DOUBLE DRAGON LEGEND

第二十二話 石板解析


キングアームズ財団の研究所を抜け出した一行は、その足でファルムハスト砂漠へ向かう。
砂漠の発掘場にいるエジカ博士に、石板を解析してもらう必要があった。
石板は、そのままでは読めない。書かれた文字が暗号化されている。
暗号を解くのは、いつの時代でも学者の仕事であった。


「それにしても、あちこち探し回って手に入れたのが、たった一枚たァ。とんだ骨折り損だよな」
リオ曰く、洞窟は既に人の手で荒らされた形跡があったという。
さらに幻影都市の発掘現場での収穫もなしとあっては、坂井が愚痴りたくなる気持ちも判るというものだ。
「そーいやグリン樹海は結局どうだったの?そっちも収穫なし?」
タンタンに尋ねられ、アリアと葵野は同時に首を傾げた。
「さぁ?」
「さぁって、探しに行ったのは、あんた達じゃない」
当然の追求に葵野は、困った顔で頭を掻く。
「だって探す前に捕まっちゃったから……」
「あるぇ?じゃあ小龍様が、あん時あの街にいたのは、石板を探す為だったんだ?」と横入りしてきたのは赤い髪の青年ミスティル。
「邪魔しちゃって悪かったかな。でもオレも、あん時は困ってたからさ」
「いえ、でも、結果的には貴方と一緒にいたおかげで、首都の被害も最小で済んだわけですし……」
しどろもどろな葵野の頭をグシャグシャッとなで回し、ミスティルは屈託なく笑った。
「だよね〜。サリア女王も城にいるっていうしさ、オレとキミのやったことは無駄じゃなかったんだよね!」
「――では」
机の上の地図へ視線を落とし、コーティが仕切り始める。
「残る探索場所は、樹海と火山の二つに絞られるというわけか」
「火山?火山なんて探索ポイント、あったっけ?」
首を傾げるタンタンへは、アリアが補足する。
樹海へ行く前に出会ったOと名乗る怪しい伯爵と、彼がくちにした怪情報を。
「で?その与太話を真に受けて、探しに行こうってのか。えェ、兄上様よ?」
心底小馬鹿にした調子で言う坂井へ嫌な目を向けたものの、無視したりせずにコーティは頷いた。
「信用のおけん相手だろうと、罠を仕掛けられていようと、怪しい場所は全て調べねばならぬ」
「また分散するのか?」
これはリオの問いであるが、コーティは彼を質問ごと無視した。
ぐるりと一同の顔を見渡し、アリアへ尋ねる。
「敵がいると判った今、バラバラに行動するのは危険だ。そうは思わないか?アリア」
「その通りですわね、兄様」と、リオを気遣いながら妹も頷いた。
兄コーティの目が、不意に優しい光を帯びる。
「お前が何者かに拉致されたらしいと聞いた時は気が気ではなかった……無事で、良かった」
「ご心配をかけて、申し訳ありませんでした」
アリアは素直に謝り、顔をあげる。
「お爺様は経過のほう、いかがなのでしょう?」
「解析は半日もすれば作業が一段落終える。夜までには、大凡を発表できるそうだ」
兄の答えに満足したか、アリアは小さく微笑んだ。
「そうですか。これでまた、お爺様の研究も進みますね」
誘拐されるという失態を犯したものの、結果として祖父の役に立てたのが嬉しいのであろう。
「ま、今は、こんだけ人手があるんだし?大勢で行けば、あと一、二枚は見つかるって。ナァ!」
気楽に言っているのはミスティルだ。
途中で加わった赤髪の青年は、聞けば、なんと伝説のMSの一人『鬼神』だというではないか。
チャラチャラとした輪っかを手足に幾つも引っかけていて、威厳や風格というものがない。
司や該にしてもそうだが、伝説を司るMSは、どいつもこいつも年齢不詳の外見であった。
ミスティルも見た目だけでは、幾つなのだか判ったものではない。下手すれば二十代にも見える。
「まぁ、石板は、それでいいとしても」
難しい顔で司が切り出す。
「問題は今後の予定だ。僕達は、この戦力でキングアームズ財団と戦うのか?」
美羽が妖艶に微笑む。
「戦えなくは、ないのではなくて?」
黒衣に身を包んだ、この女性も伝説のMSが一人『死神』だという。
現在生きている伝説のMSが全て揃ったことになる。
ただ、『死神』については、あまり良い伝承が残っていない。
