DOUBLE DRAGON LEGEND

第十九話 それぞれの行動


葵野は一人、誰とも一緒ではない部屋に監禁された。
月が昇り真夜中になろうという時刻に、その待遇に変化が現れた。
いきなりドヤドヤと大人数が入ってきたかと思うと、先頭に立った美羽から突飛な質問を受ける。
「アナタは龍の印を持つ十二真獣だと、ご自分で名乗っておられるようですけれど本当でございますの?」
「リュウのイン?」
首を傾げる葵野に、失望の溜息をつくと。美羽は続けた。
「それすらも、ご存知ないとは、本当に本物の十二真獣でいらっしゃるのかしらぁ?まぁ、いいですわ。それよりもMSだというのであれば、当然変身も自在ですわよねぇ」
「そ、それは……そのぅ」
ジリジリと追い詰められ、壁際にぴったり張りつきながら、葵野は項垂れる。
すると美羽は、またまた大きな溜息をつき、考える素振りを見せた。
「あらぁ、できないんですの?それは困りましたこと。神龍の名を受け継ぐ者がMSですらないのでは、伝説のブランドも台無しですわねぇ」
MSであるかどうかまでもを否定され、葵野はブツブツと口の中で文句を言う。
「そ、そんなこと言われても……別に、俺だって好きで神龍を受け継いだんじゃないし」
美羽は聞いているのかいないのか、引き連れてきた皆々の顔を見渡すと頷いた。
「一説によれば、生まれながらに変身の下手なMSを変身させるには、どうすればよいか?簡単ですわぁ。その身に危険を生じさせれば宜しいのです。動物は危険を感じると、防衛姿勢を見せます。MSも同じです。己を守る為、変身するのですわぁ。では、さっそく特訓と参りましょう。もし、これでもMS変化ができないのであれば……葵野力也、アナタはMSではないという結論になりますわねぇ」
一方的にまくしたてられ、葵野は慌てて言い返したのだが。
「で、でも、今までもピンチはあったけど、俺はっ」
入ってきた大勢の男達に押さえつけられ、それどころではなくなってしまった。
「では特訓のほう、宜しくお願い致しますわねぇ」
両手両足を壁に繋がれて身動きの取れなくなった葵野を満足そうに上から下まで眺め回し、残る者達へ命じると美羽は出ていった。
「ふふふ、では葵野くん。始めましょうか」
手もみしながら近づいてくる赤ら顔の太った中年へ、葵野が尋ねる。
「え、と。その……特訓って、何を?」
「ですから」
中年の手が伸び、葵野の顎を、つつぅっと撫で上げる。
出かかった悲鳴を、葵野は寸での処で飲み込んだ。
触られた程度で女のようにキャーキャー騒いでいては、何を言われるか判ったものではない。
「これから君に、二、三、質問をします。君は正直に答えて下さいねぇ。もし」
顎をなぞっていた指が首を伝い、胸元へ来て、さらには葵野の乳首の上で止まる。
「真面目に答えなかったり、嘘をついたりしたら……私達が、おしおきをしちゃいます」
シャツの上から乳首を摘まれた。
「あぅッ」
いきなりの行動に驚き、つい声をあげた葵野を、周囲の中年がクスクスと笑いあう。
「おやおや。葵野くんは敏感ですねぇ〜。ちょぉっと触っただけなのに、感じてしまいましたかぁ?」
頭から馬鹿にした言い方に、葵野は顔を赤らめた。
「ち、違います。ちょっと驚いただけで……!」
「ほっほっ」
「おやおや。可愛い言い訳だ」
「小龍様は意外に強情な御方のようですね」
あちこちで小声の嘲笑があがる中、乳首を摘んでいた中年も指を放して微笑んだ。
「ま、このように、おしおきされたくなかったら、ちゃああぁんと答えて下さい。ね?」
にやついた顔が下から覗き込んでくる。
中年の吐く息は悪臭で、葵野は思わず顔を背けてしまった。
「おぉっと、小龍様は他人の口臭が我慢なりませんでしたかな。失敬、失敬」
ちっとも誠意を感じない謝罪をしたかと思えば、急に真顔になり、中年が尋ねてくる。
「では、最初の質問です。あなた方は幾つかのチームに分れて行動していたようでしたが……一体、何が目的だったのですか?」
臭い息から逃れるように顔を背けたまま、葵野が答える。
「そ、それは、そのぉ……」
「何ですかな?何かを、お探しだったのですか?」
「は、はい。石板を、探してました……」
「宜しい。では、何のために石板を探しておられたのですか?」
何のため?
