「ねぇねぇ、これ、どうかな?どうかなっ。おかしくなってない?」
校庭の片隅で華やいだ声が飛び交う。
騒いでいるのは女子軍団で、どの顔も興奮に輝き、縫いたての服を身体に併せている。
新学科の裁縫を取った子たちだ。
いずれは現役で使うローブを自分の手で縫う。
どの子も、今までお仕着せのローブしか着たことがないのだ。
好きな色、好きな布地で作れるとなったら、興奮しないわけがない。
上から下までざっと眺めた後、ソマリは「大丈夫、背中の縫い合わせも上手く言っているわ」と答えて、相手を喜ばせた。
彼女自身は自分の分を縫い終えて、今は男物のシャツを縫っている最中だ。
上手く出来たら、ワーグにプレゼントするつもりでいた。
裁縫で縫うほうが店売りの服より、ずっと安上がりだ。
西区の家柄といえど、ローブ代で消費するよりは、薬代などに回しておきたい。
「ね、ね、ね。その服、誰用?ソマリのじゃないよね」
覗き込むようにして尋ねてくるレーチェへは素っ気なく返す。
「これ?ただの練習よ」
「え~?それにしちゃーいい布使ってんじゃん。練習ってことにしといて、ホントは誰かさんにあげるつもりじゃないのぉ~?」
なおも絡んでくる彼女を見ないようにしながら、ソマリの手は忙しく針を動かした。
「私に絡んでいていいの?あなたのローブ、裾がほつれているじゃない」
指摘された途端、かぁっとレーチェの頬は赤く染まり、布を後ろ手に隠し持つ。
「こ、これは後で直すつもりだったんだよ。もぉ、皆の前で言わなくたっていいじゃん……」
彼女のぼやきは、次の授業を告げるチャイムの音でかき消された。
森林のお試し遠征後、自由騎士スクールは大きく変化した。
新学科追加に伴い、裁縫や鍛冶を教える教官の補充がされた他、設備も一新する。
時間終了を告げるチャイム用に新しく鐘撞き塔が建てられたし、塔の内部には図書室も作られた。
街の図書館と異なり、この図書室には生活に役立つ知恵が集められている。
また、これまであった校舎の横に新築の校舎が建ち、裁縫、鍛冶、学者の新学科三つの教室が新校舎へ割り当てられた。
「サークライトへの遠征、ですか?」
学者コースの教室にて、要望を持ちかけられたフォルテはきょとんとなった。
持ちかけてきたのはスクールの生徒ではない。
鍛冶教官に任命された月狼だ。
「そうだ。サークライトでは大気汚染の原因を再利用する動きがあるそうだが」
しばし呆けていたフォルテ、ポンと手をうち「Oh、それでしたか」と微笑んだ。
「えぇ。確かに言いましたネ、ここへ来たばかりの頃。あれから、皆さんの調査のおかげで様々な現象も判明しましたし」
サークライトでは長年、マナの残滓を収集してリサイクルする研究を続けてきた。
再活用は主に機械のエネルギー動力へ回される。
マナの残滓とは過去の大戦で大量に魔法を使った結果、大気中に溢れた魔力の残り滓であり、それが人類の汚染化にも繋がっている。
森林地帯のローゲルリウナ住民が変化してしまったのも、残滓の影響と言えよう。
砂漠地帯にあった頃のナーナンクインを襲った疫病も、マナの残滓が元凶だ。
ただしローゲルリウナ住民が残滓の影響を受けても生き続けられたのとは異なり、ナーナンクイン住民は多くの死者を出した。
マナの残滓は適応できる者と適応できない者で分かれる。
草原地帯のアーシスは他の町と比べると比較的、残滓の影響が薄い場所だが、油断はできない。
何故なら、マナの残滓はサークライトの再活用をもってしても減っていないからだ。
否、そればかりか増え続けてもいる。
アーシスの自由騎士が関連しているのでは?と最初はフォルテも勘ぐったのだが、彼らは己の魔力を発動の源としているようだし、その程度の利用なら大気汚染の原因にはなりにくい。
「サークライトの汚染率は、どうなのだ。残滓を回収できるのであれば」
「えぇ。私が生まれる前は死者続出だったそうです」と月狼の言葉を受け止め、フォルテが頷く。
「サークライトの民も適応できない者でした。ですが、私たちは過去の文明を掘り起こして対抗策を得ました。こちらが、そうです」
テーブルの上に広げたのは、薄い布で作られた肌着だ。
