フォーリンのお誕生日

誕生日は、いつも一人で祝っていた。
だって、彼女は孤児だから。
記憶にある両親の姿は六歳までで、空から降ってきた爆弾で家ごと吹っ飛んだのが最後だった。
そこから先は一人で生きてきた。
ある日、彼女は大魔法使いエリザベートの噂を町で聞く。
なんでもイルミの大軍を追い払い、セルーンの戦闘機を撃ち落とし、ワの軍艦を沈めたという。
大活躍に胸を躍らせ、弟子になろうと決意したのが十二歳の頃。
森の中で、あわや命の灯が消え去ろうとしていた時、助けてくれたのがエリザベートその人であった――


「あれ、今日はフォーリンの誕生日じゃないか。ケーキを焼かなくっちゃね!」と張り切る母に、ミルが問う。
「何歳になったんだっけ?」
「二十一だよ」と答えてから、エリザベートは驚いた。
おやまぁ、ミルがフォーリンに興味を持つなんて珍しい。
いつもは邪険に撥ね退けて、全然相手にしてやらないのにさ。
フォーリンは森の中でモンスターに襲われていたのを、エリザベートが助けてやった少女だ。
まだ十二歳だというのに一人で何故森に入ったのか?と訊けば、大魔法使いに弟子入りしたいのだと言うではないか。
その頃、大魔法使いの強さはクルズ中に知れ渡っていたが、弟子入りしたいと申し出てきたのは彼女が初めてで、しかも護衛を連れず単身やってきた勇気にエリザベートは感動した。
残念ながら魔法の才能は、これっぽちもなく、家事をやらせても壊滅的だったが、どうという事はない。
美人で巨乳な上、性格が大人しいなんて最高のお嫁さんになれそうじゃないか。
家事?旦那がやればオーケー、問題ない。
エリザベートは美しいものが大好きだ。
従って、フォーリンは彼女のお眼鏡にジャストフィットした。
ゆくゆくはミルのお嫁さんにしたい。
そう思って永遠の同居を彼女に願い、フォーリンも出ていかず、ずっと居ついてくれた。
革命に旅立ってしまった時は心底心配したけれど、こうして二人とも無事に戻ってきてくれたんだから、何も言うことはない。
おまけにミルは新たな友人を一人連れて帰ってきた。
これまた見目麗しく、自分の旦那にしたいぐらいの素晴らしい男性だ。
だが、再婚はミルが嫌がるかもしれない。
それに可憐、彼の意思も尊重してやりたいから、この話は保留にしておこう。
「どうでもいいけど、砂糖は少なめにしといてよね。フォーリンが、これ以上ブヨブヨしないように」
ミルの一言は過去に思考が飛んでいた母を呼び戻し、我に返らせる。
「また、そう言う。あの子はブヨブヨしてないよ」
窘めても梨の礫、ミルは一向に態度を改めない。
「ブヨブヨだよ。お母さんはボクが革命中に何度ブヨブヨタックルされたか知らないから、そんなこと言えるんだ」
多分ミルは巨乳が嫌いなんだと思うが、それをいったらエリザベートだって巨乳である。
巨乳の母を持ちながら、巨乳が嫌いとは、どういう了見か。
由々しき事態だ。フォーリンをミルの嫁にしたいエリザベート的に。
「お母さんみたいにキュッと腰がくびれているってんならアリだけどさ。フォーリンは、お腹がポッコリしているし絶対胸以外もブヨブヨだって。きっと、お母さんの料理が美味しくて食べすぎちゃったんだね」
嬉しいことを言ってくれるじゃないの……
いや、ここで喜んでしまったら、フォーリンの尊厳が守られない。
エリザベートは緩みかけていた顔を引き締め、再度お説教に出る。
「そこまで言うほどポッコリしてないってば。ほんと、ミルは厳しいねぇ。そんな調子で王女様のスタイルチェックまでしてたんじゃなかろうね?」
「あー、エリーヌ?エリーヌは、まぁ、普通だったよ。普通の十七歳って感じで。フォーリンは歳の割に胸がさぁ……お母さんぐらいの年齢なら、大きくてもアリだと思うけど」
話しているうちに、エリザベートは気がついた。
どうやらミルは巨乳が嫌いなのではなく、単に自分の母と比較した上でフォーリンを批判しているのだと。
まったく、もう。
ミルだって十九歳なんだし、そろそろ親離れが必要だろう。
親離れできなかった原因が自分にあるのは棚に上げて、エリザベートは苦笑する。
「なんで?もう二十一だよ、充分大人じゃないか。あたしが二十歳の頃だってフォーリンとどっこいな大きさだったしね」
「えー!?マジで!」と真に驚いている辺り、やはりミルの中でフォーリンは永遠の少女だったようだ。
あの大人しい性格が幼く見せてしまうのだとエリザベートは見当をつける。
やれやれ。大人しい奴は大抵、良い伴侶になるんだけどねぇ。うちの死んだ旦那みたいにさ。
「あの子が大人になったお祝いは去年やったはずなんだけどねぇ。まぁいいさ、今年は可憐も一緒なんだ。もう一回、大人になったお祝いをしようか」
「いいけど、甘さは控えめにね!」との注文を背中に受けながら、エリザベートは棚から粉と砂糖を取り出した。

