DOUBLE DRAGON LEGEND

第三十五話 王よ


白昼堂々の惨劇に怒り狂ったのはアモスのみならず、隊員も血相を変え、ぐるり一周、大猿を包囲した。
「貴様!!何をしたか、判っているのか!?」
大猿は答えない。
野生の獣ではないのだから言葉は通じているはずなのに、黄色く汚れた牙を剥きだして、こちらを威嚇してくるだけだ。
腕に高々と掲げられているのは、哀れ砂漠王の頭。
よほどの怪力で、一気に毟り取られたのだろう。顔には恐怖と苦痛が貼り付いていた。
「ウィンキー……王は、貴様に期待していたのだぞ。王には、同じ年頃の友達が一人もいなかった……」
おごそかに低い声で呟く間にも、アモスの全身は茶色の体毛で覆われてゆく。
角が生え、両手両足は堅い蹄へと変化した。
「……貴様が泥棒と判っていても、王は、貴様を我々に逮捕させたりしなかった。そればかりか、貴様を雇ってやったというのに……貴様が持ち場を離れた時も、王は必ず戻ってくると確信されておられた。そして、貴様は戻ってきた。それ以来、王の、貴様に対する信頼は増していったのだ。なのに、何故!貴様は王を、殺したァッ!!」
怒号するアモスの足下に、何かが勢いよく投げつけられる。
猿が、手にしていた頭を投げつけてきたのだ。
王の頭は、一、二度バウンドして、砂の上に転がった。
それを見て「貴様!」とラクダ部隊もいきり立つが、アモスは皆を制して下がらせる。
「皆は手を出すな。これは一騎討ちだ、俺とウィンキーとのな」
「しかし……!」
反論を唱える部下達を振り返り、大牛は頭を振る。
「お前達は万が一を考えて、包囲網を解かぬよう構えていてくれ。狂気を、他の町にまで解き放ってはいけない。……ここで奴を、仕留めるのだ」
サーパスが叫ぶ。
「ならば、皆で一斉にかかるのです!そのほうが確実に奴の息の根を止められます!!」
もう一度、アモスが頭を振った。
「駄目だ。例え狂気と化していても、あれは王の友人……王がご健在であれば、友を多勢で討ち果たすなど、けしてお許しになるまい。否、王が死去なされていても、我々は卑怯な真似などしてはならぬ。我らは砂漠の騎士だ」
「隊長!」「アモス隊長!」
感極まった部下が叫ぶ中、アモスはゆっくりとウィンキーへ向き直る。
「さぁ、始めるとしようか。王の弔い合戦を……!」
両者の眼、大牛と大猿の視線が交差する。
一拍の静寂を置いて、しゅうしゅうという息が漏れた。
きしるような声で、ウィンキーが口を開く。
「俺が、キュノデアイスを殺したのは」
弾かれたように、皆がウィンキーを見上げた。
構わず、猿は続ける。
「やつが、俺から大切なものを、奪った張本人だったからだ」
「大切なものを……」「……奪った?」
誰もが顔を見合わせる。
その場にいた誰もが、そう、隊長のアモスですら、何も思いつかなかった。
王が、ウィンキーから何を奪ったというのだ。
傭兵という立場を与えたことなら覚えているが。
「大切なものとは、なんだ?」
アモスが尋ねたが、猿からの返事はない。
ウィンキーは、きしりと共に呟きを吐きだしたのみであった。
「……わからない。だが、俺にとって一番大切なものを、奴は奪っていった」
「わからない、だと?」
牛の眉間に皺が寄る。
「判らないものの為に、王の命を奪ったというのか!!」
ふざけるな。
我ら砂漠の民にとって、王が。
キュノデアイス・ロペス・タフガンが、どれだけ心の支えになっていたと思っている。
王家の一族というだけではない。
少年王は、生まれながらに慈愛と威厳、両方を兼ね備えていた。
老いて引退した前王に代わり今の地位を引き継いでから、血の気の多い砂漠の民から戦争にはやる心を取り上げ、代わりに娯楽を楽しむ祭り心を与えた。
それまで砂漠の民と商人達、そして首都との間でも耐えなかった諍いを、たった一人で取り仕切った。
砂漠都市には外交官など、いない。
騎士団はあるが、彼らはあくまでも兵士。国を守る軍隊でしかない。
全ての管理を、たった十五歳の子供がやっていたのだ。
キュノデアイスは優秀な王であったと言えよう。
それに王として優秀だっただけではない。
王の笑顔に、優しいお言葉に、民や我々は何度救われる思いをしたことだろう。
彼がいたおかげで、我々は毎年の干ばつも水不足も、全て乗り越えられた。
大切なものを奪われたのは、こちらだ。
キュノデアイスは最後のタフガン一族だ。彼には妻も子供もいない。
前王と王妃の間にも子は彼一人しかおらず、血は絶えてしまった。
王無き砂漠都市は、これからどうなるのか。民の安否も気に掛かった。
「わからない。だが」
ウィンキーは繰り返す。
「奴が、俺から奪ったせいで、俺は仲間も失ったのだ」
それは、白き翼達と別行動を取ったことを言っているのか。
だとしたら、彼は大きな誤解をしている。
ウィンキーは自分の意志で別行動を取ったのだが、その件に砂漠王は一切関与していない。
彼が仲間と決別した時、王は砂漠都市にいた。ウィンキーと一緒にいたのはアモスだ。王は関係ない。
――ウィンキーは何故、仲間と決別したのか?
大まかな理由を、アモスは覚えていない。
思い出そうとすればするほど頭の中は霧がかり、激しい頭痛を及ぼした。
恐らく、それがウィンキーのいう"大切なものを奪われた"原因なのだろうが……
ウィンキー自身も覚えていないという。
覚えていないのに、キュノデアイスを憎んでいる。
おかしいではないか。
誰かが彼に入れ知恵をしたとしか思えない。間違った知恵を。
この戦いは、仕組まれた罠だ。
ウィンキーの記憶を巧みに利用し、同士討ちを行わせる為の。
「ウィンキー。砂漠王が大切なものを奪ったと、貴様に教えたのは誰だ?」
何故、敵は砂漠王を狙ったのだろうか。
同士討ちをさせるならば、何も砂漠都市を標的とすることはない。白き翼でも狙えばよい。
アモスの問いに大猿は牙を剥き、低く答えた。
「……トレイダー。あの男は、そう名乗っていた」