これも隠す必要はない、と考え葵野は即答する。
「えと、俺が変身できる方法を探すために……石板に何かが書かれてるらしくて、それを読めば、変身ができるようになるんじゃないかって、俺の変身がって、坂井が言ってて」
まるっきり文法を無視した、子供の如し説明である。
それでも中年には、きちんと伝わったようだ。
彼らは彼らだけで頷きあっていたが、すぐに一人が向き直る。
「ほぅ。では、その坂井くんですが……いつも一緒なのに、今回は別行動でしたね。彼は何処へ?」
すぐに答えようとして、葵野は思いとどまる。
坂井が向かった場所――それは、ここではないか!
今ここで正直に答えたら、坂井までもが捕まってしまう。
彼の足を引っ張る真似は、したくない。
ぐっと答えに詰まった葵野を見て、中年がニヤリと笑った。
「どうしましたか、葵野くん?ちゃんと答えて下さらないと、おしおきですよぉ」
「そ、それは、あの、その……えっと、ど、どこだったかなぁ……」
明後日の方向に視線をやり、しどろもどろな彼の股間に別の男の手が伸びてくる。
「時間切れだ、葵野くん。おしおきだよ」
低く呟いた声の主が、ズボンの膨らみをさすり上げた。
「あぅんッ」
ぞくぞくという快感が背中を伝わり、葵野は甘い声をあげてしまう。
またしても、忍び笑いが辺りを包んだ。
「ほっほっほ」
「どうやら小龍様は、おしおきを楽しんでいらっしゃるようだ」
「ち、違う!楽しんでなんか」と言い返す葵野を遮るように、低いトーンが詰問する。
「では、答えてみろ。坂井達吉は何処へ向かった?何故君は、それを答えられないのだ」
低い声の男は、ゆっくりと手を動かしたまま前に回ってくる。
他の男達と比べると些か若く、顔もすっきりと痩せていて目つきが鷹のように鋭かった。
「あ、あ、その……」
怖い目で睨まれて、葵野は萎縮してしまう。
彼の怯えが伝わったのか、目つきの怖い男が口元に笑みを浮かべた。
「そう怯えなくてもよい。君はただ、坂井の居場所を教えるだけでいいのだ。さぁ、答えろ」
男としては安心させるつもりで微笑んだのだろうが、顔の怖さと相まって余計に凄味が増した。
すっかりビクついてしまった葵野は、相手の顔を見ないよう視線を外して小さく呟く。
「ん……その」
「なんだ?」
外した視線の先に、男の顔が追いかけてくる。
下から覗き込まれて、言葉に詰まりながらも葵野は答えた。
「し、知らない」
次の瞬間には股間の膨らみをぎゅっと握られ、悲鳴に変わる。
「やァん!」
クックックと喉の奥で笑われた気がした。
「葵野くん、嘘はよくないな。それにしても……今の声。まるで女の子みたいな声だったね」
からかわれ、葵野はカァッと赤くなる。
しかし自分でも思う、今のは女の子でもあげないような声だったと。
「さぁ、葵野くん。さっそく三つめの質問で詰まってしまったねぇ。でも我々は手を緩めないよ?ちゃんと答えてくれないと、おしおきを続けるからねぇ」
再び息の臭い中年が近寄ってきたかと思うと、べろりと頬を舐めてきた。
葵野は引きつった顔で「ひィ!」と叫ぶ。
さながら、出来の悪いホラー演劇に出演でもしている気分だ。
だが、これは夢でもなければ芝居でもない。
おまけに助けに来てくれる人もいない、特訓という名の拷問であった。