四人でテーブルを囲んで着席する。
真ん中には白く生クリームでデコレーションされた誕生日ケーキ。
「ねぇねぇ、可憐のいた世界じゃ、どんなふうに誕生日を祝うの?」とミルに尋ねられた可憐は即答する。
「まずはケーキに蝋燭を立てるんだ。そして皆で誕生日を祝う歌を歌うんだよ」
そんな誕生日祝いを受けたことは、生涯一度もない可憐である。
あの家には可憐の誕生を喜ぶ人など、いなかったのだから……
まぁ、いい。不快な過去の想い出は記憶の底に封印だ。
今はフォーリンを盛大に祝わなくては。
「誕生日を祝う歌って、どんなの?歌ってみてよ」
ミルのリクエストに応えるべく、可憐は歌いだす。
完全アカペラなので多少音程が外れているのは、ご愛敬だ。
「ハッピバースディ、トゥ〜ユゥ〜。ハッピバースディ、トゥ〜ユゥ〜。ハッピバースディー、ディア、フォ〜〜〜リーン。ハッピバースディ、トゥ〜ユゥ〜」
一通り終わるまで待ってから、ミルが感想を述べる。
「すごい、何を言っているんだか全然判らない!可憐の世界で伝わる呪文なんだと解釈すると、きっと無事に誕生日を迎えられたことへの祝福なんだね」
なんでか感心しているようだし、そういうことにしておこう。
その横では大魔法使いが「フォーリンの部分しか判らなかったよ。世界は広いねぇ」と喜ぶ。
そして当のフォーリンは、というと満面の笑みを浮かべて手を併せた。
「ありがとうございます、可憐さん!今日は最高のお誕生日になりました」
「あれ、じゃあ、これまでは最高じゃなかったんだ」
さっそく飛んできたミルの嫌味節にフォーリンが怯むも、すぐさまエリザベートのフォローが「これまでだって最高だったけど、今日が最高得点だったってだけさぁね」と入って、見事なコンビネーションには可憐が口を挟む隙間もない。
「あ、そうそう。蝋燭ですけど、これで宜しいでしょうか」
師匠のフォローで立ち直ったフォーリンが差しだしてきたのは、埃をかぶった常用の蝋燭であった。
可憐は目を反らして答える。
「いや、まぁ、蝋燭を立てるのは十歳までだったかな。二十歳以上は、なくてオーケーかも」
「フォーリンは子供っぽいから、可憐も間違えちゃうよね」等とミルの毒は留まることを知らずだが、エリザベートは慣れた素振りで息子を無視してケーキを切りにかかる。
四分の一されたケーキは、かなりの量だ。
え?え?と二度見する可憐は「食べきれなかったら明日に残してもいいからね」とエリザベートに笑顔で言われて、三度見する。
「あ、甘さ控えめだ。うんうん、これならフォーリンが完食しても大丈夫」
しかしミルやフォーリンが食べている手前、可憐だけが残すわけにもいかない。
「あぁ〜、美味しいです、絶品ですぅ、さすが、お師匠様」
紅茶を何杯も飲み干し、ケーキをパクパク頬張って、ついには完食したフォーリンは満足そうに、お腹を擦った。
「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるじゃないのさ、フォーリン。あんたは、本当にいい子だねぇ」
フォーリンを見やるエリザベートの瞳には慈愛が籠っている。
いいなぁ、と可憐は思う。
こんな優しい師匠の元にいたんじゃ、そりゃあフォーリンだって同居を続けるわけだ。
フォーリンとエリザベートの関係は師弟というよりも、親子に近い温かみだ。
自分も、ここの子供になりたかった。そうすれば、もっと楽しい誕生日を迎えられただろう。
「ねっ、可憐さん。可憐さんのお誕生日は、いつですか?」
ぼんやり考えていたら、フォーリンに話題を振られて可憐は我に返る。
「え?六月十六、いや、サイサンダラでいうと何月になるのかな……」
「あ、そうか。可憐のいた世界じゃ月日の換算も異なるんだね」と、ミルは理解が早い。
「なら、サイサンダラでの可憐の誕生日を決めちゃおっか!」
ミルの提案にエリザベートとフォーリンは大喜び。
「いいねぇ。それじゃ、それまでに良いプレゼントを用意しとかなくっちゃ」
「えぇ、いいですね。私は腕をふるって可憐さんにケーキを焼いちゃいます!」とフォーリンが言った直後、ほんの少しばかり微妙な空白を置いて。
「え。いいよ。ケーキは、お母さんが焼くから」「俺、エリザベートさんのケーキがいいなぁ」
ミルと可憐の正直な本音が重なり合う。
「酷いですぅ、二人とも〜」と半泣きしながらも、密かに二人の息のぴったり加減に萌えたフォーリンであった。
END

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