古来よりMSとは、謎の奇病により発生した突然変異である。
だが、十二真獣は違う。
MSでありながら、彼らは奇病により誕生した生物ではなかった。
彼らは、人の力で故意に生み出された生命体である。
普通のMSとは異なり、十二人が、それぞれ特徴のある能力を生まれながらに持っている。

子の印、人に治せぬ毒を植えつける。
丑の印、狂いの生じた心に正気を蘇らせる。
寅の印、人に治せぬ傷を与える。
卯の印、心を穏やかにさせる。
辰の印、人の傷を素に戻す。
巳の印、人の心に傷を宿す。
午の印、多くの者に勇気を与える。
未の印、多くの者に眠りを与える。
申の印、人の心より正気を取り除く。
酉の印、記憶を書き換える。
戌の印、真心を植えつける。
亥の印、言葉を風に乗せる。

「牛の印は狂気に取り憑かれた心を正常に戻す力を持っているとされています」
皆の顔を見渡し、アリアが言う。
「狂気に、ねェ?人間ってなァ、生まれつき心ん中に狂気を抱いているもんだがなぁ」
興味なさそうに坂井がぼやき、葵野は逆にアリアへ尋ねた。
「それって猿の印とは違うの?猿の印も人の心を正気に戻すんでしょ」
「違いますわぁ。小龍様は、読解力も皆無でございますのかしらぁ」
即座に美羽がフフンと鼻で笑い、該は彼女を補足する。
「猿の印の能力は牛と真逆をいく。人の心から正気を失わせるんだ」
「じゃあ、もし」
心なしか視線を砂漠都市方面へさまよわせて、葵野は二人に問う。
「猿と牛がお互いに能力を開放したら、どっちが勝つの?」
「先代の実験データならば」
ミスティルが答えた。
「猿と牛で競った場合、能力が優ったのは牛だった」
同じく、と坂井へ眼を向けて口の端を歪ませる。
「龍と虎で競った場合は、龍の勝ち。蛇と兎じゃ、兎が優っていた」
「つまり……」
葵野がウーンと頭を悩ませている間に、坂井が先に解答へ辿り着く。
「回復能力を重視していたってわけか?お前らを生み出した研究所ってのは」
「その通りですわぁ。どこかの王子様と違って、頭の回転がお早いですこと」
美羽が微笑むのを見て、たちまちプーッとふくれた葵野。
「あ!ズルイ、俺もそう答えようとしていたのにーっ」
ぽかぽかと坂井の背中を叩き、拗ねてみせる。
「でも、十二真獣の能力って自分自身には使えないんでしょ?なら龍と虎が本気で戦えば、最終的に勝つのは虎じゃないの?」
シェイミーの疑問には、美羽が答える。
「ミスティルの言った実験結果は、あくまでも他者に対する能力の検証データに過ぎませんわぁ。単純に戦うならば、どちらが勝つかは双方の戦闘能力次第ですわねぇ」
「じゃあ、例えば坂井と葵野が戦った場合、勝つのは坂井?」
「だろうな」
坂井本人が頷いて、だが、とも否定する。
「俺と葵野が戦うなんざ、天地がひっくり返ってもありえねぇがな」
「――しかし」
それまで無言で立っていたゼノが呟く。
「十二真獣は何のために生み出されたのだ?」
「僕達が聞かされていた話では、世界を平和に導くため――でした」
即答し、しかし司は、すぐさま首を振る。俯きがちの顔に影が差した。
「実際には外敵から人々を守る、便利な兵器になってしまったわけですが。制作者の意志とは無関係に……そして、そうした開発を行なう研究所も多々ありました」
「兵器?MSが奇病として隔離されていた頃から、MSを兵器として扱ってる奴がいたってのか?」
声を荒げる坂井へ肩をすくめ、「その通りですわぁ」と美羽が頷く。
「人が人ではない力を持つ、だからこそ奴らは兵器としてのMSに注目した」
ミスティルも口を添え、シェイミーを真っ向から見据えた。
「貴様は、どうしても十二真獣同士を戦わせたいようだが、十二真獣同士で戦うのは無意味だ」
「ボクは別に――」
シェイミーの反論も途中で遮り、鬼神は言った。
シェイミーのみならず、全員に聞こえる声の大きさで。
「十二真獣は外敵と戦うために作られた存在だ。同士討ちは想定されておらぬ」
「え?じゃあ仮に同士討ちした場合、どういう結果が出るのかはミスティル達にも判らないってこと?」
