夜に咲く花

人形師のハロウィン 〜2019*Halloween〜

自動人形をも巻き込んだ、人形師と工夫の間で起きた戦争は、貧しい工夫に救いの手がもたらされた。
二度に渡る戦争は、自動人形の在り方が見直されるきっかけにもなった。
「人形師を廃業するだって!?本気なのかい」
古き友人エクサリスに眉を顰められても、ジャーマターの意志は変わらなかった。
あの戦が終わり――人形師の立場は一変した。
正確には人形の立場が、だ。
ただのおもちゃであったはずの自動人形に、なんと人権が与えられたのだ。
そればかりではない。
自動人形にも徴兵と税金の義務が発生した。
人間と同じ扱いになった、そう言い換えれば判るだろうか。
だが、それは人形にとって不幸でしかない。
おもちゃであったからこそ、自動人形には平穏が保たれていたのだ。
人と人との争いに無関係でいられたのだ。
これからは、そうもいかない。
問答無用で争いに巻き込まれるだろう。
その原因を作ったのは、言うまでもない。人形師だ。
人形師が戦争に自動人形を放り込んだ。
二回も、愚かな判断で。
二回とも戦争で活躍したとあっては、政府が自動人形へ向ける目も変わらざるを得なかった。
はからずも、人形師が自らの芸術を自分たちの手で破棄してしまったという結論になろう。
人間のエゴに人形が巻き込まれるなど、悲しくて、やりきれない。
だから、人形師を廃業することにした。
多くのコレクターに愛され、名だたる人形師にして第一人者の引退宣言は、全世界を震撼させた。
御贔屓にしてくれた、これまでの顧客には申し訳ないと思う。
それでも。
それでも、人形師は人形を最優先に考えねばならぬ。
ジャーマターの決心は、たとえ多くの人が惜しもうとも変わるものではなかった。


お祭りの音が響くよ 夜になったら 出ておいで
あの子も この子も おばけもみんな 今日だけは 友達さ


歌声が途切れることなく、街に流れている。
歌はダニスの住む家にも聞こえてきた。
「なんだ?誰が歌っているんだ」と尋ねれば、すぐにエクサリスは答えてくれた。
「あぁ、今日は祭りがあるんだ。ジャーマターの引退を偲ぶ祭りさね」
ジャーマターが人形師を廃業する噂は、エクサリス経由でダニスも聞いている。
ハンドメイドを主流とする人形師が、また減ってしまうと嘆かれて、ダニスもちょっぴり寂しくなった。
とは言え、ハンドメイドの自動人形と出会ったのは一度きり。
賢者ウォートリアの家にいたジャニアだけだ、ダニスが知るのは。
あの悲しい事件が起きた後。
彼女は、よその金持ちの家へ貰われていき、ダニスは形見分けとしてエクサリスに引き取られた。
潰れた片目は入れ直してもらったけれど、数か月の間は寂しくて仕方がなかった。
ウォートリアの死はダニスに深い悲しみを与えた。
同じく悲しみを負ったエクサリスが立ち直るのにも、ずいぶんと時間を要した。
やっと立ち直った矢先、今度はジャーマターの廃業ニュースだ。
「戦いが終わったってのに辛気臭いよね」
はぁっと深い溜息をつき、エクサリスが顔をあげる。
「けど、仕方ない。もう作る気力がないってんじゃね。なら、せめて笑って送ってやろうじゃないの、背中をさ」
「ジャーマターの引退をしのぶのに、なんでオバケが友達なんだ?」と、ダニス。
あぁ、と笑い、年老いた革命家は自動人形に説明してやった。
ジャーマターは人形や人間だけに愛された男ではない。
草や月や空も彼を愛した。全ての万物に愛された男、それがジャーマターだ。
オバケだって例外ではない。
彼の引退を見届けたい奴は、全員出てくるといい。盛大な送り祭りにするために。
そういった意味の歌だと聞かされ、ダニスは一応納得する。
オバケとは死んだ奴だと、どこかで聞いた覚えがある。
賢者ウォートリアも、今日ぐらいはオバケになって出てきてくれるだろうか。
やがて夜になり、ジャーマターの引退を偲ぶ祭りが始まった。
誰がやろうと言い出したのかは、定かではない。
なんとなく人が集まり、自動人形も表に出てきて、祭りをやろうという流れになった。
思い思いの仮装をして、談笑を交わせたり、酒場で飲み明かしたり、思い出に心を馳せるといい。
我らが偉大な人形師、ジャーマターへ捧ぐ想いを。
ジャニアへ会いに行っておいでと背中を押され、ダニスも街へ飛び出した。
手土産はエクサリスの作ってくれた、お菓子のバスケットだ。
ちゃんと自動人形サイズで作られた。
エクサリスも誘ったが、行かないと断られてしまった。
彼女はジャーマターと個人的な友人だ。
後で、こっそり本人に会うつもりなのかもしれない。
ジャーマターの家は、きっと大賑わいだ。ダニスの入る隙間もありゃしまい。
それよりもジャニアだ。ダニスは彼女のいる家へと急ぐ。
一般民区域を抜け、貴族区域に差し掛かろうという時、不意にダニスは丘の上を見た。
なにがあるというわけでもない。あの家は、もう壊されてなくなった。
だというのに丘の上を見て、ダニスは、あっとなる。
丘の上に、火が灯っている。家も何もないはずなのに。
無性に気になり、そう、ジャニアに会うよりも気になって、ダニスは行き先を変更する。
息せき切って、丘の上へと走っていった。


