やまだくんはおれがまもる

ハロウィンでもヤマダくんを守る! 〜2020 Halloween〜

恋人となったからにはシーズン全てのイベントを一緒に過ごしたいと考えるのは、何も山田だけではあるまい。
アキラもまた、山田との密な時間を楽しむつもりでいた。
ただ、問題が一つあるとすれば、まだつきあい始めたばかりで距離感がイマイチよく判らない点だ。
近頃の山田は、ようやくマンツーマンのLINEでデレを見せてくるようになってきた。
二人っきりで出かける時には、手を繋いでくれることもある。
しかし。
自分から、山田に何かしてあげたことがあっただろうか?
そう考えると、アキラの思考は完全停止してしまう。
交際は、山田のほうが積極的だ。
初めてのキスだって、山田がしてくれたのだ。
これはこれで幸せなのだが、自分ばかりが受け身では、いずれ山田には飽きられてしまいかねない。
アキラは壁にかかったカレンダーを見た。
今月末はハロウィンがある。
この日だけは大人も子供と一緒にはしゃぐのが許されている、無礼講なお祭りだ。
渋谷や池袋まで出向いて仮装で練り歩いてもいいのだが、きっとシャイな山田は辞退するに違いない。
だから、ここはあえて古風なイベントの楽しみ方を提供しようではないか。
お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ――
悪戯で一つ、大胆になってみよう。アキラは、そう考えたのであった。


アキラの目論見は、早くも崩れ去る結果となった。
今朝のホームルーム前、「そういや今月ハロウィンじゃん?山田は、どうすんの。何か予定ある?」と何気なく友人に雑談を振られて、山田は、こう答えたのだ。
「今年は渋谷か池袋を見物してみようかと思って」
そこからは、女子のテンション高い「え〜!だったら、ついでに山田くんも仮装しちゃう!?」といった煽りに押し負けるようにして、いつの間にか皆で仮装して渋谷へ行くことになった。
皆というのは、いつも山田とつるんでいる仲間全員だから、当然アキラも含まれる。
山田の決定に逆らうつもりはないのだが、急に仮装せよと言われても何も思いつかない。
困惑のアキラへ、山田が耳元で囁いた。
「アキラくん、もしよかったら今日の帰りにハンズ行かない?仮装セット探そうと思うんだけど」
言い出しっぺでありながら、出来合いの仮装セットで済ませる気満々だ。
まぁ、元々山田も見物だと言っていたから、仮装をする予定はなかったのだろう。
「アキラくんは、どんな格好する予定なの?」
女子の質問へは何故か山田が「それは当日のお楽しみだよ」と答え、しかしながら実質グループのリーダーは山田なので、女子も気を悪くせず「わかったー」と頷いたところで予鈴のチャイムが鳴って雑談もお開きとなった。
放課後の寄り道で買い物に繰り出した二人は、予定通り誰にも邪魔されることなくハンズへ到着すると、パーティーグッズが並べられたコーナーに直行する。
「アキラくん、これなんかどう?」と山田が差し出してきたのは、如何にも仮装なドラキュラだ。
黒一色で一見地味ではあるが、胸元が大きく開いており、秋空にこれを着るのは肌寒そうだ。
だが、恋人たる山田が着てみろと催促しているのだ。無下に断るのも申し訳ない。
「判った。ひとまず試着してみる」と答えると、山田は一瞬驚いた顔を見せ、すぐに「パーティーグッズの試着なんて聞いたことないよ!?」と返してきた。
なるほど、このグッズは一発勝負の衣装なのか。
そして、それを知っている山田も侮れない。
知り合って以降、彼がパーティーではしゃいだ記憶もないから、自分と出会う前の過去にパーティーグッズを買った記憶があるのだろう。
幼き日の山田の仮装を妄想し、ほんわかした気分に浸っていると、横合いから腕を突かれる。
「アキラくんのはコレでいいとして……僕には何が似合うと思う?」
山田を上から下まで眺めまわし、アキラは改めて思案する。
山田は原則何を着ても似合いそうだが、そんなふうに答えても彼を困惑させるだけだ。
何が似合うのかを考えるのではなく、自分が見たい格好を提案しよう。先ほどの山田を参考に。
「そうだな……これを着てみてくれないか、山田くん」
アキラが選んだのは、狼男の着ぐるみであった。
さしもの山田も即座に反応できず、しばしポカーンとした後、ぽつりと呟いた。
「それだと、フランケンシュタインも必要だね……」
