DOUBLE DRAGON LEGEND

番外 ギルギス


「お前は私の跡を継ぎ、立派な博士となるのだ」
それが彼の父親の、一番よく使う口癖であった。
森の都カルラタータにあるMS研究カレッジを、優秀な成績で卒業。
いずれは、父の後継者として注目されていた。
父、クリム・キリンガーの――


渡り廊下の真ん中で、ギルギス・デキシンズは男に呼び止められる。
「デキシンズ、また任務に失敗したらしいな」
呼び止めたのは、ダミアン・クルーズ。共に十二の騎士として戦う仲間の一人だ。
「このまま戻れば、デミールの折檻が待っているぞ?」
ニヤリと薄笑いを浮かべる相手に、デキシンズも素っ気なく頷いた。
「だろうね」
自分の部屋へ戻るには、どうしても兄の部屋の前を通り抜けなくてはいけない。
だからといって、渡り廊下で佇んでいる訳にもいくまい。
帰りが遅ければ遅いで、また、兄のデミールは癇癪を起こすであろう。
「貴様が任務に失敗するのは、キャミサと組んでいるせいではないのか?」
誰もが思っていても言いにくいことを、この男は、あっさりと言ってのける。
「俺と組ませるよう、K司教に嘆願してみろ」
何を企んでか、そのような忠言までしてくるダミアンを振り返り、デキシンズは肩をすくめた。
「そりゃあ、パートナーを変えて貰えるなら土下座したって構わないがね。ただ、俺のマスターは、お前が思っているよりも頑固だよ」
それにK司教がOKを出したって、今度はダミアンのマスター・R博士が嫌がるだろう。
大体、二人一組で行動しているのなんて、十二の騎士の中じゃキャミサとデキシンズだけだ。
単独行動できないのは、未熟者の証である。
ダミアンを最高傑作だと自賛してやまないR博士が、パートナーなど許すはずもない。
「K司教も気苦労が絶えまいな。貴様らのような役立たずを作りだしたせいで」
フンと鼻で笑われたが、デキシンズは無言で肩をすくめる真似をする。
ダミアンも、それ以上しつこく勧誘する事なく、さっさと歩き去っていった。
やはり本気では、なかったのだ。
もし本気にしてK司教の元へ行っていたら、後で笑いものにするつもりだったのか。
「……チェッ。俺としちゃあ、いつでもパートナーを交換して欲しいぐらいなのにな」
ダミアンの後ろ姿を見送ってから、デキシンズも再び歩き出す。
兄の部屋を通り過ぎようとした瞬間、扉が開いた。
「デキシンズ、どこをほっつき歩いていたのだ?随分と遅い帰還ではないか」
デミールだ。これでもかというぐらい、眉間に縦皺を刻みつけている。
「遅いって、これでも充分急いで帰ってきたほう――」
言いかける側から頬を殴られ、デキシンズは無様に廊下へ這いつくばった。
生暖かい感触を拭ってみると、手の甲には赤いものが、こびり付く。
「口答えするな。さっさと部屋へ入れ」
「う、うん……」
不機嫌全開な兄の後ろをくっついて部屋に入った途端、襟首を掴まれ引き寄せられる。
眉間の縦皺がハンパない。
兄が相当怒っている事だけは間違いない。
だが今にも唇と唇がくっつきそうな距離間に、デキシンズの胸は場違いにも、ときめいた。
「か、顔が近いよ……兄さん」
照れるデキシンズの横っ面を、デミールはもう一度、力一杯張り倒し。
鼻血を吹いて倒れ込む弟の腹に、間髪入れず蹴りをくれてやった。
「貴様、何故ここへ入れと言われたのか全然理解しておらんな?」
判っているよ――そう答えようにも、デキシンズは蹴られた腹が痛くて声にならない。
兄はいつも、理不尽な暴力をふるってくる。
そして暴力をふるわれれば、ふるわれるほど、デキシンズは己の能力に自信がなくなっていく。
言ってみれば、デミールの暴力がデキシンズの実力を封じ込めているような状態であった。
「貴様はクズだ。せっかくキャミサと組んでいるというのに、毎回任務に失敗しおって」
そのキャミサだが、デキシンズの目から見ると、兄が言うほど実力があるとは思えない。
しかし、それを言えば兄を怒らせるだけなので、デキシンズは黙って罵倒に耐えた。
同じ任務失敗でも、キャミサは兄に優しくしてもらえる。
何故だ。
何故、自分だけが、このように叱られなければいけないのだ。
キャミサだって、デミール以外の仲間からは『役立たず』と陰口されているはずなのに……
悔しさが、思わず表面に出てしまっていたのだろう。
再び腹を蹴られて、デキシンズは激しく咽せ込んだ。
「俺と同じギルギスの名を持つ以上、貴様には俺と同等の実力を身につけて貰わねばならん」
遠のきかける意識の元へ、兄の声が響いてくる。
「その為にも、二度と任務は失敗するんじゃない。これ以上、ギルギスの名を汚す事は俺が許さんぞ?」
よろよろと起き上がり、デキシンズは弱々しく項垂れた。
「ぎ……ギルギスの名は、兄さんが継げばいいじゃないか……俺には、荷が重すぎるよ」
せっかくの提案もデミールの気には召さなかったのか、またしても頬を強か殴り飛ばされ、哀れデキシンズは床に転がった。
「貴様、それでもマスターのMSか!」
「うっ、うぅ……」
止まりかけていた鼻血が、また垂れてきた。
否、鼻血だけじゃない。今度は歯も折れたのか、口の中が火照った痛みを訴えてくる。
「いいか、貴様が嫌がろうと逃げようと、一度ついた名前は生涯変えられぬのだ!貴様も俺も、ギルギスとして成長することをマスターは望んでおられる。ギルギスの名を受けた以上、貴様がマスターの期待を裏切ることは許されぬ。判ったか!」

