黒い夜

◆1◆ 古代遺跡調査

レイザース領土内――アネルテペイド神殿。

「ったく、こんな処潜ってって今更何を見つけろってんだか」
「文句を言うなよ。これも民の安全を守る陸軍ならではの仕事――」
「はいはい、お小言はもう結構。さっさと終わらそうぜ」
「キリー!……まったく、もぅ」

 会話を途中で打ち切られ、アレンは溜息をつきつつも、先頭を進むキリーを見失うまいと追いかける。キリーとアレン。二人は共にレイザースの陸軍に所属する騎士であった。先ほどから同国領地内にある古代神殿遺跡に潜り込んでいるのも、彼ら陸軍――通称黒騎士団の、任務の一端である。

「ここは散々探検家や調査隊が調べ尽くしたんだろ?モンスターなんざ探したって、もう一匹も出てきやしないさ」
「文句の多い奴だなぁ。いいから黙って進めって」

 先頭に立って、ぶちぶち文句を言いながら、適当に瓦礫を蹴飛ばしているのはキリー。生まれは貧民、軍人になって三年は経とうというのに一向に自覚が芽生えないのか、規約違反が目立つ問題児だ。しかも彼自身には、問題児だという自覚があるので手に負えない。つまり確信犯というやつである。

 その後ろ、溜息つきつき周囲を油断無く見渡しているのがアレン。生まれも育ちもレイザース首都、実家は大富豪の貴族様。一部では世間知らずの貴族と陰口を叩かれながらも、アレンは騎士の鏡、模範生として世間の評判もそこそこ良い。陸軍といえば隊長テフェルゼン、その次に黒騎士アレンと名も高い。

 火と油、光と影とでもいうべき正反対な二人だが、何故か一緒の任務を組まされることが多く、今日も遺跡の見回りにやってきたというわけだ。アネルテペイド神殿は、レイザースが小国であった頃から存在しているとされる古代遺跡の一つである。キリーの言うとおり、何年も何十年もかけて探検家や調査隊が調査し尽くしているので、今更見回るまでもない場所――のはずであった。

だが。

 ここ数日、この遺跡から謎の話し声が聞こえる、いやモンスターの唸り声みたいなものも聞こえてくる、という苦情が相次いでレイザース警備隊の元へ届けられたのだ。しかし問題の場所は、深く入り組んだ遺跡内部。警備隊だけでは手に負えないと判断され、任務は陸軍へ回された。

 黒騎士達を束ねる隊長であり、陸軍副司令でもある若き将軍アレックス=グド=テフェルゼンは、ただちに部下を派遣し、調査を開始した。その部下というのが先ほど紹介したアレンとキリー、二人の黒騎士なのだ。

 テフェルゼンに勝るとも劣らぬ剣術、それがアレン最大の武器である。対してキリーは、というと……これといった特技もなく、強さとしても大したことはない。
いや、さすがに一般人よりは強かろうが、黒騎士としての実力を計った場合、アレンやテフェルゼンには到底及ばない実力であろう。

 では、何故テフェルゼンはキリーも遺跡へまわしたのか?答えは簡単。厄介払いである。ついでにアレンと組ませることで、改心を期待していた。もっともこれは、アレンを納得させる為の後付理由でもあったが。

「足場が悪い……かなり崩れてるぞ。本気で降りるつもりなのか?」
「徹底的に調査しなきゃいけないっつったのは、お前だろ?グダグダ言ってねーで、とっととついてこいよ」

 軽く触れただけでも、乾いた音を立てて瓦礫の破片が奈落の底へ落ちてゆく。遺跡奥には【奈落】といった表現の似合う縦穴が、大きく口を開けていた。最初に降りると言い出したのはキリーであり、アレンはむしろ躊躇していた。

 カンテラで穴を照らしてみても、底が見えない。手持ちのロープでは長さが足りないかもしれない。そんな処に二人だけで降りていって、万が一のことがあったら、どうするのだ。若くして重度の心配性なアレンであった。

「ヘッ、臆病風に吹かれやがったか。いいさ、貴族の坊ちゃんはそこで待っていな。俺が調べてきてやる」
「誰が坊ちゃんだ!俺も行く、お前一人に任せるわけにはいかないからな」

 だがキリーに鼻で笑われカッとなったアレンは、本来ならば言うべきではない言葉を、自分でも思いがけぬうちに口走っていた。しまったと思っても、もう遅い。キリーは意気揚々と杭を床に打ち込んでいる。

「行くって言ったからには、一緒に来てもらうぜ……まさか約束を反故にしたりしないよな?黒騎士様ともあろうものが」
「わ、判ってる!」
「ロープ、貸してくれ」

 急かされ、渋々アレンがロープを手渡すと、キリーは杭にロープを結びつける。もう一度穴を覗き込んで、彼はヒュウッと口笛を吹いた。口元には笑み。キリーは、ここにきてようやく調査の楽しみを見つけたようだ。アレンからカンテラも譲り受け、一、二度足場を確かめてから、穴の中へ入っていく。

