DOUBLE DRAGON LEGEND

第六十二話 絶望(後編)


ジ・アスタロトの本拠地――
無造作に散らかった資料の山。
部屋にあるのは全てMSの、それも十二真獣に特定した調査結果だ。
トレイダーは資料にある一部分へ目を留める。

葵野力也
坂井達吉
友喜

十二真獣が三名。部下の報告によれば、彼らは未だ捕まっていない。
しかし十二の騎士を東へ放った以上、捕まるのも時間の問題だろう。
……坂井は元気だろうか?
最後に会ったのは、炎の中だった。
燃えさかるB.O.Sの本拠地で、炎を恐れることなく飛び込んできた。
お前を必ず倒す――そんな言葉を叫ばれた。
悪を必ず倒して東大陸に平和を取り戻す。
青臭い事を言う。だが、そこがいい。
知らず、トレイダーの口元には笑みが浮かぶ。


中央国へ向かっていた美羽とウィンキーも、刺客に道を阻まれていた。
「なんやねん、お前ら!いきなり襲ってきよって!!」
ウィンキーの叫ぶ方向には、毒々しい緑色の蛙。
そして七色の翼を持つ孔雀が身構えている。
妙な取り合わせだが、何者なのかは考えるまでもなかろう。MSだ、それも敵対する側の。
孔雀がくちを開いた。
「巳の印、あなたを連行します。大人しく私達についてきて下さるかしら?」
彼らの狙いは美羽だけらしい。蛙は薄目で大猿を見やり、小さく呟いた。
「この猿は十二真獣ではなさそうだ……殺すか」
小声とはいえウィンキーには、ばっちり聞こえたのか、頭から湯気が出そうなほど怒っている。
「なーに、勝手抜かしとんねん!誰が素直に殺されてやるかいなッ」
当然だろう。見知らぬ奴から抹殺宣言をされては。
その彼へ、蛇の鋭い叱咤が飛ぶ。
「ウィンキー、相手にしている暇はございませんわよぉ。ワタクシ達は一刻も早く中央国へ向かわねばならないのですから」
中央国へ行く――そう決めたのは、美羽だ。
森に隠れている仲間と合流しなくていいのか?と尋ねるウィンキーへは首を振り、彼女は言った。
該とルックスの救助を頼むなら、レヴォノース軍より東の女帝のほうが良い。
MSを敵視するパーフェクト・ピースの存在は、中央国としても目の上のタンコブであろう。
中央国のシンボルは神龍、すなわちMSである。パーフェクト・ピースとは相容れない位置にいる。
ならば奴らの取った人質は、東の女帝が攻め込む口実となるはずだ。
「そ、そやったな。けど、こいつらも道を通してくれるつもりなさそやで?」
「その通り」と、孔雀が優雅に頷く。
「私達は十二真獣を捕獲しにきたのです。無論、残りの雑魚は片付けますけれど」
「十二真獣を捕らえて、どうなさるおつもりなのかしらぁ?」
美羽の問いに答えたのは、蛙だ。
「聞かずとも判っているはずだろう。貴様の相棒、景見該も生きている」
該の名前を直接出され、初めて美羽の顔に動揺が浮かぶ。
だがウィンキーが慰めるよりも早く彼女は立ち直り、口元に薄い微笑を浮かべた。
「……そう。研究、或いは進化が目的。そういうことですのね?」
「話が早くて助かるな」
蛙も口元を歪め、コクリと頷く。
「石板と併せれば、更に我々の計画は進む」
「石板?」
「なんや、お前らが持っとったんか!道理でドコ探しても見つからんわけや」
美羽とウィンキーが同時にハモる。蛙は悠然と無視し、傍らの孔雀に声をかける。
「雑談は終わりだ。ジェイファ、貴様は猿をやれ。俺が蛇を仕留める」
「あら、そぉ?」と、多少は不服そうな表情を見せたものの。孔雀は案外素直に頷いた。
「ま、いいわ。お猿さんの相手じゃ物足りないけど、運動ぐらいにはなりそうね」
言うが早いか、二人は散開する。
飛びかかってきた蛙の先制攻撃を、何とか美羽は避けきった。
ガチッと蛇の牙が空を噛む。美羽の反撃を蛙が避け、ひらりと音もなく着地する。
かと思えば、すぐに地を蹴って、再び襲いかかってくる。
二度目の攻撃は難なく避けられ、二人は間合いを大きく外した。
目にも止まらぬ攻防の横では、ウィンキーと孔雀が両者睨み合ったまま動かない。
「ぐっ……!な、なんや、これ」
ウィンキーの額を汗が流れる。
足を踏み出そうと踏ん張ったが、思うように体が動かせない。
視線は引きつけられるように孔雀の羽を見つめたままだ。
それだって、そうしようと思って見ているわけじゃない。目が勝手に、羽に吸い寄せられている。
孔雀が言う。
「どぉ?動けないでしょ。並のMSじゃ私の束縛から逃れることなど出来ないわ」