彼女の伝説には虐殺という言葉が必ず出てくる。
彼女は敵のみならず、自分に逆らう者なら仲間でも容赦なく殺した。
伊達に死神という通り名をつけられた訳ではないのだ。
従ってコーティやエジカが彼女を前にした時、およそ歓迎できる態度ではなかったのも充分頷けるというものだろう。
「伝説の四人が揃っておりますのよ?何を怖がることがあるのかしらぁ。加えて、キングアームズ財団はストーンバイナワークほど規模が大きくありませんわ」
「けどさ」と口を尖らせて、ミスティルが割り込む。
「オレ達のほうだって、戦力は半減してるんだぜ?」
例えばオレ、と自分を指さし彼は言った。
「オレの半身だけどさー、それっぽいの見つけたんだけど、どーすれば合体できるのかなぁ?」
ちらっと流し目を送るも、送り対象の相手ミリティアにはソッポを向かれてしまう。
彼女からは酉の印を感じた。
最初に会った時はそれほどでもなかったのだが、今は激しい波動を感じる。
「半身を……?」と驚いたのは該だけで、美羽と司はミスティルとミリティアを交互に眺め、小さく頷いた。
燃えるような赤毛、そして同じタイプの鳥に変化する特徴。
ミスティル本人がそうだと言っているのだ。間違いあるまい。
彼女こそが、ミスティルが失った力を宿して生まれてきた人間なのだ。
「合体方法か……それを考える必要もあるな」
腕を組み考え込む司の横で、美羽が意味ありげに微笑んだ。
「合体だけに、彼女と寝てみれば宜しいのではなくて?」
「おっ、そーかぁ。なるほどぉー!美羽、お前うまいこと言うなァ」
ポンと手を打ち感心するアホウはおいといて、ミリティアが激昂する。
そんな理由で軽々しく犯されては、たまったものではない。
「冗談ではございませんわ!!」
怒ったのは彼女だけではなく、彼女の相棒を自称するウィンキーも頭から湯気が出そうなほど怒りまくった。
「そやそや!いっくらミリティアが美人やーちゅうてもなぁ、そんなナンパがあるかいな!どーしてもコナかけるっちゅー気なら、オレが相手ンなったるで!!」
「……ん?どうしてウィンキーが相手になるのかしら。売られた喧嘩ぐらい、私は自分で買えますわよ」
即座にミリティアに突っ込まれ、ウィンキーは何やら真っ赤になりながらボソボソと言い訳する。
「なんでって、そりゃあ長年の相棒やし……」
すかさず美羽が意地悪く笑った。
「相棒思いのお猿さんですこと」
かと思えば目を細め、鋭く睨みつける。
「ですが、鬼神復活の邪魔をされては困りますわぁ。ワタクシ達が戦いに勝つには、ミスティルを昔の力に戻さなくてはいけない……その鍵を握るのが、そこのお嬢さんだと判った以上、ただのMSであるアナタに口を挟む権利などなくってよ」
やたら高圧的な態度に、ウィンキーの癇癪も炸裂する。
「なんでや!?オレはミリティアのパートナーやで!パートナーがパートナーの心配したら、何がいかんねん!?」
場が剣呑とした雰囲気に包まれかけた時――
「ミースーティールー!」
唐突に大声が迫ってきたかと思うと扉が勢いよく開き、ミスティルの腕の中へ真っ直ぐに飛び込んできた人影があった。
目に痛いほどパッションピンクの髪の毛。薄くてヒラヒラしたドレス。
しっかとミスティルに抱きついて、皆の脳味噌に響き渡るような甲高い声で騒いだ。
「ミスティル!会えて良かったのね!無事で良かったのね!生きてて良かったのねーッ!!」
「おぉっとぉ、リラルルじゃんよ!お前こそ、どこで何やってたんだかしらねーけど、無事で何より」
いきなりの珍客に、一同が呆然とする中。
我に返ったウィンキーがリラルルへ尋ねる。
「そーいやキミ、あれから何処行ってたん?この兄ちゃん助けるっちゅーて、丘に登った後……」
「そうなのね!リラルルは夜を待って変身するつもりだったのね。でも、途中で眠くなっちゃって」
しょぼんと項垂れるリラルルの額を、ミスティルが軽く小突く。
「まぁた変な時間でお昼寝しちゃったんだろ。だからさ、夜は長めに寝なきゃって、いつも言ってるのに」
それにしたって、助けに行くと返事をしてから一週間が経っている。
ウィンキーと会った時は昼寝の失態で済むとしても、その前の一週間は何をやって目的を見失っていたのか?