葵野と同様、ミリティアも囚われの身となった。
彼女は首都の人間と一緒の牢獄に閉じこめられており、不安な時を過ごしていた。
首都の人間は完全平和主義を唱えていると聞く。
完全平和というからには武器は勿論のこと、戦う力の一つであるMSの能力も拒絶しているはずだ。
戦うミリティアに対しても、彼らは全く無関心であった。
助けなくては、と考えた自分が馬鹿らしくなるほどに。
誘導にも一応は従ってくれたものの、誰一人として「ありがとう」と言ってくれた者はいない。
ありがとうの言葉が欲しくて戦った訳じゃない。と、その時は自分を慰めておいたけれど。
今、こうして一緒にいるミリティアの事を、彼らはどう捉えているのだろうか。
住民は一箇所に固まって座っているが、時折こちらを探り見ては、ひそひそと話していた。
居心地の悪さに強張った表情で隅っこのほうに座り込んでいると、誰かに声をかけられる。
振り向けば、ミリティアに呼びかけたのは幼い少女であった。顔に見覚えはない。
「おねぇちゃん、おねぇちゃんが、最初にもんすたぁを見つけた人だよね?」
仕方なく、コクリと頷く。
「じゃあ、おねぇちゃんが、お空で戦ってた人?」
「そ……そうですけれど」
今度も仕方なく頷くと、少女は笑顔を浮かべて言った。
「ありがとぉ!」
それだけが言いたかったのか、素早く頭を下げるとステテテッと小走りに親の元へ戻っていく。
向こうのほうで親が彼女を叱る声も聞こえたが、ミリティアは呆然とそれを聞き流した。

ありがとう、ですって?

平和主義は武力を忌み嫌っているはずではなかったのか。
MSじゃない人は、MSの存在を心の底では否定しているとばかり思っていたのに。
ちらりと少女を見やると、親らしき人は顔を背けたが、少女は笑顔で手を振り返してくれた。
平和主義教育は、子供にまでは浸透していない模様だ。
敵だらけじゃない。そう思うと、ミリティアの心の中に希望の文字が輝いた。
希望の火を、消してはならない。
大人達はどうでもいいが、あの子だけは私が助けなくては――


その頃、坂井はどうしていたかというと。
怪我人として、キングアームズ財団の医療室へ運び込まれていた。
無論、どこにも怪我などしていない。
怪我人を襲い包帯を奪って、そいつの代わりに運ばれてきたまでだ。
医者が一人もいなくなった瞬間を狙って起き上がると、素早く周囲を見渡してから胸元へ呼びかける。
「……おいウサ公、生きてるか?」
その声に、ぴょこんと飛び出してきたのは二本の長い耳。
「はぐぐ……」
「なにがハググだ、さっさと返事しろィ」
ヅゴヅゴと頭を突かれて、長い耳の持ち主タンタンは勢いよく坂井のシャツから飛び出してくる。
飛び出すや否や、口を尖らせて抗議した。
「くっさかったぁ!あんた、さっきオナラしたでしょ!?」
「さァな。隣の奴じゃねぇか?」
涼しい顔でしらばっくれる坂井に、なおもタンタンは口を尖らせるが、隣に寝ている怪我人が寝返りを打つのを見て、慌てて話すのを止めた。
黙り込むタンタンの頭を軽くつつき、坂井が笑う。
「大丈夫だよ。ここに寝てる奴らは何も見えねェ。さっき思いっきり、やっといたからな」
さっきとは、坂井とタンタンが此処へ運ばれてくる前の話だ。
