act14.クロンのヒミツと、これからの
刃に「温泉で一緒にぬくぬくしよう」と誘われて、クロンは一も二もなく素直に頷き、いそいそと露天風呂へ向かった。
そこは普段、人間兵しか入れない。
人間達の宿舎の最上階、屋上にあり、天然湯ではないものの、毎日綺麗な湯が沸かされている。
さりげに混浴でもあるが、ここを使うのは、もっぱら工場員と雑兵ばかりであった。
無論バトローダーであるクロンは、そんな残念情報など知ったことではないし、いつもならば立ち寄ろうとも思わない場所だ。
だが一日司令と一緒権を持つ今なら、露天風呂だろうと司令のベッドだろうと入り放題だ。
ときめく胸を押さえながらクロンは露天風呂へ急ぐ。
そして向かったことを、すぐさま後悔するハメになるのであった……


タオルを体にまいて湯船に現われたクロンを待っていたのは、刃一人ではなかった。
「よぉー来たな、クロン」
何故か工場長のシズルも一緒で、タオルも巻かんと堂々とした姿で湯船に浸かっている。
何故あなたが此処に……?と、目線でクロンが訴えるのには、すぐさまシズル本人が答えた。
「お前と二人っきりになった時に初めて知って、ヤイバがショックを受けるのも可哀想だと思ってな。俺と一緒なら、多少はショックが和らぐと思ったんだ。それっ!」
言うが早いかシズルが飛びかかってきて、身構える暇もなくクロンは洗い場に押し倒される。
遠方で、やはり湯船に浸かっていた刃が驚いて身を乗り出すのが見えた。
「シズルッ、乱暴な真似は……!」
唇は途中で凍りつき、彼の視線が一点に定まった。
クロンの足と足の間にぶらさがった、女性ならあってはならないはずの物へ。
刃の視線を受けて、クロンは恥ずかしげに顔を逸らす。
だが、下半身のそれを隠そうとはしなかった。
「……な?ごらんのとおり」
肩をすくめるシズルへ、刃が震える声で聞き返す。
「なんで、それがぶら下がるハメになったんだ」
するとシズルは遠い目で語り出す。
全てはマコトの失敗から始まったのだ、と――

新米技師に一体の製造を丸々やらせてみようと思いついたのは、シズルだ。
新米を下っ端扱いしていたら、いつまで経っても実力がつかないのではないかと考えたからだ。
この小隊に必要なのは、古い思考に凝り固まった古参ではなく、新しい風だとも考えた。
実際、アルマは新しい風をシズルが送り込んだおかげで生まれたようなものだ。
つまりはアルマの成功に気をよくして、マコトにもやらせてみたわけだが、これが良くなかった。
マコトは無口で大人しいタイプをイメージしたのだという。
だが、体を作り終えるかという時になって足の接着に失敗してしまい、マコトは大いに焦ったのだろう。
失敗を誤魔化すために、もう一本取り付けたら、外れたと思っていた足はまだくっついており、合計三本になってしまった。
くるぶしから下を切り取ったので男性器のように見えるが、生殖機能はない。
クロンは女の子でも男の子でもなく、足が三本生えた奇妙なバトローダーになってしまったのだ。

「アルマたちはクロンの三本目の足について、どう言っていた?」
刃の問いに、シズルが首を振る。
「あいつらはクロンを男だと認識しているそうだ。俺達には判らない温度差で仲間はずれにしていたらしい」
傍目には、どのバトローダーも仲良しではない。
ゆえに、クロンだけが仲間はずれにされていたのだとしても、刃が気づけるはずもない。
だが、気づいた今となっては、放置しておくわけにいかない。
「クロンを輪の中に入れてやらないと、いずれ連携作戦にも影響を及ぼすだろう。ミスコンでケイが自爆したように」
難しい顔で呟く刃に、シズルも賛成した。
「そうだな。その為にも――」


こうして第38小隊バトローダーたちの規則に、また一つ新たな項目が加わった。
「よーし、次はあたし達の華麗なる連携で、MVPチームを目指すんだからね!」
アルマの元気な声が通信越しに響き、負けじとケイも言い返す。
『それは、こっちの台詞だよ!司令と一日一緒権、今度こそあたし達が勝ち取ってやるっ』
MVPを取った者には、司令と一日一緒にいられる権利を与える。
ただし、MVPは一人じゃ取れない。
三人ずつで連係チームを組み、連携攻撃で、より多くの敵を追撃したチームをMVPと定めた。
もちろんMVPはチーム全員が該当するのだから、司令と一緒に過ごすのも三人一緒だ。
それでも、バトローダーの意欲は萎えたりしなかった。
彼女達は副司令に学んだのである。
たとえ大勢のライバルがいても、自分自身を磨いていれば、他の大勢に埋もれることはないのだと!
三人一緒だろうが六人全員だろうが、大勢の中で目立って司令の視線を独り占めすればよい。
「くぅ〜、燃えるぅ〜!クロン、ちゃんとついてきなさいよ!なだれ攻撃をかけてやるわっ」
今、攻めているのはセルーン国側から見て、はずれの境界線にあたる空域だ。
初心者空域を卒業した彼女達は、最前線の一歩手前で踏ん張っている。
できたばかりの小隊の快進撃には、ワ国軍の誰もが驚かされた。
バトローダーの個性豊かな性格にも。
いずれは一桁台の小隊と肩を並べての共同作戦も念頭にあるのであろう、ワ軍総司令の脳内では。
僻地で戦っているうちに、戦争が終わればいい。
そんな気弱な事を言っていられなくなってきた。
だが空で張り切るバトローダー達の為にも、敵前逃亡は許されない。
大丈夫だ。自分の側に彼女達とシズルが一緒にいるなら、やっていける。
朧気ながらも刃の心の中に、軍人の心構えらしきものが芽吹こうとしていた。



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