可憐のお誕生日
六月十六日は可憐の誕生日であった。
そう、ここが地球ならね――
とはならず、サイサンダラ歴に換算した上で、可憐の誕生日が盛大に祝われた。
地球の現代でなら無名のピザニートで終わっても、サイサンダラにおける可憐の立ち位置は、戦争を終わらせた功績者の一人である。
祝われないわけがない。
森の奥で四人だけのささやかな誕生会を考えていた魔女一家だが、クルズ王国の皇帝が放っておかなかった。
可憐の誕生会は場所を移し、宮廷内で開催されたのであった。
この日だけは下々の民にも全開放、宮廷は大勢の人で埋め尽くされた。
「ようこそおいでくださいました、救世主カレン様」
宮廷へ出向いた可憐を待ち受けていたのは貴族からの大賛辞、そして王族親子の会釈だった。
皇帝や王子はさておき、ちょっと前まで一緒に旅をしていた姫にまで頭を下げられるのは、大変こそばゆい。
「え、いや、そこまでかしこまらなくても」
どもる可憐のお尻を突き、ミルが代わりに返答する。
「よかったね、エリーヌ。可憐も盛大な誕生パーティーを開いてくれて嬉しいってさ」
姫君相手にタメグチでも、ミルが救世主御一行のうちの一人なのは周知の事実、誰も咎める者はいない。
「ありがたきお言葉にございます。それでは、ゆるりとお楽しみくださいませ」と、どこまでも敬語を崩さない王家の挨拶を皮切りに、ファンファーレが音高く鳴り響く。
続けてザッザッザと足並み揃えで兵隊が入場し、可憐の前で整列する。
彼らは大きな箱や小さな箱、形容様々なプレゼントを運んでおり、それらを可憐の前へ山積みした。
立派な髭の男性が声を張り上げる。
「偉大なる救世主カレン様のご生誕をお祝いして、国民からの献上物を此処にお届けいたします!」
可憐には見覚えのない顔だが、恐らくは新しい騎士団長であろう。
兵隊は全員じっと熱い眼差しを可憐に注いでいて、居心地が悪いったらない。
可憐としては、友達を全員呼んでの誕生会を予定していたのだ。こんな大袈裟な式典は、お呼びじゃない。
しかし、プレゼントの一つを勝手に開けたミルが「おい、みろよ!可憐にピッタリなものが入っているぞ」と騒ぎ立てるもんだから、仕方なく可憐も見てみれば、ミルが指差すのは等身大の抱きまくらで。
「可憐、こういうのが欲しいって前に言ってただろ?きみがいた世界じゃ女の子の絵が描かれているそうだけど」と言いかける幼女の口を慌てて抑え込んだ。
「そ、そういうカミングアウトは、しなくていいから!」
「申し訳ございません!」と人混みから声が上がり、初老の男性が可憐の前で跪く。
「来年こそは、必ず救世主様のご期待に沿う贈り物をご用意させて下さいませ!!」
「ほら、気を遣わせちゃったじゃないか」と小声でミルを叱るも、ミルは「いいじゃないか、欲しいものは正確に伝えといたほうが」と全然反省の色なしだ。
この誕生日以降、女の子の絵の描かれた抱きまくらがサイサンダラの各所で売られるのかと思うと、これまた居たたまれない。
救世主様もご愛用の抱きまくら、なんて風評被害はクルズ国だけで充分だ。
悩む可憐へ遠慮がちに声をかけてくる者がある。
「カレン、誕生日おめでとう」
クラウンだ。たちまち憂鬱は吹き飛ばされ、可憐も笑顔で答える。
「ありがとう!」
「今日という日を祝える感謝と喜びを、この贈り物に込めてみた……受け取ってくれ」
なんだろうと喜ぶ背中にチリチリ焦げつく視線を感じて、可憐はハッと振り返る。
あぁ、やっぱり。エリーヌが鬼女の如しな視線で、こちらを睨んでいるではないか。
誕生日の時ぐらい斜め上な嫉妬は勘弁願いたいものだが、クラウンの横にはミラーもいるしで、今日一日、エリーヌの嫉妬は収まるまい。
「……どうした?カレン」
怪訝に眉をひそめる親友へ「い、いや、なんでもない」と誤魔化して、改めて可憐はクラウンの贈り物を開けてみる。
平べったい箱の中に入っていたのは、滑らかな光沢を放つ純白スーツであった。
前の世界で一張羅ニートだった可憐にも判る。
少なくともユニクロやなかむらでは買えないレベルの衣類だというのが。
「これ……高かったんじゃ?」
クラウンは本人の話を聞く限りじゃ王宮勤めを辞めて現在無職、つまり収入源ゼロなニートのはず。
懐具合を心配する可憐へ僅かに微笑み、クラウンは「問題ない」と断る。
「お前と会うまでは金をためても使い道のない人生だったんだ……暗殺者をやっていた頃の蓄えから出したものだ、値段は気にしなくていい。それよりも、来年はそれを着て誕生パーティーをやろう」
着飾った可憐を見たくてプレゼントしたのだという。
なんせ今日の可憐の召し物ときたら、例のアニメTシャツに擦り切れたジーズンだったのだから。
いや、念のため断っておくと、皇帝から指示があったのだ。これを着て来いと。
この服は救世主が初めてサイサンダラに召喚された時の記念すべき格好だとも言われて、可憐は大層微妙な心情になった。
一体誰が皇帝に吹き込んだのか、犯人はエリーヌか?