七色の羽が重なり合い、模様を映し出す。
弧を描くように、クルクル、クルクルと、めまぐるしく動いている。
あれだ。羽の模様の動きが、こちらの動きを束縛しているのだ。
目を離そうと意識しても、視線は羽から離れない。
まるで呪縛にかかったかのように、目は彼の意識に逆らった。
「あなたは私に逆らうことなんて、できないの。だって、あなたは古いタイプのMSですものね」
「な……なん、やっ、って……?」
視線や手足だけじゃない、言葉さえ上手く紡げなくなってきた。
このまま睨み合っていたら、完全に全身を呪縛されてしまう。
焦りが汗となって首筋を伝う。
しかしウィンキーが焦ろうとどうしようと束縛が外れることはなく、羽を動かしながら、ゆっくりと孔雀が歩み寄ってくる。
トドメを刺すつもりか。
何も出来ないまま殺される。冗談ではない。
「これからの時代は私達、新しい人類が創り出す。古い人間には、ご退場を願うわ」
孔雀が一気に間合いをつめてきて、鋭い嘴が、あわや大猿の体を貫こうかという時――
「きゃあああぁぁ〜〜ぁっ、なのねー!」
上空から素っ頓狂な悲鳴が響いてきたかと思うと、茶色の何かが隕石の如く、実にタイミングよく孔雀の上へ墜落してきた。
「り、リラルルッ!?」
思わず叫んだウィンキーは、己の体が呪縛から解き放たれている事に気がついた。
落っこちてきたリラルルもウィンキーに気づき、痛む頭をさすりながらピョコンッと軽快に立ち上がる。
「あれ、ウィンキー?こんな処で何やっているの?」
「こんなとこって……リラルルこそ、なんで突然落ちてきたんや」
その答えは、すぐに出た。
急降下の一撃を、すんでの所でウィンキーはかわし、怒鳴りつけた。
「何やねん!奇襲ばっか仕掛けてきて、たまには正々堂々戦ったら、どや!」
かわされた方も無様に地上に激突したりはせず、ふわりと砂埃を巻き上げて着陸する。
「戦場に、卑怯も糞もあるか……?」
「この人が、いきなり襲ってきたのねー!」
大猿の後ろに隠れながら、リラルルがきゃんきゃん騒ぎたてる。
ウィンキーは彼女を横目で一瞥した後、再び襲ってきた相手を見た。
長い髪を伸ばした、人間の男だ。
背には噴射機、あれで空を飛んでいたと思われる。
この場で襲いかかってきた以上、ただの人間という事はあるまい。
年の頃は二十後半から三十ぐらいだろうか。黄色い服に身を包み、油断なく身構えている。
「なんや、お前!名を名乗れ!」
どこか時代がかったウィンキーの誰何に、男は目を細めてボソリと己の名前を吐き出した。
「十二の騎士が一人、ダミアン・クルーズ」
「十二の……」「……騎士?」
リラルルとウィンキーが顔を見合わせる。聞いたことのない名称だ。
今の戦いが始まってからというもの、聞き覚えのない名前ばかりを聞かされる。
世界はオレが思っているよか広いんやな、とウィンキーがどうでもいいことで感心していると、リラルルに押しつぶされた孔雀が、よろよろと立ち上がった。
「あっつ……な、なんなのよ、もうっ」
じろりと彼女を睨み、ダミアンが叱咤する。
「余裕をふかせているから、油断を生むのだ」
「別に、油断なんかしてないわよ」
フンッと顔を背けたかと思えば、孔雀はジロリとリラルルを睨みつける。
「あんたのせいで大恥かいちゃったじゃないの!猿の前に、あんたから片付けてあげるッ」
「あんたじゃないの、リラルルなのねー!」
すかさずリラルルが名乗り返し、さらに問い詰める。
「黄色のお洋服なんて、初めて見るのねー。あなた達、パーフェクト・ピースとは別物なの?」
「貴様等が知る必要はない」とダミアンが答える側から、孔雀は胸を張った。
「私達が、あの愚鈍なパーフェクト・ピースと同じなわけがあって?私達はジ・アスタロト。選ばれた人間による、新たな人類なのよ!」
「ジ・アスタロトやって?」
ウィンキーは首を傾げたが、リラルルには聞き覚えがあった。
確か死神が以前、そのような組織の名前を挙げていたように思う。
でも話半分に聞いていたから、その組織が何で、どう関わってくるのかまでは忘れてしまった。
首を傾げる大猿、そしてクルクル回り出した鷹を見て、仲間の失言に渋い表情を浮かべていたダミアンにも平常心が戻ってくる。
こいつらは、バカだ。仲間に今の情報を伝えることなど、まずあるまい。
もっとも、伝えようにも、ここで息の根を止めるのだから関係ないか……