「ブーテル、雪原地帯に住むモンスターの毛で編んだプレイムアンダーです。これを着ている限り、私たちは残滓の影響を受けません。ブーテルは魔法を弾くんです。尤も、私たちが彼の特性を知ったのはモンスター同士の戦いを偶然見ての発見でしたけどネ」
サークライトの民は戦う力がない。
加えて、雪原地帯のモンスターは凶暴な奴だらけ。
ブーテル一匹を捕らえるのに幾多の犠牲者を出し、モンスター同士の戦いで倒れた死体もかき集め、最終的にはクローンを生み出すことで一定した生産率に落ち着いた。
「クローン?」と首を傾げる黒づくめに「同じ個体を大量に生み出す技術です」と答え、フォルテは何度も頷く。
「過去の文明が私たちの命を繋いでくれました。なくてはならないものばかりです」
今はヘリを大量生産、及び改良が進められており、大人数で乗れる機体も完成した。
アーシスにいるフォルテが何故それを知っているのかと問うと、ヘリに積んだ通信機で随時連絡を取り合っていたんだと彼女は言う。
「機械作りのノウハウは教えられます。けど、材料は雪原地帯で手に入ります。ですから、アーシスで運用するにはサークライトへ来ていただかないと無理ですね」
その大型ヘリも通信機で要求すれば、こちらへ飛ばせるとも言われて、月狼は本題に踏み切った。
「そのヘリを何台か、こちらへ回してほしい。これはアーシスの英雄ジャンギ様至ってのご要望なのだ――」
新校舎を出た月狼は、旧校舎の裏庭へ急ぐ。
そこにも上から下まで黒で全身を固めた男が待っていた。
「どうですか、うまくいきそうですか」
こくりと頷き、月狼は羨望の眼差しを黒装束の男――己龍教官へ向ける。
「万事抜かりなしでございます。大型の乗り物を貸し出す約束を取り付けました」
「お見事です」
パチパチと拍手をして、じっと黒尽くめが月狼を見つめる。
月狼もまた、次に出る言葉を待ち続けた。
「では――かねてより、あなたの望みであった同居の話、喜んでお受けしましょう」
途端に、ぱぁぁっと顔を輝かせて月狼は勢いよく頭を下げる。
「ありがとうございます、己龍様!」
「いいえ」と穏やかに微笑み、己龍も月狼の肩を優しく叩く。
「あなたは私の頼みを引き受けてくれただけではなく、過酷な生活からも救い出してくれたのです。感謝を言うのは、こちらですよ」
僅かに顔を曇らせた己龍を見、月狼も我が身に起きた不幸が如く顔を強張らせる。
「過酷……はい、長い苦しみでございましたな」
「ですが」と、すぐに晴れやかな表情へ戻ると、目の前の男を励ました。
「もう何の心配もございません。我が屋敷は、ご自由にお使いください。部屋は幾らでも空いております」
「えぇ。その時が来たら、お借りします。私は荷物をまとめて行きますので、あなたは先にお帰りなさい」
「はい、また後で!」
勢いよく駆けていく月狼の背中を見送った後、己龍は踵を返す。
向かうのは校舎内ではない。空き部屋となった、以前は保健室だった場所だ。
「約束は果たしたか」
窓が閉じた部屋に、一迅の風が巻き起こる。
姿を現した風を一瞥し、己龍は頷いた。
「えぇ。そちらも役目を果たしてください」
「判っている。だが、最後に念を押しておこう。今日を最後に、お前の姉は」
「判っています」と遮り、己龍は僅かに微笑んだ。
「全て承知の上での取引です。やるなら早めにお願いします。もう同居の約束をしてしまいましたから」
「……気が早いな」と呟き、風も目で笑う。
「長年待ち望んだ自由を掴めるんです。当然でしょう?」
己龍の返事を最後に「そのとおりだ」と言い残して、風の姿は掻き消えた。
その日の夕暮れ――
授業を終えたサフィアは「はーい、皆さん、さようならぁ~」と生徒たちに別れを告げて帰路へつく。
家に帰れば義弟の己龍を虐めて虐めて虐めぬく、いつものご褒美タイムが待っている。
己龍とサフィアに血の繋がりはない。
幼い頃、孤児のキリュウをサフィアの両親が拾ってきて、それ以降は本当の姉弟のように育ってきた。
だが本当の姉弟ではないからこそ、サフィアは弟が遠征へ出た隙を見計らって全財産を奪ってやった。
財産なき者は誰かの家の居候になるか、住み込みの下男下女になるしか生きる道が残らない。
こうして彼女は狙い通り、まんまと義弟の所有権を得た。
何故、己龍を手元に置いておきたかったのか?