ともあれ皇帝直々のお願いでは断ることも出来ず、渋々アニメTで参上したという次第だ。
他の参加者、貴族はもちろん下々の民まで綺羅びやかに着飾っており、自分だけが場違いに感じる。
例えるなら、成人式に紛れ込んでしまったコミケ帰りのオタクな気分だ。
来年は是非とも、この純白スーツを着させてもらおう。アニメTシャツは永久封印だ。
「あたしからは、こちらをプレゼントします。じゃーん!豪華絢爛、五日間の船旅チケット五枚組!」と渡してきたのはアンナで、ちゃっかり造船所のチラシまで織り混んできた。
「でも船旅はカレンさん、船酔いが」と気遣うミラーへ可憐も「だ、大丈夫。船旅できるよう特訓しておくから」と気を還して、お互い苦笑する。
「大丈夫ですよ。これはカレンさんの船酔い経験を元に再設計された豪華客船ですから。揺れを最小限に抑える、新しい技法満載です」
「えー!あれ、完成したんだ!?」
同じ造船所にいるはずのミラーが驚いており、世間に未発表である船のチケットを気前よく差し出すアンナのキップには可憐も感服だ。
「耐久度もあげましたからね、海洋モンスターがぶつかっても沈みませんよ」
得意げなアンナへ、とっておきの笑みで可憐は応えた。
「ありがとう。アンナ、それからミラー。船旅行は君達も一緒に行こうか」
アンナとミラーのみならず、周囲にいた女性の皆様までもがポーッと頬を赤らめる。
最近はずっと耐性のあるフォーリンやミルとばかり一緒にいたから自分の笑顔が錆びついてやいないかと可憐は心配だったのだが、周りの反応を見てホッとした。
「……あ、えぇっと、これ。私からもプレゼントです」
我に返ったミラーが慌てて箱を差し出してくる。
恋人の手前、少しでも別の男に見とれてしまったのを恥じているのか。
だが、まぁ、安心するといい。クラウンも、しっかり可憐の笑顔に見とれていたようだし。
「ありがとう」と受け取って開けてみれば、綺麗な硝子細工のお守りだ。
「モンスターを寄せ付けなくするお守りだそうです。これがあれば、いつでも港町まで遊びに来られます……よね?」
クラウンの村だけではなく、たまには港町にも遊びに来てほしいとの遠回しなお願いであった。
もちろん可憐は快く頷く。
「もちろん。近いうち、クラウンやフォーリン達も一緒に連れて、遊びに行くよ」
「良かった……!造船所の皆が会いたがっているんです、カレンさんに。是非顔を見せてやってくださいね」
ミラーだけのリクエストではなかったようで密かに可憐は落胆したのだが、まぁ、仕方ない。自分は皆の救世主なんだから。
それに港町ともなれば、サーフィスの比ではない人口だ。
フリーで巨乳で可愛らしく大人しい、可憐好みの女性だっているに違いない。
可憐はぐるっと見渡して、ドラストとジャッカーの姿がないのを確認する。
戦争が終わったとはいえドラストは異国人、ジャッカーは風来の旅商人だから、参加できなかったのか。
可憐の心情を察したか、クラウンが小声で囁いてきた。
「ドラストなら俺の家を間借りしている。この誕生パーティーは辞退したが、家でカレンがくるのを心待ちにしているはずだ」
「え!なんでドラストと同棲してんの!?クラウンッ」
言葉は自分でも思ってみない速度で出てしまい、あとで慌てても、もう遅い。
エリーヌが悪鬼羅刹の表情で、こちらを睨みつけている――
「同棲じゃない、同居だカレンッ」と訂正するクラウンの声も、悲鳴に近かった。
「そ、それじゃ〜プレゼントも一通り貰ったことだし、次は踊ろうか!」
親愛なる友が拷問、もとい、尋問される前に、可憐は彼の手を取って会場の中央へ走り出す。
「あっ、待ってください、踊るんでしたらカレンさんはエリーヌ様かフォーリンさんと!」と騒いで後を追うミラー、両手を組んで「尊い……!さすがカレン様、真っ先にダンスの相手をクラウンさんに定めるなんて」と喜ぶアンナなどを背景に、可憐は滅茶苦茶なアドリブダンスをクルズ国民の前でご披露したのであった。