きょとんとした葵野に尋ね返され、ミスティルは深々と頷いた。
傍らでは、美羽が補足する。
「ワタクシ達は研究所を出た後、それぞれ違う家へ里子に出されました。ですが例えどれだけ離れて暮らしたとしても、印同士は引かれ合うもの……お互いに十二真獣と判れば、敵対など致しません。ワタクシ達は同じ志を持つ者達ですものねぇ」
皆の目が、自然と一人の人物に集まる。
先ほど捕らえたばかりの、今は後ろ手に柱へ縛り付けられている男。牛の印を名乗る男に。
「キリング・クーガー、だったか?」
一歩近づき、怪訝な表情で坂井が尋ねる。
男は黙って頷いた。
「てめぇが本当に牛の印だってんなら、当然十二真獣の力を使えるはずだよな」
今は狂気に取り憑かれている奴なんていないけどよ、と締めて坂井は全員を見渡した。
「……そういや、博士は今どこにいるんだ?」
答えたのは、アリアだ。
「お爺さま達は東大陸にいらっしゃいます。中央国に保護されているとの連絡を昨日受けました」
砂漠にいたかと思っていたら、いつの間に海を越えたのだ。
坂井が尋ねると、アリアとコーティが、かわるがわる説明してくれた。
エジカ博士はD・レクシィの手引きにより、海を無事に渡ることが出来た。
レクシィは何故か闇の取引に詳しくて、港町を経由することなく、どこからか船を手に入れてきたそうだ。
彼女の創造主がトレイダーだと知っている美羽には、納得できるものがあった。
船の入手は、B.O.S時代に培ったコネクションでも使ったのだろう。
内気で口数少ない彼女にしては大健闘だ。あとで褒めてあげなくては。
「あ、そうだ。博士はそれでいいとして、タンタンとリオは」
葵野が何か言いかけた直後、地平線の向こうから何かがこちらへ一直線に爆走してくるのが見えた。
砂埃は、たちまち一つの影を成し、それが馬だと判った頃には到着していた。
「リオ!」
アリアが歓喜の声をあげ、影の正体リオも顔をあげてアリアを見やる。
眼が優しげに微笑んだ。
「アリア、コーティも無事か」
「無事か、ではない。散々皆に心配をかけて何様のつもりだ?」
さっそく飛び出す兄の毒舌を遮り、アリアはリオに駆け寄った。
「リオ、無事で何よりです。砂漠王とは合流できたのですか?彼らは今、どこに」
すると、その背中からピョコンッと何かが飛び降りて、一目散に該の足下へ駆けつける。
「ガイ〜〜!ちょっと聞いてよ、大変なの!ウィンキーよ、ウィンキーがいたの!砂漠にッ」
多少薄汚れているが、頭に響くキンキン声は忘れようもない。この小さな兎、タンタンだ。
「ウィンキー?ウィンキーが、なんだって!?」
葵野が反応し、タンタンはヒステリックに怒鳴り返す。
「だから!砂漠にいたの、あいつが!!詳しくはリオに聞いてよ、あたしは直接会ってないんだから」
タンタンを無視し、該は美羽を振り仰ぐ。
「……どう捉える?」
「どうって?」
対して美羽は、涼やかに切り返した。
「ウィンキーが敵の手に落ちた、とでも?」
「ウィンキーは、俺達と決別したはずだ。それが砂漠で偶然再会できるとは思えない。それに」
該の悩みを、ミスティルが受け継いだ。
「何故、奴は砂漠にいたのか?そう言いたいのか、亥の印」
「何故?そんなもん、あいつに直接会って聞きゃーいいじゃねぇか」
さっそくポイポイ脱ぎ出す坂井を止めたのは、司だ。
サリア女王は真っ赤になって後ろを向いている。
「駄目だ。今、ここを動いたら財団の残党やパーフェクト・ピースの連中に見つかってしまう」
揉める二人を制したのは、リオの告白であった。
砂で汚れた体をアリアに拭いて貰いながら、彼は淡々と語り始める。
「そうだ、皆。聞いてくれ。俺とアモスは砂漠でウィンキーに襲われた」
「襲われた!?」
どの顔も驚愕におののき、信じられないとばかりに司が天を仰いだ。
「君達は砂漠王と同行していたんだろう?ウィンキーが彼を襲うなんて、ありえない」
「だが、真実だ」
リオの声は淡々としているが、語尾が微かに震えていた。