怪我人の一人から包帯を奪っただけではなく、他の怪我人にも坂井は襲いかかった。
もちろん、タンタンは止めた。
止めたのだが坂井が言うことを聞くはずもなく、彼らは虎の鋭い爪で目をズタズタにされたのだ。
たとえ本人が見たいと願っても、もう二度と外の景色を拝めまい。
「でもォ、気配はわかるでしょ?」
小さな声で言い返す兎に、包帯を取りながら坂井が答える。
「気配がわかっても、くちもきけねぇ奴に何ができる?」
「あ、あんた、まさか……!」
サァッと青ざめるタンタンの首根っこを掴むと、坂井は再び彼女を胸元へ押し込んだ。
「念のためだ。とにかくこれで、奴らは永遠に目も口も使えねぇ。チクられる心配もねぇってわけだ」
坂井のシャツの中で、タンタンは震えた。
怖いのではない。
寝ている怪我人達。
あの包帯の下は、目も喉もザクザクに切り裂かれているかと思うと憤怒で体が震えた。
「ひ、ひどい事しないでよっ。たかが潜入なのに、そこまでする必要なんて、あったの!?」
だが坂井は憎たらしく笑うと、「たかが潜入?」とタンタンを見下ろした。
「相手は俺達MSを兵器に改造するような悪の組織だぞ。手加減する必要こそ、どこにある」
キングアームズ財団が良くない組織であることは、タンタンにも薄々判っていた。
ここへ乗り込むまでに近場の街で聞いた噂は、どれも良くないものだったから。
しかし……それと怪我人を酷い目に遭わせるのは、別問題ではないのか?
動けぬ無抵抗の者にトドメを刺すような卑怯な真似など、彼女はどうしても許せなかった。
――とはいえ、今は敵地の真っ直中にいるわけで。
ここで短気を起こして坂井と喧嘩別れするわけにもいかず、タンタンは癇癪を己の中に封じ込める。
引きつった笑顔を浮かべると、彼女は坂井に尋ねた。
「そ、それはともかくぅ。これから、どうすんの?うまく潜入できたのはいいけど……」
すぐさま「ちったぁ脳でも使ってやったらどうなんだ?たまには自分で考えろよ」と嫌味が返ってきて、タンタンの癇癪玉は、またしても破裂しそうになったのだが、その前に坂井が答えを出した。
「部屋から部屋を移動して、石板を探すっきゃねーな。いざとなったら内情に詳しい奴を捕まえるぞ」
「そんな上手くいくのぉ?どーせ途中で見つかって、また無駄に怪我人を、むぎゅぅっ!」
すかさず嫌味で返そうとしたタンタンは、ぎゅうっとシャツの奥に押し込まれて無理矢理黙らされた。


――アリアは夢を見ていた。
夢の中の彼女は羊を数えていた。柵を跳び越える羊を、延々と数えている。
自分も羊である。羊の恰好で羊を数えているのだ。
端から見れば、シュールな光景といえよう。
そのうち羊が自分の元へ集まってきたかと思うと、それは瞬く間に雪へと代わり、彼女を凍えさせた。
あまりの冷たさに「ひゃあ!」と夢であげたのか、それとも現実であげたのか判らない悲鳴をあげて、アリアはハッと目覚める。
傍らで眠っていたはずの該は、とうにおらず、少し寂しい気持ちになったのも、つかの間で。
「馬鹿!どうしてアナタという人は、ワタクシの気持ちも判って下さいませんの!?」
突然落ちた雷に、彼女はヒャッと身を竦ませる。
激しい怒鳴り声のするほうへ恐る恐る首だけ傾けてみると、そこに立っているのは黒衣の女。
誰も入ってこないと言っていたのに、該の嘘つき!