小言の一つでも言ってやりたいが、どうせ言ったところで無駄だろう。
何しろリラルルは、言われた側から約束を忘れてしまう子なのだ。司は内心、溜息をついた。
「なんだよ、このけたたましいバカは?」
坂井も我に返り、リラルルを疎ましげに見つめる。
対してリラルルは臆した様子もなく、何故か偉そうに踏ん反り返って坂井を見上げた。
「リラルルはね、ミスティルの恋人なんですのよーだっ!深い恋を誓い合った仲なのねっ」
と言っている側から、ぽいっと放り出されたもんだから、リラルルは可哀想にスッテンと転んでしまった。
「はぅ!」
「その約束は今この瞬間からチャラってことで!」
彼女を放り出したミスティルは、目を輝かせズカズカと坂井へ近寄ってくる。
「な、なんだよ?」
思わず後ずさる坂井を抱き寄せると、間髪入れずブチュッと唇を奪った。
突然の行為に坂井は目を白黒、葵野も仰天して、彼を坂井から引きはがそうと躍起になった。
ミスティルの腕や髪の毛を引っ張ったり、周りをチョロチョロして喚き立てる。
「ちょ、ちょっと!何してるんだよ、坂井だって嫌がってんだろ!!」
だが、半分力を失っていようと相手は伝説と謳われたMSである。
非力な葵野一人では如何ともしがたく、離れるどころか、ますます抱きしめる力が強くなる。
歯の間を無理に割って入ってきた舌が坂井の舌に絡みつき、坂井の眉がしかめられた。
「ん……ふッ」
口の中を蹂躙されながらも、坂井の腕に力がこもる。
相棒が役に立たないのなら、自力で逃げ出すまでだ。
しかし、それすら許さぬかのように、ミスティルは彼のズボンの中へ手を忍ばせた。
不意に坂井の体がビクリッと勢いよく跳ね上がる。
「ふぁッ……!!」
ミスティルの手が、坂井の大事な処をモミモミしているらしい。
――ということが判った瞬間、普段は大人しい葵野の堪忍袋も、ついに尾が切れてしまった。
「いい加減にしろッ、この、変態!!
最後のほうは声が重なり、葵野とミリティアは、ほぼ同時にミスティルのキンタマを蹴り上げる。
「ほぎゃあ!」
たまらず、地面に崩れ落ちる赤毛男。
「え?」
きょとんとした顔で葵野に見つめられ、ミリティアは優雅に髪の毛をかきあげた。
「女の子の夢を破壊した上、破廉恥に他人の恋人へ襲いかかるケダモノなど私も許せませんもの。これは天罰ですわ」
やっと開放された坂井は尻餅をついている。
汚らわしいものでもつけられたといった風に、何度も口元を拭っていた。
「わ、悪い……助かったぜ、二人とも」
小さく礼を述べ、ペッペッと地面にツバを吐く。
トレイダーに悪戯された時だって、これほど嫌がらなかったんじゃないかってぐらいの嫌がりようだ。
ぶーっと口と尖らせ、早くも金的の痛みから復活したミスティルが抗議を唱えた。
「なんだよー、オレのことバイキンみたく扱っちゃってさー。昔は恋人同士だったじゃん、また仲良くしよーぜ?」
「昔って、いつの話だ!?俺はテメェみたいな気持ち悪い奴と恋人だった覚えは一瞬たりとも、ねぇ!!!」
間髪入れず坂井が反発し、葵野もここぞとばかりに自分達の関係をアピールする。
「そ、そうだよ!俺と坂井は小さい頃から、ずっと一緒の仲なんだから!」
勢いをつけて立ち上がり、ミスティルは坂井へ微笑んだ。
「いつって、千年前だよ。覚えてねーの?」
「千年前だぁ!?」
素っ頓狂な返答に坂井は困り、司を振り返る。
「おい、白き翼!こいつ、何言ってんだよ!?」
話を振られては他人のふりをしているわけにもいかず、司は溜息と共に渋々答えてやった。
「君の前の代の印、つまり初代虎の十二真獣とミスティルは恋人同士だったのですよ」