「慎重に降りろよ」
「当たり前だ、こんなとこを慎重に降りない奴がいるのかよ?」

 何故、素直に一言「うん」と答えられないのか。キリーのこういうところが皆の反感を買うのだと、アレンはいつも思っている。すでに内部ではキリーを仲間外れにする傾向もあり、軍隊としては、すこぶる良くない傾向だ。
 出発前に言われた隊長の言葉を、アレンは思い出す。キリーの監視と育成、それが遺跡の調査に加えて自分に課せられた任務だ。

「おい、ぼーっとしてんなよ?大丈夫だ、二人ぶらさがったところでロープも切れやしないさ」

 穴の中から叫ばれ、アレンはハッと我に返る。

「判ってる!すぐ降りていくから、待っていろ」
「先行くぜ。底があるかどうか確かめなきゃならん」

 この自己中を自分が鍛えるのか……アレンは次第に痛くなってきた胃の辺りを押さえて顔をしかめると、ゆっくりと穴の中へ足を踏み出した。


 上のほうでブツブツ文句を言っていたアレンも、降りてゆくに従い大人しくなった。まったく、自分と同じ年齢だというのにアレンは保守的すぎる。キリーは彼には聞こえない程度に溜息をつく。
 アレンの小言癖や優等生ぶった態度には反吐が出る。周りの連中がアレンに対して甘いのも気に入らない。隊長でさえ、そうだ。隊長でさえアレンには甘い。奴が、上流家庭の模範生だからか。

 何の因果で自分が、いや自分だけが、こんな優等生と組まされるのか。
 嫌がらせに近い――否、嫌がらせなのだとキリーは思い直した。

 軍に入隊したばかりの頃から、キリーは何かと目をつけられがちであった。誤解から来た罪が周りの解釈で真実と誤認されることも多く、これでは真面目にやろうという気もそがれるものである。目つきが悪いのも災いしたのだろう。アレンのように好青年たる外見であれば、罪を全て追い被されるような迫害を受けずに済んだかもしれないのに。

 親を詛ったこともあったが、今ではもう、開き直ることにしている。周りが自分を悪と見るなら見ればいい。好きに解釈すればいい、こちらも好きにやらせてもらうだけだ。キリーは、なかば投げやりとも言える心情になっていた。

 不意に足が地につき、キリーはハッとなる。ロープから手を離し、カンテラで周囲を照らした。ぼんやりとではあるが、奥のほうに続く道が見える。必要以上なほど用心深く降りてきたアレンに、勢い込んで声をかけた。

「おい!見ろ、奥に横道がある」
「まさか……行くつもりじゃないだろうな?」
「当たり前だろ。ここまで来てトンボ返りして、どうするんだ」
「しかし、何が出てくるか判らないんだぞ。一旦戻って準備し直してきた方が」
「随分と臆病な騎士様だな?腰に差してる剣は何の為にあると思ってんだい」

 さらに軽口を叩こうとしたキリーが不意に動きを止める。キリーだけではない、アレンもハッと身を固くした。唸り声が聞こえる。人とは違う、獣とも違う、モンスターらしきものの唸り声が。それも、彼らが今から行こうとしていた横道の方角からだ――

「何か……いるぞ。気をつけろ、キリー」
「お互いにな」

 唸り声が、突然咆吼にかわった。そこへ加わったのは、剣で何かを叩っ斬ったかのような鈍い音。こんな斬撃音をモンスターが立てるはずもない。明らかに、誰かがモンスターと戦っている!

「いくぞ!」

 と、叫んだのは二人のうちのどちらが先であったか。
アレンとキリーの二人は、先を争うようにして奥へと飛び込んだ。

 怪物の咆吼を頼りに道を突っ走る。横道はどこまでも一本道であったのが、幸いした。不意に視界が開けて広い場所へ出た二人が まず注目したのは、背の丈天井ほどはあろうかという謎の生物。白い毛がゴワゴワと体中を覆い、二足歩行で立ち上がっている。見かけは猿に似ているが、ここまで大きなやつは今まで一度も見たことがない。初めて見るモンスターだ。

 ――どうして、この遺跡に、いつの間に、どこから来て、住みついた!?