だが当の該も部屋にいると気づき、アリアは頭をフル回転させる。
そして該と女性は知人であると彼女が気づくのに、そうそう時間はかからなかった。
「美羽、何を怒っているのか――」
「何を怒っているのか、ですってぇ!?アナタがワタクシに犯した罪、まだ判っていらっしゃらないようですわねぇッ」
目尻を吊り上げ、鬼女の如し勢いで怒鳴っている。
その凄まじい形相に怯えたアリアは慌てて首を戻し、寝たふりをした。
怒っているのは一方的に美羽だけで、該はどちらかというとオロオロしているようにも感じられる。
美羽が何故怒っているのか判らない。そんな感じにも聞こえた。
「アナタがアレを十二真獣だと言うから!語り部の末裔だというから、保護することを許してやれば!!アナタときたら、ワタクシの目を盗んで、この小娘と抱き合っていらしたなんて!」
……どうやら、喧嘩の原因はアリアにあるようだ。
羊を抱きかかえて眠っているのを、美羽に見られて大喧嘩。といった処だろうか。
該の寝ていた部分を触ってみると、まだ暖かい。
ついさっき、踏み込まれたばかりということだ。
ちらりと窓に目をやる。空には月が昇っていた。
あまり寝ていた記憶はないが、いつの間にか夜になっていたようだ。
それも真夜中である。
真夜中に踏み込んできて、挙げ句の果てに痴話喧嘩とは、ただ事ではない。
これはもう、知人という仲ではない。二人は恋人か、それ以上の関係なのだろう。
「抱き合っていたのは認める。しかし……」
小さく呟く該に対し、美羽の声は大音量だ。
そこまで大袈裟に怒鳴らなくても、というぐらいの大声で美羽が怒鳴り返した。
「認めるですってぇ!!」
認めなきゃ、どうせまた怒るんだろうに、勝手な言い草である。
他人の喧嘩ながら、アリアはムッと気を悪くした。
「つまり、アナタは小娘との浮気を認めるとおっしゃるのですわねぇ?」
ねちっこく言ったかと思えば、次の瞬間には何もかもを叩き壊すほどの大声で怒鳴りつけた。
「おふざけにならないで!ワタクシを、ワタクシを何だと思っていらっしゃるの!?」
怒鳴るだけじゃない。バシーンという激しい音に、アリアはビクッと体を震わせる。
該がビンタされたのだ。
これだけ大きな音だから、きっと頬は赤く腫れ上がってしまったに違いない。
「……浮気をした覚えはない。だが君が俺を許せないというのであれば、どのような罰でも受ける」
どこまでも下腰な該の態度に、ついついアリアは口を挟んでしまった。
「謝る必要なんて、ありませんよ!悪いのは該さんじゃありません。該さんを信じられない、その人のほうですから!」
寝ていると思った白いモコモコが突然身を起こした上に、生意気な口を訊いたのだ。
美羽の怒りの矛先は当然アリアへ向かい、彼女は渾身のビンタを羊に叩きつけた。
「人の喧嘩を盗み聞きしているなんて、行儀の悪い小娘ですことッ!」
勢いよくお尻に一撃をくらい、痛みのあまりアリアは飛び上がる。
「きゃあ!」
だが次の瞬間には抱き上げられて、彼女は足をジタバタさせた。
「えぇぇっ、が、該さん、ちょっと!?」
なんと、一番助けてくれそうもない人物がアリアを抱きかかえて庇ってくれるとは。
「暴力は、やめろ!」
珍しく声を荒げて叫ぶ該へ、美羽も負けじと叫び返す。
「なんで!どうして、その小娘を庇うんですの!?ワタクシが一番アナタを愛しておりますのに!!」
いや、泣き叫んだ。声が涙がかっているばかりか、目元にも涙が滲んでいる。
彼女の涙に一瞬怯んだものの、該は二、三度首を振って静かに言い返した。
「……知っている」
「なら、どうして!小娘と寝たりするんですの!? ワタクシの愛を、裏切らないで下さいませ……ッ」
ジロッと睨みつけたのを最後に美羽の両目からはボロボロと一斉に涙がこぼれ落ち、ついには座り込んで泣き出した。
泣くほど該を好きだというのなら、ビンタなどしなければよいものを。
大人のやることは理解不能である。
泣きじゃくる彼女に気が咎めたアリアは、該へ降ろしてくれるよう、お願いした。
「あの。私は平気ですから、彼女を慰めてあげてください」
「わかった」と頷く該の頬は、少し赤くなった程度で腫れてはいない。
音は大きかったけれど、それほど威力はなかったのだと知り、アリアは安堵した。
美羽へ立てた先ほどまでの怒りも、すっかり何処かへ吹き飛んでいた。
むしろ、ここまで好かれている該を羨ましいとさえ思った。
リオもエジカもコーティも、アリアを、ここまで大事に想ってくれているだろうか?