先代の意外な交友関係よりも、今の今まで司が他人のフリをしていた事実に葵野は少なからずショックを受けた。
おまけに部屋を見渡してみれば、コーティとアリアはとっくに離席している。
タンタンはDレクシィと遊んでいるし、該と美羽は二人だけで小声の内緒話。
「ね、ねぇ。アリアは博士の処に行っちゃったの?」
大人しく座っているリオへ尋ねると、リオの代わりにアモスが頷いた。
「あぁ。解析作業のはかどりを見に行くのだと言っていた。しかし……」
騎士は呟き、部屋の中を見渡す。
「首都の襲撃に加え、伝説のMSに石板探しか。大事になってきたものだ」
彼の任務としては、葵野を救出するだけで良かったのである。
この様子では、否応なくアモスもキングアームズ財団との戦いに巻き込まれるであろう。
いつになれば砂漠王の元へ帰れるのか。それが気がかりであった。
アモスは、傍らで黙して座っているリオに目をやった。
彼は暗い眼差しで該を見ている。
救出のために突入した時から、すでに嫌な雰囲気はあった。
アリアを挟んで嫉妬の戦いだ。
語り部の末裔は賢明な娘だという印象を受けている。
人間よりも書物を愛していそうな娘だった。
アモスとしては、まさか、あの少女が?という疑問が当然のように沸いたのだが、リオに疑問はないらしい。
真っ直ぐ該を疑っている。
アリアと彼が一緒に逃げてきたので、怪しんでいるのだろう。
しかし、とアモスは美羽にも視線を走らせる。
ここへ逃げ込んできて一息入れた後、美羽は皆の前で該の恋人を名乗った。
アリアと該がくっつくよりも、美羽と恋人と言われる方が自然に感じた。
二人とも十二真獣、且つ伝説のMSだ。つきあいは、こちらのほうが長かろう。
「君達は、先代の記憶がないのか?」
訝しげに司から尋ねられ、坂井と葵野は首を振る。
「いや?」
「ないけど……」
美羽と話していた該が顔をあげて、会話に混ざってきた。
「アリアにも先代の記憶はなかった。覚醒遺伝では記憶の繋がりに異常が見られるようだ」
「そうか……」
思案顔で腕を組み、司が呟く。
「なら、ミリティアがミスティルを知らないのも当然か」
そのことですけど、と憤慨した様子でミリティアは尋ねた。
「私が鬼神の力の半身とやらを持っていると皆様揃って決めつけておられるようですけれど、あの男の戯言という可能性は考えられませんの?」
ビシッとミスティルを指さした。
指された方は怒りの程が判っていないのか、笑顔で手を振り返す有様。
美羽が、どことなく見下した表情を浮かべながら悠然と答える。
「ワタクシたちは、ミスティルの言い分を信じておりますわぁ。彼は嘘をつかぬ男ですもの」
続けて該が言い添える。
「そうだ。ミスティルは少々脳の足りないところがある。だが、嘘だけはつかない」
「足りないって何だよ〜。褒めるなら褒めるで、きっちり褒めろっての!」
プンプン怒るミスティルを遠目に一瞥し、司も頷いた。
「該の言うとおりだ。脳天気っぷりに苛つかされる事は多いが、彼は僕達の中で一番誠実な男だ」
どいつもこいつも、一言余計である。
「一番?貴方よりも?」
司の答えに驚いて、ミリティアは目を見開く。
一番誠実なのは総葦司、白き翼だと思っていた。
実際、彼は五人の中では一番有名で伝承の数も多い。
常に正々堂々と戦い、人として信用でき、優れた英雄として褒め称える内容ばかりであった。
死神が負の英雄だとすれば、白き翼は正の英雄である。
その司までもが、あの軽薄チャラ男を一番誠実だと言い切るとは。
ミリティアの問いへ頷く司に、納得いかないといった顔で坂井が茶々を入れてくる。
