BREAK SOLE

∽後日談∽ 海水浴


夏と言えば、海。
単純明快な招待を受けて、春名とクレイは南の島を訪れていた。
もちろん、二人っきりではない。
玄也爺ちゃんや親友の秋子に瞳、猿山、リュウなども揃っての大人数旅行である。
インド洋に浮かぶココス諸島。ここにはT博士のプライベートビーチがあるというのだ。
よって持ち主、及びエクストラ三姉妹とは、現地で再会した。
「クレイ、また少し大きくなったのではありませんか?」
空色のワンピースという水着で出迎えたのは、ミグ=エクストラ。
後ろには、同じ格好のミクやミカの姿も見える。
「あぁ」
クレイはコクリと頷き、ミグを見た。
「ミグは変わっていない」
「たかが一年で人は成長しません」
自らの言葉を否定する形で言い切った後、ミグが付け足す。
「クレイは、筋肉が増えましたけれど」
「ったく元々マッチョだったのに、どこまでムキムキになりゃあ気が済むんだか!」などと茶々を入れてきたのは、ピート。
クレイの保護者を自称するリュウも負けじと横やりを入れてくる。
「なぁに、夜、ベッドで使うために体を鍛えてるんだよな?なぁクレイッ」
この、あからさまな下ネタには女子騒然。
ヨーコが「それ、どういう意味!?」と騒ぐのを筆頭にミグは眉をひそめ、春名は真っ赤になって俯いた。
そんな気まずい空間を打ち破ったのは、軽快な秋子の声。
「もう、そんなのどうだっていいから。早く泳ごうよ!」
目の前にパノラマ展開される青い海、そして水着の三人を見てテンションが上がったらしい。
荷物から、早くも水着の入った袋を取り出している。
「あら、あんた達。まだ着替えてなかったのォ?」
渡りに船とばかりにヨーコも秋子の言葉に乗っかって、上着を脱ぎだした。
「わっ!こ、こんな処で着替えないで」と慌てる春名の言葉は途中で途切れる。
ヨーコ、そして男子のほとんど全員が、服の下に水着を着込んでいたのだ。
「もー、ズボラなんだから。ミグちゃん、更衣室どこ?」
秋子は苦笑し、ミグに着替える場所を教えて貰うと「ほら、春名も行こっ」と三人で走っていった。
「……春名ちゃんの水着姿かぁ〜」
目にも眩しい真っ黄色の海水パンツに履き替えたピートが、ぽつりと呟く。
「こりゃー嫌でも期待しちゃうな。どんなんだろ?ワンピースか、それともビキニか。へへ」
「何よ」とむくれるヨーコの水着は際どいカットのビキニで、しかも色は真っ赤。
「あんなお子様体格が何を着ようと、大して変わんないわ」
ピートが黄、ヨーコが赤と来れば、当然クレイは――
「やっぱり青いんですね。クレイの水着は」
満足の溜息をミグがつき、晃も同意する。
クレイの水着は真っ青、とまではいかないものの鮮やかな青で、熊の柄がプリントされている。
熊柄に気づいた途端、ミグはムッと機嫌を悪くしたものの。
「春名ちゃぁぁ〜ん、待ってましたぁ!うひゃあ、やっぱ春名ちゃんが一番可愛いっ!!」
ピートの大声に気を削がれ、戻ってきた春名達へ目をやった。
大方の予想通り、彼女の水着はワンピースで白と水色のツーカラー。
まぁ、ビキニなんて、よっぽど自分の体に自信がなければ着れるもんじゃない。
「ハルナ、可愛いのです!白が、とてもよく似合っているのです」
ミカにも褒められ、春名は照れくさそうに微笑む。
「ありがとう。ミカちゃんも可愛いよ」
その春名をぐいっと押しのけ、「もーっ」と秋子が一歩前に出る。
「春名ばっかり褒め称えてないで、あたしも見てよォ。ねークレイ、どぉお?似合う?」
何故かクレイに同意を求めるもんだからヨーコの神経を直撃し、たちまち喧嘩の始まりだ。
「全っっ然、似合わない。胴長寸胴の日本人体格が、ビキニなんて百万年早いのよ!」
「あんたには聞いてない!ねぇクレイ、似合うの一言だけでいいんだよ?」
「答えないのが答えなのよ。お兄ちゃんが無言なのは、答える必要ないっていう判断なの!」
なおもキーキー喚く二人は、もううっちゃりして、ミグがクレイを砂浜へ誘う。
「クレイ、一緒に泳ぎましょう」
「あぁ」
即座に頷き、海へ入りかけるクレイを追いかけて、春名とリュウもやってきた。
「おいおい、待て待て。俺達を置いて二人っきりで水のかけあいっこでもして、キャッ、いや〜ん、水着のブラが波にさらわれちゃった!クレイ、両手で隠してェ〜ん。あっ、駄目よ揉んじゃイヤ〜ってやろうってんじゃねぇだろうな?そうは問屋が卸さねぇぞ」
エロネタ全開のマシンガントークに対し、ミグはたった一言。ぽつりと言い返す。
「ワンピースは波にさらわれませんよ」
冷たい切り返しにもメゲず、リュウは尚もエロトークを続けた。
「わかんねぇぞ?ワンピースの隙間から、クレイのエッチな手が入り込むかもしんねぇし」
「クレイはエッチじゃありません!!」
即座に春名が突っ込み、クレイも憮然とした顔で頷く。
ミグも冷ややかな目でリュウ、そして春名を見て傲然と言い放った。
「むしろ、それをやりたいのはリュウ、あなたでは?」
「なんでぇ、バレていたのか」と冗談交じりに頭を掻く彼へ、続けてこうも言う。
「春名を連れてきたのが、何よりの証拠です。波に紛れて春名の胸の谷間に手を突っ込むつもりだったのではありませんか?」
即座にリュウも怒鳴り返す。
「冗談じゃねーよ!胸の谷間なんて、どこに存在するっつーんだ!?」
本当に冗談じゃない。他の奴の前なら言っても構わないが、今は――
「春名に妙な真似をしたら、たとえリュウ兄さん。あなたでも許しません」
ああ、やっぱり。春名の前で仁王立ちして、リュウを睨みつけている。
クレイが、この手のジョークを解するわけがない。
何しろ彼には、冗談そのものが通じないのだ。
だからリュウは言ってやった。
「安心しろよ、俺ぁ谷間のないムネには興味ないぜ」
何度も真っ平らと表現された春名は言い返したいことも色々あったのだが、あえてそこは寛大にもスルーしてクレイを安心させようと微笑んだ。
「そ、そうだよ。クレイの事を人一倍思ってくれている白滝さんだもん。クチでは冗談言ってても、私達にエッチな真似をしてきたことだって一度もないし」
「そうだぜ、悲しいなぁクレイよォ。俺が、んな真似するような男に見えたのか?俺はいつだってお前のことを考えてやっているのに、お前ときたら俺を疑うのかよ」
リュウ本人にも責められて、クレイも自分の迂闊な行動を恥じて俯くと、ポツリと小さな声で謝った。
「……すみません、リュウ兄さん。春名が恥ずかしい目に遭わされると危惧して、あなたを疑ってしまいました」
本を正せば、エロネタをミグに振ったのは他ならぬリュウ本人である。
今だって「いいってことよ!さぁ、気を取り直して一緒に泳ごうぜ」とクレイの背後に回った彼は、熊柄水着に着目して「おまえ、ホントに熊さん好きだな!中身も熊さん級か!?」などと下ネタを振ってよこすあたり、全然反省していない。
「中身が熊さん級というのは意味がわかりませんが、熊は好きです」
大まじめに答えるクレイを見て、またまたムッとするミグ。
不思議に思った春名は、彼女に聞いてみた。
「どうしたの?ミグさんは、熊さん、嫌い?」
ミグは、ぷぅっと頬を膨らませたまま、淡々と答える。
「熊はリュウの分身だから、嫌いです」
リュウの分身なのは、首にリボンが巻かれている、あの熊だけなのでは――?
なんてことを春名はチラと考えたが、ミグの言いたいことも判らないではない。
クレイの熊好きにきっかけを与えたのは、紛れもなくリュウだ。
それに、春名は知っている。
水着だけに及ばず、クレイ自前のエプロンや作業着にも熊の柄が潜んでいることを。
それだけリュウがクレイに与えた、熊の影響は大きい。
そう考えると、ミグがリュウに嫉妬する気持ちも判らないではないのだ。
「春名、どうした?泳がないのか」
ぼーっと考え込んでいるように見えたのだろう。
ハッと気づくと、クレイが心配そうに覗き込んでいた。
「え、あ、うぅん、泳ぐよ?ほら、ミグさんも一緒に泳ごっ」
まぁ、今はせっかく海に来ているのだ。つまらない嫉妬心などに囚われている暇はない。
それでも、なんとなくリュウとクレイの間へ常に割って入るようにしながら、春名は、思う存分海水浴を楽しんだのだった。