が、すぐに我に返って反論する。
「って、そうじゃなく!僕らは怪物くんごっこをするんじゃなくてハロウィンの仮装を選ぶんだよ判ってる!?」
「判っているとも、安心しろ山田くん。狼男が嫌なら衣装を交換してもいい」
「いや、嫌とかそういう問題じゃなくてね?」
「そうだな、ドラキュラは山田くんが着るといい。俺が狼男になろう」
「え〜!それは駄目、却下!!この衣装はアキラくんのほうが絶対似合うんだってば」
散々グッズ売り場で口論を交わした後。
結局山田は自分で選んで、上から下まで黒一色で地味めなコウモリ男に落ち着いたのであった。
帰り道、それとなくアキラは山田に尋ねてみた。
「ところで、山田くんはどうして俺にドラキュラの衣装を薦めたんだ?」
「だって……」
じっと上目遣いに見つめて山田が言うことにゃ。
「それが一番かっこいいと思ったんだ。アキラくんはかっこいいんだから、かっこいい仮装をしなきゃ皆も認めてくれないよ。それに」
「それに?」
「……僕だって、かっこわるい君を認めないからな。いつもカッコイイ君でいてほしいんだ」
普段ほとんど往来でデレることのない、山田がまさかの公開デレ。
しかも頬を、ほんのり染めてのデレとあっては、こちらもテレない道理がない。
視線を外し、頬を朱に染め、アキラは囁いた。
「そ、そうだったのか。ありがとう。いつも俺を見ていてくれていて……俺も、山田くんには格好良さを」と言いかけて、思い直したように言い直す。
「……いや、それは別に求めていないな。山田くん、君には誠実さを求めている。これからも末永く、俺と仲良くして欲しい」
なんで途中で言い直したのか、アキラの本心が判らず山田の顔は多少ひきつったものの。
「いや、うん。こちらこそ、よろしく」
もごもごと口の中で呟いて、内心の不満を打ち消した。


きたるハロウィン当日。
日曜日の渋谷は、いつもの数倍は芋洗い海水浴場並の大混雑となっていた。
着飾った女性とすれ違うたびに、自分がここにいるのは場違いではないかと山田は首をすくめ、かと思えば傍らを堂々と歩くアキラの勇姿に目を向け、惚れ惚れと眺めた。
多分似合うのではと予想していたが、予想以上に似合っている。
何度もいうが、アキラは高身長に加えて整った顔つき。
さらに筋肉質なこともあって、パッと見、他人の目を引きやすい。
大きく開いた胸元は褐色の肌がのぞいていて、すれ違う女子が二度見してアキラを褒めるのを何度も聞いた。
予想通りだ。
予想通り、アキラだけが注目の的だ。
これならかっこ悪くも地味なコウモリ男に注目する者など、万が一にもいまい。
一応コウモリ男を選んだ理由として、アキラには『コウモリはドラキュラの眷属だから』と説明してある。
ついでにハロウィン当日は僕が護衛してあげるよなんてカッコイイ言葉も放ってみたのだが、そこは華麗にスルーされて、眷属とは仲良しの象徴だとアキラは喜んでくれた。
しかし、まぁ、それらは全て建前だ。
本音を言うと、仮装する気は全くなかった山田である。
仮装見物に行く予定だったのだ。
それが女子の余計な一言で、いつの間にか仮装する方向で決まってしまい、こうして今は友達軍団と一緒に仮装で練り歩いているというわけだ。
「山田、キィキィ鳴きながら歩くなんてのは、どうだ?」
狼男に扮した友人の向井が冗談めかして言う。
仮装がかぶらなかったことに内心安堵しながら、山田は即座に彼の提案を拒否した。
「いや〜、必要以上に目立っちゃうのは、ちょっと」
「そうだとも」と横でアキラも深々頷き、山田の手を握る。
「え、ちょ!?」
途端に泡食う山田の耳元で、小さく「逸れると困る。手を繋いでいこう」と囁き、何事もないかのように歩き出すもんだから、山田は勢いよく手を振り払って、おてて繋いでの練り歩きを拒絶した。
「おいおい、どーしたの眷属」
他の友人にからかわれ、山田は真っ赤になって叫んだ。
「だ、だって、人前で手をつないで歩くとか子供じゃあるまいし、みっともないだろ!」
「別にいいじゃん、お前一番ちっこいんだし」
「せっかくアキラが気を遣ってくれたんじゃないか、迷子にならないようにって」
余計なお世話だ。
「アキラくんと手を繋いで歩くなんてウラヤマシー」
「眷属なんだし、肩を抱いて歩いてたって誰も気にしないよ」
なんと、女子までがワルノリしてくるではないか。
山田を気遣える友人は、この場に一人もいないらしい。