「誠実な男が、いきなり他人に抱きついてキスしたりすんのかよ?」
それには司も苦笑して、肩を竦めた。
「君が、あまりにも初代の色を強く残していたので……嬉しかったんでしょう」
葵野が興味津々に突っ込む。
「初代の虎って、どんな人だったんだ?」
「坂井君とソックリで、気性の荒い男でしたよ。美羽や僕とも互角に渡り合えるほどに……ね」
ちらっと美羽へ視線をやると、彼女は髪を掻き上げ鼻で笑った。
「そのくせ、甘えん坊なところもありましたわねぇ。本当に坂井達吉、アナタとソックリでしたわぁ。けれど、強さの程は神龍以下でしたわぁ。なにしろ、大戦の途中で死んでしまったんですもの」
不意に強い視線を感じて、葵野はハッと振り返る。
ミスティルがジッと、こちらを睨みつけていた。
立ち上がり、ゆっくり歩いてくる。
異様な威圧に逃げられず、緊張で固まる葵野の側まで歩いてくると、鬼神はニコリともせずに尋ねてきた。
「そーいや小龍ちゃんは、有希の力を引き継いでるって話だけど……それこそ、本当なのか?有希に言われたから十二真獣なんだ、じゃオレは納得できないぜ。証拠を見せてもらわないとな」
「そ、それは……その……」
汗だくな葵野を庇うように、二人の間に割り込んできたのは坂井だ。
負けないほどの険悪な目つきで、ミスティルを睨み返した。
「葵野の事は、語り部の末裔も十二真獣だって認めてんだ。テメェの軽薄な信頼とは違うんだよ」
「軽薄って、悲しいなぁ〜」
多少はおどけてみせたものの、すぐにミスティルは真顔に戻り、坂井の肩を押してどかそうとする。
負けじと坂井がその場で踏ん張って、またしても場が剣呑としかけた時、廊下からパタパタと軽い足音が聞こえて、アリアとコーティが部屋に駆け込んできた。
「皆さん、これから、お爺様が石板に記されていた記述を発表なさるそうです!食堂へお集まり下さいっ」
緊張は一気に解け、部屋の雰囲気が元へ戻る。
金縛りがとけた葵野の腕を掴み、ミスティルから守る形で坂井は彼を引っ張っていく。
「さ、行こうぜ。同じ過去の遺物なら、鬱陶しい野郎より物言わぬ石板のほうが信用できるってもんだ」
葵野が後ろを振り返ると、寂しげな目で坂井を見つめるミスティルが目に入った。
初代の虎を失った理由を考えれば、些か同情しないでもない。
だが、だからといって坂井を彼に渡すなど言語道断。
ぶるぶる、と激しく頭を振って同情を追い出すと、葵野は食堂へ急いだ。

エジカ博士の解析によると、美羽が強奪してきた石板は十二真獣について記されていた。
十二真獣とは隔世遺伝のみならず血族同士の交わりによっても伝染するとあり、皆を驚愕させる。
「では君はまさか、有希と交わったのか?」
眉をひそめて尋ねる司へ食ってかかったのは、葵野本人ではなく坂井。
葵野は真っ赤になって項垂れている。
肯定とも否定とも取れぬ態度で、はっきりしない。
「んなわけねぇだろ!血が繋がってないっていっても、力也にとっちゃ姉貴なんだぞ!!」
「そうだ。有希と彼は血のつながりがない……だから遺伝や感染は有り得ないはずだ」
該のツッコミで自分の失言に気づいた司は、葵野へ頭を下げた。
「すみません、下賤な質問でした」
「判ればいいんだよ」
何故か葵野ではなく坂井が威張って踏ん反り返る。
「しかし……そうなると、どういうことなのだ?」と、コーティ。
皆の視線が葵野に集まる。
隔世遺伝ではなく、血の交わりもない。
とすれば、葵野力也は龍の印ではないということになる。
では有希は何故、力也を十二真獣だと定めたのだろうか。
そしてアリアも。彼女は葵野を十二真獣だと判断した、それは誤診だったのか?