丘の上には誰もいない――
ぐるりと見渡して、ダニスは辺りに誰もいないのを確認した。
落胆するダニスに、優しい言葉がかけられる。
「今宵は一段と星が瞬き、風も囁いている……そう思いませんか?ダニス」
ハッとなって声のほうを見やると、そこには懐かしい顔が立っていた。
丈の長いローブを着込み、艶やかな黒髪を、ゆるく縛っている。
「ウォートリア!」
叫ぶと同時にダニスは走り出し、差し出された腕の中へ飛び込んだ。
「賢者、賢者、賢者ぁぁっ!」
人であれば、大粒の涙を流しているところだ。
ダニスは自動人形ゆえ、泣くこともできないが。
ダニスのブラウンの髪の毛を、優しく撫でてくる手。
この感触には覚えがある。間違いなく賢者ウォートリアのものだ。
だが彼は、戦争が終わるよりも前にオージと二人、暖炉の火に巻かれて焼け死んでいる。
何故、ここに?しかも実態を伴って。
喜びが疑問に変わる彼へ、答えたのは他ならぬ賢者本人であった。
「ジャーマターが引退すると、冥界で聞きました。お疲れ様の一言を現世で伝えたいと願いましたら、このように化けて出てこられました」
「じゃあ、今のあんたはオバケなのか?」
首を傾げるダニスへ、賢者は涼し気に笑う。
「そういうことになりましょう」
ほら、歌が聞こえる。と促されて、ダニスは賢者の指さす方向へ耳を傾ける。

お祭りの音が響くよ 夜になったら 出ておいで
あの子も この子も おばけもみんな 今日だけは 友達さ

夕方にも聞いた、あの歌だ。
誰が歌っているのかは知らないが、遠く離れた丘の上にも聞こえてくるとは、よほど大きな声で歌っているのか。
と思っていたら、賢者が断りを入れてくる。
「星と風と月が歌っているのです。人の作った歌を、人であるジャーマターの為に」
「そうか」
人のみならず人形は勿論のこと、自然や大地もジャーマターが好きだとエクサリスは言っていた。
あれは本当だったんだ。
歌はやがて言葉ではなく、びゅうびゅうと音になって消えていく。
「これから、ジャーマターの処に行くのか?」
ダニスの問いに賢者は首を真横にふり、「ここでいいのです。ここからでも、声は届く」と囁いた。
「けど」とダニスは彼を見上げ、先ほどよりも小さな声で尋ねる。
「ジャニアにも、会わなくていいのか?あいつ、ずっと悲しんでいたぞ。あんたの死を」
ふわふわとダニスは頭を撫でられ、抱きしめられる。
「それは、きみもでしょう。きみもジャニアも、エクサリスもジャーマターも、私の死を悲しんでくれた。私は幸せでした」
「なら」と抱きしめられた格好で、ダニスは瞼を閉じる。
「あんたの心にだって、花は咲いていたんじゃないか」
それには答えず、ふっとウォートリアの瞳が優しく潤む。
心の花か。
生前、ダニスとジャニアに伝え損ねた道徳だ。
恐らくはエクサリスあたりが、ダニスへ伝えてくれたであろう。
エクサリスとダニスに繋がりが出来たかどうかは、ダニスの手元を見れば判る。
藤の枝で編んだバスケットは、彼女の手作りだ。
彼女が人形師を名乗っていた頃は、自分にも、よく作ってくれたものだ。
「ダニス。心の花を、けして枯らさないと約束してくれますか?」
「あ、あぁ」
意味は分からずとも、ダニスは頷いた。
そうしないと、賢者がいきなり消えてしまいそうで怖かったのだ。
「……よかった」と小さく呟き、ウォートリアがダニスを地に下ろす。
「よかったって、何がだ?」
呟き一つにも反応するダニスへ、賢者は微笑んだ。
「きみが、きみのままでいてくれて。恐ろしかったのです。私の死が悪い影響となって、きみを変えてしまうのではないかと。だが、今日、きみと出会って安心しました。きみの心には、まだ花が咲いている」
お別れの時間が近づいている。
不意にダニスは、そう思った。
さっとバスケットを掲げ、精一杯、元気な声を張り上げた。
絶対に、悲しんだ声など出すものか。
賢者が冥界で幸せに暮らしていける為にも。
「これ、エクサリスが作ったお菓子!あんたに、やるよ」
「いいのですか?これはジャニアかジャーマターへ届けるお菓子だったのでは」
驚く賢者へ、ぎゅっとバスケットを押しつける。
「いいんだ。おれが、あんたにあげたいと思ったんだ」
「ありがとう」
ふわり、と賢者の体が宙に舞う。
「私の言葉は風に乗せて届けてもらいました。ダニス、どうか、きみの未来に幸運が訪れますように。ジャニアにも宜しく――」
ウォートリアの姿が次第に揺らめき、薄くなってゆく。
完全に消えるまで、ダニスは、ちゃんと見届けた。
真っ暗な丘にポツンと立っていると、ぽつりと一つ、ガラスの瞳に当たる雫がある。
たちまち、さぁっと大粒の雨が降ってきて、頬を流れる一筋の雨粒も判らなくなってしまった。
さようならだ。
今度こそ、本当に。
土砂降りの中、ダニスは丘を駆け下りる。
そっと歌を口ずさみながら。



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