「一応説得も試みてみたが、俺達の声は彼に届かなかった。王を巻き込んで戦うのは得策ではないと考え退却したが、ウィンキーは砂漠部隊を追いかけていった」
「その後、どうなったのかは……判りませんか?」
サリア女王が心配そうに尋ねるのへは、黙って首を振る。
チッと横合いから舌打ちが漏れた。したのは、サリアではない。坂井とミスティルだ。
肝心な事が判らないんだな、とは言わずに彼らはリオを詰った。
「なぁにが、王を巻き込むのは得策じゃない、だよ。元々、あのガキは残党相手に戦争を仕掛けに行ったんだろうが。なら敵が多少変わろうと、そのまま戦いを続けるべきだったんじゃねぇのか?」
「さ、坂井っ」
相棒が何を言い出すのやら、血相を変えて葵野が割り込んでくる。
「坂井は、ウィンキーを敵だと見なすつもりなのか!?」
そんな葵野をジロリと睨み、坂井の代わりにミスティルが答えた。
「問答無用で襲ってきたのだろう?ならば、奴は敵だ」
「そんなぁ……」
しかし涙目で狼狽えているのは葵野ぐらいで、他の皆は意外や落ち着きを取り戻している。
「ウィンキーが傷心をつけこまれて、敵に洗脳された……という可能性は充分考えられる」
司の予想に該やアリア、美羽も頷く。
「ならば、砂漠王がウィンキーと遭遇したのも偶然ではないな」
「初めから砂漠王をターゲットにした、ということですわぁ。この手の策を練りそうなのは」
「心当たりがあるのか?」
司に尋ねられ、美羽は優雅に頷いた。
「キングアームズ財団の中核にして、黒幕でもあった組織――ジ・アスタロトの首領・K司教の仕業である可能性が、高いですわねぇ」
聞き覚えのない人物に、美羽を除いた全員が顔を見合わせる。
該が美羽に聞き返した。
「ジ・アスタロトとは、なんだ?財団とは違う組織なのか」
彼女はクスクスと小さく笑い、該に頷いてみせる。
「そうですわねぇ。財団を裏で操っていた、とでもいえばアナタでも理解できるかしらぁ?」
財団もB.O.Sも、彼らが関与していた。
実質上、二つの組織を動かしていたのは、彼らジ・アスタロトだったと言っても過言ではない。
「だがよ、BOSのリーダーはトレイダーだったんだろ!?あいつもジなんとかの仲間だったってのかよ!」
騒ぐ坂井へ美羽は微笑み、かぶりをふってみせる。
「トレイダーは、成り行きでB.O.Sのボスに収まっていただけですわぁ。元々は財団の一員でしたのよ」
その彼女に詰め寄り、司は激しく詰問する。
「K司教の存在を知りながら、君は僕達に情報を提供しなかった。それは、何故だ?」
いきりたつ司から後ろに退いて距離を置くと、美羽は肩をすくめる真似をした。
「K司教の存在を知ったのは、ごく最近ですのよ?それに、ここ最近はごたついておりましたから、ゆっくり話す暇もございませんでしたし」
「――ともかく」
まだ怒りの収まらぬ司を諫め、該がまとめに入る。
「K司教については、あとで美羽から話を聞かせてもらおう。今はウィンキーの正気を確かめるのが先だ」
「そ、そうだ!」
不意に何かを思いついたのか、葵野が突然素っ頓狂な声をあげる。
「ウィンキーがもし正気を失っていたとしたら、牛の力が役に立つはずだよね!どうかなぁ、その人を一緒に連れていくってのは?」
彼の指は、まっすぐキリングを指さしており、つられて皆の視線も彼に集中した。
「そりゃあ、良い考えだぜ!ナイス、葵野!!」
真っ先に坂井が相棒をベタ褒めし、葵野もエヘヘとだらしなく笑う中、ミスティルが吐き捨てるように呟いた。
「そいつが本当に牛の印であれば、試す価値はあるだろうが……な」
すぐさま行こうと飛び出しかける面々に、待ったをかけたのは司だ。
「だが、全員が動く必要もない。リオ、それから葵野と坂井だけで行ってみてきてくれるか?」
彼は最後まで、全員が行動するのに反対するつもりのようだ。
「いいだろ」
即座に坂井が頷き、虎へと姿を変える。
葵野を促し、彼を背中に乗せた。
「リオ、道案内は頼むぜ!」
「了解だ」
リオも頷き、縛られたままのキリングを背に乗せると。
馬と虎は砂塵を巻き上げ、瞬く間に地平線の彼方へと消えていった。

