バトローダーのハロウィン 〜2019*Halloween〜
「ねぇ、知ってた!?」
――朝一番。
どすっとアルマが上に乗っかってきて、ミラは不機嫌に身を起こす。
「知りませんわ。というか、こんな朝早くからの安眠妨害とは、いただけませんわね」
ミラの小言をアルマは「いいから、いいから」と右から左へ受け流す。
「来週、工場長の発案で仮装大会が開かれるんだって!なんか、すごくない!?」
差し出されたチラシを渋々見てみたミラも、次第に頭がハッキリしてくる。
そして最後のほうの文面で、「まぁ!」と声をあげたのであった。
一体、チラシには何が書かれていたのか――
端的にいうと、第38小隊内だけで開かれる内輪の仮装パーティであった。
だが工場長シズルの案だから、ただの仮装パーティで終わるはずもなく、会場には大量のスイーツビュッフェが用意され、さらには仮装コンテストも開催される。
コンテストで優勝した者には刃司令からの特別なプレゼントがあると聞かされては、参加せざるを得ない。
衣装は手作り限定。仮装のテーマは、セレブなファッション。
図書室に参考文献が多々あるとも、チラシには書かれていた。
「よーし、張り切って作らなきゃね、仮装衣装!」
指をパキポキ鳴らすサイファに、すかさずケイが突っ込んでくる。
「あんたに裁縫、できるの?」
「そういうケイだって、裁縫は機械じゃないんだよ」と、サイファも言い返す。
考えてみれば、ケイもサイファも、そしてアルマやミラだって裁縫なんてやったことがない。
「う、うわ……!ど、どうやって作ればいいの!?」
たちまちパニックになったバトローダー達は、かすかな鼻歌を聞き取った。
「ふんふんふーん……」と小さく口ずさんでいるのは誰であろう、カリンだ。
手には糸の通った針を持ち、布にすいすいと通しながら。
「……えー!カリンすごいっ。何それ、あんた裁縫なんてできたの!?」
皆の驚きに、本人は「え?はい。頭の中に浮かんでくるんですよね、やり方が」と、いともアッサリ。
「……そういやカリンの得意技って、炊事洗濯家事全般だったよね」
思い出したように、ぽつりとケイが呟く。
初顔併せの時、工場長がカリンを、そう紹介していた。
あの時は、そんなもんが戦闘の何に役立つんだろうとバカにしていたのだが、こんな処で役に立つとは。
「すごい!カリン大先生、やり方を教えてください!!」
恥も外聞もなく土下座するアルマを筆頭に、全員がカリンに必死で教えを乞いたのであった――

戦争中だというのに、何故こんな大掛かりなパーティーを開催しようとシズルは目論んだのか。
全ては日頃、戦闘で神経をすり減らしていく我が親友を楽しませてやりたいが為であった。
物資は何とでもなる。第38小隊の駐屯所は最前線より遥か離れた場所、都心部の近くにある。
調理は下働きのおばちゃん達にお任せだし、飾りつけは技師の面々が進んでやりたがった。
あとは頭の固い副指令とバトローダーの教官を説き伏せればよいだけだ。
「仮装コンテスト?いかにも俗物の好きそうなパーティですこと」
羽佐間副指令がシズルを見下していたのも束の間で、ぽろっとマコトの漏らした一言が彼女のハートを直撃する。
「一応コンテストで優勝すると、司令からプレゼントがもらえるんですよね。でも羽佐間副指令は参加しないんですか〜。そうですよね、こんな俗物のパーティにセレブな副指令が出るはず」
「参加しないと、誰が申しあげましたの?」
キッと由紀子に睨みつけられて、たじろぐマコトの代わりに、シズルが一歩出る。
「んじゃあ、あんたもエントリーするんだな?エントリー応募期間は明日までだが」
「もちろんですわ。真の仮装が如何なるものか、とくとご覧に入れてあげましてよ」
副指令の鼻息の荒さに吹き飛ばされるようにして二人揃って部屋を出た後、マコトが、そっとシズルに囁いた。
「エントリーは明日までって、特に締め切りなんてなかったでしょ」
シズルはフンと鼻で笑い、今し方追い出されてきたばかりの扉を睨みつけた。
「ああ言っときゃ勝気なヒスババァのこった、絶対参加してくるだろ。あいつに途中で一抜けされちゃ〜宗像の野郎の説得にも影響出てくっからな」
ヒステリーババア呼びが復活している。
以前、司令直々に厳重注意されていたはずだが、とマコトは首を傾げるも相手は先輩だ。
口に出すのは憚られて、そっと話題ごと、うっちゃりする。
副指令は司令官への下心で説き伏せられても、宗像教官の説得には骨が折れた。
パーティの説明を始めた途端、宗像には大声で怒鳴られる。
「我らに遊んでいる暇などあるものか!訓練は日々重ねて続ける事に意味があるのだぞ」
おっしゃることは、ごもっとも。
しかも彼には、司令のプレゼントも効果がない。
司令を尊敬していることはしているのだが、司令に何か施しを受ける事すら彼は嫌がった。