パジャマも熊柄だと知ったら、ミグの怒りは頂点に達したかもしれない。
幸いなことに男女の部屋は館で分けられており、春名もヨーコもクレイの寝姿は拝めない。
――はずであったのだが。
深夜、こそこそと廊下を歩く人影が、一つ、二つ三つ四つ。
女子のいる館へ向かう男達が、いた。
「兄さん、やはりT博士の言いつけを破るのはいけません。戻りましょう」
小声で諫めるクレイへ振り向くと、先頭のリュウは肩をすくめる。
「馬鹿野郎、判っちゃいねぇなぁ。修学旅行の華と言ったら夜ばいだろうが」
いつから修学旅行になったんだろう。
それに、夜ばいって?
リュウに誘われたピートとクレイ、そして猿山の四人は女子館へ遊びに行こうとしていた。
言い出しっぺはピートだが、実行犯はリュウである。
猿山は恥ずかしがりながらも行く気満々で、クレイはリュウを諫める内に此処まで来た。
「いいか?ルールってのは破るためにあるんだぜ」
チッチと指をふるリュウの言葉尻に乗っかって、ピートまでが調子に乗る。
「そうそう。それに春名ちゃんだって俺達の訪問を楽しみに待ってるだろうしさぁ」
鼻の下をだらしなく伸ばしているピートに言われても、全然説得力がない。
春名が深夜に、それも約束を破るような輩の訪問を楽しみに待つとは、到底思えない。
そうだろう、と猿山に同意を求めてクレイが彼を見てみれば、猿山も鼻の下が伸びていた。
「でっへっへっ、大豪寺が俺達を待って……どんな寝姿なんだろうなぁ」
もはや春名を好きだという事を隠そうとすらせず、エッチな妄想に浸っている。
なんてことだ。少しは男らしい奴だと思っていたのに見損なった。
「春名ちゃんはネグリジェが似合うと思うんだ」
「いやいや、あの大豪寺だぜ?やっぱパジャマだろ、パジャマ」
「いや、意表を突いてパンティ一枚かもしれんぜ?」
もう我慢できない。これ以上、春名をいやらしい妄想のネタにされたくない。
憤然とリュウを追い越し、通路をとうせんぼしたクレイは、キッパリ言いはなった。
「春名の寝着は常にパジャマだ。判ったら、早く部屋に戻れ」