二つの巨体が、真っ向からぶつかり合う。
ウィンキーには牙が、そしてアモスには角があった。
荒い息が、肩にかかる。
噛みつかれる前に角で器用に引っかけると、アモスは大猿を投げ飛ばす。
二本あった角は一本に減っている。先の戦いでウィンキーに折られたのだ。
ウィンキーは二足歩行で歩ける上、尻尾まで自由自在に動かせる。
それでもアモスとウィンキーは、互角に戦っていた。
アモスを突き動かしているのは、王を殺された怒りに他ならない。
これまでの戦いには迷いがあった。
仲間とは戦えないという思いが、彼の決意を鈍らせていた。
狂気に包まれて全力で向かってくるウィンキー相手にも、遅れを取った。
それが今、断ち切れた。
ウィンキーは、もはや仲間ではない。王を殺した敵だ。
たとえ誰かに操られていたのだとしても、彼が自分の手で王を殺したという事実は一生消えない。
再び肉体がぶつかりあい、怪力にズズッとアモスの体が押される。足が砂の中に、めり込んだ。
「ウ……ウォォォォォ!!!
獣の咆哮が騎士の口から漏れ、渾身の力で押し返した。
すかさず角をふるって猿の頬、それから腕にも傷をつけるが軽傷だ。致命傷には程遠い。
ウィンキーとアモスは全く同じタイプのファイター、パワー重視のMSである。
どちらかが策を練るということもなく、先ほどから延々と肉弾戦を繰り広げている。
見ている側としては、それが歯がゆくもあった。
「隊長!足を、足を使って!!」
時折ラクダ部隊の誰かが、そんな声援を送ったが、アモスの耳には届いているのか否か。
いや、届いていたとしても、恐らく隊長は姑息な策になど頼るまい。
相手が真っ向勝負を望むなら、己も真っ向勝負で切り返す。あの人は、そういう人だ。
永遠に続くかと思われた肉弾戦も、砂が汗で固まる頃には均衡が崩れつつある。
アモスのスピードが落ちてきている。
腕と尻尾の三段攻撃を、だんだん避けきれなくなっていた。
猿は体毛が堅いのか、かすっただけでもアモスの体からは血飛沫が舞い、サーパス達をハラハラさせる。
今は、まだ致命傷を受けていない。
しかし、このまま戦い続けていれば、いつかは手ひどい攻撃を受けてしまう。
加勢したい。生涯アモスに恨まれることになったとしても、彼を助けたい。
我慢するのも当に限界を越えている。
猿の尻尾に足を取られて、アモスの体が大きく転倒する。
たまらず、全員が「あぁッ!!」と悲鳴を上げた。
間髪入れず肘を打ち込む猿を見て、たまらず誰もが駆けだした瞬間。
「くるなッッ!!!」
地を揺るがすほどの大声に一喝され、ラクダたちは飛び上がった。
なんと、間一髪。ギリギリの処でアモスは立ち上がり、大猿の肘鉄を防いでいる。
とはいえ不利な体勢は続いており、猿の太い腕を牛は一本しかない角で防いでいる有様だ。
全体重をかけたウィンキーの攻撃に、いつまでアモスが耐えられることやら。
勝てないのか。
王を殺された怒りをもってすらも、狂気に満たされた相手には勝てないというのか。
アモスとウィンキー、両者の視線が重なり合う。
自然と睨み合うかたちで、アモスはウィンキーの眼を覗き込んだ。