 だがそれを考えるよりも先に、モンスターの前で剣を構える者が視界に入り、二人は再びあっとなる。少女だ。幼い少女が、自分の背丈数十倍以上あろうかという巨大なモンスターと戦っている!
 しかも驚いたことに、彼女は無傷であった。一見した感じ、どこにも怪我を負っている様子がない。白いモンスターのほうは、毛に青い血が付着している。言うまでもない、モンスター自身が流した血だ。

「何者だ!?」
「んなーこたぁ後で調べればいい!加勢するぞッ!!」

 誰何するアレンを制し、先に飛び出したのはキリー。白いやつの動きを横目に捉えながら、少女の脇につく。目が合うと、少女はニッコリと微笑みかけてきた。

「ありがとう!あなたは、あたしの後ろでバックアップをお願い。そこの彼は、こいつの背後に回って!前後からの挟み撃ちにするわ!」
「りょ、了解!」

 少女の言葉には有無を言わせぬ強い力があった。正体を訝しがっていたアレンや普段は反抗的なキリーですらも、素直に動かすほどの力が。一種のカリスマ、と言ってもいい。アレンはモンスターの背後に回り、剣を構える。キリーは言われたとおり少女の後ろに回り、こちらも剣を引き抜いた。

「いーい?あたしが攻撃したら、後ろの彼も斬りかかって!それで攻撃したら、すぐ離れてね!あたしとあなたで交互に攻撃するの!」
「わかった!」

 アレンは、すっかり彼女の言いなりだ。レイザース陸軍の黒騎士様ともあろうものが、名も知れぬ少女に指揮されている。チッと舌打ちをうっていると、少女がいきなりキリーのほうへ振り向いた。

「それと……万が一あたしが失敗したら、あなたも攻撃に加わって。じゃないと、あっちの彼が危険になっちゃうから」
「あぁ」

 別にアレンが危険になろうが知ったこっちゃない。が、キリーは逆らえないものを少女から感じ、即座に頷いていた。それは逆らったら殺される、といった危機感ではなく、逆らったら彼女に嫌われる、という直感であった。

 ――出会ったばかりのガキに嫌われたから何だというんだ?

 直感してから、改めて自分の思いに戸惑うキリー。だが、少女がモンスターに斬りかかり、彼の思考はそこで中断された。少女渾身の一撃をモンスターは腕で庇い、斬りつけられた部分からは血が流れる。少女が地に降り立つと同時に、今度はアレンが背後から斬りつける。アレンの一撃は かなり効いたようで、背中から大量の血を吹きだし、モンスターは苦悶の咆吼をあげた。

「へたくそ!一撃で仕留めろよッ」
「無茶言うな!!初めて見る相手なんだぞ!?」
「大丈夫、効いてるから!何度も斬りつければ、そのうち倒れるわ!」

 咆吼止まぬうちに、再び少女が飛びかかる。先ほどと寸分変わらぬ場所、そして先ほどのように腕で庇おうとするモンスター。

「ダメだ、また防がれる!」
「一度目は防げても……二度目は駄目ッ!!」

 ブチブチと肉の引きちぎれる嫌な音が、遺跡内に響き渡る。続いて青の噴射。切断された腕から、止めどなく青い血が噴出していく。モンスターの額には苦悶の汗が浮かび、途切れ途切れの唸り声が口から漏れていた。

「う……嘘だろ!?」
「断ち斬っただと!? こんな、少女がか!」
「ふふっ 失礼ね、少女でも剣士は剣士なんだからっ」

 二人揃っての驚愕に少女は苦笑しながらも、動きは容赦なくモンスターのトドメに向かう。腕を押さえ蹲ったモンスターの脳天に剣を突き立て、グリッと抉ると、嘆きをあげていたモンスターも大人しくなった。

「す、すげぇ……」
「圧倒的な強さだ……!」

 まるでテフェルゼン隊長の戦いを見ているかのようだ。手強そうなモンスターであったのに、少女はそれを一人で片づけてしまった。一応アレンの加勢もあったにはあったが、実質上は少女一人で倒したと見ていいだろう。二人が駆けつけた時には、すでにモンスターは手傷を負っていたのだから。
 呆然と見ている二人の元に、少女が戻ってくる。まったく息を切らしておらず、最初と同じ笑みを浮かべて。

「つ……強ェな、お前……」
「ウン、ありがとっ。あたしシェリルっていうの。あなたは?」
「お、俺ッ?俺はキリー=クゥ――」
「君、ずっと一人で戦ってたのか?怪我はないかい、それと今までここで何を」
「ふ〜、ひと暴れしたら疲れちゃった!ねぇねぇキリー、どっか近くに泊まれる場所ってない?」

 アレンの詮索もまるで無視して、少女がキリーの顔を見上げる。何故自分に尋ねる?と内心ドギマギしながらも、キリーは慌てて答えた。

「あ、あぁ、こっから一番近いのは陸軍宿舎だ。二番目が街の宿屋――」
「じゃあそこ!そこに案内してっ」
「そこって?」
「どこ?」

 間抜けにハモりながら聞き返す二人へ、少女は再び笑顔を向けた。

「陸軍宿舎!ここから一番近い宿なんでしょ?」
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