一方、手を振り払われたアキラは、というと。
しばらく黙って立っていたが、やがて無言で立ち去ろうとするもんだから、それに気づいた山田以外の全員が慌てて止めた。
「アキラ、アキラ待て待て、どこ行くんだ、お前!」
「ごめんね、山田くんも悪気なかったんだよ。ちょっとシャイなだけで?」
「アキラくん、ど〜しても誰かと手を繋ぎたいんだったら、私と繋ご」
だがアキラは振り向きもせず、ずんずん歩いて行ってしまう。
もしかしないでも山田の無礼が気に障って、腹を立ててしまったとしか思えない。
友人一同の怒りは当然山田に向かい、山田は周りをぐるりと囲まれて責められる羽目に陥った。
山田がアキラとハロウィンを楽しみたいように、皆も本音じゃアキラとハロウィンを楽しみたかったのだから。
「山田ぁ、お前何してくれちゃってんだよ。手ぐらい、いーじゃん繋いでも」
「どんだけ大人ぶってるつもりなんだ?痛いよ。俺らまだ高校生だぜ、子供じゃねーか」
男子は険悪な表情で詰め寄ってくるし、女子は冷たい視線を山田に突き刺してくる。
「大体なに?そのカッコ、コウモリ男。眷属かなんだか知らないけど、ダッサ」
「アキラくんに併せるなら、ダブル吸血鬼にすればよかったのに。もっと空気読んでよね」
仮装の駄目出しまでされて、山田も癇癪袋が爆発した。
「うるさいな!僕だってホントはアキラくんと二人で来たかったよ!!」
「そうかよ、じゃあアキラがいなくなった今は一人で見物してろ!」
噛みつく山田に吠え返す男子を置き去りに、女子の一人が辺りを見渡す。
「アキラく〜ん、待ってー!あれ、どこ行ったの、アキラくん?」
「うそ、見失っちゃった?あんなに目立つ格好なのに」
揃ってアワアワしていると、当のアキラが戻ってくる。
両手にいっぱい、ハロウィン限定らしきお菓子を抱えて。
「え?なに、あれ。なんでお菓子持ってんの」
「どこ行ってたんだろ……アキラくん」
予想外の行動に立ち尽くす皆の前まで戻ってくると、アキラはニッコリ微笑んだ。
「みんな、今日はハッピーハロウィンだ。喧嘩はご法度だぞ」
「い、いや、喧嘩って」
喧嘩の元を作った一人に笑顔で叱られては、誰も納得のいくものではない。
一人一人に手渡しでお菓子を渡すと、笑顔のアキラが締めくくる。
「これは、手前の通りで配られていた菓子だ。ちょうど見えたので貰ってきた」
「え、ちょ、まって」
手にお菓子を握りしめて、山田も突っ込んだ。
「アキラくん、怒ってないの?」
「俺が怒るとは、何に?」と尋ね返すアキラは、すっかり普段の人当たりのよい彼だ。
「だって、さっき僕が手を振り払ったから」
「あぁ、あれか……」
髪をかき上げ、遠くを見るような目つきになり、すぐにアキラは撤回する。
「あれは俺側の失態だ、山田くんが気に病む必要はない」
「え」「失態って?何が?」「どう考えても悪いの、山田だろ」
納得いかない面々を見渡し、言い足りなかった部分を付け足した。
「山田くんは人前での目立つ行動を嫌っている。それを忘れていたのは、俺の落ち度だ」
「へぇ、そうなの」
そう言われては、納得するしかない。
手を繋いで歩くのは、確かに目立つ行動であった。
たとえ今日がハロウィンという名の浮かれたお祭りだったとしても。
「ごめん、山田」
「私も、ごめん。なんか全然判ってなかったよね、私達、山田くんのこと」
「コウモリ男、ディスってごめんね。それ、結構カワイイよ」
こぞって全員に謝罪され、山田もぎこちない笑みで返す。
「い、いや、僕の断り方にも問題あったし……いいよ、もう」
「よし。それじゃ、仲直りしたところでハロウィンを楽しもう!」
アキラの号令で友達全員も笑顔になり、一行は一番賑わっている交差点へと突っ込んでいく。
渡されたペロペロキャンディに齧りつきながら、ふと、山田はアキラの隠された特性を思い出した。
そういや彼って、かなりの天然だったっけ。
山田が手を振り払った後、不機嫌に見えたのは、恐らく全員の気のせいだ。
アキラは振り返らず、まっすぐ配布のお菓子に向かっていっただけで、そこに他意も悪意もなかった。
なかなか完全には把握できない親友兼恋人の言動に、しかし山田はデレッと表情を崩す。
自分に気遣いを見せてくれた、唯一の存在がアキラとは。
紳士でイケメンで頼れる護衛か。
やっぱり彼とは仲良くなって正解だった。
しまりのないニヤケヅラでキャンディをガジガジしながら、山田も皆の後を追いかけた。
↑Top