あの人……デミールさんが味方を巻き込んだりしなければ、同志討ちなど起こらなかったはずです」
もう、それだけでデキシンズにもレイにも何が起きたのかが判ったらしく、レイは渋い溜息を吐き、デキシンズは顎髭を撫でて力なく呟く。
「兄さんらしいや……」
一人違う反応を見せたのはキャミサで、彼女はアリアの視線に怯むことなく言い返す。
「ど、どうせ、あんた達が狭い通路に逃げ込んだんでしょ!?なら仕方ないじゃない、兄さんが味方を巻き込んだとしてもッ」
「仕方ないで済むものか!」と、さらに割り込んできたのはアモスだ。
眉間には青筋が浮いている。
仲間を仲間とも思わない少女の言葉に、堪忍袋の緒が切れたらしい。
怒鳴られてビクッと怯えるキャミサの双肩を捕まえ、アモスは彼女の目を覗き込む。
「かばい合うのが仲間というものだろう?例え、どのような理由があろうと、味方を巻き添えにした戦いを正当化など出来はしない」
すぐさま手を払いのけるとキャミサは、ふんっとばかりにソッポを向いた。
「うるさいッ、あたしに説教するな!人質の分際でッ」
「……それが、そうとも言っていられなくなってきたぞ」
「何がよ!?」と叫んでから言った相手を、よく見てみれば、レイは一歩下がって身構えている。
「何よ、どうしたのよ?そんな後ろで構えちゃって。もしかして、ビビッてんの?捕まるような相手なのよ、こいつらは!」
どんなにキャミサが騒いでも、レイの緊張は解けない。
二人の様子を眺めていたルックスが小さく鼻で笑い、一歩前に出た。
「まだ、状況がよく判っていないようですね。銀髪のお嬢さんは」
キャミサとレイ、二人の声が重なる。
「何が――」
「不利なのは我々、ということだ」
考えてみて欲しい。
この部屋にいるのは十二真獣の半数。対してジ・アスタロト勢は、たったの三人。
しかもデキシンズは向こう側へ寝返った。白き翼を引き渡さないのが何よりの証拠ではないか。
二対八では創造MSといえど勝つのは難しい。下手に戦えば、こちらが人質になってしまう。
「このまま大人しく引き下がって下さい!私達は、あなた達と戦う気はありません」
アリアの持ちかけにレイは黙って頷くが、やはりというかキャミサは己の意志を曲げなかった。
「嫌よ、このままおめおめと引き下がれるもんですか!!あんた達を人質に取れば、表で戦っている兄さんも有利になれる!あんた達の命と引き替えに、あいつらを追い返せるんだからッ」
彼女の剣幕には、該も司も顔を見合わせる。
ややあって、小さく嘆息した司が淡々と言いはなった。
「では、仕方ありません。あなた方を人質にとり、K司教の元へ行くとしましょう」
「K司教の元へ?」とレイが尋ねるのへは、僅かな笑みを浮かべて答える。
「えぇ。僕は知りたいんです。彼が何の為に、この戦いを始めたのか……」
「いや、だから、それは」
「決まっているわ!新しい世界を創り出す為じゃないッ」
デキシンズとキャミサがハモるのを横目に聞き流し、司は話を締めくくる。
「大義名分ではなく、彼の本音が聞きたいんです。新世界を創るにしても、何故そう思ったのか……その為に何故、血を流す方法を選んだのか、僕は知りたい」
司の目には炎が宿っていると、デキシンズは思った。
揺るぎない正義の炎だ。
彼は怒っている。
次の世代へ続く道のりを血で汚したK司教を、司は絶対に許さないだろう。
マスターの元へ彼を連れて行くのは、やはり間違っていたのかもしれない。
だが、もう後戻りは出来ない。
レイとキャミサの二人を取り押さえるべく、ゆっくりとした動作で該と友喜が動く。
もはや逃げ道は完全に断たれた。二人が取るべき行動は、戦って勝つか降参するしかない。
一つだけ、デキシンズはレイに尋ねた。
「十二の騎士で今、残っているのは兄さんとダミアンと俺達以外に誰がいる?」
「鴉とアルムダだ。だがアルムダはまだ、鬼神にやられた傷が完治していない。鴉は老師の使いで首都に出向いていたが、そろそろ帰還した頃だろう」
レイは即答し、周りを取り囲んだ十二真獣達へ降参を告げる。
「デキシンズが裏切ったとあっては、我々の敗北は免れない。投降しよう」
「ちょっと!諦めるの、早すぎでしょォ!?」
横でキャミサが騒ぐ中、レイは両手を司の前に差し出した。
「つれていくがいい。もっとも、司教は人質など取らなくても、お前達の話を聞くだろう」
「賢明な判断だ」
頷き、該がデキシンズを促した。
「道案内を頼む」
「わ、判った」
先頭に立ってデキシンズが歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ、あたしはまだ降参するって言った覚えは」
言っている側からキャミサは友喜とルックスに押さえつけられ、悲鳴をあげる羽目に。
「ギャーッ!あんた達、卑怯よッ。か弱い女の子を力づくで押さえつけるなんてッ」
だから、友喜も言ってやった。ここぞとばかりに冷たい目線のおまけ付きで。
「何言ってんの?あんた達だって、か弱い少女のあたしに散々暴力ふるってくれたじゃない」