不意に彼らの顔が懐かしくなり、床に降ろしてもらったついでに該へ尋ねる。
「……それと。私、いつまで此処にいればいいんでしょうか?」
その問いに応じたのは、残念ながら該ではなく。
泣いていたはずの美羽が、ギロッと険しい表情で睨みつけて答えた。
「いつまでですって!? 永遠に決まっておりますわ!アナタはワタクシ達の奴隷となって、手足の如く戦ってもらいますわぁッ!」


場所は変わって、真っ暗な部屋の中。
「おい。……オイ、やべぇっての。オレ、変身できなくなってんぞ?」
コンコンと二回ばかり頭を小突かれて、のそのそと身を起こした司は気怠げに答える。
「知っている。僕もさっき試してみたが、出来なかったよ」
伝説のMSと謳われた『白き翼』そして『鬼神』の二人は、情けなくも囚われの身となっていた。
人質を取られての強制連行では、情けないもへったくれもない。
「チックショ、該のヤロー、あいつ騙しやがったってコト?マジで?」
ミスティルがぼやくのへは首を振り、司は物憂げに呟いた。
「違う、該は僕達に嘘をつく男じゃない。恐らく彼は何も知らなかったんだ」
ちらりと窓の外を見る。
せっかく月が輝いているというのに、変化できないのでは夜を待った意味がない。
「彼に薬を渡した相手が、彼に何も教えなかった。そう考えるのが自然だろう」
「ンナ?ナヌ?」
ミスティルはしばし考え込んだ後、ポンと手を打つ。
「あ!つまり、渡したのは美羽だから、仕込んだのも美羽ってこと?」
言ってからプンプンと怒り出し、ベッドの上へ足を投げ出した。
「なーにが嘘はつかないだよ、あのヤロ〜!」
「僕達の開放は、完全に制圧した後にするつもりだろう。僕が余計な気を起こさないようにね」
「フヌ?」
再び首を傾げたミスティルにも、窓の外が見えたのか。
「あぁ、そーゆーことね」
納得する鬼神へ、白き翼も頷いた。
「そういうことだ」
まぁ、力が使えないなら使えないでも構わない。
どうせ『良心』を植えつけるには、相手の目を覗き込まないと出来ないのだから。
「それより、いつ、ココを抜け出す予定なワケ?」
軽いノリで尋ねてくるミスティルを一瞥し、司は逆に問い返す。
「いつなら抜け出せられる?」
「ンーッと。アイツへの連絡はいつでも大丈夫だから、司の予定が開いてる日でオッケーよ?」
やっぱり軽い返事が返ってきた。
開いている日というのはつまり、いつでもOKということか。
「なら、早い方がいい。今すぐ連絡をつけてもらえるか?ただし、ここを出るのは明日の夜でいい」
司の問いに、やはりミスティルは軽いノリで答えた。
「オッケ〜!」
靴を片方脱ぎ捨てると、指の間に挟んであった小さな物を摘み上げる。
よくよく目を凝らしてみなければ判らないほどの、超小型の通信機であった。
「あーあー、テステスッ。本日は月夜ナリ」
最初はボソボソ小声で呟いていたが、すぐに真顔に戻って誰かと話し始める。
「お〜、リラルル。元気?いやさ、オレさ、捕まっちゃって。ホントまいるよね〜。え?どこにって、ホラ、森の都。知ってる?そこにあるキングアームズ財団ってトコさ。でさ、助けに来てくんない?あ、今じゃないよ。明日明日。ウン、明日の夜でいいから。……ホント?じゃ、明日ヨロシクね。うん、判ってるって。じゃあね〜」
通信を切った彼に、司が話しかける。
「リラルルは元気でやっているのかい?」
「うん」
にこやかにミスティルは頷き、こうも付け加えた。