一拍の静寂を置いて。


「なぁぁぁんで、お前がッ、それを知ってるんだぁぁ!!?」
「おまッ、まさか春名ちゃんと既に、あんなことやこんなことをぉぉ!?」
両側から嫉妬に燃える猿山、それからピートに掴みかかられた。
リュウはリュウで、クレイを助けるでもなくニヤニヤしながら眺めている。
「ふぅぅん、伊達に一つ屋根で暮らしちゃいねぇな。で、どうなんだ?もうヤッちまったのか?にしちゃあ、海じゃ余裕のないポーズだったけどよ」
「やるとは何をですか」
鼻息荒く凄んでくるピートを押しのけ、いきり立つ猿山からも身を離すと、クレイはリュウを睨みつける。
だがクレイに睨まれた程度で、リュウが臆するはずもない。
「体は成長しても心が子供のまんまだよな、お前は。若い男女がやるっつったら、ベッドの上でアハンウフンするに決まってんだろうが」
リュウ兄さんは時々、クレイにとって理解不能な言葉遣いをするから困る。
困惑するクレイの肩をポンと叩き、しばらくの間、彼はクレイを見つめていた。
が、すぐにピートと猿山へ向き直ると、肩をすくめる素振りを見せる。
「ま、公認の恋人が、こうおっしゃってる事だしよ。今日は戻ろうぜ?」
「えー」
「でも、ここまで来て」
納得できずピートと猿山は反発するも、背後から老人の声が二人の反発を掻き消した。
「そうしておけ」
慌てて振り向いた二人は、ギョッとなる。廊下に仁王立ちしているのは、T博士ではないか。
「全く……男女を別の部屋に分けておいて正解だったわい。貴様らは、本当に予測通りの動きをしてくれるのぅ」
眉間に皺を寄せて呟かれ、すかさずピートがUターン。
「す、すいませーんっ、もー寝まーす!」
アストロ・ソール時代に知ったT博士の怖さが、よっぽどトラウマとなっているらしい。
「待てよ、俺も行く!」
続いて猿山も駆け出し、廊下にはリュウとクレイだけが残った。
「ったく、ジジィ。あんた、いつから聞いてやがったんだ?」
それには答えず、T博士はジロッとリュウを睨む。
「貴様がクレイに変な入れ知恵をせんよう、きつく頼まれておるからな」
かと思えば、クレイには優しい目を向け、声のトーンを少し和らげて話しかけた。
「我々の監視下から抜けてもなお、良識ある生活を送っておったようで安心したぞ」
コクリと頷き、クレイも応える。
「春名と玄也博士のおかげです。二人は俺に、日本の常識を教えてくれました」
「じーさんと小娘が教えてくれる常識ってな、小学校でガキが教わる道徳と一緒だろ?そんなん、二十二にもなった男が教わる知識じゃねぇだろうが」
満足げな二人の向こうではリュウが一人で、ぶちぶち文句を言っていたが、あえてクレイは聞こえぬふりをした。
「これからも俺は、ありとあらゆる害から、あの家族を守っていくつもりです」
「その意気じゃ、クレイ」
褒め称えるT博士を横目に、リュウは一人しらけるばかり。
ありとあらゆる害から守るって、何の害だよ?もう、宇宙人もいないのに。
それにな、クレイ。春名ちゃんは、そんな鉄壁のガードをお前に期待しちゃいないんだぜ。
春名ちゃんが、お前に期待しているのは、きっと……


……その頃。
「クレイ達、いないんだってさ」
「もぉ〜。お兄ちゃんったら、どこまで行っちゃったのかしら!」
男子の部屋へ遊びに来た春名達は、見事にクレイ達と行き違いになっていたのであった。

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