「その石板には他にも何か書かれておりましたの?」
ミリティアの問いにエジカが頷き、「十二真獣の力について詳しく書かれておった」と石板へ目を落とす。
葵野を庇う位置に仁王立ちしていた坂井も耳を傾け、先を促した。
「そいつを是非とも聞かせて欲しいもんだな」
「貴様、博士に偉そうな口を訊くんじゃないッ!」
坂井の態度に苛つく兄をアリアが宥めている間にも、博士は淡々と語り出す。
石板の記述によると、十二真獣の力は他人へ分け与えることができるらしい。
ミスティルの力が分裂してしまったのも、そうした理由があってのことだったのだ。
神龍に襲われた時、ミスティルの本能が危機を察知して、たまたま近くにいた女性へ力を移し替えた。
印の半分を別の器に逃がしたのだ。
印さえ残っていれば、十二真獣はいつでも復活可能だというのである。
「もはや、人間とは呼べぬな……」
コーティの呟きに、今度は坂井が苛つかされる。
「十二真獣はバケモノだと言いたいのかよ?それを言ったらテメェの可愛い妹だってバケモノになるんだぜ」
落ち込むかと思いきや、コーティはキッパリと首を真横に振った。
「アリアは違う」
「何が違うんだよ?」と訝しがる坂井からアリアへ視線を移すと、コーティは優しい声色で答える。
「アリアは十二真獣である以前に、語り部の血を引いている。だから断じて化物ではない」
「ケッ、調子のいい事ぬかしやがって。結局、化物って遠回しに認めてるようなもんじゃねぇか」
アリアが小さく二人を諫め、エジカ博士は石板から顔をあげた。
「分け与えた力を復活させる方法じゃがな、方法は簡単じゃ」
「簡単?どうやるんですの?」
不安げなミリティアへ微笑むと、博士はにこやかに応える。
「うむ。血の交わりじゃよ。半身と半身が交われば」
しかしエジカ博士は最後まで言わせてもらえず、顎に小気味よい一発を食らって大きく吹っ飛んだ。
「あぁっ!」「お、お爺様!!」
さすがに坂井と喧嘩している場合ではなく、コーティもアリアも仰天して祖父に駆け寄る。
鼻血を出してノビてしまったエジカを抱え上げ、アリアは抗議の声を荒げた。
「何をするんですか、ミリティアさん!お爺様のような老人に手を挙げるなんてっ」
対するミリティアも激怒百パーセントで叫び返す。
「じょぉーーだんでは、ございませんわッ!!どうして私が、このチャラ男と寝なくてはいけませんの!?」
「あらぁ、ご老体のお話を聞いておりませんでしたの?鬼神が半身を取り返すための策ですわぁ」
美羽が微笑む横では、司が視線を外して呟いた。
「それしか方法がないのでしたら……僕からもお願いします」
「お願いされても、お・こ・と・わ・り、ですわ!!!
勢いよく食堂の扉を開けると、ミリティアは飛び出していった。
「ミリティア!どこ行くねんっ!」
慌てて、その後をウィンキーが追いかける。
激しい音と共に閉まった扉を呆然と眺めて、タンタンがポツリと呟いた。
「……えっと。そんなに、嫌かなぁ?誰かと寝るのって」
「誰かじゃねぇよ、そこの軽薄チャラ男とだ。俺だってお断りだぜ」
すぐさま坂井が答え、葵野も頷いたのだが、更なるタンタンの呟きには二人揃って目を丸くしたのだった。
「そうかなぁ……」
彼女はミスティルを一瞥すると、なんと頬を染めて俯いた。
「あたしだったら、別に寝てもいいって思うけど。だって、この人けっこー格好いいし?」
格好良ければ、節操なしのナンパ野郎でもいいというのか。
こりゃ、彼女が該に見向きもされないはずだ。

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