「あ、そうそう。司に伝言頼まれちったよ。あのさ、森の都は寒いから、お腹を冷やすなってさ!」

助けを呼ぶことができる。
夕日も落ちかけた頃、唐突にミスティルが思い出したのだ。
おかげで司にも、心に余裕が生まれた。


そして一週間が過ぎた頃、アモス率いる救出団が森の都カルラタータに到着する。
『団』と名付けてはあるものの、実質五名という少々頼りない軍団である。
アモスとウィンキーの他に仲間へ加わったのは、トレジャーハンターのロウとサラ。
それから、途中で合流したリオも一緒だ。
この戦力で救出に行こうというのだから、無謀という他はない。
一応リオはエジカ博士に応援を求める案を提出したのだが、アモスはこれを強く拒否。
なにしろ攫われたのは、中央国の第一王子である。
エジカ率いる学者軍団は相当な数がいるというし、それほどの大所帯が動けば、噂は必ず東にも飛ぶ。
事が公になれば、東の皇女が黙っちゃいまい。
東と西とで戦争が始まるのだけは、何としても避けたい処だ。
「ふーん、森の都っちゅうから街中緑で囲まれとるかと思っとったのに。案外、木は少ないんやね」
ウィンキーの呟きにアモスが反応する。
「大昔は、ここも樹海にあった。だがキングアームズ財団が街に居着いてからは、徐々に工場が増えていき、代わりに緑は失われた」
眉を潜めて物憂げなアモスに、サラが尋ねる。
「工場?何を作っている工場なの?」
アモスは首を振ると、重々しく答えた。
「MD、という噂が流れている。しかし真相は誰も知らぬ……首都の女王ですら知らぬのだ」
「なるほど」と、頷いたのはロウ。
「キングアームズ財団の私設工場ってわけか」
彼の言葉にアモスも頷き、溜息をつく。
「奴らは急速に力をつけた。いつか何かやるのではないかと思っていたが、まさかこのように動くとはな」
表向きはMSの医療研究施設ということになっていたので、首都も迂闊に手が出せなかったのだという。
しかし内情はどうであれ、首都サンクリストシュアが野放しにしていたせいで財団は大きくなった。
B.O.Sに好き放題されていた、東の首都と似たようなものである。
「なんつーか、西も東も中央に行くほどダメダメやね」
「首都を侮辱するつもりか!」
思わず毒づいたウィンキーへ即座にアモスが怒鳴りつけ、ウィンキーはヘコヘコと謝った。
「そ、そんなつもりはあらへん、けどぉ〜、もうちょっと軍隊使ぉて何とかできへんかったのかなぁって」
そのモヒカン頭をこづき、ロウが突っ込む。
「西の首都に軍隊はないぜ。もう忘れちまったのか?」
サンクリストシュアは完全平和主義を唱える国である。
一切の武器を拒絶し、絶対に戦わない主義を貫くというのだから、当然軍隊など持つわけがない。
戦う力がないのでは、財団を武力でどうこうしたりできるはずもない。
「無論、交渉は何度か行った。しかし奴らはのらりくらりと追求をかわし続け、今に至る」
「嫌な軍団ね。真っ向から逆らうB.O.Sとは違って、やりにくい相手だわ」
ポツリとサラが呟き、地平線の彼方へ目を凝らす。
この街で一番大きな建物。
それがキングアームズ財団の本拠地だと、街の人から聞かされた。
「そうだな。サリア女王も苦労なされたはずだ。いっそ財団が東にあれば良かったのに」
建物を眺める一行へ、背後から声をかけたのはリオだ。
「こうして眺めていても何も解決しない。早いところ乗り込んで、二人を救出しよう」