彼を愛してしまったからに他ならない。
いつか彼が家を出て、他の誰かと結婚するなんて考えたくもなかった。
好きだと告白する気はない。
己龍が自分を嫌っているのは、幼い頃より薄々肌で感じていた。
だから――金と暴力で、彼の動きを封じ込むしかなかった。
本当はラブラブ夫婦になって、己龍が帰ってきたら裸エプロンでびっとり密着して「あなたぁ~、おかえりなさぁい。まずはお風呂に入って洗いっこしましょ。それが終わったら、口移しでお夕飯を食べさせてあ・げ・る」な~んて未来もあったはずなのに、この現実は、どうしたことだろう。
己龍に犬衣装を着せて、愛でる殴る蹴るしか出来ないなんてッ。欲求不満だわ!
サフィアとて妙齢すぎた独身女性、己龍とエッチな真似をしたい願望は人並み以上にある。
それなのに二人っきりになると己龍が生意気な態度を見せるもんだから、つい手が出て殴る蹴るのターンへ突入してしまう。
唇の端から血を流す彼を見ると、背筋がぞくぞくする。
勝てない悔しさを滲ませる敗北の表情を見ると、もっと虐めてやりたい衝動に駆られた。
ときに涙ぐむこともあり、これらの表情を独り占めできる喜びは、何物にも代え難い。
唇は同居初日に奪ったのだが、童貞となると、これが難しい。
なんせサフィアの裸じゃ勃たないってんだから、腹の立つ話だ。
かといって、股の間に生えたものなんぞ口に含む勇気はなく、手をこまねいている日々である。
「ただいまー。駄犬、夕飯はもう出来た?」
乱暴にドアを開けて、リビングまで入って気づいた。キッチンが静かすぎる。
覗いてみても犬コスの姿はなく、ぐるっとリビングを見渡した後、部屋も全部見てみたが、己龍は何処にもいないではないか。
「え~?またどっかで寄り道してんのかしら」
むぅっとなってサフィアは腕を組む。
心当たりのある家を片っ端から脳裏へ浮かべてみた。
己龍はスクールの女子に絶大な人気を誇る。
素顔が女子の好みそうな優男風味なのと、普段の物腰が穏やかなせいだろう。
西区に住む生徒の家は全てチェック済みだ。
東区はサフィアのチェックが及ばない場所だが、あの男が貧乏人の家へお邪魔するとも思えない。
やはり西区の家を軒並み訪問してみるべきか。
何度となく拳で教育してきたというのに、サフィアの帰宅までに夕飯を支度していないとは許しがたい。
「見つけたらボッコボコのお仕置きね!」
両手を握って気合を入れた直後、扉を叩く者がいる。
「もぉ~忙しいのに……」
ぶつくさ文句を言いながら、扉を開けてサフィアは驚いた。
「よぉ」と片手をあげて立っていたのは、なんと神坐ではないか。
自由騎士スクールの出身だと聞いているが、サフィアのイケメン大辞典には載ってもいない新顔だ。
今は亡き保健室の担当医になっていたけれど、この人事も寝耳に水で、町長を問い詰めてみたら、ずっと前からいただろうと返ってきて、サフィアの困惑は深まった。
いたと言われれば、そうかもしれない。
だがスクールのイケメンは先輩から後輩、はては現在の見習いまで全員チェックしているのだ。
抜けがあるなんてありえない。
そして、そのありえない人物が今、自分の家を訪問してきたのも何故だ。
以前モーションをかけてみたら、滅茶苦茶嫌がったくせに。
ぽかんとするサフィアの前で、神坐が掌を広げる。
「お前に恨みはないんだが、約束なんでな。己龍との関係、断ち切らせてもらう」
「……は?え、待って、己龍との関係って」と尋ねる時間はサフィアに与えてもらえず。
眼の前でパッと明るい光が瞬いて、瞳の焼き付きが消える頃には、サフィアは扉を閉めて踵を返した。
えっと、今、何をしようとしていたんだっけ?
そうそう、お夕飯の準備をしようと思っていたんだったわ。
けど、なんでドアを開けていたのかしら?