森の半分を焼き尽くした業火は勢い留まらず、街の方へも向かっている。
煙に咽せ込みながらオオトカゲのキャミサは一人、疾走していた。
――なんてことだ。
足手まといのデキシンズがいない今こそ、自分の実力を見せるチャンスだと思っていたのに!
伝説のMSは、さすが伝説と呼ばれるだけの実力者で、キャミサのような若輩のかなう相手ではなかった。
……いや、自分は若輩じゃない。
若いが、しかし十二真獣に匹敵する実力の持ち主だと、マスターは太鼓判を押してくれた。
そのマスターに、恥をかかせるわけにはいかない。
ただでさえデキシンズの件で、皆のK司教に対する信頼が落ちているのはキャミサも薄々感じている。
総リーダーともあろう者が出来損ないを創り出したとあっては、皆が失望するのも無理はない。
自分までもが、すごすご尻尾を巻いて逃げ出してきたと皆が知れば最悪、失脚も免れない。
キャミサは走るのをやめて、追っ手を迎え撃つ。
大丈夫、あたしは強いんだ。
大剣を背負った大男と小さな少年のシルエットが、ぐんぐん近づいてくる。
大丈夫。十二真獣といったって、あいつら二人は隔世遺伝組じゃないか。
伝説じゃないから、大丈夫……
「よかった。やっと止まってくれたんだね」
小さい方が何か言うのを遮って、キャミサは先手必勝。少年に襲いかかる。
「そうよ!あんた達を殺す為にねッ」
無数に飛び出した鱗の刃は、その全てをゼノの大剣一振りによって叩き落とされた。
「なっ……!」
油断していたとはいえ、鬼神に傷を負わせたキャミサの必殺技である。
それを、こうも簡単に潰されるとは思ってもみなかったのだろう。
キャミサの顔には、明らかな畏怖と驚愕が浮かぶ。
ゆっくりと剣を下に降ろしながら、ゼノが言った。
「俺達に小細工は効かない。まずは話を聞いてくれ」
「こ、小細工、ですって?」
声が震えているのが、自分でも判る。
マスターが考え、与えてくれた能力を、あっさり小細工の一言で片付けられた。
今の一言は侮辱に他ならない。
「小細工なんかじゃないッ!あたしは、あたしの能力はっ」
再び森へ飛び込み、キャミサが逃走を始める。
意外な行動には虚を突かれたが、一瞬反応の遅れたゼノも、すぐに彼女を追いかけた。