瞳の奥に、何かが見える。
あれは何だ?

泣いている子供だ。
金髪の幼い少年。

両手を振り回して、誰かの上に馬乗りとなって、泣いている。
傍らでは二人の喧嘩を止めているつもりか、赤い髪の少女が躍起になって騒いでいた。

もう、やめてウィンキー!
どうして喧嘩なんかするのっ。
乱暴な人は嫌われちゃうんだから。

少年が答える。泣きながら、答える。

ホントは、誰も傷つけたくない。
悪いのはオレだ!オレなんだ!!
どうすればいいんだよ!どうやったら、オレはオレ自身を許せるんだよぉっ!

少年が馬乗りになって殴っているのは、ウィンキーだ。
よく見れば少年の顔もウィンキーと瓜二つで、ウィンキーはウィンキーを殴っているのであった。
あっとなって赤い髪の少女を、その顔を見た瞬間、アモスの脳裏には一つの名前が閃いた。

「もういい、やめろウィンキー。ミリティアが消滅したのは、誰のせいでもない。ああなることが運命だったのだ、彼女の。十二真獣の鱗片を受け継いで生まれた者の運命だったのだ」
睨み合ったアモスの口からは、そんな言葉が流れ出て、同じくアモスを睨みつけた大猿が小さく呻いた。
「運命なんて……綺麗事言うんは止めてや。オレが、オレが、傭兵になろうなんて思わんかったら……あいつは、ミリティアは死なずに済んだんや。オレが!オレが砂漠都市へ行こうなんて言わんかったらミリティアは、ミスティルに見つかることもなかったんや!オレが、オレが全部悪いんやぁッ!!」
呟きは次第に大きくなり、それとは逆に押してくる力は弱まってゆく。
やがて完全に重みを感じなくなり、アモスがゆっくり立ち上がる。
猿は地べたに座り込んで大泣きしていた。
「おまけにオレは、この手で……あいつまで殺してしもた!あいつまで!!」
わぁわぁと泣きわめくウィンキーへ近寄り、アモスは厳かに尋ねた。
「もう一度、問う。お前に砂漠王が悪いと吹き込んだのは、確かにトレイダーだったのか?」
「そや、そや……けど、トレイダーは悪くない。悪いんは全部オレや!オレは、オレが悪いのを棚に上げて、全部あいつが……キュノデアイスが悪いと思いこもうとした!そんで、挙げ句の果てに、あいつを手にかけて!オレは、オレはどないしたらエェねん?オレはァ」
目に涙を浮かべて、ウィンキーがアモスを見下ろした。
アモスも黙って彼を見上げていたが、やがて、ふいっと視線を逸らす。
「……それぐらい、自分で考えろ。生きていて悪いと思うのなら、責任を取って自害するのも一つの手段だ」
だが、とも続けて、王宮のある方面へ目を向けた。
「我が王が生きておられたならば、こう言うであろうな。死ぬのは正しい責任の取り方ではない、罪を背負って生きてゆくのが正しい人の在り方だ……と」

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