何か物音でも感じたのかしらね。
念のため扉を開いてみたが、真っ暗な景色には誰もいない。
結局何でさっきまで自分が扉を開いていたのかも判らないまま、サフィアはキッチンへと向かった。
翌日のスクールにて、謙吾はコーメイに呼び出される。
同じクラスの同じチームなのに、指定されたのは怪物舎の裏庭であった。
しかも、休憩時間に来てくれと言われた。
教室では言いづらいことなのだろうか。
コーメイは不格好な鎧を両手で抱えていて、心無しか俯き加減である。
それでも謙吾が「どうした」と尋ねると、顔を上げて下がり眉になった。
「あ、あの、これ……け、謙吾に、あげるっ!」
渡された鎧は、あちこち歪んでいる上に繋ぎ目もデコボコだ。
誰の遺品か或いは中古の鎧を買い叩いてきたのかと訝しがる謙吾の耳に、今にも泣きそうな声が流れ込む。
「あ、あの、ね。その鎧……僕が作ったんだけど。や、やっぱいらないよね?そんなベコベコなの。いらなかったらいらないって、はっきり言っていいから」
言われて、もう一度、鎧を見る。
手作りだと言われれば、繋ぎ目が下手なのも表面が歪んでいるのにも納得だ。
しかしコーメイは回復使い、裁縫を取ったほうがいいだろうに、鍛冶を選んだのは何故だ?という疑問が謙吾の脳に浮かぶ。
ちらと彼を見ると、じんわり双眸には涙が浮かんでいる。
考えるよりも先に謙吾は言葉を発していた。
「……ありがたく受け取っておく」
ぽろりとコーメイの頬を涙が伝う。
ややあって、呆然とした顔で「ホントに……?」と尋ねてくるのへは強く頷いた。
「あぁ。友の作った鎧だ。これほど嬉しいものはない」
言われなくても薄々判った。
コーメイが裁縫ではなく鍛冶を選択したのは、リントや謙吾、前衛を守る友人の武具を作りたかったからに違いあるまい。
「う、うん……うん」
それにしても。
「コーメイも鍛冶を取っていたのか」
「え……?う、うん」
「それにしては先ほどの授業で何処にもいなかったようだが」
そうなのだ。
謙吾も鍛冶コースを取っている。
にも関わらず、さっきの授業で見知った顔は殆どいなかった。
金属を打つのに忙しかったとはいえ、知った顔がいるなら最初に気づこうし、コーメイもいたなら声ぐらいかけてくれてもいいように思う。
「あ、これは……放課後に毎日居残りで作っていて……」
「居残り?」
居残り授業が受けられるなんて初耳だ。
ぐいっと袖で涙を拭って、コーメイが笑う。
「うん。僕、裁縫も取っているから、時間が足りなくてさ。裁縫の授業が終わった後、放課後にコツコツとね。あ、知ってた?放課後も教官に申請すると炉や裁縫道具を貸し出してもらえるんだよ」
こちらが鎧を受け取ったってんで、元気も戻ってきたようだ。
いつもの饒舌が復活した。
そこまでコーメイが受け取りに胸を痛めていたってのにも、謙吾は驚かされた。
この出来では無理もないが、友人が作ったと聞かされたら、受け取るに決まっている。
そうだ、自分だって友に渡したいものがあったから、今日は熱心に作っていたんじゃないか。
「ヒュー♪見せつけてくれんじゃん、コーメイ」
不意に無粋な口笛が背後で鳴って、ハッとなってコーメイが振り返る。
「リント!」
「やっと完成したんだな、プレートメイルってやつ。おめでとさんっ」
グッと親友に親指を突き出されて、しかしコーメイは笑顔のようで下がり眉と複雑な表情だ。
「ま、まぁね。毎日これに取り掛かっていたし……」
「裁縫メインつっといて、ホントはそっちをメインにしたかったんじゃねーのぉ?」
ニヤニヤ笑うリントに「ち、違うよ、これは前衛のカバーの一貫なんだからね!」と、コーメイは頬を赤くしての必死弁解。
幼馴染相手に照れるとは、可愛い一面もあるじゃないか。
これまでのコーメイは常に自信たっぷり、それでいて自己肯定は若干低めと扱いに難しい面があった。
それとなく気後れしてしまい、彼との距離があったかもしれない。
しかし、今日のプレゼントで完全に評価がひっくり返ったと謙吾は感じる。
本当のコーメイは謙吾が考えていたよりも、ずっとずっと友情に熱い男だったのだ。
「へーへー、んじゃあ、裁縫で俺にも防着を作ってくれるんだよな?期待してるぞ」
「ま、任せてよ!すごい耐久力のを作ってあげるからさ」
盛り上がる二人の間に割り込むのは気が引けたが、謙吾は、そっと申し出る。
「……あぁ、そうだ。リント」
「ん、何?」
「これを……お前に」
謙吾が尻ポケットから取り出したのは真新しいナックルだ。
真新しいも何も今日できたてのほやほや、自作のナックルなのだから。
無論、リントへプレゼントするために作った。
素手で戦う拳使いは、己の腕力のみが武器となる。
だがリントは他の前衛陣と比べても一番細くて小柄だ。
腕力を補うものが必要だと考えての武器づくりを目指した。
それが、これである。
「へー、お前も鍛冶取ってたんだ。ありがたく使わせてもらうぜ!」
輝く笑顔で受け取ってもらえて、知らず謙吾の顔も綻ぶ。
そんな謙吾を眺めながら、コーメイは人知れず、そっと溜息をついたのであった……