ギルギス・キリンガー。

それがK司教、すなわちクリム・キリンガーの実の息子の名前であった。
将来を有望され、クリムの後継者として期待されていた若き研究者……
だが、ある日、彼は不幸な事故で、その短い生涯を閉じる結果となる。
研究中の事故だった。
実験体である改造MSに襲われ、命を落としたのだ。
実の息子がMSに殺された、となれば当然、普通はMSに憎悪を燃やすようになるだろう。
しかし、クリムは違った。
息子が死んだのは弱い肉体を持つ人間であるが故――そう考えたのである。
故に、彼は自分の造り出した二つの生命体に息子の名をつけた。
新しい『人類』として己の創ったMSが成長する夢を、デミールとデキシンズに託したのだ。

だからこそ。
デミールは、マスターの夢をかなえてやりたいと思った。
それが、自分の産まれてきた本当の意味であると考えた。
「返事はッ!?」
兄に返事を強制され、デキシンズは思わず「はッ、はい!!」と答えてしまってから、慌てて弁解しようとしたのだが。
デミールは一言「宜しい」と満足げに頷くや否や、後は聞く耳持たないとばかりにデキシンズを廊下へ放り出した。
おかげで、もう一度「チェッ」と舌打ちするハメになり、デキシンズは手の甲で鼻血を拭い取る。
「俺は……本当に、いらないんだけどな。ギルギスの名前なんて」
荷が重すぎる。それも理由の一つだが、本当の理由は違った。
自分の人生を、自分の好きなように生きてみたい。そう、切に願っていた。
マスターがいなかったら自分など、この世に産まれなかったことは理解しているつもりだ。
だが、たとえマスターが創り出した命だとしても、自分の人生はマスターの為にあるわけじゃない。
外の世界の人間からすれば、何を当たり前のことを、と笑われるかもしれない。
しかしジ・アスタロトにおいての創造MSとは、すなわちK司教らの野望を叶える為の道具である。
現にレイやダミアンは、そう割り切って戦っている。ネストや鴉、他のメンバーもそうだ。
デミールは……兄はきっと、違う。だから、ギルギスの名前に拘っている。
ギルギスでいられることが、彼を道具という立場から救い出してくれると信じているのだろう。
そして、それがマスターに報いる恩返しだということも。
――だが兄は兄、自分は自分だ。
子供心に何度も聞いた、伝説の御伽噺。
外の世界は彼の好奇心をくすぐり、一丁前の自我までも心の中に芽生えさせた。
自分は『ギルギス』の代用品などではなく、『デキシンズ』という一個体であるという自我を。
「ギルギスの名前なんて、俺にはいらなかったんだよ……マスター。俺は……デキシンズ。その名前をつけて貰えたのが、一番嬉しかったんだ」
誰もいない廊下でポツリと呟くと、デキシンズは今度こそ自分の部屋へ戻っていった。

fine.
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