戦局は既に、レジスタンス側に軍配があがっているといってもよかった。
押し寄せる黒い波紋は、その一部が遺跡の奥へも入り込んでいる。
「十二真獣だ、十二真獣を探すんだ!雑魚は見逃せ、戦いより救出を優先しろ!!」
あちこちで、そんな怒鳴り声をあげているのはレジスタンスの連中だ。
襲い来る改造MSやMDの手をかいくぐり、タンタンやリオも遺跡の中へ突入する。
一刻も早く、捕まった十二真獣を見つけ出すのが先だった。
表の連中はウィンキーが足止めしている。彼がやられる前に司達を見つけねば。
「ダミアン!連中が侵入したぞ、足止めを――」
言いかけて、デミールは舌打ちする。
駄目だ、こちらの声は届いていない。ダミアンの奴は鎧甲冑と取り込み中だ。
それに出入り口を塞いでいる大猿、なんて邪魔な図体だ。
あの足下をくぐれるのは、自分ぐらいしかいまい。
そうと決めた後の、デミールの行動は早かった。
雑魚兵を味方のほうへ誘導すると、あとは振り返りもせず遺跡へ突進する。
「ここは誰も通さんでぇ!!」
威勢良く両腕を振り回す大猿の足下を、ぴょんっと一跳ねし、小さな蛙は侵入者を追いかける。

廊下には、自分たちの足音だけが木霊する。
レイの言うとおり、防衛戦に全ての戦力を注いでしまったのだろう。
向かう先は何処も無人、すれ違う黄色服の兵士など一人もいない。
「研究者にはR博士が撤退を命じた。ここの破棄も決定している」
走りながら、レイが淡々と呟く。
「R博士が……じゃあ、アルムダも連れていくつもりかな」
デキシンズが問えば、レイは浮かぬ顔で応えた。
「どうかな……博士が足手まといになりそうな者を連れていくとは思えないが」
「でも、置いてけぼりにしていったら捕まって殺されちゃうんじゃないの?」
物騒な発言のキャミサには、即座に友喜が噛みついた。
「殺さないわよ!あたし達はね、あんた達を皆殺しにしたくて戦いを始めたんじゃないもの」
「アルムダに抵抗されたとしても、か?」
「こっちにはサリア女王や力也がいるのよ!?平和主義のあいつらが、人殺しなんて許すもんですか!」
レイにも鼻息荒く答える友喜を見て、司が意外だとでも言いたそうな表情を浮かべる。
だが傍らを走るデキシンズに突っ込まれるよりも早く、表情を消した彼は前方を指さした。
「――気をつけろ、皆!前方に気配を感じるッ」
「えぇ、おりますわねぇ。気配を消しているつもりのようですけれど、殺気でバレバレですわぁ」
皆、走りながら姿を変えてゆく。
友喜を除いた全員がMS化し、気配の主が隠れる壁の一歩手前で立ち止まる。
間髪入れず、壁が内側から吹き飛んだ。
瓦礫や破片を避けた一行の前へ、異形の者が姿を現す。
異形の者――そう呼ぶに相応しいMSだ。
半身は炎が燃え上がり、もう半身は冷たく凍りついている。
それが鳥の形を取り、宙に浮いていた。
「アルムダ……」
レイの声が聞こえたのか、ゆっくりと鳥MSが瞼を開き、彼女を捉えた。
『レイ、貴様、何故、そいつらと、共にいる?』
声を聞いた瞬間、一同にも戦慄が走る。
「み、ミスティルさんっ!?」
間違いない。今の声はミスティルだ。
だが、彼一人の声じゃない。もう一人、別の男の声も混ざっている。
二つの声が混ざり合って、一人の声を形成しているのだ。
「アルムダだって?あれが!?」
驚くデキシンズへ頷くと、レイは立ちふさがる異形の者へ声をかけた。
「アルムダ、お前……鬼神と合体させられたのか」
異形のMSが口を開く。
『その、とおりだ。生命を、維持、できないと言われ、やむなく……な』
「合体だって!?」と声を荒げるアモスの手前で、低く身構えた該が低く吐き捨てる。
「悪魔の所業だ。やはりジ・アスタロトを、この世に存在させておくのは危険だな」
「じゃ、じゃあ、あんたはアルムダだけど、酉の印でもあるの!?」と大声で叫んだのはキャミサだ。
顔色は悪く、今にも倒れそうである。仲間がキメラ化したのは彼女にとっても初耳だったのか。
ぼつ、ぼつ、と言葉を短く句切りながら、かつてはアルムダだったものが答えた。
『その、どちらでも、ない。我は、新しく、生まれ変わった、のだ』
「生まれ変わった?」
どよめく一行へ、彼は答える。
冷気と炎、その両方を羽ばたきで吹き荒れさせながら。
『我が名は、エンショウ。トレイダー様に、永遠の、忠誠を、誓う者。さぁ、そこの、裏切り者もろとも、始末して、くれよう。かかって、くるが、いい。十二真獣の、面々よ!』

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