宗像にとって崇めたたえる存在なのだ、司令とは。
直に触れたり雑談したり、おごってもらうような相手ではない。
「ふーん。んじゃあ、あんたは不参加なんだな?けど、このパーティには副指令も司令もバトローダーも、掃除のおばちゃんも調理室のおばちゃんも雑用係も俺達技師も全員参加だからな。当日なにもやることなくなっけど、それでもいいのか?」
シズルの弁に、ますます宗像は額に青筋を張り巡らせて怒りを募らせる。
「き、貴様……司令を口八丁で丸め込んだばかりか、他の者達まで巻き込むとはッ」
そうは言うが、シズルは誰にも参加強制していない。
雑用の兵士も技師仲間も話を持ち掛けた直後、自ら参加したいと言ってくれたのだ。
ただ一人、刃を除いては。
彼も宗像同様参加を渋っていたのだが、シズルがある言葉をちらつかせたら、あっさり陥落した。
その言葉とは――


パーティ当日。
刃は親友のシズルに言われた通り、お手製の仮装を身にまとい、パーティ会場と指定された格納庫へやってくる。
普段は武骨な鉄板壁の見えている格納庫が、今日だけは華やかに飾り立てられているのを確認した。
オレンジの壁紙に、カラフルな色どりのイラストがベタベタと張りつけられている。
まるで子供が描いたかのような『第38回・仮装パーティ』の看板が、手作り感を一層高めていた。
実際に38回も開催したわけではない。これは以前、刃が開催したミスコンの模倣だろう。
仮装パーティ自体、なんだそりゃ?だし、今は遊んでいる場合ではない。
しかし、不参加を表明したら『参加者とイチャイチャする』などとシズルには言われてしまった。
誰とイチャイチャする気なのか。
シズルが女嫌いなのは、刃も知っている。
となればイチャイチャするのは技師の面々、或いは雑兵?それとも宗像?
誰が相手にせよ、モヤモヤする。
交流禁止を言い渡すつもりはないのだが、シズルの一番仲良しが自分ではなくなるのが嫌だ。
実に子供じみた感傷で、シズルも知れば、きっと呆れよう。
だが、モヤモヤした気持ちを抱えて職務に戻っても、仕事が手につくとは自分でも思えない。
従って、刃の取れる選択肢は参加の一択しかなかったのだ。
仮装のテーマはセレブなファッションときた。
セレブと言われても、これまで母と質素な暮らしをしていた刃にはピンとこなかったのだが、参考資料は図書室にもあると、ご丁寧に書かれていたから、素直に従った。
「いよぉ、ヤイバ!手作りにしちゃあ気合入ってんな、その貫頭衣」
横合いから声をかけられ、刃がそちらを振り向くと、黒の貫頭衣に身を包んだシズルと目が合った。
貫頭衣はワ国の貴族が儀式の際に着る衣服だ。
今ではクルズ形式の仕立てを真似した衣服のほうが多く出回り、貫頭衣を着る貴族も少ない。
それでもやはりワ人としてのセレブをイメージするのであれば、古くより伝わる衣類が正しい選択だろう。
そう思っての貫頭衣だったので、シズルも同じ考えでいたとは喜ばしい限りだ。
刃の貫頭衣は白い。白が好きというのではなく、普段の軍服が白いので、なんとなく白にした。
「はぁう……!司令が、眩しい……ッ」と遠目にアルマが騒いでいるから、一応好評ではあるようだ。
「シズルこそ、黒がとてもよく似合っている。見違えたぞ」
予想外の誉め言葉だったのか、たちまちシズルは頬を赤く染めて、ぐっと親指を突き出してくる。
「え?い、いやぁヤイバだって普段と変わらず、いや、普段以上に凛々しいぜ!」
「白と黒で、碁盤みたいっすね」
場の空気を読まない発言をかましてきたのはマコトだが、シズルは完全スルーして、刃と肩を組んだ。
「白黒で見事なコントラスト、ナイスコンビネーションじゃんよ。まぁヤイバ、お前がコレ選んでくるとは正直予想外だったけど。お前ならクルズ仕立てでも充分似合ったんじゃねーの?」
「いや……ワ軍を率いる将の一人である以上、ワを否定するのはよくない」
堅真面目な返事にシズルが苦笑しているうちに、会場の灯りが一段階暗くなる。
『さっそくですが、仮装コンテストの開催です!会場にいる、これは!と思う仮装をピックアーップ!』
パーティーはエントリー制だが、コンテストはエントリー制ではない。
参加者全員の中からスタッフが勝手に選び、スポットライトを当てていく。
その中で一番素敵だと思う人を、参加者全員の投票で選ぶという流れだ。
極端な話、刃が優勝した場合、刃は自分で自分に褒美を出すことになる。
俺は外してくれとスタッフ全員に申しつけておいた刃だが、スポットライトは当然のように彼の頭上を照らした。
『エントリーナンバー1は我らが司令、白羽 刃様だー!白の貫頭衣が、これほど似合う人物など他におりますまい』
仏頂面で棒立ちする司令が照らし出された瞬間、会場は、ほぅっ……と感動の溜息で包まれる。