表情は淡々としていたが、内心では、かなり焦っていた。
さらわれたのは葵野だけではない。
彼と一緒にさらわれたアリアはエジカの大切な孫であり、リオにとっても大切な存在なのだ。
こうしてマヌケにおしゃべりしている間にも、アリアは危険な目に遭っているかもしれない。
そう思うだけでリオはズキズキと胸が痛み、どうにもならないほどの悲しみに襲われた。
しかし焦る彼の心を逆撫でするかのように、アモスが首を真横に振る。
「物事には時期も必要だ。今すぐ乗り込んで勝機があると、君は思うのか?」
「……いや。しかし」
「ならば今は、時期を待つのだ。必ずチャンスは巡ってくる」
ポンポンと肩を叩いて、アモスは彼を慰めた。
怒りと勢いは別物である。
憤る心に任せて突進しても、うまくいくとは限らない。
むしろ怒りで我を忘れた者ほど、戦って脆い相手はいない。
無敵の要塞を誇っているキングアームズ財団も、いつか必ず突撃のチャンスを見せるはず。
その時を待って、今は我慢するしかない。
ひとまず宿を探そうと歩き出した時、一行はおかしな人物を目に止めた。
少女だ。
目にも鮮やかな桃色の髪をした少女が、広場の中央で踊っている。
それも、たった一人で。
ひらひらとした薄いドレスを身に纏い、少々季節外れな恰好をしている。
どれくらい薄いかというと「さ……寒そうな恰好ね」と、サラが両腕で己の体を抱きしめて呟くぐらいだ。
道行く人にも奇怪と映っているのか、皆、彼女を大きく迂回して避けていく。
それでも全く気にせず、彼女は一人で踊っていた。音楽もなしに。
「あ、えっとぉ〜。そこのキミ、なんで踊っとるん?」
物好きにもウィンキーが声をかけてみれば、少女が振り向き、微笑んで答える。
「さっきね、木の葉さんに誘われてね、皆で踊ったら楽しいよって言われてね、踊ることにしたの♪」
ルラランリラランと口ずさみながら言われてしまっては、ハァそうですかとしか答えられない。
頭が可哀想な少女なのだろう、と即座にロウやアモスは判断したのだが、ウィンキーはそうは考えず。
さらに愛想良く「ほな、オレも一緒に踊っていい?」などと言い出すもんだから、サラが慌てて止めた。
「ちょ、ちょっとウィンキー!踊ってるヒマなんてないわよ?私達、今から宿を探さなくちゃいけないんだからっ」
宿だけではない。
これから財団にも乗り込もうって時に、奇怪な行動で目立って顔を覚えられるなど御免である。
腕を引っ張られ「チェッ、残念やなぁ」と呟く彼は、本気で残念そうだ。
踊りたいというのは社交辞令ではなかったのか。
「そ、それじゃ私達はこれで……」
そそくさと歩き出すサラの背に、大声が届いてきた。
「あ〜〜〜っ!そぉだぁっ」
叫んだのは、言うまでもない。ヒラヒラドレスの彼女だ。
誰に言うでもなく、彼女は通り一帯に響き渡るほどの大声で独り言を話している。
「リラルルもぉ〜、急がないといけなかったのね!夜までにミスティルを助けに行かなきゃいけなかったのね」
ミスティルとやらが誰の事だかは知らないが、助けに行くとは穏やかな話ではない。
ついつい興味が勝ってしまい、ウィンキーは再び彼女へ話しかけた。
「リラルルはミスティルを助けに、何処へ行くつもりなん?」
するとリラルルは笑顔で即答した。
「ん?ミスティルがいるのは、キングアームズ財団の牢獄なのね♪」

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