「――派手にやり合っているな」
戦場を遥かに離れた高台で状況を眺めていたレイは、双眼鏡を懐にしまい込む。
前時代で非道の限りを尽くしてきた鬼神と死神が相手とあっては、ダミアンもアルムダも苦戦を免れまい。
力のない仲間が何人か死ぬ、その可能性もあった。
だが、やがては決着がつくだろう。人間の体力に無限はない。
「なぁ、なぁ、そろそろ目的地を教えてくれよ。一体、何処へ行こうってんだい?二人っきりで!」
背後から、しきりに急かしてくるのはデキシンズだ。
二人きりを、やたら強調してくるのは気にくわないが、今回の任務には彼の能力が必要であった。
K司教直々の勅命。レイだけが受けた極秘任務である。
司教はデキシンズの能力こそが役に立つ場所だと言っていた。
レイをつけたのは、護衛兼補助だという。
デキシンズは自分の能力に自信を無くしているから、お前がカバーしてやれと命じられた。
確かにレイの目から見ても、デキシンズは自分に自信がなさ過ぎるように思える。
彼の能力は十二人の中で一番異色だ。
戦闘力は皆無に近いものの、潜伏や諜報をやらせれば右にでる者はいまい。
いや、奇襲でだって役立つはずであった。土壇場で彼が弱気になったりしなければ。
自信のなさが弱気を生み、だから皆にも虐められる。悪循環を自分から呼び寄せている。
今回の依頼は、デキシンズに自信をつけさせる為でもあるのだ。
これがK司教の『親心』というやつなんだろうか、とレイは考えた。
実験体にしか見られていないと思っていたので、意外な気がした。
「なぁ、なぁ。教えてくれよ〜。俺にも言えない秘密の場所なのか?」
不意にツンツンと腰を突かれて、ざぁっと寒気が背中を走る。
レイはキッと鋭い視線でデキシンズを睨みつけると、短く答えた。
「これから行くのは剣持穣治の支配下にあった場所だ」
「研究所に行くのかい?けど剣持ってオッサンは」
「そうだ。既に本人は滅している。向かうのは、奴の残した研究所跡だ」
その研究機関が、何と呼ばれていたのか知るものは少ない。
歴史書に名を記すほど巨大な組織ではなく、ひっそりと時代の片隅に潜伏していた。
だが剣持の名を知る者ならば、その組織の名を、そして彼が十二真獣の創造に関わっていた博士の一人である事も知っている。
ジ・アスタロトには今、彼の残した石板が手中にある。
剣持の残した研究所を探れば、石板以上の収穫があるかもしれない。
K司教が、そう考えるのも当然だ。
研究所の場所は石板に記されていた。東大陸の未開地区にあるという話だった。
石板の説明を元に大体のアタリをつけて歩いてきたのだが、どうやらレイの勘が当たったらしい。
前方に、ひどく寂れた廃墟らしき影が見えてきた。
「いかにも秘密の隠れ家って感じだね」
デキシンズが、ひゅぅっと口笛を鳴らす。
暢気なことを言っている。
中に入れば、この無駄なおしゃべりも少しは止むだろうか。
「油断するなよ」
一応、忠告してやった。
「中のセキュリティは生きているかもしれん。司教の話を信じるならば」
「マスターが、そう言っていたのかい?なら、その情報は正確だ」
せっかくの忠告も、さして彼のおしゃべりの制止力にはならず、デキシンズは、なおも無駄口を叩きながらレイの後ろを歩いていった。