「やだ、もう、司令が普段以上にイケメンすぎて直視できないっ」
ふらふらっとよろめくバトローダーや、逆に両手を握りしめてガン見してくるオバチャン達の視線が熱い。
続けてスポットライトが当たったのは、羽佐間副指令だ。
こちらも一応、ワ国に古くから伝わるセレブ御用達衣装ではあるのだが、くっきりした開いた胸元と真横に深いスリットが空いており、目のやりどころに困るセクシーさだ。
『続けてエントリーナンバー2は、羽佐間副指令の漆黒のセレブドレスだー!見事な曲線美をカバーするさまは、まるでドレスを着ていないみたーい!』
そうした、いやらしい目線で見られるのは不快ではないのか?と刃が副指令を慮ってみると、由紀子は自ら胸を突き出し、くねりくねりと腰を動かす。
そうした目線で見られるのが当然であるかのような動きに、刃は衝撃を受ける。
だがしかし、衝撃を受けたのは刃一人だったようで、他の男性陣はヒューヒュー大喝采。
「キャー!副指令、惚れ直しちゃいそー」
普段はヒスババアと彼女を敬遠していたはずのマコトも奇声をあげており、衣装効果は絶大だ。
「けぇー、年増が色気を出してきたって可愛くねぇんだよ」と悪態をついているシズルのほうが、少数派である。
ヒスババアと言わなかった点だけは褒めてやるが、罵詈雑言は許しがたい。
刃は、そっとシズルの太ももをつねりあげ、彼に「いてぇ!」と悲鳴をあげさせながら次を待った。
『エントリーナンバー3は、ミラ!これは懐かしい、宮廷衣装を引っ張り出してきたー!セレブの衣装をバトローダーが理解できるとは、えらいぞミラ!』
続く三番手はバトローダー、平時よりお嬢様ポーズを気取っているミラの出番がきた。
彼女が選んだのは、ワ国の后妃が儀式の際に着るとされる十枚羽織だ。
一枚ごとに色の違う羽織を十枚重ねて羽織る。
見た目の華やかさと比例して、重量も相当なものになる。
刃の母は一応后妃であったはずだが、長い片親生活で母が、これを着た姿を見た覚えはない。
ワ国民も、ここ数十年は、この衣装を見た記憶がないはずだ。后妃が宮廷に不在とあっては。
そもそも何故、母は父と同居していなかったのか。
母は愛人ではない。正規の后妃だった。
愛人の隠し子だったのなら、刃に次期即位の召集がくるはずもない。
周りが大歓声で包まれる中、一人暗く押し黙った刃を心配してか、シズルが、そっと小声で話しかけてくる。
「えっと、その……もしかしてセレブ御用達衣装って、お前にゃ酷だったか……?悪い、気が利かなくて」
「いや」と短く首を振り、刃は憂いの表情を消す。
「少し、母の事を考えていた。大丈夫だ、シズル。気遣い感謝する」
「う、うん……お前が楽しんでくれれば、俺はそれで」と視線を外した友を見て、なんで、こんな酔狂なパーティを彼がやろうと言い出したのかを、刃は、はっきり理解した。
ここんとこ、ずっと戦闘の繰り返しで気の休む場面のなかった38小隊だ。
シズルが息抜きの一つもさせてやろうと考えてくれた、その気持ちが一番嬉しい。
スポットライトは次々仮装を照らし出していたけれど、この中で一番を決めるのであればシズルがナンバーワンだと刃は考えた。


――結局。仮装コンテストは、刃司令が堂々の一位で終わった。
だがパーティ参加者は殆どがスイーツビュッフェで腹をパンパンにさせて満足していたし、スポットが当たったミラや副指令も刃に投票していたというんだから、誰からも不満は出なかったのだろう。
「そういや、お前からのプレゼントって何を予定していたんだ?」とシズルに尋ねられて、刃は「これだ」と答え、ごそごそと引き出しの中からプレゼント用に取っておいた物を取り出した。
しかし「手製の首飾りだ」と呟くや否や、すぐに元の引き出しの中へ、しまい込んでしまった。
ちらっとしか見えなかったが輪の中心には貝殻の形を模した物がついており、なにか入れられるようになっていたようだ。
超お堅い刃にしては、可愛いものを作るじゃないの……
俄然興味がわいてきて、シズルは刃に尋ねた。
「そのプレゼント、頑張った自分へのご褒美になっちまったけど、どうすんだ?使うのか」
しばし黙っていた刃が、やがてシズルへ向き直る。
「……実は、もう使っている。中に、その……これを、入れて」
再び首飾りを引っ張り出して貝殻を開けて見せてきたので、シズルも覗き込んでみると、黒い貫頭衣に身を包み、ニッカと笑った己の写真が入っていて「ハァア!?」とシズルが刃を問いただすよりも先に。
「さぁ、パーティ気分は、もう終わりだ。お前も職務に戻って真面目に働け!」
テレをごまかしたい刃により、強引に司令室を追い出されたのであった。


おしまい
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