炎と氷。
永遠に続くかと思われた両者の均衡も、次第にバランスを崩し始めてきた。
この程度で息が乱れるとは、衰えたくはないものだな――
何度目かの激突後、ミスティルは内心苦笑する。
僅かながら息があがっていた。
連戦を繰り広げても余裕を保っていられる自分が、だ。
右手は完全に凍りついて使い物にならない。少し動かしただけでも激痛が走る。
それは向こうも同じ条件だ。
左から半分そっくり鷲の羽根は綺麗に焼けこげ、赤い皮膚がドロドロに溶けて焼けただれている。
醜く焼けこげさせても相手の戦意は失われず、何度でも襲いかかってきた。
爪や嘴は恐るるに足らないが、厄介なのが口から吐き出す冷気だ。
ミスティルの右手を凍りつかせるほどの威力を持つ。
アルムダ・ケイト。
それが、この勇敢なる鷲の名前である。
十二の騎士とも名乗られたが、聞き覚えはない。
十二真獣に対抗して、誰かが造りあげた軍団だろうとミスティルは予想した。
パーフェクト・ピースにしろジ・アスタロトにしろ小賢しい事に代わりはなく、元祖の意地で負けるわけにはいかない。
一方のアルムダもまた、焦りを覚えていた。
圧勝とまではいかないまでも、鬼神相手に捕獲など簡単だと高をくくっていた。
それが間違いであると、彼はすぐに思い知らされる。
鬼神は、これまでの戦いで一度も本気を出していなかったのだ。
半身を凍らされ、奴は初めて本領を発揮した。
真っ赤な紅蓮に包まれた瞬間、アルムダは死を覚悟した。
どうにか消し炭にならずに済んだのは、彼の創造主であるU将軍の弁を信じるなら、体内にある氷の核が炎を退けたという結論になろう。
火傷した部分はヒリヒリと痛み、動かすたびに悲鳴をあげそうになる。
ドロドロに溶けた皮膚が目に被さって視界を遮っている。
引きちぎりたい衝動に、アルムダは駆られた。
だが引きちぎれば引きちぎったで、下の肉が外気に晒され酷い目に遭うのは容易に想像できる。
かくなる上は、さっさと決着をつけるしかない。膠着状態は双方にとって望まざる状況だ。
ミスティルの目にはアルムダしか映っておらず、アルムダの目にもミスティルしか映っていない。
対極にある二つの能力は森の被害など、お構いなしにぶつかりあった。
その最中に気絶から覚めたネストは、たまったもんじゃない。
空を焦がす炎と地を凍らす冷気の中を命からがら逃げ出して、やっと一息ついた、その直後。
「なぁに?逃げ出してきたってわけ?」
いきなり声をかけられるもんだから、彼が焦って攻撃を仕掛けたとしても無理なからぬ事であろう。
バチッと稲妻が空を駆け、ギリギリでかわした相手が非難の声を荒げてくる。
「いきなり何の真似よ、ネスト!私達を裏切るつもりなの!?」
相手が誰なのか判ったのか、ネストは慌てて弁解した。
「ち、違ェよ。ビックリしたんだよ、敵かと思って!」
「全く……あわてん坊も程々にしてよね」
溜息をついて目の前に降りてきたのは、小鳥の姿をしているが、れっきとしたMS。
十二の騎士の一人、エンディーナ・アグネイトの変身した姿である。
燃えさかる森を見ながら、彼女が言った。
「散開したのは失敗だったかもしれないわね……デミール達は無事かしら」
まさか鬼神が森を燃やすとは、エディとて予想しえなかった結果だったのかもしれない。
いや多分、仲間の誰もが予想していなかった。
鬼神ミスティルが、このような、なりふり構わぬ戦い方をする男だとは。
「相手が巳の印なら楽勝だろ?恋人の名前を出せばK.Oだ」
では、巳の印が相手ではなかったら?
言いかけて、エディは言葉を引っ込める。あまり気持ちの良い結果が予想できなかったので。
「アルムダ一人じゃ、鬼神は手に負えないでしょうね」
「だからって、お前が加勢したところで邪魔になるだけだぜ?」
逃げ出してきたくせに、ネストが生意気なくちをきく。
一言お灸をすえてやろうとエンディーナは何か言いかけたが、その言葉は途中で警告の悲鳴に変わった。
「危ない!伏せて、ネスト!!」
えっ?となったネストが伏せるよりも一瞬早く、さっと飛び出してきた黄色と黒の縞々がパンサーに襲いかかり、あっという間に地へ組み敷いた。
身動きの取れない彼の首筋に、深々と鋭い牙が突き刺さる。
「と、虎の印!?一体、どこから……」
弾かれたように空へ舞うキツツキを、ドラゴンの口から吐き出された炎が一気に包み込む。
悲鳴をあげる暇もなく、小さな鳥は墜落した。
体が熱い、燃えている。無我夢中で、燃える羽根を自ら毟り取って地を転げた。
「せぇのっと!」
そこへ上から声が降り注いできたかと思えば――エディの意識は、そこで途切れる。
重たい岩石が頭の上へ降ってきて、ぐしゃりと彼女の頭蓋骨を叩き潰したからだ。
「……なんだ、創造MSって言ってもピンキリなのね」
ドラゴンはヒゲを揺らして、やや不満げに呟いた。
キツツキにトドメを刺したのは友喜であった。
となればネストに噛みついている虎は、当然坂井ということになろう。
遅れて到着したのは葵野で、ハァハァと一人、息を切らせている。
「も、もう、なんだよ二人とも突然走り出したりして……」
「遅いわよ、力也。もう片付いちゃったんだからね」
フン、と友喜は鼻息荒い。
彼女の足下に転がる小鳥の死体へ目をやって、葵野は瞬く間に青ざめた。
「こ……殺しちゃったのか?ここまでしなくても」
間髪入れず、憎まれ口が返ってくる。
「奇襲をかけたのは、こいつらのほうよ。だったらナサケは無用だわ」
この場にいなかったはずの彼女が、何故それを知っているのか?
友喜に情報を伝えてきたのは、なんと囚われの該だった。
亥の印の能力で、突如連絡をよこしてきたのだ。
美羽達が襲われる、一刻も早く救出に向かってくれ。
敵の名前と向かう先を言うだけ言って、伝達は途切れてしまった。
美羽と一緒にいるはずの該が何故美羽の救助を頼んできたのかは謎だったが、とにかく三人は急行した。
第九研究所――すなわち、パーフェクト・ピースのお膝元でもある蓬莱都市へ。
途中で燃える森を目撃し、そして該の伝えてきた敵のうち二人を見つけて襲いかかったという次第である。
口元を真っ赤に染めて、坂井が振り返る。
「こいつらは油断してくれていたおかげで、あっさり殺れたが、残りの奴らは、そう上手くいかねぇだろうな」
「そうだね」と、彼方へ目をやってドラゴンも嘆息する。
森の奥からは炎と冷気が入り交じって吹いてくる。
ミスティルと誰かが、激しい戦闘を繰り広げているに違いない。
「なら、い、急ごうよ」
坂井の足下にある死体を視界へ入れないよう、顔を背けながら葵野が促す。
三人は頷きあい、一直線にミスティルがいると思わしき場所へ向かった。

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